2025-01-11 東京大学
発表のポイント
- 光の旋光性を切り替えるだけで、1原子層のタリウムと鉛の合金膜に流れるスピン偏極電流が反転する「円偏光フォトガルバニック効果」を実現
- シリコン基板という最も普及した電子材料の表面上に創った1原子層合金で、円偏光からスピン偏極電流への室温での効率的な変換を初めて観測
- スピンや電子の流れを光で制御するオプトスピントロニクスデバイスが1原子層の厚さで実現できることが期待
円偏光がスピン偏極電流に変換
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の谷内息吹博士課程学生、保原麗特任研究員、秋山了太助教、長谷川修司教授の研究グループは、シリコン基板表面上に単一原子層のタリウム-鉛(Tl-Pb)合金膜を作成し、そこに室温で円偏光を照射するとスピンの向きのそろった電流(スピン偏極電流)が流れること、さらに円偏光の旋光性を反転させるとスピン偏極電流の向きが反転することを世界で初めて観測しました。この現象は、円偏光フォトガルバニック効果(CPGE)と呼ばれ、ダイオードのように一方向のみに電流を流すような非相反効果(注1)の一種です。
本研究で作製した合金膜では、図1のようにTlとPb原子が規則的に並んでいます。円偏光には右回りと左回りという旋回性(注2)があり、それを切り替えると、合金原子層を流れる電流の向きおよびその電子のスピンの向きが反転しました。これは、巨大ラシュバ型スピン分裂バンド(注3)とスピン・運動量固定(注4)という特異な性質に起因しています。これは、これまでトポロジカル絶縁体などで報告例がありましたが、本研究では極限まで薄い単原子層でも十分大きな効果として観測されたことが画期的であり、今後、2次元の極微デバイスへの応用につながると期待されます。
図1:Si(111)表面上で√3×√3の大きさのユニットをもつTl-Pb単原子層の原子配列構造。
緑色の菱形が√3×√3のユニット構造
発表内容
電子は、電荷だけでなく磁石としての性質(スピン)も持ちます。これまでのエレクトロニクスでは電荷の性質が主に利用されてきましたが、電子のスピンをも利用するスピントロニクスと呼ばれる分野が未来の技術革新をもたらすとして注目を集めています。一方、光もスピンの性質を持ち、通信・記録・演算デバイスへの応用が期待されていることから、光のスピンと物質内の電子スピンの相互変換に関する研究が今盛んに行われています。
光を電流やスピン流に変換する方法として、円偏光フォトガルバニック効果(CPGE)があります。図2(a)のように電子バンド(電子の居場所)が、上向きスピンと下向きスピンで別れている物質に左回り円偏光を当てると、下向きスピンの電子が上向きスピンの電子バンドに励起されます。そうすると、スピン・運動量固定によって上向きスピンの電子が一方向に流れます(スピン偏極電流)。このとき、上向きスピンの電子バンドからは励起が禁止されます。逆に、図2(b)のように右回り円偏光を当てると今度は上向きスピンの電子バンドから下向きスピンのバンドに電子が励起されて逆向きのスピン偏極電流が流れます。このように、CPGEは照射する円偏光の左回り・右回り(旋光性)を切り替えるだけで、物質に流れる電子のスピンの向きと流れる方向がスイッチングされる現象です。
この効果を大きくするには上・下向きスピンの電子バンドがより大きく左右に分裂していることが必要です。そこで同グループが以前に報告した、1原子層の薄さにもかかわらず巨大なスピン分裂バンドを示す単原子層のTl-Pb合金に対して、近赤外レーザーを照射して検証を行いました。その結果、√3×√3と4×4という異なる表面構造で、室温で図3のように大きなCPGEが観測されました。興味深いことに、Tl原子またはPb原子だけの単体原子層膜の場合には無視できる程度の信号しか得られませんでした。よって、大きなCPGEには、Tl-Pb原子層合金に特有のスピン分裂バンドが不可欠であることが分かりました。
図2:円偏光フォトガルバニック効果(CPGE)
図3:(a) √3×√3表面構造における、円偏光を変化させたときの光電流。左右円偏光時の光電流の差(赤矢印)がCPGEの大きさとなる。(b) √3×√3と4×4の表面構造のときのCPGE電流の大きさ。Tlのみ、Pbのみによる薄膜と比較して顕著に大きい。
1原子層の薄さになると、例えば炭素の1原子層であるグラフェンがほぼ透明に見える(=光がほぼ吸収されない)ように、直観的には物質と相互作用せずに光は殆ど透過してしまい、CPGEのような現象は出ないだろうというのが大方の予想でした。しかし、その直感に反して大きなCPGE現象が見られたことから、極限まで薄い原子層物質でも光によって電子スピンを操作できる極微オプトスピントロニクスの開拓が期待されます。更に学理の面からも、電子が平面に閉じ込められて系の対称性が低下するため、光と電子スピンが相互作用した新奇な現象の観測が期待されます。
論文情報
- 雑誌名
ACS nano論文タイトル
Surface Circular Photogalvanic Effect in Tl-Pb Monolayer Alloys on Si(111) with Giant Rashba Splitting著者
Ibuki Taniuchi, Ryota Akiyama*, Rei Hobara, and Shuji Hasegawa(*責任著者)DOI番号
10.1021/acsnano.4c08742
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究A(20H00342,23H00265)」,「基盤研究B(20H02616)」,「挑戦的研究(22K18934,24K00551)」,「特別研究員奨励費(23KJ0480)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 非相反効果
ある方向に波が伝搬するときに、その方向を逆転させると元とは異なる性質を示すこと。例えば電流を流す方向を逆転すると電気抵抗が大きくなったり小さくなったりする、ダイオードで起こる整流現象はその一例。
注2 旋回性を持つ光
進行方向を軸として螺旋を描くように偏光面が回転する(旋光する)光を円偏光という。光の進行方向に正対した観測者から見て右回りを右円偏光、左回りを左円偏光という。
注3 巨大ラシュバ型スピン分裂バンド
物質中の電子は電子バンドに収容されている。スピン軌道相互作用が強い物質で反転対称性が破れた状況では、その電子バンドが分裂して、一つが上向きスピン、もう一つが下向きスピンの電子しか収納しない状態になる。本系ではその分裂幅が巨大である(=上向き・下向きスピンを持つ電子が大きなエネルギー差を持つ)原子層で測定を行った。
注4 スピン・運動量固定
トポロジカル絶縁体のディラックコーンやラシュバ型スピン分裂したバンドでは、電子のスピンの向きがその電子の運動方向に直角に固定される。よって、運動方向が逆転すればスピンの向きも逆転する。