スキルミオンの創発的ガリレオ相対性~スキルミオンの運動の電気的制御・読み出しに成功~

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2024-09-19 理化学研究所,東京大学

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 強相関量子伝導研究チームのマックス・バーチ 基礎科学特別研究員、十倉 好紀 チームリーダー(東京大学 卓越教授/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)、強相関理論研究グループの永長 直人 グループディレクタ―(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター)、トポロジカルエレクトロニクス研究チームの川村 稔 チームリーダー、東京大学 大学院 工学系研究科 物理工学専攻のマックス・ヒルシュベルガー 准教授(理研 創発物性科学研究センター トポロジカル量子物質研究ユニット ユニットリーダー)らの共同研究グループは、電流によってスキルミオン[1]の運動を誘起し、スキルミオンをほぼ自由に駆動できることを実証しました。

本研究成果はスキルミオンを用いた計算機デバイスの応用研究への貢献が期待されます。

共同研究グループは、トポロジカルホール効果[2]と呼ばれる電気的測定法を利用して、スキルミオンと伝導電子の相対速度を測定し、ある一定の電流密度以上でトポロジカルホール効果が消失することを発見しました。この結果は、スキルミオンと伝導電子が同じ速度に達したことを示しています。このような複雑な量子系では予想外の結果でしたが、スキルミオンと伝導電子が同じ速度になることは、スキルミオンの運動が伝導電子の速度を直接制御していることを意味します。共同研究グループはこの新しい概念を「創発的ガリレオ相対性」と名付けました。

本研究は、科学雑誌『Nature』オンライン版(9月18日付:日本時間9月19日)に掲載されました。

スキルミオンの創発的ガリレオ相対性~スキルミオンの運動の電気的制御・読み出しに成功~
スキルミオンと伝導電子の運動の概念図

背景

物質中の伝導電子が、固体中の電子スピンによって形成される渦状の磁気構造体である「スキルミオン」の格子を通過すると、ベリー位相[3]と呼ばれる量子力学的位相を獲得し、創発磁場[4]を作り出します(図1a)。創発磁場は通常の磁場と同様に電子の動きを偏向する、トポロジカルホール効果を生み出します(図1b)。

さらに、物質中に電流を流すことにより、スキルミオンの運動を誘導することができます(図1c)。電流が小さい場合には、スキルミオンは物質の結晶格子に対して固定されていますが、ある一定の電流閾値(しきいち)を超えると、スキルミオンが伝導電子からの作用を受けて流れ始めます。トポロジカルホール効果の反作用で、スキルミオンは伝導電子とは反対方向へ偏向されるスキルミオンホール効果を示します。微小な量子磁石の配列であるスキルミオンの運動は、電磁気学のマクスウェル方程式と同様に、新たな電場を誘導します。誘導された電場は、トポロジカルホール効果によって生じたホール電圧の逆方向であるため、スキルミオンの速度が伝導電子の速度に追い付くにつれて、ホール電圧を減少させます。つまり、トポロジカルホール効果電圧を測定することで、スキルミオンの速度を高感度に測定することができる可能性があります。しかし現在まで、この可能性は十分に検証されていませんでした。

スキルミオンと伝導電子の運動の図
図1 スキルミオンと伝導電子の運動
a)固体中のスピンの渦巻き状の配列がスキルミオンを形成する。スキルミオンは伝導電子にとっての有効磁場である創発磁場を創り出す。
b)伝導電子がスキルミオン格子を横切ると、伝導電子はスキルミオンの創発磁場によるローレンツ力を受けて偏向される。これをホール電圧として測定できる。
c)電流が大きくなると、スキルミオンが動き始める。運動する創発磁場は、トポロジカルホール効果の電圧と逆方向の創発電場を誘導する。

研究手法と成果

共同研究グループは、スキルミオン物質「Gd2PdSi3」の大きな単結晶からマイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)程度の大きさのデバイスを切り出し、その電気伝導特性を低温で測定することで、スキルミオンのダイナミクスを観測しました(図2a)。Gd2PdSi3はこれまで知られているスキルミオン物質の中で最大のトポロジカルホール効果を示します。大きなホール電圧が得られるために測定感度が向上しました。

Gd2PdSi3のデバイスに流れる電流を増加させながら、トポロジカルホール効果電圧の測定を行ったところ、スキルミオンがGd2PdSi3結晶に対して静止している状態から、スキルミオンが流れている状態への動的遷移を観察できました(図2b)。

