2024-12-04 核融合科学研究所
核融合科学研究所(岐阜県土岐市)の小林達哉准教授、吉沼幹朗助教、居田克巳教授らの研究グループは、医療分野などで用いられているデータ解析手法「トモグラフィ」※1をプラズマ診断に適用し、これまで未踏空間であった「プラズマ位相空間」における分布の変化を高速で計測することに世界で初めて成功しました。位相空間とは、私たちの生活する実空間の座標と、多数のプラズマ粒子の速度に対応する座標で表現される空間のことです。高温プラズマでは位相空間分布に歪みが生じ、プラズマ性能に大きな影響を与えると考えられているため、その実験的観測が望まれていました。研究グループでは、3種類の異なる計測装置を用いてプラズマから出てくる光を分析する「分光計測」を行い、位相空間トモグラフィを用いてプラズマの位相空間分布の歪みを高精度で計測しました。さらにその歪みが、波動を介した効率の良いプラズマ加熱の結果によるものであることを見出しました。位相空間分布の観測は、核融合プラズマだけでなく、天体、太陽、オーロラなどのプラズマ研究でも重要なテーマであり、波及効果が見込まれます。
この研究成果をまとめた論文が米国科学アカデミー紀要に11月8日に掲載されました。
研究背景
カーボンニュートラル社会の実現に資する新たな電力源として、フュージョンエネルギーの研究開発が進められています。核融合科学研究所では、大型ヘリカル装置※2(LHD)を用い、核融合に必要な磁場閉じ込めプラズマの研究が行われています。プラズマは、気体を加熱しイオンと電子に分離することで生成されます。プラズマが他の物質と大きく異なる点は、密度の低さです。磁場閉じ込めプラズマの密度は大気の100万分の1程度でしかなく、構成粒子同士の衝突がごく稀にしか起こりません。その結果、「速度分布関数※3」と呼ばれる粒子運動のヒストグラムに歪みが生じます。速度分布関数の歪みは、プラズマの急激な温度の変化や流れの発生などを引き起こします。
プラズマ速度分布関数を知るために、プラズマから出てくる光を計測する、分光計測がよく用いられます。光の総量は限られているため、これまで速度分布関数の時間変化を計測するためには、空間的な分解能を諦めなければなりませんでした。一方で、速度座標と空間座標で分解したプラズマの「位相空間分布」の変化を知ることは、プラズマの運動を予測・制御し、核融合発電炉を実現させるため必要不可欠です。
研究成果
核融合科学研究所の小林達哉准教授、吉沼幹朗助教、居田克巳教授らの研究グループは、医療分野などで用いられるトモグラフィ技術を活用することで、プラズマ位相空間分布の高精度計測を行うことに成功しました。
今回、小林准教授らは、従来の「高分解分光装置」と「高速分光装置」に加え、「高速発光強度計測器」を新たに導入し、3種類の計測器の連携運転を行いました。得られたデータを統合し、トモグラフィ解析を行うことで元のプラズマ分布を再構成しました。その結果、速度座標と空間座標で分解した位相空間の計測を、世界で初めて1万ヘルツ(1秒間に1万回)の高速で行うことができるようになりました。トモグラフィ技術の応用で、これまでの2百ヘルツから50倍の改善に成功しました。
図1. 3 次元空間トモグラフィ(左)と、位相空間トモグラフィ(右)の概念図。3 次元空間トモグラフィでは、複数角度の撮像画像から被写体の3 次元構造を推定する。一方、今回開発した位相空間トモグラフィでは、(A)速度と空間、(B)速度と時間、(C)時間と空間にそれぞれ高分解計測したデータを組み合わせ、プラズマ位相空間分布を推定する。
開発された計測手法は、LHD実験において、プラズマ粒子とビーム粒子が波動を介してエネルギーをやり取りする現象の観測に適用され、位相空間分布の歪みの変化を明らかにしました。プラズマ中では発生した波動と近い速度で運動する粒子が、波動からエネルギーを得て加速されることが知られています(波動-粒子相互作用)。この現象は、ちょうどサーファーが波と同時に移動することで加速されるのに似ています。波動を介したプラズマ加熱は、高効率のフュージョンエネルギーを実現する上で不可欠の要素です。これまで、波動は主にドーナツ状のプラズマの輪の方向に進み、プラズマと相互作用すると考えられてきました。位相空間トモグラフィにより、これまで発見されていた右回り(磁力線の向きと反対方向)に進行する波動に加え、右回りの波動と左回りの波動が同時に発生するケースが新たに発見されました。同時発生する波動はより多くの粒子を加速するため、効率の良いプラズマ加熱につながると考えられます(図2)。
