2024-07-23 東京農工大学
国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の田中正樹助教と国立大学法人九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センターの安達千波矢教授らの研究グループは、有機ELデバイスを構成する有機薄膜の自発分極や電荷輸送特性を精密に制御することで、高性能な有機ELデバイスの開発に成功しました。本研究では、デバイス劣化の一因である過剰な電荷蓄積を抑制するために、有機薄膜の自発分極および電荷輸送バランスを最適化する分子(ホスト分子)を新たに開発し、発光分子が有する性能を最大限に引き出すことで、デバイスの性能向上を実現しました。この成果により、今後、有機ELデバイスの精密設計が可能となり、デバイスのさらなる高性能化につながると期待されます。
本研究成果は、Nature Communications(7月16日付)に掲載されました。
論文タイトル:Simultaneous control of carrier transport and film polarization of emission layers aimed at high-performance OLEDs
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-024-50326-9
背景
有機発光ダイオード(有機EL)はディスプレイとしてすでに応用されており、私たちにとって身近な存在となりつつあります。しかしながら、ディスプレイの高輝度駆動やレーザー応用を見据えると有機ELデバイスの駆動耐久性は未だ十分とは言えず、さらなる高耐久化に向けた研究が材料とデバイスの両面から行われています。デバイス劣化メカニズムの一つと考えられているのが、電荷-励起子(注1)または励起子-励起子の衝突による励起子消光(注2)です。
励起子消光を抑制するためには、発光層内における電荷および励起子の蓄積密度を最小限にする必要があります。近年の研究で、有機薄膜の自発分極が電荷蓄積を引き起こし、有機ELの耐久性を低下させることが明らかになってきました。薄膜の自発分極は、真空蒸着による成膜の際に分子の永久双極子モーメント(注3)が自発的に配向分極(注4)することで生じ、薄膜表面に数Vの表面電位を発生させます。配向分極のメカニズムは未解明の部分が多いことに加えて、発光層には発光分子とホスト分子との混合(共蒸着)薄膜が用いられるため、発光層の自発分極を能動的に制御することは困難でした。さらに、発光層の電荷輸送バランスも合わせて考慮する必要があり、様々な条件を満たす発光層の設計指針は未開拓でした。
田中助教らの研究グループはこれまでに、大きな自発分極を形成する極性分子の開発に成功しており(M. Tanaka et al., Nature Materials 21, 815-825 (2022))、本研究ではこの知見を基に、発光分子の自発的な配向分極をほぼ完全に打ち消すことができるホスト分子(図1)を開発し、高性能有機ELデバイスの開発に成功しました。
研究体制
本研究の一部はJSPS科研費(JP23H05406、JP23K13716)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR223S)および公益財団法人 稲盛財団の助成を受けて行われました。
研究成果
本研究では、現在の有機ELに不可欠なレアメタルを用いずに高い内部発光量子効率を実現できる熱活性化遅延蛍光(TADF)分子(注5)を発光分子として使用し、ホスト分子が共蒸着膜の自発分極特性や有機EL特性に与える影響を評価しました。ホスト分子として、汎用ホスト分子mCBPにも用いられているカルバゾール(Cz)骨格を利用して、Cz基の数が異なるホスト分子(1DPCz、2DPCz、3DPCz)を設計しました(図2(a))。
TADF分子であるHDT-1と各ホスト分子との共蒸着薄膜(HDT-1濃度:10%)の自発分極特性を調べるために、薄膜の表面電位を評価・比較しました(図2(b))。その結果から、比較的分子サイズが小さい極性分子1DPCzが発光層を無分極化するホスト分子として適していることが明らかになりました。サイズが小さい分子はガラス転移温度(注6)が相対的に低く、成膜中に拡散・再配向しやすい傾向があります。成膜中に自発的に配向分極する発光分子の周囲で1DPCz分子が分極を打ち消すため、共蒸着薄膜が無分極化したと考えられます。
