2024-11-15 東京大学
○発表のポイント:
- 量子ビームを用いた水素の構造解析手法を開発し、これまで困難であったナノ薄膜や表面近くの水素の格子位置を水素濃度%オーダーの精度で同定することに成功しました。
- チタン結晶中では、従来予想されていたものとは異なる水素配置によって構造が安定化していることを解明しました。また同位体を用いることで水素位置を制御できることを実証しました。
- 水素位置の原子レベルでの制御による新たな物性開拓の道が開かれ、さらに高性能な水素吸蔵材料や固体電解質などの開発、水素の量子性の基礎的理解にも繋がることが期待されます。
水素シグナルの二次元収量マップと、入射方向から見た結晶構造
○概要:
東京大学 生産技術研究所の小澤 孝拓 助教と福谷 克之 教授、同大学 大学院理学系研究科の清水 亮太 准教授と一杉 太郎 教授(兼 東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 特任教授)、大阪大学 大学院工学研究科の濵田 幾太郎 准教授、筑波大学 数理物質系の関場 大一郎 講師らによる研究グループは、水素の定量計測に用いられてきた核反応法にイオンチャネリング技術を組み合わせた構造解析手法を開発し、従来困難であったナノ薄膜中の水素位置の同定に成功しました。
本研究ではチタンナノ薄膜水素化物における水素の構造を解析し、水素が二種の格子サイトを共占有していることを発見しました。網羅的な第一原理電子状態計算を駆使し、それらの構造の物理的起源を電子状態の観点から解明しました。さらに同位体効果を用いることで、水素の格子サイトを制御できることを示しました。本研究成果は、水素の配置制御による物性開拓や、効率的な水素吸蔵材料などの開発に役立つことが期待されます。
本研究成果は日本時間11月14日19時に「Nature Communications」に掲載されました。
○発表内容:
クリーンなエネルギーとして注目される水素は、さまざまな材料に侵入しやすい性質を持ちます。たとえば金属結晶に侵入した水素は格子の隙間を占有/拡散し、水素脆化など機械的性質を変調させたり、超伝導発現など電子的特性を変化させることで知られます。「どれだけの水素が結晶中のどこに位置するか」を知ることは、吸蔵/脱離の水素ダイナミクスや水素化物の物性を理解する上で欠かせません。吸蔵/脱離プロセスが必ず表面を介することから、特に表面近傍やナノ薄膜における水素の構造解析は貯蔵材料や固体電解質など応用の観点でも重要です。しかし、小さく軽い水素の直接検出は難しく、その構造解析は容易ではありませんでした。
本研究では、イオンビームを用いた水素の検出手法である共鳴核反応法(注1)に着目し、イオンチャネリング(注2)技術と組み合わせた水素位置の構造解析手法「チャネリングNRA」を開発しました。図1に示すように、チャネリング条件下では母体原子の裏に隠れた水素は検出されず、チャネル上の水素が選択的に検出されます。これを用いて、NRA収量の入射ビーム角度依存性を精密に測定することで水素位置を解析しました。これにより従来は困難であったナノ薄膜や表面近傍の水素の格子位置の同定が、水素濃度~1%の精度で可能となりました。
図1:チャネリングNRAの原理と、期待されるNRA収量変化の概略図
図2(a)に反応性スパッタリングにより作製した膜厚90nmのチタン水素化物TiH1.47エピタキシャル薄膜中の水素原子の位置を解析した結果を示します。(0 0 1),(1 1 ̅ 1 ̅ ),(1 1 ̅ 1)面でNRA収量の増加、(1 ̅ 1 0)面で減少が観測されました。これは、水素原子が前者のチャネル面上の格子位置を占めていることを示しています。図2(b-1,2)に水素が四面体(T)サイトもしくは八面体(O)サイトを占めた場合のシミュレーション結果を示します。実験結果とシミュレーションとの詳細な比較により、89%の水素がTサイト、11%の水素がOサイトを共占有した構造(b-3)であることがわかりました。
これまでδ-チタン水素化物では、水素はTサイトのみを占有すると考えられてきました。そこでOサイト部分占有の物理的起源を解明するため、水素の配置を考慮して網羅的に第一原理電子状態計算(注3)を実行しました。その結果、TiH1.5では水素のOサイト部分占有によって結晶の対称性を低下させることでフェルミレベル近傍に擬ギャップを形成し、構造が安定化していることを明らかにしました(図3)。分子や金属酸化物でよく知られたヤーン・テラー効果(注4)に対し、水素配置による構造安定化機構として”水素ヤーン・テラー効果”という新しい概念を提唱しました。これは水素を含む物質で一般的に成り立つ概念で、特異な電子状態に起因した新奇物性探索の指針となることが期待されます。
