磁場のない条件下で超伝導ダイオード効果を観測~超伝導量子素子へ向けた重要な一歩~

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2024-08-01 理化学研究所

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 創発デバイス研究グループの板橋 勇輝 基礎科学特別研究員、岩佐 義宏 グループディレクター、創発光物性研究グループの王 子謙 特別研究員(研究当時)、小川 直毅 グループディレクターらの共同研究グループは、界面や特殊な形状を考えない物質そのもの(バルク)で空間反転対称性[1]の破れた三回回転対称性[2]を持つ超伝導体である「PbTaSe2[3]」が、磁場や磁化の存在しない条件下で超伝導ダイオード効果[4]を示すことを発見しました。

本研究成果は、空間反転対称性の破れた超伝導体における新機能の開拓を推進し、外部からの磁場や磁化といった時間反転対称性[5]の破れを必要としない、より応用に即した超伝導ダイオード素子の実現へ向けた重要な知見となると期待されます。

電流には、エネルギーを失う通常の電流(常伝導電流)と、エネルギーを失わない超伝導電流があります。電流を流す向きによって超伝導電流と常伝導電流を切り替えることができる超伝導ダイオード効果は、超伝導体を用いたエネルギー損失の少ない電子回路である超伝導量子回路などへの応用が期待される新しい現象で、最近盛んに研究が行われています。これまでは外部磁場や磁化が存在する条件下で主に研究がなされてきましたが、応用を視野に入れると磁場のない状況での動作の確立が重要です。

本研究では磁場や磁化が存在しない条件下で超伝導ダイオード効果を初めて観測し、その効果が空間反転対称性の破れた結晶構造という本質的な起源によることを実証しました。

本研究成果は、科学雑誌『Science Advances』(7月31日付:日本時間8月1日)に掲載されました。

磁場のない条件下で超伝導ダイオード効果を観測~超伝導量子素子へ向けた重要な一歩~
超伝導ダイオード効果

背景

半導体p-n接合のような非対称性を有するデバイスにおいては、電圧を印加する向きによって電流の流れやすさが異なるというダイオード効果が見られます。近年、ダイオード効果を空間反転対称性の破れた超伝導体に拡張し、電流を流す向きによって散逸のない超伝導電流と散逸のある常伝導電流を切り替えられる超伝導ダイオード効果が注目を集めています。半導体ダイオード素子が現代社会に不可欠な技術であるのと同様に、超伝導ダイオード素子も超伝導量子エレクトロニクスの実現に向けた重要なデバイスとなり得ます。これまで超伝導ダイオード効果は主に外部磁場や磁化の存在する時間反転対称性の破れた系で議論されてきましたが、超伝導量子回路への応用や集積化といった観点からは、外部磁場や磁化を必要としない超伝導ダイオードが重要になってきます。しかしながら、超伝導ダイオードの報告は寡少であり、その機構についても物質本来の物性なのか、デバイス構造の非対称性に起因する外因的な特性なのか、が明らかになっていません。従って、物質本来の機構として、外部磁場を必要としない、すなわち時間反転対称性が保たれている系での超伝導ダイオード効果の実現が強く望まれていました。

研究手法と成果

本研究では、三回回転対称性を持つ層状超伝導体であるPbTaSe2(図1A)において、電流を流す向きによって超伝導電流と常伝導電流がスイッチングする超伝導ダイオード効果を測定しました(図1B)。その結果、無磁場での時間反転対称条件下の超伝導ダイオード効果の観測に成功しました。

三回対称超伝導体PbTaSe2と超伝導ダイオード効果の図
図1 三回対称超伝導体PbTaSe2と超伝導ダイオード効果
(A)PbTaSe2の模式図。Pb(鉛)、Ta(タンタル)、Se(セレン)から成る層状の超伝導体。(B)超伝導ダイオード効果の模式図。PbTaSe2では、電流を流す向きを変えると、超伝導電流と常伝導電流が切り替わる。


図2は、正方向に電流を流す場合と負の方向に流す場合に発生する電圧の絶対値を、電流の絶対値に対して示しています。ゼロ電圧の状態が超伝導状態であり、有限の電圧が発生している状態が常伝導状態です。超伝導は、電流の値が大きくなると破壊されて常伝導に遷移しますが、その電流の値は臨界電流と呼ばれます。図2は臨界電流が、正方向に電流を流した場合と負方向に電流を流した場合で異なることを示しています。

PbTaSe2における電圧-電流特性の図
図2 PbTaSe2における電圧-電流特性
電流を正(オレンジ)と負(水色)に印加したときでは臨界電流の値が異なる。正および負の臨界電流の間では、電流の向きによって超伝導電流と常伝導電流が切り替わる超伝導ダイオード効果が見られる。


