2024-08-05 名古屋大学
名古屋大学大学院理学研究科の村井 征史 准教授とトランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM*1)・学際統合物質科学研究機構(IRCCS*2)の山口 茂弘 教授、京都大学大学院工学研究科の関 修平 教授らの研究グループは、電荷種分離型の積層構造の形成を伴い、高い電荷キャリア輸送特性を発現するカチオン性π共役分子の開発に成功しました。
π共役化合物は秩序構造の形成により、特異な光学特性や電荷輸送特性を発現するため、エレクトロニクス材料をはじめ、様々な分野で応用されています。本研究では、非ベンゼノイド芳香族であるアズレンの導入と、硫黄架橋による平面固定化を組み合わせることで、正電荷を帯びたπ電子系を大きく安定化できること、そして対アニオンの選択により、それらを電荷種分離型に積層できることを見出しました。対アニオンに含まれるフッ素原子が、カチオン種の水素および硫黄原子と静電相互作用することが、この特異な積層構造を形成するための鍵でした。また、時間分解マイクロ波分光と電気伝導度の測定により、柱(カラム)状に積層したこのカチオン性分子を介し、高い電荷キャリア輸送特性が発現することを明らかにしました。本研究成果は、イオン性π共役化合物をエレクトロニクス材料として応用する上での、新たな戦略として期待されます。
本研究成果は、2024年8月2日(日本時間18時)付米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載されます。
【ポイント】
・カチオン注1)性π共役分子注2)の秩序構造の制御が、エレクトロニクス材料注3)を開発する上での新たな戦略となることを実証した。
・非ベンゼノイド芳香族注4)であるアズレン注5)の組み込みと、硫黄原子による分子骨格の平面固定化が、カチオン性π共役分子の高度な安定化に重要であることを示した。
・アニオン注6)種を適切に選択し、隣接するカチオン種との相対配置を固定することで、π骨格同士が大きく重なった電荷種分離型の積層構造注7)の形成を実現した。
・形成した積層体が高い電荷キャリア注8)輸送特性を発現することを、時間分解マイクロ波分光注9)と電気伝導度の測定により明らかにした。
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【用語説明】
注1) カチオン:
正電荷をもつ化学種。この内、炭素原子上に正電荷をもつ化学種を特にカルボカチオンとよぶ。
注2) π共役分子:
二重結合や三重結合などの不飽和結合と単結合の繰り返しが連なった構造をもつ分子。
注3) エレクトロニクス材料:
光と電子の挙動に基づく電子工学分野の技術を用いて開発される材料。有機分子を用いたものでは、有機発光ダイオードや有機レーザーなどが挙げられ、計測、医学、エネルギー関連分野、情報関連分野への応用が期待される。
注4) 非ベンゼノイド芳香族:
ベンゼン環をもたない環状分子の中で、芳香族性をもつものの総称。
注5) アズレン:
7員環と5員環が縮環した構造をもつ分子。濃青色を呈する分子であり、生理活性をもつなど、構造異性体にあたる2つの6員環が縮環したナフタレンとは大きく異なる性質をもっている。
注6) アニオン:
負電荷をもつ化学種。
注7) 電荷種分離型の積層構造:
同種の電荷を有するユニットがカラム状に配列した構造。
注8) 電荷キャリア:
電子や正孔などの電荷輸送の役割を担う粒子。
注9) 時間分解マイクロ波分光:
マイクロ波の照射により、非接触・非破壊的に試料の電荷移動度を評価する手法。
【論文情報】
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:Sulfur-Bridged Cationic Diazulenomethenes: Formation of Charge-Segregated Assembly with High Charge-Carrier Mobility
(硫黄で架橋したカチオン性ジアズレノメテン: 電荷種分離型の積層構造の形成に伴う高い電荷キャリア輸送能の発現)
著者: 髙橋 聡史(名古屋大学)、村井 征史*(名古屋大学)、服部 優佑(京都大学)、関 修平*(京都大学)、柳井 毅(名古屋大学)、山口 茂弘*(名古屋大学) (*は責任著者)
DOI: 10.1021/jacs.4c07122
URL: https://doi.org/10.1021/jacs.4c07122
※1【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
WPI-ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。
※2【IRCCSについて】(http://irccs.nagoya-u.ac.jp)
学際統合物質科学研究機構(IRCCS)は、名古屋大学、北海道大学触媒科学研究所、京都大学化学研究所附属元素科学国際研究センター、九州大学先導物質化学研究所の4大学がコアとなり、単なる研究所連携を越えた組織として、2022年に名古屋大学に設置されました。物質創製化学分野の融合フロンティアの開拓に挑むとともに、国際・異分野・地域・産学官の連携を強力に進める場を構築することにより、当該分野の世界的トップ拠点の形成を目指しています。触媒、バイオ機能、マテリアルを中心とした新分野創出の潮流を生むとともに、持続可能社会の進歩に貢献する科学研究を展開することを目的としています。
【研究代表者】
大学院理学研究科 村井 征史 准教授、トランスフォーマティブ生命分子研究所 山口 茂弘 教授