2024-09-12 東京大学,東北大学,茨城大学
発表のポイント
- 絶縁体であるYbB12の磁場下熱測定により、新粒子「電荷中性のフェルミ粒子」を観測した。
- これまで存在は提案されていたものの、実在が明確でなかった「電荷中性の複合フェルミ粒子」が、磁場下で量子化したことを示唆している。
- 新粒子の探索は、物性研究のみならず素粒子物理とも関わる研究題目であり、今回の発見はさまざまな学術領域へのインパクトを有する成果。
電荷中性のフェルミ粒子によると思われる比熱の振動
概要
東京大学物性研究所の楊卓(ツォウ・ヤン)特任研究員と小濱芳允准教授、フランス原子力庁(CEA)のChristophe Marcenat(クリストフ・マーセナー)教授、コーネル大学のDebanjan Chowdhury(デバンジャン・チョードゥリー)准教授らを中心とした研究グループは、茨城大学の伊賀文俊教授の育成した純良単結晶を用い、東北大学、ネール研究所、フランス国立強磁場研究所との共同研究により、近藤絶縁体(注1)であるYbB12の磁場下の比熱が、9 T(テスラ)以上の磁場領域において連続する二重ピーク構造を有することを発見しました(図1)。
発見された二重ピーク構造は、温度に比例してピーク位置が広がる振る舞いを示すなど、グラファイトで観測されるピーク構造と高い類似性を示していました。グラファイトの二重ピーク構造は、電荷を運ぶフェルミ粒子(注2)である電子の円運動に伴う量子化現象(注3)であると証明されています(関連情報)。このことから、自由に動く電子が存在しない絶縁体YbB12において、類似の量子化現象を観測したことは、YbB12中に電子と似た性質を有するが電荷を持たない中性のフェルミ粒子が存在することを示しています。
今回観測された電荷中性のフェルミ粒子は、絶縁体での量子振動現象(注4)の起源と目されており、今後、絶縁体における中性フェルミ粒子の理解が飛躍的に進むことが期待されます。
本成果は英国科学誌の Nature Communications において、2024年9月12日にオンライン掲載されました。
図1:YbB12(左)およびグラファイト(右)の比熱の磁場変化
導体のグラファイトと絶縁体のYbB12で類似の二重ピーク構造を示している。
発表内容
研究の背景
磁場によって電気抵抗、磁化、比熱などが振動する量子振動は、自由に動き回る電子を持つ「金属」の性質として知られています。一方で自由に動き回る電子を持たない「絶縁体」であるYbB12においても35 T以上の強磁場領域で量子振動現象が報告されています。この説明として、電荷を持つフェルミ粒子である「電子」とは異なる「電荷を持たない中性フェルミ粒子」という新粒子が存在し、その粒子が量子振動現象を起こしていると提案されていました。しかし、近年の研究によって、YbB12は35 T以上で金属と同様に自由に動き回る電子の存在が確認されており、量子振動現象の起源が、自由に動き回る金属的な電子かエキゾチックな新粒子である中性フェルミ粒子なのか明確ではありませんでした。
研究の内容
図2:YbB12の磁場下物性
電気抵抗、ホール効果、磁気熱量効果、比熱の磁場変化。電気抵抗・ホール効果は電子の運動に敏感であり、磁気熱量効果・比熱は電子のみならず多種多様なフェルミ粒子を検出できる。9 Tまでの低磁場領域で磁気熱量効果、比熱には四つの異常が観測され、そのすべてにおいて比熱は二重ピーク構造を示す。
本研究グループは、YbB12の電気抵抗、ホール抵抗、磁気熱量効果、比熱を強磁場領域で測定しました(図2)。電子に敏感な電気抵抗とホール抵抗は20 T以下の磁場領域で異常を示しません。これはYbB12の低磁場領域において、自由に動く金属的な電子が存在しないことを示しています。一方で、電子に加えて中性フェルミ粒子も検出可能な磁気熱量効果や比熱は、9 Tという、より低い磁場領域から35 Tまで異常を示しました。特に比熱は、フェルミ粒子の量子化現象により引き起こされると考えられる特徴的な二重ピーク構造を有していました(図2下図および挿入図)。20 T以下の金属的な電子を持たない磁場領域でもこの二重ピーク構造が観測されたため、YbB12では「電荷を持たない中性フェルミ粒子」という新粒子が磁場下で存在することを示しています。
今後の展望
本研究では9 Tという低磁場領域から、過去の報告とは定性的に異なる中性フェルミ粒子の量子化現象を観測したことに新規性があります。得られた比熱および磁気熱量効果のデータは、ホロン(注5)と電子が結合した中性フェルミ粒子を考慮したモデルで再現可能であることもわかっており、中性フェルミ粒子の形成メカニズム解明にも寄与すると見込まれます。また、探索が容易な低磁場領域で中性フェルミ粒子の量子化現象が観測されたことで、この新粒子に関する研究活動の活性化が予想されます。本研究を契機として、近藤絶縁体における中性フェルミ粒子の理解が飛躍的に進むことが期待されます。
