溶質と溶媒が相互に影響し合う機構を原子レベルで直接観測~光化学反応における溶質と溶媒和の構造変化を100兆分の1秒単位で追跡~

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2023-02-14 高輝度光科学研究センター,理化学研究所,高エネルギー加速器研究機構

高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の片山哲夫主幹研究員、理化学研究所放射光科学研究センター利用システム開発研究部門SACLAビームライン基盤グループの矢橋牧名グループディレクター(高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室室長)、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の野澤俊介准教授、同機構の足立伸一理事、ヨーロピアンXFEL(ドイツ)のクリストファー・ミルネグループリーダー、ハンガリー科学アカデミー(ハンガリー)のジョージ・バンコ教授、ニューキャッスル大学(イングランド)のトーマス・ペンフォールド教授、マドリード自治大学(スペイン)のボチェック・ガウェルダ教授、アイスランド大学(アイスランド)のジャンルカ・レヴィ研究員らによる共同研究グループは光を吸収した溶質分子とその周りを囲う溶媒分子がお互いに影響し合いながら光化学反応が進行するメカニズムを原子レベルで解明することに成功しました。
溶液中では、反応する分子(溶質分子)の周りは常に溶媒分子に囲われており、溶媒の種類によって化学反応のスピード、反応中間体(*1)の寿命、生成物の種類や収率が変わることが知られています(溶媒和効果)(*2)。しかし、溶媒分子がどのように溶質分子の構造変化や化学反応を促したり抑制したりするのか、その様子を直接観測することはこれまでできませんでした。
本研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA(*3)のBL3を使い、光を吸収した金属錯体(*4)(溶質分子)とアセトニトリル(溶媒分子)の構造変化を正確に追跡しました。その結果、溶質分子の動きが周囲の溶媒分子の再配置を促すだけでなく、溶媒の再配置によって溶質の動きが駆動されることが分かりました。すなわち、溶質分子と溶媒分子の間の影響が双方向的であることを原子の動きとして捉えることに初めて成功しました。
この研究は、溶質と溶媒の構造変化を観測する分子動画を実現したものであり、光化学反応における溶媒和効果の機構の解明に貢献することが期待されます。またこの研究は、2019年に科学雑誌Nature Communications誌に掲載された同研究グループによる研究成果の続編になります。本成果は科学雑誌Chemical Science誌のオンライン版に掲載されました。

【論文情報】
題名:Atomic-scale observation of solvent reorganization influencing photoinduced structural dynamics in a copper complex photosensitizer
日本語訳:銅錯体光増感剤の光誘起構造変化に影響する溶媒再配置を原子レベルで可視化
著者:Tetsuo Katayama, Tae-Kyu Choi, Dmitry Khakhulin, Asmus O. Dohn, Christopher J. Milne, György Vankó, Zoltán Németh, Frederico A. Lima, Jakub Szlachetko, Tokushi Sato, Shunsuke Nozawa, Shin-ichi Adachi, Makina Yabashi, Thomas J. Penfold, Wojciech Gawelda, Gianluca Levi
ジャーナル名:Chemical Science
オンライン掲載日:2023年2月14日
DOI: 10.1039/D2SC06600A

【研究の背景】
溶液中では、溶質分子の周囲に常に溶媒分子が存在し絶えず動き回っています。光によって溶質分子にエネルギーを与えると分子の形が変わることがありますが、周囲の溶媒分子はその構造変化に応じて配置を変えて全体を安定化させます。この時、溶質分子と溶媒分子の間でエネルギーのやり取りが起こります。このプロセスは、溶液中で進行する化学反応の特徴です。使用する溶媒の種類を変えると化学反応のスピード、反応中間体の寿命、生成物の種類や収率が変わることが知られており、気相中で進行する化学反応とは全く異なる結果が得られることも珍しくありません(溶媒和効果)。溶媒和効果が化学反応において重要な役割を果たしていることは古くから知られている一方で、その微視的なメカニズムはよく分かっていませんでした。これは、溶質分子と溶媒分子それぞれの原子位置の変化を正確に追跡することができなかったためです。
XFELは超高速(100兆分の1秒)で起こる微小な原子位置の変化(1000億分の1メートルオーダー)を検出するのに適した光源です。2019年に本研究グループは光増感剤(*5)のプロトタイプである銅(I)フェナントロリン錯体(英名: [Cu(2,9-dimethyl-1,10-phenanthroline)2]+)に光エネルギーを与えると分子が振動しながら正四面体型から平面型へと平坦化する様子(図1)を時間分解X線吸収分光(*6)によって観測することに成功しました。しかしこの手法では、X線を吸収する銅原子に結合している原子の位置変化しか捉えることができず、金属錯体の周りに離れて位置している溶媒分子の動きは不明なままでした。

