世界最高性能の鉄系高温超伝導磁石の開発に成功 ~研究者とAIがタッグを組み、材料合成プロセスを探索~

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2024-06-05 東京農工大学

ポイント

  • 作りやすく、使いやすい超伝導磁石が期待されていた
  • 研究者の知見とAIを融合した設計手法により、効率的に合成プロセスを探索
  • 世界記録の2倍超の磁力を持ち、磁場安定性にも優れた小型超伝導永久磁石を実現

東京農工大学の山本 明保 准教授、德田 進之介 氏(博士後期課程修了)、石井 秋光 氏(博士後期課程修了)、山中 晃徳 教授、九州大学の嶋田 雄介 准教授、ロンドン大学キングス・カレッジのマーク エインズリー 講師らは、人工知能(AI)の手法の1つである機械学習を合成プロセスに活用することで、世界最高の磁力を持つ鉄系高温超伝導体の永久磁石を開発、テスラクラスの強力磁場を安定保持することに初めて成功しました。
高温超伝導体では、磁力の元となる超伝導電流が結晶粒界(超伝導体の結晶と結晶の間のつなぎめ)で抑制される課題がありました。本研究では、無数の結晶と結晶粒界から構成される多結晶材料の複雑なミクロ構造を超伝導電流が流れやすいように制御するため、研究者の経験とアイディアに基づくアプローチと機械学習を用いたAIによるアプローチとを融合した合成プロセスの設計手法を構築しました。この新しいプロセス設計手法により、世界記録の2倍以上強力な磁力を持つ小型の鉄系高温超伝導永久磁石の開発に成功し、医療用MRIレベルの優れた磁場安定性を持つことを実証しました。鉄系高温超伝導永久磁石は、一般的によく用いられており安価な多結晶型材料(セラミックス材料)の合成プロセスを応用できることから作りやすく、また希少な冷却剤を必要とせず小型冷凍機で運転できるため、多様な超伝導機器・システムへの応用に貢献すると期待されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(「実験と理論・計算・データ科学を融合した材料開発の革新」領域、「超伝導インフォマティクスに基づく多結晶型超伝導材料・磁石の開発」課題(研究代表者:山本 明保、JPMJCR18J4))の一環として、日本学術振興会 科学研究費補助金の助成、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所共同利用研究の支援を一部受けて行ったものです。

本研究成果は、6月7日(金)午前1時(現地英国時間)にSpringer Nature科学誌「NPG Asia Materials」のオンライン版で公開されます。
【報道解禁】 2024年6月7日(金) 午前9時(日本時間)
論文タイトル:
“Super-strength permanent magnets with iron-based superconductors by data- & researcher-driven process design”
(データ&研究者協奏駆動型プロセス設計による鉄系高温超伝導体の超強力永久磁石)
DOI:10.1038/s41427-024-00549-5
URL:https://www.nature.com/articles/s41427-024-00549-5

研究の背景と経緯
超伝導は、転移温度*注1)以下に冷却することで電気抵抗がゼロになる現象です。そのため、超伝導体を磁石にすれば磁力が長期間減衰せず、永久磁石のように振る舞います。この極低温への冷却には主に液体ヘリウム(沸点:絶対温度4.2ケルビン*注2))が使用されますが、ヘリウム資源は需要増大を背景に世界的に不足しているため、転移温度がより高く、エネルギー効率に優れた冷凍機による冷却で応用可能な高温超伝導体の実用化が期待されていました。
鉄系超伝導体は日本で発見された高温超伝導体群で、銅酸化物系に次ぐ高い転移温度を持つことから、量子コンピューター、高効率送電ケーブル、強力磁石など幅広い分野への応用が期待されています。とくに、超伝導を維持できる上限の磁場が従来材料の2倍以上と極めて高いことから、磁石材料としての応用研究開発が日米欧中などで精力的に進められています。日米共同研究グループが鉄系高温超伝導の磁石化に成功した後、東京大学と産業技術総合研究所の共同研究グループがコイル磁石の試作に成功、昨年には中国科学院の研究グループが1テスラ*注3)のコイル磁石磁場発生に成功したことを報告していました。

