2024-11-05 日本原子力研究開発機構,大阪大学
【発表のポイント】
- 核物質を管理するために非破壊測定等が行われていますが、放射能レベルが高い試料の場合、測定が難しくなることが問題となります。
- パルス中性子ビームの試料の透過率を測定する中性子共鳴透過分析(NRTA)は、上記問題を解決する有望な非破壊測定技術の一つですが、実用化には、パルス幅の短い中性子ビームを発生する中性子源を導入し、装置を小型化する必要があります。
- 本研究では、レーザー駆動中性子源(LDNS)を用いたNRTAシステムを構築し、極短パルスのレーザー光で中性子を発生させ模擬試料を用いた測定を行いました。その結果、LDNSを用いたNRTAシステムにより、原子核の面密度(面積当たりの粒子数)が測定できることを実証し、核物質の非破壊分析に適用できる新しい手法を提示しました。
- 将来的には、高い放射能レベルを伴う核物質の測定や、不審物中の核物質の検知などの核セキュリティへの応用、さらに、広く科学研究や工学応用においても利用されることが期待されます。
図1 レーザー駆動中性子源(LDNS)を用いた中性子共鳴透過分析システム(NRTA)
【概要】
核物質を管理するため非破壊測定等が行われていますが、将来的には、高い放射能レベルを伴う核物質の管理(※1)も想定されています。一般的に用いられる核物質の非破壊測定は、核物質から放出される放射線を測定する受動的な測定(図2左)を行います。しかし、試料の放射能レベルが高い場合、対象としない放射線も検出器に入ってくるため測定が困難になります。そこで、外部から測定試料に中性子等を照射し、それによって引き起こされた反応を測定する能動的な分析技術(図2右)の開発を行っているところです。パルス中性子ビームを用いる「中性子共鳴透過分析(NRTA)」は有望な技術の一つで、試料中の原子核の面密度(※2、面積当たりの粒子数)を測定することができます(図1、3)。この技術を実用化するには装置の小型化が必須です。そのためには中性子の飛行距離を短くしても十分な分析能力が得られるように、短パルス中性子源が必要となります。今般、レーザー技術の進展により、短パルスかつ高強度レーザーによるレーザー駆動中性子源(LDNS)(図4)が新たな中性子源として注目されています。本研究では、LDNSで生成した短パルス中性子を用いたNRTA測定で、原子核の面密度(※2)の計測が可能であることを示すことを目的に、実証実験を行いました。
実験では、大阪大学レーザー科学研究所の開発したLDNS[1,2]にレーザー科学研究所のLFEXレーザー(※3)を照射してパルス中性子を生成し、模擬試料として板状の銀とインジウムを重ねたものを使いました。レーザーショット直後は高電磁ノイズと大量のガンマ線と中性子が発生するため、通常の中性子検出器では容量を超えた信号を受けてしまい、正常な測定はできなくなります。そこで、ゲート付き中性子検出器を導入し、レーザーショット直後の信号を受け付けないようにしました。実験で使えるレーザーショット数は、レーザー装置の冷却のため1日に3回に限られています。そのため実験においては測定回路の調整等をできるだけ省略し、効率よく実験データを取得する必要があります。私たちは、検出器からの出力信号の全てをデジタル化して保存し、実験後に信号処理・データ解析を行い、中性子透過スペクトルを得ました。試料中の銀とインジウム原子核による透過率の減少から、それらの原子核の面密度(※2)を決定しました(図5)。
この成果は、LDNSを測定手法であるNRTAに組み合わせ、試料中の原子核の面密度(※2)を非破壊で測定できることをはじめて示したもので、将来の実用化に向けての一歩となります。レーザー装置は小型化、大強度化、高繰り返し化が進められており、それに合わせてLDNSの高度化も進められています。この分析技術は、核不拡散においては使用済み燃料など高い放射能レベルを伴う核物質の非破壊測定、核セキュリティにおいては不審物中の核物質検知、さらに、広く試料中の原子核の成分分析や検知・検出、温度測定[1,2]などに適用できますので、科学研究や工学応用においての利用などが期待できます。
なお、本研究は日本原子力研究開発機構(以下、「原子力機構」という。)核不拡散・核セキュリティ総合支援センターの小泉光生 研究専門職を中心とした大阪大学レーザー科学研究所(以下、「阪大」という。)、量子科学技術研究開発機構(以下、「量研」という。)との共同研究グループによる成果です。
