窒素循環は気候に影響を与える~人間活動が地球環境に影響を与える知られざる側面~

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2024-07-25 東京大学

発表のポイント
  • 人間活動から放出された反応性窒素が地球環境に与える影響を初めて包括的に評価しました。
  • 反応性窒素の増加が大気や陸域の窒素循環の変化を通じて気候システムに影響を与えていることが明らかとなりました。
  • 人為起源の窒素利用と温室効果ガス排出を同時に削減することによる効果的な気候変動対策に貢献することが期待されます。
発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の伊藤昭彦教授らによる研究グループは、人為起源の反応性窒素(Nr)(注1)が地球環境に与える影響を明らかにしました。本研究では、人間活動による窒素放出インベントリ、大気化学モデル、陸域窒素循環モデルを用いることで、環境中に放出された反応性窒素が大気中の微粒子や温室効果ガス、さらに陸域生態系の炭素収支に変化を与えることで気候システムに影響を与えていることを初めて解明しました(図1)。炭素循環が大気中の二酸化炭素(CO2)の濃度を介して気候に影響を与えていることは以前から知られていましたが、本研究では窒素循環の影響を明らかにした点で新規性があります。この研究成果は、今後の人為起源の窒素利用と温室効果ガス排出を同時に削減することによる効果的な気候変動対策に役立つことが期待されます。

窒素循環は気候に影響を与える~人間活動が地球環境に影響を与える知られざる側面~
図1:反応性窒素(Nr)が気候に影響を与える経路
太線矢印は本研究で対象としたプロセスであり、陸域生態系モデルと大気化学モデルで評価しました。直接的な放射強制力(RF)(注2)の推定値は人為起源の反応性窒素による気候影響を表します。[]で示した不確実性の範囲はNMIP2モデル計算の標準偏差や大気化学の不確実性に基づいています。オレンジ色と濃青色の実線矢印はそれぞれ温暖化または寒冷化の効果を示しています。

発表内容

農地での堆肥・肥料や化学工業のため大量の窒素が使用され、反応性窒素(Nr)として環境中に放出されて様々な環境問題を引き起こしています。しかし、窒素循環の変化が地球の気候に与える影響の全体像は十分に理解されていませんでした。
そこで、ドイツのマックス・プランク研究所などから多くの研究者が参加する国際チームによって、地表での窒素動態や大気中での輸送・化学反応を扱うモデルを用いた分析が行われました。陸域生態系の窒素循環については、複数モデル相互比較(NMIP2)の結果を使用しており、そこに東京大学などで開発されたVISIT(Vegetation Integrated SImulator for Trace gases)が寄与していました。
その結果、地球のNr循環の変化は温暖化と寒冷化の両方に作用することが示され、両者が相殺しあった結果、産業革命以降では正味での寒冷化効果が生じてきたことが明らかとなりました。温室効果ガスであり土壌中の微生物の働きで生成放出される一酸化二窒素(N2O)や、窒素酸化物(NOx)との化学反応の結果として生じる対流圏オゾン(O3)は温暖化を招きます。一方、同じく大気中の化学反応により、微粒子(エアロゾル)による日射の反射や温室効果ガスであるメタン(CH4)の減少が生じ、さらに地表に沈着した窒素は植生の成長を促進して二酸化炭素の吸収を引き起こすことで寒冷化を招きます。その大きさは、1850年から2019年の間の放射強制力にして-0.34 W m­-2と推定されましたが、これはCO2などの人為起源温室効果ガスによる温暖化の約1/6に相当する規模でした。図2に示すように、これらの効果は場所ごとに異なった強さで現れ、特にエアロゾルの効果によってアジア、ヨーロッパ、北アメリカで強く負の放射強制力(寒冷化を招く効果)がはたらいていることが示唆されました。
本研究では、Nrが地域の環境汚染だけでなく地球の気候に与える影響の全体像を初めて解明しました。この成果により、人間活動から排出されるNr関連ガスの削減による気候変動対策のより効果的な実施につながることが期待されます。


図2:人為起源の反応性窒素に起因する2019年時点の放射強制力
大気化学輸送モデル(GEOS-Chem-RRTMG)の計算に基づく(a) CO2、(b) N2O、(c) CH4、(d)エアロゾル、(e)対流圏オゾンを介した人為起源の反応性窒素による放射強制力への寄与。(f)はその合計である正味の効果。

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院農学生命科学研究科 伊藤 昭彦 教授

論文情報
雑誌名
Nature
題名
The enduring world forest carbon sink
著者
Yude Pan*, Richard A Birdsey, Oliver L Phillips, Richard A Houghton, Jingyun Fang, Pekka E Kauppi, Heather Keith, Werner A Kurz, Akihiko Ito, Simon L Lewis, Gert-Jan Nabuurs, Anatoly Shvidenko, Shoji Hashimoto, Bas Lerink, Dmitry Schepaschenko, Andrea Castanho, Daniel Murdiyarso *責任著者
DOI
10.1038/s41586-024-07714-4
URL
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07714-4
研究助成

本研究は、科研費「デジタルバイオスフェア:地球環境を守るための統合生物圏科学(課題番号:21H05318)」、の支援により実施されました。

用語解説

注1 反応性窒素(Nr: Reactive Nitrogen)
大気中に大量に存在する窒素分子(N2)は非常に安定した状態にあります。窒素循環を考える場合は、窒素分子を除いた、化学反応で形態を変えて環境中で様々な役割を果たす窒素化合物(反応性窒素:Reactive Nitrogen)を対象にします。代表的な反応性窒素として、無機物ではアンモニアや硝酸、有機物ではアミノ酸やタンパク質があります。なお、安定な窒素分子を反応性窒素に変える工業的な方法として、ハーバー・ボッシュ法などがあります。

注2 放射強制力(RF: Radiative Forcing)
大気組成の変化などによって生じる地球の放射収支の変化(単位はW m­–2)であり、地球温暖化を引き起こす強さの指標として用いられます。大気中の温室効果ガス濃度上昇は正の放射強制力を持ち、エアロゾルは日射を反射することで負の放射強制力を示します。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授
伊藤 昭彦(いとう あきひこ)

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)

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