2024-10-30 東京大学
発表のポイント
- ロタキサン構造を持つ分子モーターは回転運動を起こすことが不可能というのが定説でしたが、これを覆す分子機械として連結型ロタキサン構造を持つ分子モーターを新たに開発しました。
- この構造は既存のものに比べてシンプルであるため、簡単かつ高効率で合成することが可能です。
- 本研究は、分子機械をもとにした動的な材料の開発に貢献すると考えられます。
新しい構造の分子モーター
概要
東京大学大学院総合文化研究科の寺尾潤教授、正井宏助教、宮岸拓路大学院生(当時)らによる研究グループは、新しい構造をもつインターロック型分子モーター(注1)を開発しました。インターロック型分子モーターは大きな回転運動を起こすため分子機械の(注2)素子として注目されてきましたが、従来の分子モーターはカテナン(注3)と呼ばれる構造しか報告がなく、分子構造の多様性は非常に限定的でした。本研究では、連結型ロタキサン構造(注4)と呼ばれる構造に着目することで、世界で初めてロタキサン構造を持つインターロック型分子モーターの開発に成功しました。この分子モーターは回転運動を連続で行うことができるほか、操作を変えることで逆方向への回転もすることができます。本研究で提案した構造を他の分子機械と組み合わることで、さらに複雑な分子機械の実現が期待されます。
発表内容
分子モーターは化学エネルギーを消費して回転運動を起こす分子の総称であり、ヒトの体をはじめとする生体系にも多く見られる重要な分子素子です。こうした分子モーターは2000年ごろから人工的にも作られており、2016年にはノーベル化学賞の受賞対象の一つになっています。分子モーターの中でも、特にインターロック化合物を用いた分子モーターは大きな回転運動を起こすことが可能なため注目を集めていて、これまでにいくつかの例が報告されてきました。代表的なインターロック化合物にはロタキサンとカテナンがあり、それぞれを用いた分子モーターが知られています。しかしながら、ロタキサンはその構造上、並進運動を生むリニアモーターとしてしか機能しないというのが定説であり、回転運動を起こす分子モーターはカテナンに限定されていました。
東京大学大学院総合文化研究科の寺尾潤教授、正井宏助教、宮岸拓路大学院生(当時)らは、連結型ロタキサン構造と呼ばれるインターロック構造を活用することで、世界で初めて回転運動を起こすロタキサン型の分子モーターを開発しました(図1)。ロタキサンの環と軸を化学結合で連結することで、単純なロタキサンでは不可能だった回転運動を実現しています。また、この分子モーターは従来のものに比べてシンプルな構造を有しているため、短工程で高効率な合成が可能です。
図1:本研究で開発した分子モーター
本研究で用いた連結型ロタキサン構造は、環が軸を内包する包接状態と環と軸が離れた非包接状態の二つの状態をとり、外部環境の変化によって切り替えることが可能です。また、包接状態と非包接状態を切り替える経路は二種類存在し、環が連結した方向から包接が進行するHead pathwayと、逆から包接するTail pathwayの二通りが知られています(図2a)。本研究では、軸部分の大きさを変化させることで包接/脱包接の経路を交互に切り替えることで、連結型ロタキサン構造を用いた回転運動を実現しています。この回転操作は最大で4回連続で行うことが可能であるほか(図2b,c)、操作方法を変えることで逆方向への回転も可能であることが分かっています。
図2:(a)連結型ロタキサンの包接経路と、(b,c)分子モーターの連続回転
以上のように、本研究では連結型ロタキサン構造に着目することで、シンプルな構造であってもインターロック型分子モーターとして機能することが示されました。今後はこの構造を別の分子構造に対して適用することで新たな分子モーターの開発が可能であるほか、こうした分子機械を用いた動的な材料への応用なども考えられます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
寺尾 潤 教授
正井 宏 助教
宮岸 拓路 研究当時:大学院生/現:北海道大学大学院理学研究院化学部門 助教
論文情報
雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
題名:Bidirectional Molecular Motors by Controlling Threading and Dethreading Pathways of a Linked Rotaxane
著者名:Hiromichi V. Miyagishi, Hiroshi Masai, Jun Terao*
DOI:10.1002/anie.202414307
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/anie.202414307
研究助成
本研究は、科研費 特別研究員奨励費(課題番号:21J14199)、基盤研究(C)(課題番号:21K05181)、挑戦的研究(萌芽)(課題番号:21K18948)、基盤研究(B)(課題番号:22H02060)、JST CREST(課題番号:JPMJCR19I2)、NEDO(課題番号:JPNP21016)、日本学術振興会特別研究員制度、小笠原敏晶記念財団、積水化学 自然に学ぶものづくり助成研究プログラムの支援により実施されました。
用語説明
(注1)インターロック型分子モーター
インターロック化合物は、複数の分子が絡み合って一つの分子のように振る舞う化合物の総称です。ここでは、インターロック化合物を用いて回転運動を起こす分子モーターをインターロック型分子モーターと呼んでいます。
(注2)分子機械
機械のような動きをする分子の総称で、2016年ノーベル化学賞の受賞対象です。
(注3)カテナン
2つ以上の環状分子が互いの穴を貫通し、鎖状に絡み合ったインターロック化合物の総称。
(注4)連結型ロタキサン構造
ロタキサン構造とは、両端がかさ高い軸分子が環状分子の穴を貫通し、抜けなくなることで絡み合ったインターロック化合物の総称です。連結型ロタキサン構造は、ロタキサン構造の中でも軸分子と環状分子が化学結合で連結したものを指し、[1]ロタキサン構造とも呼ばれます。