本成果は、2024年9月19日にScientific Reportsにオンライン掲載されました。
【これまでの背景・経緯】
核物質を管理するため非破壊測定等が行われていますが、将来的には、高い放射能レベルを伴う核物質の管理(※1)も想定されています。核物質の管理手段の一つに、核物質から放出される放射線を測定する非破壊分析技術があります。この受動的な測定方法(図2左)は、試料の放射能レベルが高い場合、試料からの放射線が障害となり、測定が難しくなります。
原子力機構では、放射能レベルが高い試料を非破壊で分析する技術として、外部から測定試料に中性子等を照射し、それによって引き起こされた反応を測定する能動的な分析技術(図2右)を開発しています。
図2 受動的な測定方法(左)と中性子を用いた能動的な測定方法(右)の模式図
(左)受動的な測定方法
射性物質から放出される放射線(ガンマ線や中性子など)を検出器で計測し、その放射線量により、試料中に含まれる放射性物質の量を求める方法です。測定対象以外の放射性物質が試料にあると、それによる放射線が信号に加わり、測定の障害となります。また、その放射能が強すぎる場合は、検出器が飽和して測定そのものができなくなります。
(右)中性子を用いた能動的な測定方法
中性子を照射して試料中の原子核と反応させ、起きた反応の強度から試料を分析する方法です。試料から放出される放射線が障害とならないように測定し、照射による変化量を測定することで試料の分析が可能となります。中性子共鳴透過分析(NRTA)では透過中性子の減衰を測定します。
中性子共鳴透過分析(NRTA)(図1、3)は開発している技術の一つで、パルス中性子をビームとして測定試料を透過させるものです。パルス中性子の発生から試料を透過して検出器に到達するまでの飛行時間とその時の中性子量から、透過した中性子の飛行時間スペクトルを測定します。中性子は測定試料中において、中性子の速度(運動エネルギー)に依存する原子核固有の反応や散乱により減衰されます(図3左)。スペクトルの形状は、試料に含まれる原子核の種類や量を反映します(図3右)。中性子検出器は、試料から離れた位置に置けるので、試料からの放射線の影響はほとんど受けません。測定におけるスペクトルを時間(エネルギー)で分解する能力は、飛行距離と中性子のパルス幅により決まります。そのため、実用化するために小型装置(飛行距離が短い)を開発する場合、パルス幅が十分短い中性子源の導入が必要となります。
図3 中性子共鳴透過分析(NRTA)法
中性子源でパルス状に生成された中性子は、測定試料を通過し、中性子検出器に到達します(図1参照)。
(左)測定試料中の中性子の反応を模式的に示したものです。測定試料においては、中性子速度(エネルギー)に依存して原子核固有の反応や散乱が起きます。
(右)中性子検出器に到達する中性子量は、試料中の原子核による減衰を反映した中性子飛行時間スペクトルとなって現れます。試料中の原子核由来の凹みから原子核の面密度を定量します。
近年のレーザー技術の発展に伴い、レーザー駆動中性子源(LDNS)(図4)が新たな中性子源として注目されています。LDNSは、高強度・短パルスのレーザーをイオン生成ターゲットに照射し、プラズマ中でイオンを加速し、それを中性子生成ターゲットと衝突させることによって中性子を生成します。生成された中性子は、減速材中で散乱され、エネルギーを失い速度を落とした後、減速材から飛び出してきます。レーザーパルスの幅はピコ秒(1012分の1秒=1兆分の1秒)以下と短く、またLDNSは構成要素をコンパクトに配置できるため、通常の中性子源より短いパルス幅を持つ中性子ビームの生成が期待でき、NRTAとの組み合わせに有利です。
図4 レーザー駆動中性子源(LDNS)
高強度パルスレーザーによって生成されたプラズマにより加速された高速イオンは、中性子生成ターゲットとの衝突で中性子を生成します。生成された中性子は高エネルギー(速い)のものも多く含まれるので、減速材で散乱させ、減速することにより実験に適当な速度分布にします。
本研究は、LDNSをNRTAの中性子源として用い、模擬試料の中性子透過スペクトルを測定し、得られたスペクトルから試料中の原子核の面密度(※2、面積当たりの粒子数)を非破壊で測定できることを実証することを目的に実施されました。
【今回の成果】