Gd2PdSi3のようなスキルミオン物質中における伝導電子の運動は、複雑な量子力学で記述されるため、伝導電子速度は明確に定義できず、ガリレオ相対性[5]は保証されません。伝導電子は電子バンドと呼ばれる複数の量子力学状態から編成されており、電子バンドによって異なる速度を有します。これらの速度は、通常、伝導電子が物質中の欠陥によって散乱してエネルギーを散逸させる運動量緩和プロセスによって決定されます。従って、一般的には、全ての電子バンドの伝導電子からの寄与が完全に打ち消し合ってトポロジカルホール効果が消失するという保証はありません。

しかしながら、驚くべきことに、今回の実験では、十分に大きい電流密度においてトポロジカルホール効果が完全に消失しました。これは伝導電子からスキルミオンの運動を見る基準系では、スキルミオンが静止して見えること、つまり、スキルミオンと伝導電子が同じ速度で移動していることを示しており、ガリレオ相対性を想起させます。

共同研究グループは、この実験結果を受けて、伝導電子速度の平衡分布がどのように決定されるかを再考し、超伝導発現機構を検討した過去の研究注1、2)を参考に、エネルギー最小化原理[6]が重要な役割を果たしている可能性に気付きました。このシナリオは、伝導電子の典型的な平均自由行程[7]がスキルミオンのサイズ(本研究の物質の場合、約2.5ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル))よりも大きい場合に可能で、スキルミオンの運動が伝導電子のペースメーカーとして機能し、伝導電子は速度を調整してエネルギーを最小化します。共同研究グループは、この概念を「創発的ガリレオ相対性」と名付けました。

デバイスの電子顕微鏡写真とトポロジカルホール効果の概念図の画像
図2 デバイスの電子顕微鏡写真とトポロジカルホール効果の概念図
a)測定に用いたデバイスの電子顕微鏡写真。集束イオンビームを使用して大きな結晶から切り出されたGd2PdSi3(マゼンタ)のマイクロスケールの平板で構成される。電気的測定のための電極(黄色)に接続されている。
b)トポロジカルホール効果の概略図。伝導電子がデバイス内のスキルミオン格子を横切ると、スキルミオンの創発磁場によって偏向されるため、伝導電子は上端に蓄積される。この伝導電子による電荷蓄積がホール電圧として測定される。スキルミオンが伝導電子とともに動き始めると、創発電場が誘導され、トポロジカルホール効果電圧が低下する。左の矢印は、これら二つの創発電磁力のバランスを示す。ve:電子速度、bem:創発磁場、vSk:スキルミオン速度。

注1)Fröhlich, H. On the theory of superconductivity: the one-dimensional case. Proc. R. Soc. Lond. Ser. Math. Phys. Sci. 223, 296-305 (1954).
注2)Lee, P. A., Rice, T. M. & Anderson, P. W. Conductivity from charge or spin density waves. Solid State Commun. 14, 703-709 (1974).

今後の期待

本研究では、Gd2PdSi3において電流を用いてスキルミオンの運動を誘導し、スキルミオンをほぼ自由に駆動できることを実証しました。これは、スキルミオンの運動を創発電磁気学[4]によって理解するという長年の課題を達成したものです。また、トポロジカルホール効果の測定は、磁気構造の運動を研究する有効な手法であるとともに、他の物質にも応用できる可能性があり、スキルミオンの研究に貢献することが期待できます。

さらに、本研究で提唱した「創発的ガリレオ相対性」という新しい理論的枠組みと概念は、スキルミオンだけでなく、より一般的に電荷密度波・スピン密度波[8]を伴うシステムの電流誘起ダイナミクスにも適用できる可能性があります。

本研究成果は、こうした古くから議論されてきた課題に新しい視点をもたらす可能性があります。将来的には、スキルミオンの動きを電気的に制御したり、読み出したりする技術が、コンピュータなどの新しい技術開発に役立つと期待されます。

補足説明

1.スキルミオン
固体中の電子スピンが形成する渦状の磁気構造体。スキルミオンの中心を通る直線状のスピン配列はどこを切っても同じらせん状である。スピン配列と外周スピン配列は反平行であり、その間のスピン配列は少しずつ方向を変えながら、渦状に配列している。複数のスキルミオンが集合してスキルミオン格子を形成するが、これは基礎となる結晶格子と整合しないため、滑り運動を示す場合がある。

2.トポロジカルホール効果
創発磁場([4]参照)が引き起こすホール効果。一般的なホール効果は磁場により電子の軌道が曲がることで生じるが、スキルミオンの創発磁場も電子の軌道を曲げ、実効的なホール効果が生じる。この効果を用いて電気的にスキルミオンが検出できる。

