自己修復する触媒の開発に成功~触媒の長寿命化を実現する革新的技術~

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2024-08-03 東京大学

発表のポイント

  • 世界初、反応中に失活しても外部エネルギーを必要とせず、自発的に自己修復する触媒を開発した。
  • 触媒科学の長年の課題であった「自己修復する触媒」の実現は、触媒の長寿命化につながる画期的な成果である。
  • 高活性、高選択性、長寿命を同時に実現する小分子戦略は、さまざまな金属触媒反応への応用が期待される。

自己修復する触媒の開発に成功~触媒の長寿命化を実現する革新的技術~
設計したスカンジウム錯体の基本骨格(左図)とその水中構造モデル(右図;n = 3の場合)

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の北之園拓助教、小林修教授らの研究グループは、反応中に失活しても外部エネルギーを加えることなく、自発的に自己修復(注1)する触媒の開発に成功した。この革新的な触媒は、触媒科学における長年の夢であった「自己修復する触媒」を初めて実現するものである。 キラルルイス酸触媒(注2)は、その高い反応性と選択性制御能力から有機合成において重要な役割を果たしてきたが、金属イオンの加水分解による触媒劣化が課題であった。特に、高ルイス酸触媒は水分子との強い結合により加水分解のリスクが高く、安定性の向上が求められていた。

本研究では、双性イオン構造に基づく分子設計により、これらの課題を克服した。設計された触媒は理論的および実験的に高い安定性を示し、緩衝作用(注3)により塩基性条件下でも加水分解が抑制されることを明らかにした。

この自己修復機能と高活性、高選択性を併せ持つ触媒は、環境負荷の低減や高効率な合成プロセスへの貢献が期待される。さらに、この小分子戦略は、他の金属触媒反応にも応用できる可能性があり、触媒科学の新たな扉を開く成果として注目される。

発表内容

研究の背景
触媒技術は、排出ガスの浄化から化成品や医薬品の生産に至るまで、現代社会を支える不可欠な技術である。触媒の性能を評価する際には、「高活性」、「高選択性」、「長寿命」が重要な三要素とされている。このうち「長寿命」は、サステイナビリティ(持続可能性)の観点からも現代社会で極めて重要であり、近年、長寿命化を目指した触媒の開発競争が続いている。反応中に失活しても外部エネルギーを加えることなく自発的に自己修復する触媒があれば、理論的には半永久的な寿命を獲得できるが、これまでこのような触媒は実現されておらず、「夢の触媒」と考えられてきた。例えば、医薬品合成、高分子合成、機能性化学品の合成にしばしば用いられるキラルルイス酸は、有機化合物や水分子などに含まれる酸素、窒素、硫黄原子などのルイス塩基と反応することで失活し、触媒のターンオーバー数や選択性が低下する。一方、スカンジウムに代表される金属イオンのルイス酸性は水和状態で発揮されるため、この問題を解決するためには、活性と選択性を高水準で維持しつつ、加水分解などの触媒の劣化に対処する必要がある。小林教授、北之園助教らの研究グループでは、有機溶媒も界面活性剤も使わない有機合成アクアケミストリー(注4)に着目し、高活性と長寿命を両立した触媒開発に取り組んでいる。2年前に触媒の固定化(不溶化)技術と組み合わせることで加水分解の抑制を報告しているが、今回の研究では、より精緻な構造設計が必要となる小分子戦略に取り組んだ。

研究の内容
本研究では、高いルイス酸性を維持しつつ加水分解を抑制する手法として、キラルな分子骨格に対アニオンを結合させたアニオン性配位子を新たに設計した。金属のルイス酸性は対アニオンによっても左右される。金属イオンとの配位が弱いほどルイス酸性が高くなる一方、水和構造が安定になるため加水分解のリスクは高まる。そこで今回の設計では、双性イオン構造による安定性の向上と加水分解生成物の不安定化を利用し、加水分解の抑制を目指した(図1)。この緩衝作用は自己修復機能と捉えることができる。通常、自己修復には外部エネルギーの活用が必要であるが、今回の分子設計ではエネルギー供給を必要としない自発的なプロセスで進行する点が特徴である。


図1:従来のキラルルイス酸と今回開発したキラルルイス酸の概念図

設計に基づき、アニオン性配位子とスカンジウムからなる錯体(図2)を合成した。その3次元モデルからは、アニオン部位がスカンジウムの第二配位圏に位置しており、配位水との水素結合が構造の剛直性と安定性に寄与していることが示唆された。また、スカンジウムのルイス酸性は、キラルな分子骨格とアニオン部位とを繋ぐリンカーの長さによって調整可能であることも明らかにした。

自己修復する触媒の開発に成功~触媒の長寿命化を実現する革新的技術~
図2: 設計したスカンジウム錯体の基本骨格(左図)とその水中構造モデル(右図;n = 3の場合)
黄色はSc、黄緑色はC、青色はN、赤色はO、白色はH、橙色はSを指す
最適条件では、更に4,4’位に長鎖アルキル基を導入して攪拌効率を向上させた

このキラルスカンジウム錯体の耐久性を評価すべく、回収・再使用実験(図3)を行ったところ、10回使用後も触媒活性が維持されていることが示された。滴定実験の結果からも、本錯体が緩衝作用を示すことが証明された。


図3: 実際に行われた触媒反応:光学活性β-アミノアルコール合成
右の写真は反応の様子

今後の展望
本研究は、分子設計による触媒劣化対策の概念実証研究であり、この成果は多様な金属触媒への応用が期待される。

論文情報
雑誌名
Journal of the American Chemical Society論文タイトル
Small-Molecule-Based Strategy for Mitigating Deactivation of Chiral Lewis Acid Catalysis

著者
Fangqiu Lu, Taku Kitanosono,* Yasuhiro Yamashita and Shū Kobayashi*
(*責任著者)

DOI番号
10.1021/jacs.4c07449

研究助成

本研究は、新学術領域研究「高分子を活用するユビキチン選択的認識・標識法の開発(課題番号:JP19H05288)」、及び科研費基盤研究S「水を中心とする有機化学=アクア有機化学の構築(課題番号:JP22H04972)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  自己修復
自身の抱える潜在的な劣化のリスクに対応し、機能状態を維持する性能。

注2  キラルルイス酸触媒
カルボニル化合物等の電子豊富な化合物の非共有電子対を受け取ることで、反応性を飛躍的に向上させることのできる触媒で、主にカチオン性の金属錯体が用いられる。特に、金属錯体の配位子としてキラル化合物を用いることで触媒活性種の立体環境を制御し、不斉反応が可能となる。このように僅かなキラル源を用いてアキラルな分子から光学活性分子を合成することは触媒的不斉合成と呼ばれ、現代有機化学の重要な技術の一つ。

注3  緩衝作用
系に酸または塩基が少量加えられても、それによるpH変化を相殺して平衡を維持しようとする働きのこと。

注4  有機合成アクアケミストリー
不溶性有機化合物を水中で反応させるための手法として、有機溶媒や大量の界面活性剤によって可溶化、均一化を図ることがある。これに対して有機溶媒などを用いない手法では、原料は水と混和しない状態で反応し、無溶媒下や有機溶媒中で進行する化学反応とは異なる反応性や選択性を示すことがある。最新の研究ではこのような事例が蓄積されつつあり、本研究グループでは、このような可溶化を前提としない有機合成手法を有機合成アクアケミストリーと呼んでいる。

0500化学一般
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