関連情報
「プレスリリース① 磁場で引き起こされるグラファイトの新規現象を観測 ―既存理論で1つとされていた比熱のピークに二重構造を発見―」(2023/11/08)
発表者・研究者等情報
東京大学 物性研究所 附属国際超強磁場科学研究施設
楊 卓 ツォウ ヤン Zhuo Yang 特任助教
研究当時:同大学 特任研究員
今城 周作 特任助教
小濱 芳允 准教授
静岡大学 理学部 物理学科
野村 肇宏 講師
研究当時:東京大学 物性研究所 助教
東北大学 金属材料研究所 磁気物理学研究部門
木俣 基 准教授
茨城大学 理工学研究科 物理学領域
伊賀 文俊 教授
コーネル大学 Physics Department
Sunghoon Kim サングーン キム 学部生
Debanjan Chowdhury デバンジャン チョードゥリー 准教授
フランス原子力庁(CEA)
Christophe Marcenart クリストフ マーセナー 教授
ネール研究所
Thierry Klein ティエリ クライン 教授
フランス国立強磁場研究所
Duncan K. Maude ダンカン モード 研究員
Albin Muer アルヴァン ミュアー 研究員
論文情報
雑誌名 : Nature Communications
題名 : Evidence for large thermodynamic signatures of in-gap fermionic quasiparticle states in a Kondo insulator
著者名 : Zhuo Yang, Christophe Marcenat*, Sunghoon Kim, Shusaku Imajo, Motoi Kimata, Toshihiro Nomura, Albin Muer, Duncan K. Maude, Fumitoshi Iga, Thierry Klein, Debanjan Chowdhury*, Yoshimitsu Kohama*
DOI:10.1038/s41467-024-52017-x
研究助成
本研究は、科研費「学術変革領域研究(A)(課題番号:21H05470)」、「基盤研究(S)(課題番号:22H04933)」、基盤研究(A)(課題番号:22H00104,22H00109)」、「基盤研究(B):(課題番号:22H01176)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:23K17666)」「国際共同研究加速基金(海外連携研究)(課題番号:23K17666)」、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP20004)、東北大学金属材料研究所における共同研究(202112-HMKPA-0042)の結果得られたものです。
用語解説
- (注1)近藤絶縁体 :
- 磁性を有する金属では,磁性を担う電子と金属内を自由に動き回る電子が相互作用し、電気伝導現象の起源となるバンド構造が温度変化することが知られています。このような磁性金属において、低温領域で自由に動き回る電子が存在しないバンド構造を持つ物質を近藤絶縁体と呼びます。
- (注2)フェルミ粒子 :
- ディラック定数の半整数倍の角運動量を持つ粒子をフェルミ粒子、整数倍の角運動量を持つ粒子をボース粒子と呼びます。金属において自由に動き回る電子はフェルミ粒子としてふるまい、一方で絶縁体では、2つのフェルミ粒子が結合することで現れるエキシトンと呼ばれる中性ボース粒子が存在することが知られています。
- (注3)量子化現象 :
- 古典力学では連続量である物理現象が、量子力学で説明されるように飛び飛びの値を示すこと。
- (注4)量子振動現象 :
- 金属における自由に動く電子は荷電粒子であるため、磁場下で円運動を示します。磁場下ではこの円運動が量子化し、飛び飛びの(離散的)なエネルギーを持つランダウ準位と呼ばれる状態を形成します。このランダウ準位のエネルギーが磁場変化することにより、電気抵抗や磁化、比熱などの物性量が磁場の関数で振動する現象を量子振動と呼びます。
- (注5)ホロン :
- 電荷の自由度を持つが、スピンを持たずボース粒子として振る舞う荷電粒子。提案する理論では、電子と結合することで電荷は打ち消しあって中性となり、角運動量は半整数倍となるので中性のフェルミ粒子になると想定されます。