2024-08-05 東京農工大学
国立大学法人東京農工大学大学院の鈴木健仁准教授(工学研究院)、遠藤孝太氏(研究当時、修士課程在籍)、春石誉人氏(研究当時、学士課程在籍)、浦島康平氏(研究当時、修士課程在籍)、山森駿司氏(研究当時、修士課程在籍)、ローム株式会社は、6G通信(Beyond 5G)での使用が期待されている周波数帯の0.3テラヘルツ(波長: 1ミリメートル)で、メタサーフェス(注1)と共鳴トンネルダイオード(注2)を融合することで、鋭い指向性を持つ(広がらず遠くまで届きやすい)円偏波(電磁波の電界が進行方向に垂直な面で円を描く電磁波)を発生させることに成功しました。鋭い指向性を生み出すメタサーフェスによる平面レンズ(メタレンズ 注3)には、東京農工大学の研究グループが有する超高屈折率・低反射な人工構造材料を用いています。テラヘルツ発振器には、ローム株式会社の有する共鳴トンネルダイオードを用いています。6G通信、センサ機器、イメージングなどでの産業展開が大きく期待されます。
本研究成果は Applied Physics Express に2024年8月5日に掲載されます。
【報道解禁】2024年8月5日(月)午後9時30分(日本時間)
論文タイトル:Circularly polarized plane terahertz waves radiated from a resonant tunneling diode integrated with a collimating metalens and quarter-wave plate
URL: https://iopscience.iop.org/article/10.35848/1882-0786/ad52e5
研究背景
現在、急速に普及が進んでいる5G通信で使用されているミリ波よりも10倍以上周波数が高いテラヘルツ波帯の電磁波は、6G通信や7G通信などでの使用が期待されています。テラヘルツ電磁波を操るためには、シリコンなどの自然材料で作られたドーム状の厚みを持ったレンズなどの光学素子がよく用いられています。しかしながら、テラヘルツ電磁波を発生させるテラヘルツ発振器への集積化に向けて、光学素子を薄い平面構造にする必要があります。
研究体制
本研究は、東京農工大学 大学院工学研究院先端電気電子部門の鈴木健仁准教授、遠藤孝太氏(研究当時、修士課程在籍)、春石誉人氏(研究当時、学士課程在籍)、浦島康平氏(研究当時、修士課程在籍)、山森駿司氏(研究当時、修士課程在籍)、ローム株式会社により行われました。また、本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR222I)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤(B)(21H01839)、公益財団法人中部電気利用基礎研究振興財団などの支援により行われました。
研究成果
鋭い指向性の円偏波の発生に用いた光学素子(図1(a))は、平面レンズ(メタレンズ、図1(a)では水色の円盤で図示、図1(b)の左図)と円偏波変換板(図1(a)では水色のひし形で図示、図1(c))の2つの機能で構成されています。平面レンズにより共鳴トンネルダイオードから放射された放射状のテラヘルツ電磁波を鋭い指向性の平面波に変換し、円偏波変換板により平面波を円偏波に変換しています。平面レンズは、誘電体のシートの表と裏にテラヘルツ電磁波の波長の数分の一程度の大きさのメタアトムと呼ばれる微細な構造を配置したメタサーフェスによる人工構造材料で作られています。このメタアトムのパラメータ(微細な構造の大きさや並べる間隔など)を調整することで、屈折率、反射率、透過率などの光学特性を調整しています(図1(b)の右図)。
今回、本研究グループは、テラヘルツ電磁波が伝搬する際に減衰しにくい材料であるシクロオレフィンポリマーの表と裏に銅のワイヤーを配置することで、平面レンズ(図2(a))と円偏波変換板(図2(b))を作製しました。作製した平面レンズと円偏波変換板の2つの機能で構成した光学素子を共鳴トンネルダイオードに搭載(図3)し、鋭い指向性の円偏波の発生(図1(a)では水色の円形の矢印で図示)をショットキーバリアダイオード(注4)で確認しました。共鳴トンネルダイオード単体からはy軸方向のみの電界を有するテラヘルツ電磁波が放射されているため、図4(a)の共鳴トンネルダイオード単体の実験ではx軸方向の電界は観測されません。一方で、図4(b)の通り、平面レンズと円偏波変換板の2つの機能で構成した光学素子を共鳴トンネルダイオードに搭載した場合、電磁波の電界の向きが変換され、x軸方向の電界とy軸方向の電界は同程度になっており、x軸方向とy軸方向の両方に電界が振動する円偏波が発生していることが分かります。
今後の展開
平面レンズと円偏波変換板の2つの機能で構成した光学素子の実現は、光渦、超高指向性、自由自在な波面制御などのその他の魅力的な機能への展開が可能なことを示唆しており、6G通信、7G通信、センサ機器、イメージングなどの実現に大きく貢献できます。
図1 (a) 鋭い指向性の円偏波の発生に用いた光学素子 (b) 平面レンズ。メタアトムのパラメータ(微細な構造の大きさや並べる間隔)を変化させると、屈折率が変化する。レンズ内で屈折率の傾斜をつけることで、電磁波が広がらずにある特定の方向に進むようになる。 (c) 円偏波変換板。電界が一方向のみに振動する平面波を、x軸方向とy軸方向の両方に電界が振動する円偏波へと変換する。
図2 (a) 作製した平面レンズと(b) 拡大図 (c) 作製した円偏波変換板と(d) 拡大図
図3 作製した平面レンズと円偏波変換板を共鳴トンネルダイオードに搭載した実験
図4 (a) 共鳴トンネルダイオード単体と(b) 平面レンズと円偏波変換板の2つの機能で構成した光学素子を共鳴トンネルダイオードに搭載した場合のx軸方向の電界とy軸方向の電界の比率の実験結果
用語説明
注1 メタサーフェス
原子より大きいが電磁波の波長に対しては小さなサイズの構造体を原子や分子に見立てて配列することで、自然界には存在しない電磁的性質(誘電率、透磁率)を実現できるスーパー材料(メタは”超”の意味)のこと。
注2 共鳴トンネルダイオード
半導体素子の一種。テラヘルツ電磁波を室温で発振できる光源として、6G通信、センサ機器、イメージングなどでの展開が期待されている。
注3 メタレンズ
メタサーフェス(注1)によるレンズのこと。東京農工大学の研究グループが独自に発明したメタレンズの正式名称は、両面構造ペアカットワイヤーアレーアンテナ。日本特許第6596748号, 米国特許第10686255号, 他。
注4 ショットキーバリアダイオード
半導体素子の一種。今回は、テラヘルツ電磁波を観測する受信器として活用している。
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学 大学院工学研究院
先端電気電子部門 准教授
鈴木 健仁 (すずき たけひと)
◆報道に関する問い合わせ◆
東京農工大学 総務課広報室
科学技術振興機構 広報課
◆JST事業に関する問い合わせ◆
科学技術振興機構 創発的研究推進部
加藤 豪 (かとう ごう)