連続対称性の自発的破れを示す1次元スピン模型の発見~マーミン・ワグナーの定理の新しい反例~

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2024-10-25 東京大学

発表のポイント

◆ 「低次元空間では連続的対称性は自発的に破れない」というマーミン・ワグナーの定理の新しい反例を理論的に発見した。
◆ これまで知られていた例とは異なり、秩序変数がハミルトニアンと交換しない点が新しい。
◆ 低次元物質の相の可能性が広がったことにより、新しい特性を示す物質の発見につながることが期待される。

連続対称性の自発的破れを示す1次元スピン模型の発見~マーミン・ワグナーの定理の新しい反例~
今回見つかった模型の相図。δ=0の線上が新しい反例に対応。

概要

東京大学大学院工学系研究科の渡邉悠樹准教授と同大学大学院理学系研究科の桂法称准教授による研究グループは、米国イリノイ大学アーバナシャンペーン校のJong Yeon Lee教授(注1)と共同で、連続対称性を自発的に破る1次元の量子スピン模型を提案しました。これまで「マーミン・ワグナーの定理」(注2)により、1次元の量子系が自発的に連続対称性を破ることは不可能だと考えられていました。この定理の唯一の例外として、対称性の破れを特徴づける「秩序変数」(注3)と呼ばれる量がハミルトニアン(注4)と交換するという特別な場合が知られていましたが、この他の場合は不可能であると広く信じられていました。

今回の研究では、秩序変数がハミルトニアンと交換しない場合にも連続対称性の自発的破れが1次元系で起こることが理論的に明らかになりました。低次元の物質が取り得る相にどのような可能性があるかといった基本的な事項の理解が深まったことにより、新しい特性を示す物質の発見や、新機能をもつデバイスの開発につながることが期待されます。

本研究成果は、2024年10月24日(米国東部夏時間)に米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。さらに、注目すべき成果として同誌のEditors’ Suggestionに選ばれています。

発表内容

ミクロな物理法則は「空間並進対称性」や「時間反転対称性」といったさまざまな対称性をもっていますが、その対称性が「自発的に破れる」という不思議な現象が起こることが古くから知られています。南部陽一郎氏は「素粒子物理学における自発的対称性の破れの機構の発見」の功績により2008年にノーベル物理学賞を受賞しましたが、対称性の自発的破れは身近な物質中でも起きています。「結晶」や「磁石」が空間のどの点も等価である、どの向きも等価であるという対称性を自発的に破る例であると理解されています。

このように対称性の自発的破れは我々の住む3次元空間では身近な現象ですが、ゆらぎの効果が顕著に現れる低次元の世界では事情が異なります。これまでは「マーミン・ワグナーの定理」により、1次元空間の量子系が自発的に連続対称性を破ることは不可能だと考えられていました。この定理の唯一の例外として、対称性の破れを特徴づける「秩序変数」と呼ばれる量がハミルトニアンと交換するという特別な場合が知られていましたが、この他の場合は不可能であると広く信じられていました。

本研究では、これまでの常識をくつがえし、連続対称性を自発的に破る1次元の量子スピン模型が無数に構成できることを示しました。今回発見したスピン模型はハミルトニアンと交換する秩序変数を持たないという点に新規性があります。代わりに、「フラストレーション・フリー」(注5)という条件が重要になることが明らかになりました。実際、今回発見した模型に小さな変更(図1のパラメータδに対応)を加えると、フラストレーション・フリーという性質は直ちに失われます。これに伴い、連続対称性ではなく離散対称性を自発的に破る状態や、対称性の破れを伴わない朝永ラッティンジャー流体となることが分かりました。

fig02
図1:今回見つかった模型の相図。δ=0の線上が新しい反例に対応。

低次元の物質の合成や人工系の実現については、実験的にも盛んに研究が行われています。本成果により、これらの系が取り得る相にどのような可能性があるかといった基本的な事項の理解が深まったことにより、新しい特性を示す物質の発見や、新機能をもつデバイスの開発につながることが期待されます。

〇関連情報:
「プレスリリース① Theorem unifies superfluids and other weird materials」
(UC Berkeley News, 2012/06/08)
https://news.berkeley.edu/2012/06/08/theorem-unifies-superfluids-and-other-weird-materials/

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院工学系研究科 渡邉 悠樹 准教授

大学院理学系研究科 桂 法称 准教授

論文情報

雑誌名:Physical Review Letters(Editors’ Suggestion)
題 名:Critical spontaneous breaking of U(1) symmetry at zero temperature in one dimension
著者名:Haruki Watanabe, Hosho Katsura, Jong Yeon Lee *
DOI10.1103/PhysRevLett.133.176001
URLhttps://doi.org/10.1103/PhysRevLett.133.176001

研究助成

本研究は、科研費「量子多体系の多極子に対するmodern theoryの構築(課題番号:JP20H01825)」、「ハイスループット磁性・バンドエンジニアリングによるトポロジカル磁性材料の物質設計(課題番号:JP21H01789)」、「超伝導体のゲージ不変な非線形応答理論の構築(課題番号:JP24K00541)」、「量子情報を用いた量子多体系の制御とテンソルネットワーク(課題番号:JP21H05191)」、「量子多体系のダイナミクスの数理的研究(課題番号:JP23K25790)」、「金属強磁性の数理に関する総合的研究(課題番号:JP23K25783)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)英語での役職名はassistant professor。日本の助教とは異なり、現地では単にprofessorと呼ぶことが多いので教授と訳した。

(注2)マーミン・ワグナーの定理:もともとは1、2次元空間の系が絶対零度でない温度の環境下にある場合、連続的な対称性は自発的には破れないということを主張する定理。この定理は絶対零度の場合にも拡張されており、その場合は1次元空間の系が絶対零度にある場合、連続的な対称性は自発的には破れないという主張と理解される。

(注3)秩序変数:対称性の破れを特徴づける物理量。

(注4)ハミルトニアン:系のエネルギーに対応する物理量。

(注5)フラストレーション・フリー:系のエネルギーを最小化する際、あちらを立てればこちらが立たず、というジレンマがない状況を指す。

プレスリリース本文:PDFファイル
Physical Review Letters:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.133.176001

1701物理及び化学
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