【研究内容と成果】
本研究では、より広範囲まで原子位置の変化を精密に可視化できる時間分解X線溶液散乱と時間分解X線発光分光を相補的に組み合わせることで、この課題に取り組みました(図1)。その結果、金属錯体(溶質分子)とアセトニトリル(溶媒分子)のそれぞれの構造変化を原子の位置情報として直接観測することに成功しました(図2)。
光を吸収した溶質分子は不安定な構造(正四面体型)から安定な構造(平面型)へと平坦化し、振動します。平坦化すると配位子(*7)の間の空間が広がるため、溶媒分子がそのスペースに入り込み、中心の銅原子に近づく様子が観測されました。この過程は溶質分子の形状の変化が周囲の溶媒の再配置を駆動していると理解できます(溶質分子→溶媒分子)。光をあてた直後はこのような一方向的な相互作用が支配的ですが、しばらく時間が経つと逆方向の相互作用(溶媒分子→溶質分子)の影響が観測されました。すなわち、溶媒の入り込む動きによって溶質分子の振動が減衰し、更なる平坦化が進行することが分かりました。本研究により、溶質分子と溶媒分子の双方向的な相互作用を原子の動きとして説明することが初めて可能になりました。

【今後の展開】
本研究で開発した手法によって、溶媒和が光化学反応でどのような役割を果たしているのかの微視的なメカニズムを解明することができるようになりました。これは、紫外〜可視光のレーザー分光では達成できない本手法のユニークな点であり、効率的に光エネルギーを化学エネルギーへと変換する人工光合成技術など、新たな光化学反応の開発にとって基盤的な技術となることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費特別推進研究「時間分解X線溶液散乱による光化学反応の構造可視化」(21H04974)、新学術領域研究「高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用」(19H05782)、挑戦的研究(萌芽)「X線自由電子レーザーの特性を生かしたフェムト秒構造化学の開拓」(21K18944)の支援を受け、SACLAの利用研究課題として実施されました。

図1:(a) 銅(I)フェナントロリン錯体の構造。中心の銅原子に2つのフェナントロリン配位子が直交に結合している。(b)銅(I)フェナントロリン錯体の反応経路とエネルギーの模式図(ポテンシャルエネルギー曲面)。可視光を吸収すると初期の四面体型の構造が不安定になり、平面型へと形状が変化する。(c)時間分解X線溶液散乱と時間分解X線発光分光のセットアップ。

図2:時間分解X線溶液散乱により決定された溶質分子と溶媒和の構造変化。(赤点)配位子の二面角の時間変化。(黒点)溶媒分子が平坦化によって空いたスペースに入り込む度合い。青枠の時間領域では溶質分子の平坦化が急速に進み、溶媒分子の再配置を引き起こす。黄枠の時間領域では、スペースに入り込む溶媒分子の動きによって溶質分子の振動が減衰する。さらに緑枠の時間領域では、溶媒の入り込む動きと溶質分子の平坦化が協奏的に進行する。青枠の時間領域では溶質分子が溶媒分子の動きを駆動するプロセスが支配的だが、黄枠と緑枠の時間領域では溶媒分子と溶質分子の動きは相互に影響し合っている。

【用語解説】

※1. 反応中間体
化学反応において最初の反応物から最終の生成物に至る過程で一時的に生じる物質のこと。不安定なものほど寿命が短い。

※2. 溶媒和効果
溶液中の化学反応において反応性(反応物、反応中間体、生成物の安定性)に対して溶媒が及ぼす影響のこと。溶質分子と溶媒分子の間の様々な分子間相互作用によって決定される。

※3. X線自由電子レーザー施設SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。第3期科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の一つで、2006年度から5年間の計画で建設・整備された。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用を開始した。0.1ナノメートル以下という世界最短波長のX線レーザーを発振する能力を持つ。

※4. 金属錯体
金属イオンに非金属の分子やイオンが結合した構造を持つ化合物のこと。

※5. 光増感剤
光を吸収し、そのエネルギーを他の物質に渡すことで化学反応のプロセスを補助する物質のこと。

※6. 時間分解X線吸収分光
X線を照射すると、試料に含まれる元素に固有なエネルギーのX線が吸収される。X線吸収分光法は、照射するX線のエネルギーを変えながら物質による吸光度を測定する実験方法で、注目した原子周辺の局所的な構造や化学状態を知ることができる。時間分解X線吸収分光法は、短時間だけ発生するX線パルス光(XFEL)と可視レーザー光を使い、2つの光を試料に照射するタイミングを変えることで、高速現象の時間発展を調べる手法。

※7. 配位子
金属錯体の中で金属イオンに結合している非金属の分子やイオンの総称。

《問い合わせ先》
片山 哲夫(カタヤマ テツオ)
公益財団法人高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 主幹研究員

矢橋 牧名(ヤバシ マキナ)
理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門
SACLAビームライン基盤グループ グループディレクター
野澤 俊介(ノザワ シュンスケ)
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 准教授
※研究に関するお問い合わせは、片山までお願い致します。

(その他報道に関すること)
理化学研究所 広報室 報道担当
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室

(報道に関すること)
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

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