2024-12-18 東京大学
発表のポイント
- 量子状態の完全な情報が得られないとき、その状態から取り出せる熱力学的な仕事の最大値が複合量子仮説検定と呼ばれるタスクの性能で特徴づけられることを証明した。
- 先行研究では、初期状態についての完全な情報が与えられていることが仮定されていたが、本研究では完全な情報が与えられていないときにも取り出せる仕事の最大値を特徴づけることができることを示した。
- 本研究は、初期状態についての情報が不完全なときの量子情報理論における様々なタスクの性能を解明する足掛かりとなることが期待される。
ブラックボックスから取り出された状態からの仕事の取り出し
発表内容
東京大学大学院総合文化研究科の渡邉開人大学院生、髙木隆司准教授による研究グループは、物質の最小の構成要素である量子に対して成り立つ熱力学の枠組みで、与えられた量子状態の情報が完全にはわかっていないときに、その状態から取り出せる仕事を理論的に特徴づけました。
<研究の背景>
近年、量子コンピュータをはじめとした様々な量子デバイスの実現を目的として量子制御の技術の研究が盛んに行われていますが、実用上有用なレベルの量子デバイスを実現するためには、量子の世界がどのような熱力学の法則に支配されているかを理解することが非常に重要です。このような量子系での熱力学の枠組みにおいて、与えられた量子状態から原理的に取り出しうる仕事を特徴づける問題は最も重要な問題の一つであり、先行研究においても盛んに調べられています。
この仕事の取り出しに関する先行研究の多くは、実験者が与えられた量子状態について完全な情報を持っていると仮定して解析をしています。しかしながら、実際には量子状態は外界から未知のノイズに晒されていれば、一般に完全な情報が得られるとは限りません。また、量子状態からその完全な情報を得るためには膨大な回数の測定を行う必要があります。それにもかかわらず、これらの事情は先行研究においては考慮されていませんでした。
<研究内容>
そこで本研究では、このような設定においても取り出せる仕事を解析するために、ブラックボックスと呼ばれる状態の集合の中の未知の状態から取り出せる仕事を解析する枠組みを導入し、この最大値が複合量子仮説検定(注1)と呼ばれる情報理論における状態識別のタスクの性能で完全に特徴づけられることを明らかにしました。また、量子仮説検定の性能の漸近的な振る舞いを表す量子シュタインの補題を発展・適用することで、ブラックボックスから取り出せる仕事の熱力学極限が従来の熱力学と同様にヘルムホルツの自由エネルギー(注2)と呼ばれる量で特徴づけられることが明らかになりました。
<今後の展望>
本研究結果は、量子デバイスの操作に必要不可欠な量子熱力学的な効果への理解を進展させるものと考えられます。また、仕事の取り出しにのみならず、初期状態についての情報が完全でないときの量子情報処理タスクの性能の解析は量子情報科学において非常に重要であり、本研究をもとに今後このような研究が発展していくと期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻相関基礎科学系
渡邉 開人 修士課程
髙木 隆司 准教授
論文情報
雑誌名:Physical Review Letters 133, 250401 (2024)
題名:Black Box Work Extraction and Composite Hypothesis Testing
著者名:Kaito Watanabe* and Ryuji Takagi*
DOI:10.1103/PhysRevLett.133.250401
URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.133.250401
研究助成
本研究は、科研費「研究活動スタート支援(課題番号:JP23K19028)」、「若手研究(課題番号:JP24K16975)」、「学術変革領域研究(A):極限宇宙の物理法則を創る–量子情報で拓く時空と物質の新しいパラダイム(課題番号:JP24H00943)」、JST CREST Grant Number JPMJCR23I3、東京大学卓越研究員制度、先進基礎科学推進国際卓越大学院教育プログラム(WINGS-ABC)の支援により実施されました。
用語説明
(注1)複合量子仮説検定
量子仮説検定とは、二つの量子状態(仮説という)のうちいずれかが与えられたときに、測定を行うことによってどちらの状態が与えられたのかを推定するタスクである。複合量子仮説検定とは、この仮説のいずれか一方または両方が状態の集合であるような仮説検定のタスクのことを指す。
(注2)ヘルムホルツの自由エネルギー
熱力学における状態量の一つで、等温過程における平衡状態間の遷移では、取り出せる仕事の上限を与える。