2023-07-19 早稲田大学
発表のポイント
- カーボンフリーな水素社会構築に向けて、水素を安全かつ効率良く輸送・貯蔵できる水素キャリアとして有機ハイドライドの実用化が強く期待されている。
- 本研究では、固体酸化物型燃料電池を使用し、有機ハイドライドであるメチルシクロヘキサンから直接発電し、再利用するトルエンを高い生成割合で回収することに成功した。
- この成果により、エネルギーロス低減と設備の簡素化、省コスト化が期待される。また、燃料電池をケミカルリアクターとして応用でき、新たな合成化学が創出される可能性がある。
概要
早稲田大学理工学術院の福永 明彦(ふくなが あきひこ)教授らの研究グループとENEOS株式会社は、固体酸化物型燃料電池※1を利用して、水素キャリア※2である有機ハイドライド※3から直接発電することに成功しました。
有機ハイドライドは水素キャリアとして、カーボンフリーな水素社会※4の構築に向けてその実用化が大変期待されています。しかしながら、有機ハイドライドから水素を取り出す際の触媒の耐久性、熱エネルギー消費が課題となっています。本研究において、高価な貴金属を用いない固体酸化物型燃料電池を利用して、有機ハイドライドの一つであるメチルシクロヘキサンから水素を取り出すと同時に発電することに成功しました。その結果、必要なエネルギーの低減が図れるだけでなく脱水素設備も不要にできることが期待されます。加えて、燃料電池を化学品の酸化合成デバイスに適用できることも明らかにしました。
本研究成果は、『Applied Energy』誌(論文名:Dehydrogenation of methylcyclohexane using solid oxide fuel cell – A smart energy conversion)にて、2023年7月4日(現地時間)にオンライン掲載されました。
図1:有機ハイドライドからの直接発電により、脱水素設備が不要でロスの少ないエネルギー変換に成功
(1)これまでの研究で分かっていたこと
カーボンフリーな水素社会構築には、水素を安全かつ効率良く輸送・貯蔵できる水素キャリアが必要です。現在、高圧水素ガスよりエネルギー密度が高く、既設の石油化学インフラが利用できる有機ハイドライドが、水素キャリアとして大変期待されており、海外からの水素エネルギー導入に向けた実証事業もスタートしています。しかしながら、有機ハイドライドから水素を取り出す脱水素プロセスにおいて、大規模な設備、及び大量の熱エネルギーが必要であることが課題となっています。
一方、燃料電池は、水素と酸素から化学反応によりCO2フリーな電気を直接得られるデバイスとして開発され、これまでエネファームや燃料電池自動車に利用されています。しかしながら、使用できる水素には高い純度が求められ、電極材には白金などの高価な貴金属が必要である等の課題があります。
(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
そこで、「吸熱反応である有機ハイドライドからの脱水素」と「発熱反応である発電」の2つのプロセスを燃料電池内で同時に行うことに挑戦しました。そのために固体酸化物型燃料電池の運転条件(セルの温度等)を詳細に検討することにより、有機ハイドライドの一つであるメチルシクロヘキサンから、発電しながらトルエンを回収することに成功しました。この成果により、従来必要であった脱水素設備を使用せずに、脱水素反応より少ないエネルギーで発電できる可能性が示されました。また、回収したトルエンの生成割合は94%でした。加えて、条件を変更することにより、燃料電池を用いて芳香族の骨格に酸素基を導入できることも明らかにしました。
(3)そのために新しく開発した手法
これまでは、比較的運転温度の低い固体高分子型燃料電池(PEFC)※5を用いた検討が行われていましたが、どうしても反応が進行しませんでした。今回は、運転温度の高い固体酸化物型燃料電池(SOFC)を利用し、有機ハイドライドが熱分解しないような温度で、電極での炭素析出を防ぐ条件で燃料電池の運転を行うことにより、水素キャリアからの直接発電に成功しました。
図2:従来の燃料電池反応および今回の燃料電池反応
(4)研究の波及効果や社会的影響
水素社会の構築には、安全で効率の良い水素キャリアが不可欠です。現在有機ハイドライドの一つであるメチルシクロヘキサンが最有力候補の一つですが、エネルギーロスが約30%と大きいことが課題となっています。本研究の燃料電池を用いたメチルシクロヘキサンからの直接発電により、エネルギーロスの低減と設備の簡素化が期待できます。その結果、地球温暖化対策に必須とされている水素社会の構築を前進させることができます。
加えて、燃料電池を用いて、伝導イオンと化学品を反応させることが可能なことを見出したので、今後、燃料電池を応用した新たな合成化学が創出される可能性があります。
(5)今後の課題
今後は、反応速度向上のための電解質層の薄膜化や燃料電極構造の最適化、スケールアップ等を図りたいと考えています。
(6)研究者のコメント
燃料電池は、これまで水素と酸素の電気化学反応により高効率でカーボンフリーな電気が得られるデバイスとして研究開発されてきました。本研究では、このデバイスを応用することにより、有機ハイドライドからの脱水素反応および芳香族環の酸素置換反応を制御できることを明らかにしました。他方、今回は原理検証の段階であり、反応速度や反応収率には改善の余地がありますので、今後、実用化に向けた研究開発を継続していきたいと考えています。
(7)用語解説
※1 固体酸化物型燃料電池(SOFC:solid oxide fuel cell)
高温でイオン伝導性を有した固体電解質を用いた燃料電池である。全て固体で構成され、発電効率が高い。化学反応が高温で行われるため、白金などの高価な触媒が不要である。
※2 水素キャリア
水素を輸送・貯蔵のために別の状態や材料に変換したもの。有機ハイドライド、アンモニア、水素吸蔵合金等。
※3 有機ハイドライド
代表的な水素キャリア。触媒反応により水素を可逆的に放出する有機化合物、特にメチルシクロヘキサンやシクロヘキサン、デカリンなどの飽和縮合環炭化水素の総称。水素を液体状態で、輸送、貯蔵でき水素密度が大きい。
※4 カーボンフリーな水素社会
CO2を発生しない水素を主要なエネルギー源に転換し、利用する社会のこと。水素社会の実現には、燃料電池・水素利用技術の開発と実用化、経済性の向上、および関連インフラの整備などが必要である。
※5 固体高分子型燃料電池(PEFC:polymer electrolyte fuel cell)
イオン伝導性を有する高分子膜(イオン交換膜)を電解質として用いる燃料電池である。常温から起動できるが、触媒には白金などの貴金属を用いる必要がある。
(8)論文情報
雑誌名:Applied Energy
論文名:Dehydrogenation of methylcyclohexane using solid oxide fuel cell – A smart energy conversion
執筆者名(所属機関名):Akihiko Fukunaga(福永明彦)*、 Asami Kato(加藤朝巳)*、 Yuki Hara(原悠起)*、 Takaya Matsumoto(松本隆也)**
* 早稲田大学理工学術院 先進理工学部 応用化学科
** ENEOS(株)中央技術研究所
掲載日時(現地時間):2023年7月4日
掲載URL:https://doi.org/10.1016/j.apenergy.2023.121469
DOI:10.1016/j.apenergy.2023.121469