研究の内容
JSTの支援を受けた国際共同研究グループは、工業的なセラミックス材料の合成プロセスで生産でき、つくりやすく、スケールアップも容易な多結晶型の鉄系高温超伝導体に着目しました。多結晶型材料(セラミックス)は、大きさや形、向きの異なる無数の結晶から構成されていることからミクロな構造がとても複雑になっており、その複雑な構造が多結晶型材料の性能と密接に関わっています。
本研究では、超伝導電流が流れやすいミクロ構造を得られる合成プロセスを効率的に探索するために、少数の事前データを基に、研究者主導のアプローチとデータ駆動型のAIによるアプローチをシームレスに統合したプロセス設計手法を構築しました。1つ目のアプローチは従来的な研究者の経験と勘に基づくもので、これまでに知られている理論や法則に加えて、JSTプロジェクトで名古屋大学等のグループが見出した結晶粒界における微視的な電流特性*注4)や、ミクロ構造の深層学習による解析*注5)と形成過程シミュレーションの知見などを設計指針に取り入れました。2つ目のアプローチは、AIの手法の1つであるベイズ最適化*注6)をベースに、プロセス設計向けにカスタマイズしたソフトウェア「BOXVIA」*注6)を本共同研究グループの石井、山中らが開発し、これを用いました。
図1に示すように、研究者とAIは磁力の元となる超伝導電流性能をターゲットに、同じデータベースを共有しながら独立してプロセス設計を進めました。研究者は電流特性のデータやミクロ構造などの知見を基に、AIは電流特性データの機械学習により次の合成プロセスを提案しました。これに基づいて研究者が試料を合成して特性を評価し、データベースを更新する一連の流れを繰り返しました。このようにして最適な合成プロセスの条件を研究者とAIがそれぞれに見出し、これらの条件で図2のような2つの円盤バルク(塊)状の磁石を合成しました。
小型冷凍機によって、転移温度(38ケルビン)以下に冷やした状態で、外部から磁化すると永久磁石の性質を示し、市販のネオジム永久磁石の数倍に相当する2テスラを上回る磁力が得られました。これまでに鉄系高温超伝導体の磁石を用いて米国立強磁場研究所や中国科学院のグループなどが報告していた、世界記録を2倍超上回る磁力です。また、3日間にわたり磁力の変化を計測したところ、テスラクラスの強大な磁力にも関わらず極めて小さい減衰で保持できることが分かりました。さらに、本共同研究グループのエインズリーらが最先端の有限要素モデリング(複雑な現実世界をまるごと計算するのではなく、比較的単純な要素に分解し、要素毎の計算結果を合わせることで算出する手法)で解析したところ、磁力の実験値はシミュレーションの結果と優れた一致を示し、磁力の起源となる超伝導電流が均一に循環していることが示唆されました。
また、本共同研究グループの嶋田らが電子顕微鏡観察を行ったところ、研究者とAIがプロセス設計した試料のミクロ構造に、注目すべき違いがあることを見出しました。研究者がプロセス設計した試料では、数十ナノメートル(ナノは10億分の1)の間隔を比較的均一に保ちながら、ぎっしりと詰まった粒界ネットワークがみられました。一方、AIがプロセス設計した試料では、間隔が数十~数百ナノメートルの広い範囲を持つ、二峰性の粒界ネットワークがみられました。この特徴的な粒界ネットワークは、高温超伝導でこれまで見られなかったもので、どのように高い電流特性に寄与しているかを解明できれば、鉄系高温超伝導磁石の磁力向上のブレイクスルーにつながると期待されます。
AIを活用した材料の合成プロセス設計手法は、今後のデータベース基盤*注7)や生成AI*注8)の進展と相補して、今後大きく進化すると予想されます。研究者とAIたちが、それぞれの強みを活かしながら、一緒に超伝導材料合成を探索する時代の幕開けとなることが期待できます

今後の展開
今回開発した超伝導磁石はランダムな方向を向いた結晶から構成される多結晶型材料の構造を持っており、鉄系高温超伝導体の中で最も強い磁力を示します。多結晶型材料の製造は計算シミュレーションを用いることで、予測可能性を高め高度化を進めることができます。また、一般的なセラミックス合成プロセスを応用して効率的にスケールアップすることができます。そのため、鉄系高温超伝導磁石は、実用的な用途に適した次世代強力磁石の候補の1つとして大きな可能性を秘めています。具体的には、医療用磁気イメージング診断(MRI)、製薬・たんぱく質解析の展開に資する磁気共鳴分析装置(NMR)、宇宙誕生の起源に迫る高エネルギー加速器や、フュージョン、エネルギー・輸送分野などへの応用が期待されます。