図2. 位相空間トモグラフィによって新たに発見された、左右同時進行する波による効率の良い粒子加速。A-C の計測器は、図1 右のA-C に対応。
研究成果の意義と今後の展開
今回の研究により、異なる計測器を連携運転し、機器それぞれの性能を上回るパフォーマンスを得られるようになることを実証しました。今後この計測技術は、フュージョンエネルギー実験装置での研究に活用され、速度分布関数の情報に基づくプラズマ制御などに役立てられると期待されます。また、近年のデータ科学的アプローチの進展を受け、さらなる計測性能の向上を目指した解析技法の探究が行われています。衝突の少ないプラズマは、磁場閉じ込めプラズマだけでなく、天体、太陽、オーロラなどでも共通に見られます。従って、これらの異なる系でも、プラズマ位相空間分布の詳細計測が望まれています。位相空間トモグラフィは、今後異分野でも活躍することが見込まれています。
【用語解説】
※1 トモグラフィ
人体や歴史的文化財、出荷前の製品など、直接観測することの難しい対象物の内部構造を、多方向からの観測の組み合わせで再構成する解析手法。例えば医療トモグラフィでは、X線や陽子線などによる投影撮像を多方面から行い、結果から内部構造を推定する。プラズマ診断では信号量を稼ぐため、時間や空間、速度方向に信号積分をする。この際に失われた分解能をトモグラフィ手法で回復することを、位相空間トモグラフィと呼ぶ。
※2 大型ヘリカル装置(LHD)
核融合科学研究所の実験装置で、超伝導コイルを用いた世界最大級のプラズマ閉じ込め装置。我が国独自のアイデアに基づくヘリオトロン配位と呼ばれる磁場配位を採用し、二重らせん状のコイルを用いて、プラズマの閉じ込めに必要である、ねじれた磁場構造を形成する。1998年に実験を開始。最近では、核融合プラズマ研究だけでなく、宇宙や生命などの他分野との共同で、最先端の研究課題解決のための実験も実施されている。LHDはLarge Helical Device の略。
※3 速度分布関数
核多数の粒子で構成される気体やプラズマでは、1つ1つの粒子に着目するのではなく、粒子全体の統計的な性質を知ることが重要である。気体やプラズマの統計的な性質を表す際に、粒子速度のヒストグラム「速度分布関数」がよく用いられる。図3に例を示す。速度分布関数は、横軸に粒子速度をとり、縦軸にその速度(範囲)の粒子数を示すことで記述される。粒子運動が穏やかな際にはヒストグラムの幅は狭まり、粒子運動が激しい際に幅が広くなる。粒子衝突が頻繁な場合に速度分布関数の形状は正規分布(物理の用語ではマクスウェル分布)となることが知られている。この際、密度、温度、流れ速度は分布の面積、幅、ピーク位置にそれぞれ対応する。衝突の稀な高温プラズマでは、速度分布関数は正規分布から逸脱し、歪みが生じることがある。これにより、プラズマの熱伝導や電気伝導度という物性指数が変化すると考えられている。速度座標と位置座標で分解したプラズマの分布は、プラズマ位相空間分布と呼ばれる。プラズマ位相空間分布の歪みが創発するプラズマ物性の理解を目指し、実験観測が進められている。
図3. 低温(左)及び高温(右)プラズマの粒子運動イメージ及び速度分布関数(速度ヒストグラム)。
【論文情報】
雑誌名:The Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
題名:Detection of bifurcation in phase-space perturbative structures across transient wave – particle interaction in laboratory plasmas
著者名:Tatsuya Kobayashi, Mikirou Yoshinuma, Wenqing Hu, and Katsumi Ida
DOI: 10.1073/pnas.2408112121
URL: https://doi.org/10.1073/pnas.2408112121
研究サポート
本研究は、文部科学省の科学研究費補助金事業(JP21K13902 and JP21H04973)による支援を受けました。
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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
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