南極隕石が明らかにした月の火山活動の変化

ad

2023-02-13 国立極地研究所

物理研究所(インド)、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)、国立極地研究所の研究者からなる国際共同研究チームは、1988年に日本の南極地域観測隊が採取した月隕石「Asuka-881757(図1、注1)」の全岩化学組成や鉱物の詳細な分析とモデル計算を行い、この月の玄武岩が、今から39億年前に、月のマントルの低温な浅い場所で形成されたことを明らかにしました。

過去にアポロ探査機などによって回収された月の玄武岩は、33億年前かそれ以前にマントルの高温な深い場所で形成されたと考えられていることから、本隕石はそれとは異なるメカニズムで形成されたことになります。この結果は、月の火山活動の形態には多様性があり、また、時間と共にマグマ発生の要因が変化したことを示しています。今後さらに月隕石の分析を進めることで、月の火山活動の全体像が解き明かされることが期待されます。

南極隕石が明らかにした月の火山活動の変化

図1:Asuka-881757。採集時の重さ442g。右の立方体の1辺は1cm。

研究の背景

今から約44億年前、原始地球に天体がぶつかる「ジャイアント・インパクト(巨大衝突)」が起こり、月が形成されました。この時、月全体が溶融してマグマの海(マグマオーシャン)ができたと考えられています。このマグマの海の中では、冷却するにつれて晶出したカンラン石や輝石などの鉱物がマグマの海の底に沈積しマントルをつくる一方で、軽い斜長石が表面に浮上して地殻を形成しました。さらにマグマの冷却が進むにつれて、マントル層の上にチタンに富む層や、カリウム(K)、希土類元素(rare-earth element、REE)とリン(P)(まとめて「KREEP」と呼ぶ)に富む層が形成されました。その結果、重いチタンに富む層がマントルの上に乗る形になったため、しだいにこの層が沈み、マントルの層構造が逆転する「マントルオーバーターン」という現象が起きました。それに伴いKREEP成分の一部がマントル内に添加されました。KREEPは放射性元素を多量に含んでいたため、それらが熱源となりマントルが溶融し、溶岩が地表に噴出して月の海と呼ばれる部分(月表面の黒っぽい玄武岩)が形成されたとされています。

米国のアポロ計画などの探査機で回収された溶岩は、ほとんどがこのKREEPを含むタイプの岩石です。

一方、月隕石の中には、KREEPを含まない(KREEP-free)試料が複数存在することも知られており、それらがどのように形成されたのがよく分かっていませんでした。

そこで本研究では、このような月の玄武岩の一つ、月隕石「Asuka-881757」を詳しく研究し、モデル計算から形成温度や深度を推定することとしました。この隕石の特徴として、KREEPをほとんど含まないことのほか、形成年代が39億年前と古いことが挙げられます。このようなKREEP-freeの月隕石を詳細に調べることで、過去の月の火山活動の全体像が明らかになるのではないかと期待されていました。

研究の成果

研究グループは、走査電子顕微鏡や電子プローブマイクロアナライザ、ICP(誘導結合プラズマ)質量分析計などの分析装置を用いて、Asuka-881757の化学組成や鉱物の分析を行い、岩石学的モデル計算を行いました。そして、アポロ計画で採取された月試料のデータや、別の月隕石の分析結果と比較しました。その結果、Asuka-881757は、アポロ計画で回収された多くの玄武岩よりも、深度が浅く、低い温度のマントルを起源としていることが明らかになりました。アポロ計画で回収された玄武岩は、より深い深度、かつ、高温のマントルを起源としており、両者が明らかに別のメカニズムで形成されたことを示しています。すなわち、39億年前(Asuka-881757の形成年代)から33億年前(KREEPによる火山活動)にかけて、月のマグマ活動の要因が変化したことが本研究で明らかになったのです。

これは、今から44年前に採取された南極隕石を最新の分析装置を使って研究した結果得られた成果です。隕石はアポロ計画等での探査試料とは異なり、月の全球表面から平均的にサンプリングされている可能性があり、重要な試料です。月隕石を研究することで、月の火山活動の詳しい歴史が解き明かされることが期待されます。

注1:
Asuka-881757は、第29次南極地域観測隊(1988年~1989年)により、東南極のセール・ロンダーネ山地南方に広がるナンセン氷原において採集された隕石である。セール・ロンダーネ山地の北側には「あすか基地」があることから、同山地の周辺で採集される隕石は「あすか隕石」と呼ばれる。29次隊での探査では1597個の隕石が採取された。直近では、2010年および2012年にもこの地域での隕石探査が行われた。
https://www.nipr.ac.jp/jare-backnumber/research54/rondane.html

発表論文

掲載誌:Nature Communications
タイトル:A changing thermal regime revealed from shallow to deep basalt source melting in the Moon

著者:
Yash Srivastava(Physical Research Laboratory、インド)
Amit Basu Sarbadhikari(Physical Research Laboratory、インド)
James M. D. Day(University of California San Diego、米国)
山口 亮(国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授)
竹之内 淳志(京都大学、研究当時:国立極地研究所 日本学術振興会特別研究員)
DOI:10.1038/s41467-022-35260-y
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-022-35260-y
論文公開日:2022年12月9日

研究サポート

本研究はJSPS科研費(基盤研究B、JP19H091959、特別研究員奨励費JP19J00954)、国立極地研究所プロジェクト研究費KP-307の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

(研究成果について)
国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授 山口 亮

(報道について)
国立極地研究所 広報室

1700応用理学一般
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました