2024-06-28 東京大学宇宙線研究所,大阪公立大学,大阪電気通信大学,神奈川大学,信州大学,理化学研究所
図1:Telescope Array宇宙線観測装置
(左) Telescope Array宇宙線観測装置の配置図。縦軸が南北方向を示し、横軸が東西方向を示す。507台のプラスチックシンチレータ地表粒子検出器 (□)が、東京23区より広い領域に1.2キロメートル間隔で碁盤目状に設置されている。地表検出器群を見渡すように3か所に大気蛍光望遠鏡 (■)が建設されている。破線は各望遠鏡ステーションの視野を表す。(★)は中央レーザ装置(CLF)の位置。(右上) フィールドに設置された地表検出器。 (右下) 東南のBRサイトに建設された大気蛍光望遠鏡ステーション
発表のポイント
◆米国ユタ州のTelescope Array宇宙線観測装置によって、100EeV以上の最高エネルギー宇宙線をこれまでの14年間で19事象観測。その到来方向分布は等方的。
◆宇宙の物質構造をなす銀河から最高エネルギー宇宙線が発生すると仮定した場合に、電荷をもった重い原子核が宇宙磁場によって曲げられて地球に到来したことを初めて推定。
◆今後は、最高エネルギー宇宙線の観測例をさらに増やすとともに、粒子を識別する方法を向上させ、宇宙の極高エネルギー現象との関連を明らかにしていく。
発表の概要
東京大学宇宙線研究所の荻尾彰一教授等、Telescope Array(TA)国際共同研究グループ(注1)は、宇宙の物質構造をなす銀河から最高エネルギー宇宙線が発生すると仮定して、電荷をもった重い原子核が宇宙磁場によって曲げられて地球に到来したことを初めて明らかにしました。
宇宙から降り注いでいる高エネルギーの粒子(宇宙線)の中には、非常に高いエネルギーの宇宙線がごく稀に存在しており、宇宙におけるもっとも激烈な物理現象と関連していると考えられています。宇宙線は荷電粒子であるため宇宙磁場で曲げられますが、非常に高いエネルギーの宇宙線は磁場で曲げられにくく、その到来方向が発生源を指し示すことが期待されます。
米国ユタ州に建設したTA宇宙線観測装置(注2)(図1)の地表粒子検出器で2008年から14年間で取得したデータを用いて、100EeV(注3)を超える最高エネルギー宇宙線を19事象観測し、それらの到来方向が等方的に分布しているように見えました。これは最高エネルギー宇宙線が電荷をもった重い原子核で宇宙磁場によって曲げられて地球に到来したことを示唆しています。
研究の内容
宇宙線は、宇宙から地球に到達する荷電粒子です。これらの粒子は非常に高いエネルギーを持ち、最大で200~300EeVに達します。このエネルギーは、人類が建設した最大の加速器である大型ハドロン衝突型加速器(注4)で生成される粒子のおよそ1000万倍に相当します。1EeVより高いエネルギーの粒子を超高エネルギー宇宙線(UHECR)と呼びます。これらの粒子が銀河系外起源であると考えられていますが、その発生源は不明です。主な問題は、荷電粒子が宇宙磁場によって曲げられるために、その発生源を特定できないことです。
UHECRの起源をよりよく理解するのに役立つと考えられる重要な性質は、その質量組成、つまり構成される原子核の種類とその割合です。質量組成が重要なのは、宇宙媒体中での減衰長が異なるため、伝播距離、つまり天体までの最大距離が原子核の種類によって異なるからです。
UHECRの性質を決定する上での主な問題の一つは、その到来フラックス(注5)が低いことです。エネルギー1EeVの場合、1平方キロメートルあたり年間約20-30個ですが、エネルギー100EeVの場合はその10000分の1程度です。このような低フラックスのUHECRは、特に高エネルギーにおいて十分な数の事象を検出し蓄積することを困難にしています。実験的には、UHECRは、一次粒子が空気原子と衝突する際に生成される素粒子のカスケードを通して観測されます。これらのカスケードは、広範囲大気シャワー(EAS)と呼ばれます(図2)。一方、このような間接的な観測は、一次粒子の種類を識別することの難しさにつながります。これまでは大気蛍光望遠鏡(FD)で観測した、宇宙線の入射方向に沿った空気シャワーの発達から一次粒子の識別を行っていますが、FDの稼働効率が10%程度で、解析に使える事象数が少ないです。
図2 : TA宇宙線観測装置
地表粒子検出器(Surface Detector: SD)はUHECRが大気中に入射した際に生成される空気シャワーからの二次粒子を地表で検出する。
また空気シャワーから発生する大気蛍光を大気蛍光望遠鏡(Fluorescence Detector: FD)で検出する。
この研究ではUHECRの質量組成推定の新しい方法を紹介します。この方法はEASの最も確かな測定特性である到来方向とエネルギーのみに基づきます。ここでUHECRが宇宙の物質構造をなす銀河から発生すると仮定し、モデル化します。そして天球上の到来方向の分布をUHECRフラックスモデルで予想される分布と比較することによって、天体から到来したUHECRのどの組成がデータに適合するかを評価します。
この新しい方法をアメリカのユタ州にある北半球最大のUHECR観測装置であるTA実験の地表検出器による14年間の観測で蓄積されたデータに適用しました。100EeV以上のエネルギーでは、昨年TA国際共同研究グループが検出を報告した244EeVの最高エネルギー宇宙線(注6)を含む19事象を検出し、UHECRフラックスモデルに対して最も顕著な相関の欠如が見られました(図3)。
図3 : 100EeV以上の最高エネルギー宇宙線と宇宙磁場の影響を考慮したフラックス分布の比較
TAで測定した100EeV以上のUHECRの到来方向分布(白丸)と宇宙磁場による不規則な磁場の影響を入れたUHECRフラックスモデルで予想される分布との比較を銀河座標で示した。モデルの分布で赤色のフラックスが高く、濃い紫色のフラックスが低い。
この発見は、宇宙磁場による最高エネルギー宇宙線の発生源からの偏向が非常に大きい可能性を示します。宇宙磁場に関する既存の制限を考慮すると、このことは、最高エネルギーの宇宙線が重い原子核に相当する電荷を持っていることを意味します(図4参照)。
図4:宇宙線データの偏向による拡がりの角度θ100min°
規則的な銀河磁場を使用し、銀河系外磁場の偏向は無視した場合のいくつかの純粋な核組成モデルに対する偏向による拡がりの値も縦軸に示した(陽子pは赤色、ヘリウムHeは橙色、酸素Oは緑色、シリコンSiは青色、鉄Feは紫色)。一番右のエネルギービンである100EeV以上の最高エネルギー宇宙線データはいくつかの重い組成モデルは、θ100min° = 200°という結果であり、紫色の鉄組成モデルの結果(θ100min° = 約50°)程度に大きい(鉄程度に重い)。
今後は、最高エネルギー宇宙線の観測例をさらに増やすとともに、一次粒子の識別法を向上させ、宇宙の極高エネルギー現象(注7)との関連を明らかにしていく予定です。
〇関連情報: プレスリリース「テレスコープアレイ実験史上最大のエネルギーをもつ宇宙線を検出」(2023/11/24)
発表者・研究者等情報
東京大学 宇宙線研究所
荻尾 彰一 教授(所長)
﨏 隆志 准教授
佐川 宏行 特任研究員
大阪公立大学 大学院理学研究科
常定 芳基 教授
藤井 俊博 准教授
大阪電気通信大学 工学部基礎理工学科
多米田 裕一郎 准教授
神奈川大学 工学部応用物理学科
有働 慈治 教授
池田 大輔 特別助教
信州大学 工学部電子情報システム工学科/航空宇宙システム研究拠点
冨田 孝幸 助教
理化学研究所 開拓研究本部
木戸 英治 研究員
論文情報
〈雑誌〉 Physical Review Letters
〈題名〉 “Isotropy of cosmic rays beyond 1020 eV favors their heavy mass composition”
〈著者〉 M.S. Pshirkov*, S. Ogio, H. Sagawa, Y. Tsunesada, E. Kido et al. (The Telescope Array Collaboration)(*:責任著者)
〈論文のURL(アクセプトされたことがわかるページは以下の通りです)〉
Physical Review Letters, “Isotropy of cosmic rays beyond 1020 eV favors their heavy mass composition”
Physical Review D, “Mass composition of ultrahigh energy cosmic rays from distribution of their arrival directions with the Telescope Array”
(本論文の電子版の掲載 : 7 月以降の予定です)
研究助成
本研究は、科研費「特定領域(課題番号:15077101)最高エネルギー宇宙線の起源-デカジュール粒子による宇宙物理の開拓-」、「特別推進(課題番号:JP2100002)最高エネルギー宇宙線で探る宇宙極高現象」、「特別推進(課題番号:JP15H05693)拡張テレスコープアレイ実験 – 最高エネルギー宇宙線で解明する近傍極限宇宙」、「基盤S(課題番号:JP15H05741)広エネルギー領域の精密測定で探る超高エネルギー宇宙線源の進化」、「基盤S(課題番号:JP19H05607)広エネルギー領域の精密測定による超高エネルギー宇宙線の源と伝播の統一的解釈」の他、米国科学財団(NSF)、韓国研究財団、ロシア科学アカデミー、ブリュッセル自由大学などの支援により実施されました。