図2の点線の値の絶対値で、正方向と負方向の電流値をスイッチしたときの、電圧の振る舞いを図3に示します。確かに、正方向の電流を流したときにはゼロ抵抗(超伝導状態)、負方向の電流を流したときには有限抵抗(常伝導状態)となり、超伝導―常伝導の間のスイッチが再現性よく起こっていることが分かります。また、詳細な電流方位依存性や磁場依存性を測定した結果、これらの超伝導ダイオード特性が、空間反転対称性の破れた結晶構造に起因する内因的な起源から発生していることが明らかとなりました。

このように、時間反転対称性が保持された状態における、空間反転対称性の破れた結晶構造に起因する本質的な超伝導ダイオード効果という新たな超伝導物性を発見しました。

電流を正方向と負方向に周期的に切り替えたときの電圧の絶対値の振る舞いの図
図3 電流を正方向と負方向に周期的に切り替えたときの電圧の絶対値の振る舞い
図2の点線に対応する電流の絶対値で、電流を正(オレンジ)と負(水色)に印加したとき、それぞれゼロ抵抗(超伝導状態)および有限抵抗(常伝導状態)となる超伝導ダイオード効果が見られている。

今後の期待

本研究では空間反転対称性の破れた結晶構造を持つ超伝導体の一種であるPbTaSe2において、時間反転対称条件下での超伝導ダイオード効果を観測しました。一般的に超伝導ダイオード効果の発現には時間反転対称性の破れ(外部磁場や磁化の存在)が必要であると考えられていますが、今回の結果は、超伝導ダイオード効果が必ずしも時間反転対称性の破れを必要としない可能性を示唆しています。今後は、さまざまな空間反転対称性の破れた超伝導体における超伝導ダイオード効果の観測や、理論的な微視的機構の解明、さらには超伝導ダイオード効果の巨大化(正および負の臨界電流の差の拡大)が期待されます。

補足説明

1.空間反転対称性
ある系について空間座標(x, y, z)を(-x, -y, -z)に移すような操作のことを空間反転操作と呼ぶ。そのような操作を行っても系の状態が変わらないとき、その系は空間反転対称性を有している。ダイオード効果の発現には空間反転対称性の破れが必須である。

2.三回回転対称性
ある系について120°回転させるという操作を行った場合には系の状態が変わらない一方で、60°回転させるという操作では系の状態が変わってしまう場合、その系は三回回転対称性を有している。例えば正三角形は120°回転させると元の図形と一致するが、60°回転させても一致しないため、三回回転対称性を有している。

3.PbTaSe2
遷移金属であるTa(タンタル)とカルコゲン原子Se(セレン)から成る、三回回転対称性を持つ層状物質であるTaSe2に、Pb(鉛)の三角格子が挿入された結晶構造を持つ超伝導体。バルクで空間反転対称性が破れている。

4.超伝導ダイオード効果
超伝導体に電流を流したとき、電流をある方向に流すと超伝導電流が流れ、それとは逆方向に流すと常伝導電流が流れるという整流効果。一般に超伝導体は流す電流の絶対値を大きくしていくと、電圧が生じない超伝導状態から、有限の電圧が生じる常伝導状態へと転移する。このときの電流値は臨界電流と呼ばれ、流した電流と生じた電圧の関係である、電圧―電流特性を測定することで観測可能である。超伝導ダイオードにおいては、電流を正に印加したときと負に印加したときの臨界電流の絶対値に差が現れる。

5.時間反転対称性
ある系の時間を逆行させてもその系の状態が変化しないとき、その系は時間反転対称性を有している。磁場ないしスピンは円環電流と等価であるため、磁場が印加されている、あるいは磁化が存在する系では時間反転対称性は破れている。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発デバイス研究グループ
基礎科学特別研究員 板橋 勇輝(イタハシ・ユウキ)
(東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教(研究当時))
グループディレクター 岩佐 義宏(イワサ・ヨシヒロ)
(東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授(研究当時))
創発光物性研究グループ
特別研究員(研究当時)王 子謙(ワン・ズーチエン)
グループディレクター 小川 直毅(オガワ・ナオキ)
(理研 創発物性科学研究センター センター長室 室長)

東京大学大学院工学系研究科
特別研究生(研究当時)劉 豊碩(リュー・フェンシュオ)
修士2年(研究当時)青木 俊太(アオキ・シュンタ)
博士2年(研究当時)董 禹(ドン・ユー)
准教授 井手上 敏也(イデウエ・卜シヤ)

原論文情報

Fengshuo Liu, Yuki M. Itahashi, Shunta Aoki, Yu Dong, Ziqian Wang, Naoki Ogawa, Toshiya Ideue, and Yoshihiro Iwasa, “Superconducting diode effect under time reversal symmetry”, Science Advances, 10.1126/sciadv.ado1502

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発デバイス研究グループ
基礎科学特別研究員 板橋 勇輝(イタハシ・ユウキ)
グループディレクター 岩佐 義宏(イワサ・ヨシヒロ)
創発光物性研究グループ
特別研究員(研究当時)王 子謙(ワン・ズーチエン)
グループディレクター 小川 直毅(オガワ・ナオキ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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