2024-11-14 東京科学大学
ポイント
- 核融合炉の先進液体金属ブランケット環境を600℃で流動する液体燃料増殖材(液体リチウム鉛合金:LiPb)で再現。
- 化学的・構造的安定性に優れた保護性酸化被膜を形成するFeCrAl系酸化物分散強化合金が600℃の液体LiPbの流れに耐えることを発見。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)※総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の近藤正聡准教授と同工学院 機械系の畑山奨大学院生(当時)、同 環境・社会理工学院 融合理工学系の北村嘉規大学院生、横浜国立大学の大野直子准教授、日本核燃料開発株式会社の坂本寛博士、核融合科学研究所の田中照也准教授、菱沼良光准教授は、核融合炉[用語1]の先進液体金属ブランケット[用語2]の運転環境を、液体金属燃料増殖材である液体リチウム鉛合金[用語3]を用いた高温熱流動実験で再現することに成功しました。さらに、こうした苛酷な環境に対してFeCrAl系酸化物分散強化合金(FeCrAl-ODS)[用語4]が構造材として耐食性を有することを発見しました。
本研究グループは、600℃に加熱した液体リチウム鉛合金の小規模プール内においてインペラーを回転させて旋回流をつくり出し、先進液体金属ブランケットの運転環境を再現しながら、FeCrAl-ODSに対する約1ヵ月半(1,000時間)の連続耐環境性試験を実施しました。その結果、2種類のFeCrAl-ODSが化学的・構造的安定性に優れた保護性酸化被膜を形成しながら、600℃の液体LiPb流動場に耐えることを発見しました。
本成果は、世界中で競争が激化する核融合エネルギー開発を牽引するものであり、ゼロカーボンエネルギーの導入によるカーボンニュートラル社会の実現につながる新たな扉を開くものと期待されます。本研究成果は、Elsevierの「Corrosion Science」オンライン版に2024年9月21日付で掲載されました。
- 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
核融合炉の先進液体ブランケット環境下に耐えるFeCrAl 系酸化物分散強化合金の優れた耐食性
背景
核融合炉は、稼働する際にCO2や高レベル放射性廃棄物を排出しないため、次世代のエネルギー源の一つとして世界中で注目されています。特に、核融合スタートアップによる研究開発が活発化し、世界中で発電実証を競争するような状況となっています。そうした中で、核融合炉の心臓部にあたるブランケットと呼ばれる機器の開発が鍵を握ると言われています。液体リチウム鉛合金(LiPb)を燃料増殖材として循環させる先進ブランケットシステムが研究開発の現場で注目を集めているものの、液体LiPbが持つ強い腐食性が実現性を左右する課題とされてきました。これまでも、液体LiPbの腐食性に耐える構造材料が探索されてきましたが、高温の液体LiPbに対して十分な耐食性を示す材料はほとんど見つかっていません。
近藤正聡准教授らの研究グループは、先進液体ブランケットの環境を再現するために高純度液体LiPbの合成や腐食試験装置の整備、腐食分析技術の高度化などを進めてきました。さまざまな材料に対する腐食試験を続ける中で、次世代高温構造材料として期待されているFeCrAl系酸化物分散強化 (FeCrAl-ODS) 合金が高温の液体LiPbに対して優れた耐食性を示す結果が得られました。こうした結果を受け、各研究機関や材料開発メーカー等の協力を得て、先進ブランケット模擬環境下における長期の耐環境性試験を実施することとしました。
研究の手法と成果
(1)先進液体金属ブランケットシステムの環境再現について
本研究グループは、高純度の液体LiPb合金を満たした密閉状態の小規模プール(100 cc)の下部で洗濯機のようにインペラーを回転させて旋回流をつくり出す試験装置(図1)を開発し、先進液体金属ブランケットシステムの環境を再現することに成功しました。図1の試験装置を使用して、600℃の液体LiPbを純度の高い状態に保ちつつ約6 cm/sの流速で旋回させ、その中にブランケット候補構造材料の試験片を浸漬して約1ヵ月半(1,000時間)の連続耐環境性試験を実施しました。
図1. 液体リチウム鉛攪拌流動場腐食試験装置
(2)600℃の液体LiPb合金の流れに耐えるFeCrAl系酸化物分散強化合金
2種類のFeCrAl-ODS合金(NF12(Fe-12Cr-6Al)とSP10(Fe-15Cr-6Al))を対象に、600℃の液体LiPb合金流動場における耐食性を1ヵ月半(1,000時間)にわたり調べました。その結果、図2に示すように、それぞれの材料の腐食に伴う質量の減少は無視できるほど小さいことが明らかとなりました。また浸漬前の予備的な酸化処理(1,000℃)により、約2マイクロメートル[用語5]程の厚さの保護性α-Al2O3被膜を表面に形成させることで、液体LiPb流動場における耐食性が劇的に向上することが分かりました。図3(a)に示すように、被膜の一部は液体中のLi成分を取り込み、緻密な組織を有するα-LiAlO2に化学的に変換されるものの、バリアー層として機能する事が分かりました。さらに、予備酸化処理を施さなくても、γ-LiAlO2を表面に形成することにより腐食を抑制することが分かりました。
図2. 液体LiPb合金流動場(600℃)におけるFeCrAl-ODS合金の腐食による質量損失
図3. 液体LiPb合金流動場(600℃)における保護性α-Al2O3被膜の化学的・構造的な安定性
(a) 保護性被膜の断面STEM像(右)と緻密な組織を有するα-LiAlO2への化学的変態(左)、(b) 浸漬後の保護性α-Al2O3被膜の密着性とアンカー効果
(3)液体金属流動場でも基材にがっちり張り付く保護性酸化被膜
液体LiPb合金の流れに対してFeCrAl-ODS合金が優れた耐食性を示したものの、Liが被膜内に拡散したと思われる箇所が一部で観察されました。そこで、保護性酸化被膜の構造的な健全性や基材との密着性を調べるためにマイクロスクラッチ試験[用語6]を実施しました。その結果、図3(b)に示すように、浸漬前に比べると部分的な組織の変化やクラックの発生により酸化被膜の密着性がやや低下しているものの、基材との間のアンカー効果[用語7]などにより液体金属の流れに耐えうる十分な密着性を保持していることが分かりました。
社会的インパクトと今後の展開
α-Al2O3などの保護性酸化被膜を形成するFeCrAl-ODS合金は、核融合炉の先進ブランケット環境を再現する苛酷な条件においても、優れた耐食性を示すことが分かりました。これまでに、近藤准教授らの研究グループは、α-Al2O3被膜が、先進ブランケット開発においてもう一つの課題である電磁ブレーキ効果[用語8]の抑制にも効果があることを明らかにしています。こうした成果が短期間でまとめて得られた事により、先進液体金属ブランケットの実現に見通しが得られる状況となりました。今後は、最新の積層造形技術を取り入れたFeCrAl合金の加工法などに関する研究も進めていきたいと考えています。
付記
本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(B)「自己保全機能を有する絶縁性酸化被覆によるMHD流れの制御技術の構築」(21H01060)の支援を受けて行われました。
用語説明
[用語1]
- 核融合炉:膨大なエネルギーを生む核融合反応を人工的に発生させ、発電などに活用できるようにするエネルギー炉のことです。稼働時にCO2を排出せず、高レベル放射性廃棄物も出さない次世代電源として期待されています。水素の同位体である重水素と三重水素の核融合反応を利用します。
[用語2]
- 先進液体金属ブランケット:ブランケットとは、一般的には「毛布」の意味ですが、核融合炉においては正負に帯電した粒子(プラズマ)を“毛布”のように覆う炉の心臓部を指します。核融合反応で発生する中性子を取り込みながら、熱エネルギーと新たな燃料を生産する役割を持ちます。液体金属タイプの燃料増殖材は、燃料の増殖に加え、エネルギーの変換と輸送を兼ね備えていて、高性能でシンプルな構造のブランケットの設計が可能です。
[用語3]