実証試験では、短いパルスで高出力が得られる阪大レーザー科学研究所のLFEXレーザー(※3)と阪大の開発したLDNSを用いて中性子を発生させました。模擬試料として銀とインジウムの板を重ねたものを用いました。天然の銀には107Agと109Agの同位体が、インジウムには113Inと115Inが含まれており、実証実験において109Agと115Inの共鳴(各々5.19 eVと1.46 eV)による強い透過率の減少が期待されます(※4)。
強力なレーザーショットは、高電磁ノイズと大量のガンマ線と中性子を発生します。通常の中性子検出器では、レーザーショット時の信号量が容量を超えるため、正常な測定ができなくなります。そこで、ゲート付き中性子検出器を導入し、レーザーショット直後の信号を受け付けないようにしました。実験で使えるレーザーショット数は、レーザー装置の冷却のため1日に3回に限られます。そのため、測定回路を調整するための試験等を省略し、効率よく実験データを取得していく必要がありました。そこで私たちは、検出器からの出力波形信号の全てをデジタル化して保存し、実験後に信号処理・データ解析を行い、中性子透過スペクトルを得ることにしました。解析では、波形データの中から中性子を検出した時の波形信号を見つけ出し、その中性子が飛行した時間を集めました。その結果、計数法による中性子透過スペクトルの取得に成功し、109Agと115Inによる透過率の減少を明確に観測することができました。
得られたスペクトルから、バックグラウンドを差し引き、試料がない場合の中性子量と比較して中性子透過率スペクトル(図5)を導出し、フィッティング解析を行いました(図5の赤線)。その結果、得られた原子核の面密度(※2)は、試料の厚さから求めた面密度と誤差の範囲で一致し、NRTAによる分析が成功したことを示すことができました。これは、LDNSを用いたNRTAによる試料中の原子核の面密度を測定した初めての実証となり、将来、LDNSがNRTA装置の中性子源として有望であることを示しています。
図5 中性子透過率スペクトル
実験で得られた中性子の飛行時間に対する透過率を示したものです。測定値を黒丸で、解析で得られた値を赤線で示します。大きな透過率の減少(凹み)は、試料に含まれる109Agと115In原子核によるものです。
【今後の展望】
LDNSの基盤技術であるレーザー装置は小型化、大強度化、高繰り返し化が進められています。それに合わせて高繰り返しに対応するなどLDNSの高度化も進められており、将来LDNSが様々な場所で使用できることが期待されます。今回の成果は、LDNSがNRTAによる試料中の原子核の面密度(※2)測定に適用できることを示したものです。LDNSとNRTAを組み合わせた分析技術は、核不拡散においては使用済み燃料など高い放射能レベルを伴う核物質の非破壊測定、核セキュリティにおいては不審物中の核物質検知、さらに広く、試料中の原子核の成分分析や検知・検出[1]、温度測定[2]などにも適用できますので、科学研究や工学応用においての利用などが期待できます。
【論文情報】
雑誌名:
Scientific Report 14, 21916 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-72836-8
タイトル:
Demonstration of Shape Analysis of Neutron Resonance Transmission Spectrum Measured with a Laser-driven Neutron Source
著者名:
Mitsuo Koizumi1, Fumiaki Ito1, Jaehong Lee1, Kota Hironaka1, Tohn Takahashi1, Satoshi Suzuki1, Yasunobu Arikawa2, Yuki Abe2, Zechen Lan2,3, Tianyun Wei2, Takato Mori2, Tekehito Hayakawa3,2, Akifumi Yogo2
所属:
1 日本原子力研究開発機構(原子力機構)
2 大阪大学(阪大)
3 量子科学技術研究開発機構(量研)
<付記>各研究者の役割は以下の通りです。
小泉光生、伊藤史哲、Jaehong Lee、弘中浩太、高橋時音、鈴木敏(原子力機構):実験デザイン、データの収集
有川安信、安部勇輝、Zechen Lan、Tianyun Wei、森隆人、余語覚文(阪大)、早川岳人(量研): レーザー駆動中性子源、測定・分析技術の開発、パルス中性子の発生
小泉光生、伊藤史哲、Jaehong Lee(原子力機構):データ解析、論文執筆
【参考文献】