それぞれのホスト分子を用いてスカイブルー発光を示すTADF有機ELデバイスを作製し、デバイス性能を比較したところ、1DPCzホストは他のホストに対して優れた駆動耐久性を示すことがわかりました(図3)。これは1DPCz発光層の無分極化および良好な電荷輸送バランスにより、発光層内の励起子消光プロセスを効果的に抑制できたためだと考えられます。また、TADF分子から青色蛍光分子へのエネルギー移動を利用した青色TAF有機EL(注7)においても、1DPCzは優れた耐久性を示すホスト分子として応用できることがわかりました(図4)。
一般的に、ガラス転移温度が低い分子は有機ELデバイスの耐久性が低い傾向があるにもかかわらず、本研究で開発した1DPCzホストは優れた耐久性を示しました。この結果は、自発分極や電荷バランスの精密制御が、有機材料の熱安定性と同等に重要な因子であることを示唆しています。
また、本研究の結果は、有機薄膜の分子配向等を含めた総合的な設計が発光分子の性能を最大限に引き出すカギであることを示しており、これまで有機EL材料として検討されてこなかったシンプルかつサイズが小さい分子も視野に入れた新たな分子設計につながると期待できます。
今後の展開
本研究では、発光層の自発分極が、発光分子とホスト分子との共蒸着により能動的に制御可能であり、有機EL特性に大きな影響を与えることを明らかにしました。また、Cz基などの単純な官能基が誘起する分子配向についても明らかになったため、大きな自発分極を示す極性分子の開発にもつながると期待されます。有機ELデバイスの発光層に限らず、電荷注入・輸送層やその他の有機半導体デバイスおいても自発分極などの薄膜物性を積極的に制御することで、性能を劇的に向上できる可能性があると考えられます。
用語説明
注1)励起子
有機ELデバイスにおいて、金属電極から有機半導体層へ注入された電子(マイナスの電荷)と正孔(プラスの電荷)との再結合により生成し、静電気力で結びついた対。
注2)励起子消光
励起子-励起子間または励起子-電荷間のエネルギー移動により、励起子が失活するため発光量子効率が低下する現象。副次的に高いエネルギーを有する励起種が生成し、有機ELの劣化を加速すると考えられている。
注3)永久双極子モーメント
分子内部での電荷の偏りの程度のこと。
注4)自発的な配向分極
真空蒸着による成膜過程で、極性分子が永久双極子モーメントを平均的に膜厚方向に配向すること。これにより配向分極薄膜が形成される。蒸着薄膜の表面に、膜厚に比例して増大する表面電位が発生する。
注5)熱活性化遅延蛍光(TADF)分子
励起状態の一重項状態および三重項状態のエネルギー差が室温のエネルギー程度よりも小さく、効率的な項間交差を示す発光分子。電気励起により生成する三重項励起子を一重項励起子に変換し、100%の励起子利用効率を実現する。
注6)ガラス転移温度
薄膜内で分子の運動が活発化する温度と相関する。ガラス転移温度以上に加熱された薄膜は多くの場合結晶化し、有機ELデバイスの性能は低下する。また、蒸着による成膜過程での分子の拡散度合いにも相関する。ガラス転移温度が低い分子は容易に拡散・再配向するためランダム配向になりやすい傾向がある。
注7)TAF
TADF-assisted fluorescence。TADF分子から蛍光分子へのフェルスター型エネルギー移動を利用することで、高い内部量子効率かつ色純度が高い発光を示す有機ELデバイスを実現できる。
図1:開発したホスト分子との共蒸着による無分極薄膜形成の模式図(矢印は分子の永久双極子)
図2:(a) カルバゾール基を有するホスト分子、(b)共蒸着薄膜の表面電位
図3:TADF有機ELデバイスの輝度減衰曲線(駆動電流:3.3 mA cm−2)
図4:青色TAF有機ELデバイスの(a)発光スペクトルと(b)輝度減衰曲線(初期輝度:750cd m−2)
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学工学研究院
生命機能科学部門 助教
田中 正樹(たなか まさき)
九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター
センター長
安達 千波矢(あだち ちはや)