- 液体リチウム鉛合金:液体状をしたリチウムと鉛の合金のことです。燃料である三重水素を増殖する能力を有するが化学的に活性な金属リチウムと、中性子増倍機能を有し化学的に不活性な液体重金属である鉛のそれぞれの長所を併せ持った液体金属流体です。
[用語4]
- FeCrAl系酸化物分散強化合金(ODS: Oxide dispersion strengthened):酸化物の微粒子を組織内に分散させた合金で、極めて優れた高温強度を有する次世代高温構造材料のことです。合金の組成としてAlを含むことにより、高温条件で環境中の酸素と反応して、Alリッチな保護性酸化被膜を自己形成する機能を有しています。静止した状態の液体LiPb合金(900℃以下)中へ約10日間浸漬した結果、優れた共存性を示唆する結果がこれまでの研究で得られています。(2022年2月24日プレスリリース)高性能核融合炉ブランケットの新概念に見通し|旧・東京工業大学
[用語5]
- マイクロメートル:1メートルの100万分の1。髪の毛の太さは約100マイクロメートル。
[用語6]
- マイクロスクラッチ試験:尖った針でひっかいて被膜を剥がすために必要な力の大きさを測定する試験のことです。
[用語7]
- アンカー効果:アンカーとは、船を停泊させておくために使用するためにロープをつけて海底などに沈める器具のことです。アンカー効果とは、保護性酸化被膜と基材の間に発生するギザギザ界面がせん断方向に、被膜が剥がれようとする際に抵抗として働き、被膜と基材の密着性を促進する効果のことです。(2023年8月24日プレスリリース)アンカーやペグで基材にがっちり張り付くα-Al2O3被膜|旧・東京工業大学
[用語8]
- 電磁ブレーキ効果:図4(a)のフレミングの右手の法則に従って、高磁場下を液体金属が横切って流れる際に、誘導電流が発生します。その誘導電流と液体金属の流れにより、図4(b) のフレミングの左手の法則に従って、流れと逆向きにローレンツ力が生じます。この際に失われる流体の圧力の損失は電磁流体力学(Magnetohydrodynamics: MHD)圧力損失と呼びます。配管壁に流れ込む誘導電流を導電率の低いα-Al2O3膜で遮断することにより、流れと逆向きに生じるローレンツ力(電磁ブレーキ)を大きく低減することができます。(2024年9月18日プレスリリース)核融合炉液体金属ブランケットの電磁ブレーキ効果の抑制へ
図4. 誘導電流の発生とそれによるローレンツ力の発生
(a) フレミングの右手の法則、(b) フレミングの左手の法則
論文情報:
掲載誌:Corrosion Science
論文タイトル:Chemical and structural durability of α-Al2O3 and γ-LiAlO2 layers formed on ODS FeCrAl alloys in liquid lithium lead stirred flow
著者:Masatoshi Kondo, Susumu Hatakeyama, Naoko Oono-Hori, Yoshiki Kitamura, Kan Sakamoto, Teruya Tanaka, Yoshimitsu Hishinuma
DOI:10.1016/j.corsci.2024.112459
研究者プロフィール
近藤 正聡 Masatoshi KONDO
東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 准教授
研究分野:液体金属などの高温流体を用いた核融合炉のエネルギー変換や海水淡水化技術の開発
お問い合わせ
東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所
准教授 近藤正聡
横浜国立大学 大学院工学研究院
准教授 大野直子
日本核燃料開発株式会社 研究部
主幹研究員 坂本寛
核融合科学研究所 研究部 超高流束協奏材料ユニット
准教授 田中照也
核融合科学研究所 研究部 超伝導・低温工学ユニット
准教授 菱沼良光
取材申込み
東京科学大学 総務企画部 広報課
横浜国立大学 総務企画部 リレーション推進課
日本核燃料開発株式会社
核融合科学研究所 管理部 総務企画課 対外協力係