[1] A. Yogo et al.: Laser-driven Neutron Generation Realizing Single-Shot Resonance Spectroscopy, Phys. Rev. X 13, 011011 (2023)(https://doi.org/10.1103/PhysRevX.13.011011); プレス発表(2023/01/25): 発見!レーザーで中性子を発生する新法則 ―1千万分の1秒の瞬間で元素を透過識別する装置がコンパクトに― (https://www.jaea.go.jp/02/press2022/p23012501/)
[2] Z. Lan, et al.: Single-Shot Laser-Driven Neutron Resonance Spectroscopy for Temperature Profiling, Nature Communications 15 (2024) 5365 (https://doi.org/10.1038/s41467-024-49142-y); プレス発表 (2024/07/12): 「\「レーザー駆動中性子源」で大進歩!/ 1千万分の1秒で狙った材料の温度を非破壊計測 ―動作中の電池や半導体デバイス内部の異常検出・性能向上試験に― (https://www.jaea.go.jp/02/press2024/p24071202/)
【助成金等の情報】
本研究は文部科学省・核セキュリティ強化等推進事業費補助金で実施されました。
レーザー駆動中性子源の開発・運用は、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム A-STEP「コンパクト中性子源とその産業応用に向けた基盤技術の構築」(2015-2019 年度)、JST さきがけ(JPMJPR15PD)、日本学術振興会(JSPS)・科学研究費補助金(JP25420911, JP26246043, JP22H02007, JP22H01239)、JST SPRING (JPMJSP2138)、JSPS 特別研究員 DC2(202311207)、大阪大学レーザー科学研究所・共同利用研究などの支援のもとで進められました。
【用語の説明】
※1 放射能レベルが高い核燃料の利用
放射性廃棄物の減容を目的として放射性毒性の強い長半減期核種を原子炉等で燃焼させるために、高レベル放射性同位体を核物質に混ぜた核燃料の使用が検討されています。このような放射能レベルの高い試料は、これまでの方法では測定困難となるため、いかに核物質を計量・管理していくかが課題となっています。
※2 面密度
単位面積当たりの原子核の数。試料に含まれる原子核の密度×試料の厚さで求められます。試料中に含まれる原子核の濃度が濃くなったり、試料の厚さが増えたりすると面密度が増加します。
図6 面密度
単位面積当たりの原子核の数。図では、A原子核は単位面積当たり3個、B原子核は5個となります。
※3 LFEX(エルフェックス)
短いパルスで高出力が得られるレーザー装置。瞬間的(1012分の1秒=1兆分の1秒=1ピコ秒)に、世界中の総発電量をも上回る超高強度出力(2千兆ワット=2 ペタワット)が得られます。これは、典型的な発電所(100 万キロワット)が発生する電力の 200 万基分に相当します。高出力レーザー装置 「LFEX」は日本の光技術の粋を結集した最先端装置であり、国内企業の技術競争力の向上に大きく寄与するとともに、世界的に高く評価されています。
※4 銀とインジウム試料で得られる飛行時間スペクトル
天然の銀は107Agと109Agの同位体が52%と48%の比率で含まれており、天然のインジウムは113Inと115Inの同位体が4%と96%の比率で含まれています。109Agは中性子のエネルギーが5.19 eVにおいて、115Inは1.46 eVにおいて、中性子との核反応率が急激に高くなります。このような反応率の増加を共鳴と呼びます。飛行時間スペクトルにおいては、この中性子の共鳴エネルギーに相当する飛行時間で、透過率の減少(凹み)が生じます。共鳴エネルギーは核種により異なり、透過率の減少の大きさは、共鳴の反応率の大きさと、試料に含まれる原子核の量で決まります。共鳴エネルギーと反応率は核データとして調べられているので、スペクトルから試料の原子核の量を定量することができるわけです。なお、107Agと113Inに関しては、今回の実験で測定したエネルギー領域で観測できる共鳴はありません。