用語解説
(注1)Telescope Array(TA)国際共同研究グループ : Telescope Arrayグループとは、Telescope Array実験に参加している研究者グループのことである。著者は、次の26の研究機関に所属している、あるいは所属していた142名の研究者からなる:東京大学宇宙線研究所、信州大学、大阪公立大学、神奈川大学、山梨大学、高知大学、理化学研究所、中部大学、大阪電気通信大学、情報通信機構、九州大学、芝浦工業大学、東京都市大学、KEK、東京大学地震研究所、広島市立大学、University of Utah、Hanyang University、INR、UNIST、Sungkyunkwan University、University Libre de Bruxelle、CEICO、Academia Sinica、National Center for Nuclear Research、Loyola University
(注2)TA(Telescope Array)宇宙線観測装置 : Telescope Array宇宙線観測装置は、米国ユタ州の北緯39.30度、西経112.91度、海抜約1400メートルのところにあり、北半球で最大の宇宙線検出器である。3平方メートルサイズのプラスチックシンチレータ地表検出器507台を1.2 キロメートル間隔に設置して約700平方キロメートルの面積で宇宙線を検出し、それを見込むように三か所に大気蛍光望遠鏡ステーションを建設した(図1)。宇宙から超高エネルギー宇宙線が大気中に飛来した際に発生した広域空気シャワー(図2)の横方向発達を地表粒子検出器で検出し、縦方向発達を大気蛍光望遠鏡で検出し、宇宙線のエネルギー、質量組成、到来方向を測定する。2008年5月に地表検出器と大気蛍光望遠鏡が全稼働した。
(注3)EeV : エクサ電子ボルト。1エクサ電子ボルトは100京電子ボルト。
(注4)大型ハドロン衝突型加速器 : 2009年より運用を開始した大型の陽子・陽子衝突装置として欧州合同研究機関(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC:Large Hadron Collider)がある。これまでの衝突エネルギーは世界最高で13.6テラ(1012)電子ボルトであり、ヒッグス粒子や超対称性粒子などを直接研究できる唯一の施設である。
(注5)フラックス:宇宙線が一定の断面積を単位立体角あたり単位時間に通過する頻度を意味する。
(注6)244EeVの最高エネルギー宇宙線:【プレスリリース】テレスコープアレイ実験史上最大のエネルギーをもつ宇宙線を検出。Telescope Array Collaboration(2023) “An extremely energetic cosmic ray observed by a surface detector array” Science, Vol 382, pp.903-97
(注7)宇宙の極高エネルギー現象:最高エネルギー宇宙線の発生源の候補としては、ガンマ線バースト(注8)、活動的な銀河核(注9)からのジェット、超強磁場をもった中性子星やエキゾチックな物理現象などが挙げられる。
(注8)ガンマ線バースト:宇宙で最も激しい爆発のこと。重い恒星が最期に超新星爆発を起こし、重力崩壊する際、または中性子星やブラックホール同士の合体に伴って起こり、ほんの数秒間に、太陽が一生かけて放出するのに相当するエネルギーを放出する。最初の即時放射には放出される光子の大半が含まれ、続いて残光が放たれる。即時放射にはガンマ線とともにX線が含まれ、残光にはさまざまな波長の光(電波、赤外線、可視光、紫外線、X線、ガンマ線)が含まれる。このうち可視光は、爆発の起きた天体までの距離を決めるために使われ、全てのガンマ線バーストが天の川銀河からはるかかなたの銀河で起きていることが分かっている。爆発は突然起きるため、いつどこで起きるか予測することは困難で、広い視野を持つシステムのみが観測可能となる。
(注9)活動的な銀河核(活動銀河核): 銀河の中でもその中心で激しい活動を起こしている天体のことを活動銀河核と呼ぶ。中心には太陽の何百倍以上もの質量があるブラックホールが存在し、その周りでは色々な現象が起きていると考えられている。ブラックホールの周囲には、ガスや塵などの物質が回転しながら吸い込まれていく降着円盤が存在し、円盤とは垂直の上下方向に高エネルギーのジェットを噴出している様子が観測されている。