3.ベリー位相
トポロジカルホール効果の基礎となる物理は、伝導電子の波動関数の量子力学的位相によって説明される。伝導電子がスキルミオン格子(またはトポロジカルバンド構造)を横切ると、ベリー位相と呼ばれる幾何学的位相を獲得し、これがトポロジカルホール効果([2]参照)をもたらす。

4.創発磁場、創発電磁気学
量子力学では電子の状態は波動関数によって記述される。電子がある束縛条件の下で運動するとき、波動関数が「ベリー位相」と呼ばれる位相を獲得することがある。このベリー位相によって、電子は、あたかも磁場を受けたかのように運動する。この実効的な磁場のことを創発磁場と呼ぶ。同様にして、電場のように作用する創発電場も考えることができ、創発電場・創発磁場に基づいて物質の電磁気応答を記述するのが創発電磁気学である。本研究では、スキルミオン格子が創発磁場を生成する。ファラデーの電磁誘導の法則との類推から、スキルミオンの運動が創発電場を誘導すると予測できる。

5.ガリレオ相対性
アインシュタインの特殊相対性理論以前は、ニュートン力学はガリレオ相対性を示すと理解されていた。つまり、物理法則は、異なる相対速度で移動する観測者にとっても同等であるとされる。ガリレオ相対性は、低速度で運動する物体を考える場合に適用できる。この場合、長さの収縮と時間の遅れといった特殊相対論的効果は無視できる。

6.エネルギー最小化原理
系全体のエネルギーを記述するハミルトニアン関数やラグランジアン関数が時間に依存しない場合、最低エネルギー状態が実現するという原理。

7.平均自由行程
導電性固体中の伝導電子が不純物または結晶格子の振動による散乱を受けて運動量を失う前に移動する平均距離のこと。固体中の電子の運動を記述する最も単純なモデルであるドルーデモデルでは、平均自由行程、つまり伝導電子の典型的な緩和時間は一つだけである。しかし、複雑なマルチバンドシステムでは、各電子バンドは異なる緩和時間を示し、平均自由行程も電子バンドごとに異なる。

8.電荷密度波・スピン密度波
結晶中の電子が持つ電荷密度またはスピン密度の大きさが、空間的に周期的な濃淡を持って分布する状態。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関量子伝導研究チーム
基礎科学特別研究員 マックス・バーチ(Max T. Birch)
研究員 イリヤ・ベロポルスキ(Ilya Belopolski)
チームリーダー 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)
極限量子固体物性理研ECL研究ユニット
理研ECLユニットリーダー 藤代 有絵子(フジシロ・ユカコ)
トポロジカルエレクトロニクス研究チーム
チームリーダー 川村 稔(カワムラ・ミノル)
強相関物質研究グループ
上級技師 吉川 明子(キッカワ・アキコ)
グループディレクター 田口 康二郎(タグチ・ヤスジロウ)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ナガオサ・ナオト)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター)

東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻
准教授 マックス・ヒルシュベルガー(Max Hirschberger)
(理研 創発物性科学研究センター トポロジカル量子物質研究ユニット ユニットリーダー)

研究支援

本研究は、理研TRIPイニシアティブにより実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「磁性伝導体における新しい創発電磁誘導(研究代表者:十倉好紀、23H05431)」、同基盤研究(A)「量子非線形応答の理論的研究(研究代表者:永長直人、24H00197)」、同学術変革領域研究(A)「キメラ準粒子の理論(研究代表者:村上修一、24H02231)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人、JPMJCR1874)」「Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出(研究代表者:于秀珍、JPMJCR20T1)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Max T. Birch, Ilya Belopolski, Yukako Fujishiro, Minoru Kawamura, Akiko Kikkawa, Yasujiro Taguchi, Max Hirschberger, Naoto Nagaosa, Yoshinori Tokura, “Dynamic transition and Galilean relativity of current-driven skyrmions”, Nature, 10.1038/s41586-024-07859-2

発表者

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関量子伝導チーム
基礎科学特別研究員 マックス・バーチ(Max T. Birch)
チームリーダー 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ナガオサ・ナオト)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター)
トポロジカルエレクトロニクス研究チーム
チームリーダー 川村 稔(カワムラ・ミノル)

東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻
准教授 マックス・ヒルシュベルガー(Max Hirschberger)
(理研 創発物性科学研究センター トポロジカル量子物質研究ユニット ユニットリーダー)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学大学院工学系研究科 広報室

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