さらにTiH0.60D1.0エピタキシャル薄膜中のHとDの位置を同時に解析したところ、HがT/Oサイトを共占有する一方、DはTサイトのみを占有することを明らかにしました。同位体によるゼロ点振動エネルギーの差を利用した水素位置制御の可能性を示しました。
図2:(a) TiH1.47の入射ビーム角度の二次元NRA収量マップ。
(b-1) Tサイト, (b-2) Oサイト, (b-3) T+Oサイト を水素が占有した場合のNRA収量のシミュレーション。特に(001)面では水素位置によってNRA収量に大きな違いが見られる。
図3:第一原理計算で求められたOサイト部分占有構造の電子状態密度。矢印は擬ギャップを示す。
本研究成果は、チャネリングNRAを用いて水素格子位置の原子レベルでの解析に成功し、水素位置制御による新奇電子状態発現の可能性を見出すとともに、同位体効果を利用した水素の位置制御を実証したものです。新たな水素吸蔵性やプロトン伝導性、電子物性を持つ水素化物の開発に繋がることが期待されます。
○発表者・研究者等情報:
東京大学
生産技術研究所
小澤 孝拓 助教
福谷 克之 教授
兼:国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 グループリーダー
大学院理学系研究科 化学専攻
清水 亮太 准教授
一杉 太郎 教授
兼:東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 特任教授
大阪大学 大学院工学研究科
濵田 幾太郎 准教授
筑波大学 数理物質系
関場 大一郎 講師
○論文情報:
〈雑誌名〉Nature Communications
〈題名〉Isotope-dependent site occupation of hydrogen in epitaxial titanium hydride nanofilms
〈著者名〉*Takahiro Ozawa, Yuki Sugisawa, Yuya Komatsu, Ryota Shimizu, Taro Hitosugi, Daiichiro Sekiba, Kunihiko Yamauchi, Ikutaro Hamada, Katsuyuki Fukutani
〈DOI〉10.1038/s41467-024-53838-6
○研究助成:
本研究は、科研費「課題番号:JP18H05518」、「課題番号:21H04650]、「課題番号:21K20349」、「課題番号:24K17612」、「課題番号:24H00040」の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)共鳴核反応法
Nuclear reaction analysis(NRA)。加速した高エネルギーイオンと標的原子の核反応を利用して元素を非破壊検出する実験法。本研究では15NイオンとHの核反応1H(15N,αγ)12Cにより放出されるγ線を計測することでHを検出する。核反応の共鳴幅が小さいことから、15Nイオンビームの入射エネルギー掃引によりH濃度の深さ分布をnmオーダーで取得できる。さらにγ線のエネルギー解析により、水素同位体である軽水素(H)と重水素(D)の区別が可能である。
(注2)イオンチャネリング
イオンビームの入射角度とターゲット試料の結晶軸の角度が揃っている時、結晶軸の隙間(チャネル)をイオンが通り抜ける現象。チャネリング条件下では、チャネル上の原子(不純物)が選択的に検出される。
(注3)第一原理電子状態計算
量子力学の基礎方程式のみから系の電子状態を求める計算手法。安定な構造や振動状態を定量的に計算することができる。
(注4)ヤーン・テラー効果
縮退する電子状態を持つ系において、原子の幾何学的変位によって結晶の対称性を下げることで電子状態の縮退を解き、対称性の低い構造を安定化する効果のこと。分子や遷移金属酸化物でよく見られる。
○問い合わせ先:
〈研究内容について〉
東京大学 生産技術研究所
助教 小澤 孝拓(おざわ たかひろ)
教授 福谷 克之(ふくたに かつゆき)
〈報道機関窓口〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室
大阪大学 工学研究科 評価・広報係
筑波大学 広報局
東京科学大学 総務企画部 広報課