図1 研究者とAIが同じ実験データを共有しながら、独立してプロセス設計する枠組み


研究者は、人間の経験と理論に基づいた戦略により、プロセスの探索空間と初期データをAIに提供します。AIは、優れた特性をもたらす合成条件を予測するために、データを基に機械学習を行います。研究者は、提案された条件に従って試料を合成し、測定を行い、データベースを更新します。AIによるアプローチでは「データ駆動型ループ」が繰り返され、バランスのとれた大域的探索と局所的最適化が進められます。同時に、研究者は、データ駆動型ループで得られたデータを含む共有データベースを分析し、次のプロセスを計画し、サンプルを合成します(「研究者主導のループ」)。この2つの独立したループが協奏することで、研究者はバイアスを容易に取り除き、視野を広げることができます。また、AIは機械学習するデータを拡大し、研究者によってラフに最適化された良質なデータを含めて学習することで、より効率的なプロセス設計に貢献することができます。


図2 試作した鉄系高温超伝導磁石
 鉄系高温超伝導磁石(直径30 mm、厚さ6 mm)。左側①はAIが設計したプロセス、右側②は研究者が設計したプロセスで合成しました。2つの磁石を重ねて磁力を測定しました。

用語説明
注1)超伝導、超伝導転移温度
超伝導は、ある物質を低温に冷却すると起こる現象で、超伝導になる温度を超伝導転移温度と呼ぶ。超伝導状態では、電気抵抗が完全に消失するゼロ抵抗状態が出現する。ゼロ抵抗状態では、エネルギーを全くロスなく輸送・貯蔵することが可能で、将来の環境エネルギー材料として注目されている。その他、量子コンピューターに応用可能なジョセフソン効果なども、超伝導にのみ現れる特別な現象である。

注2)ケルビン
絶対零度(摂氏マイナス273.15度)をゼロ度と定義した温度の単位。すべての原子や分子が理論上、運動を止める温度を絶対零度と呼び、これより低い温度は存在しない。参考として、液体ヘリウム温度は約4.2ケルビン、液体窒素温度は約77ケルビン、室温は約300ケルビンである。

注3)テスラ
磁力の単位。1テスラが1万ガウスと等価。MRIに用いられる磁石は0.5~3テスラ程度であり、乗用車を持ち上げられるくらいの磁力を持つ。

注4)個々の結晶粒界における微視的な電流特性
以下のプレスリリース、論文を参照のこと。
「鉄系高温超伝導体で世界最高の超伝導電流を実現」

https://www.jst.go.jp/pr/announce/20211022/index.html

https://doi.10.1038/s41427-021-00337-5

注5)ミクロ構造の深層学習による解析
以下のプレスリリース、論文を参照のこと。
「AIでセラミックス材料の3次元ミクロ構造の高精度なモデル化に成功」
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20240305-3/index.html

https://doi.10.1038/s41524-024-01226-5

注6)ベイズ最適化、ソフトウェア「BOXVIA」
入力(実験条件)に対する出力(実験結果)の予測が難しい問題に対しても、比較的少ないデータ数(実験回数)で最適な条件を見つけることが可能な、データ駆動型の最適化手法。BOXVIAは、プログラミングなしに手軽にベイズ最適化の計算実行とその結果の可視化が可能なソフトウェアであり、無料で公開されている。
https://doi.org/10.1016/j.softx.2022.101019

注7)データベース基盤
優れた機械学習のモデルを作成する際に、AIが学習するのに必要となるデータベースの基盤のこと。国内では、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)において材料に関するデータベースが蓄積されている。

注8)生成AI
膨大な学習データからパターンや傾向を学習し、既存のデータとは異なる、新たなデータを生成する創造的な活動を目的としたAIの手法の1つ。他のAIと比較して、テキスト、画像、音楽、ビデオなどの新しいコンテンツを生成することを得意としている。

 ◆研究に関する問い合わせ◆
   東京農工大学 大学院工学研究院
先端物理工学部門 准教授
山本 明保(やまもと あきやす)

 ◆報道に関する問い合わせ◆
   東京農工大学 総務課広報室
九州大学 広報課
科学技術振興機構 広報課

◆JST事業に関する問い合わせ◆
   科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)
プレスリリース(PDF:427.7KB)

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