溶融したチタンから酸素濃度の低いチタンを直接製造する 革新的技術の開発~チタン製品の爆発的普及へと期待~

ad

2024-06-14 東京大学

○発表のポイント:
◆豊富な資源量と優れた性質を有するチタン (Ti) は、年々その需要が高まっていますが、鉱石中のチタンと酸素 (O) の分離が困難であるため、鉄 (Fe) やアルミニウム (Al) のように大量生産することができず、大規模な普及の障害となっています。
◆希土類金属とそのフッ化物を用いることで、酸素を含む溶融したチタンから0.02質量% (200 mass ppm O) 程度の低濃度まで酸素を除去できる革新的な技術を開発しました。
◆本技術により、チタンの酸化物鉱石や酸素を多量に含むチタンのスクラップから、中間化合物を経由せずに、高純度の金属チタンを製造することが可能となるため、チタンの生産コストが劇的に低下し、チタン製品が爆発的に普及することが期待されます。

ti01.png
チタン鉱石から金属チタンやチタン合金を製造する新プロセスの概念図

○発表概要:
東京大学 生産技術研究所の岡部 徹 教授、上村 源 助教(研究当時、現:米国マサチューセッツ工科大学 博士研究員)、池田 貴 特任研究員、大内 隆成 講師らは、希土類金属(注1)とそのフッ化物を用いて、溶融したチタン(注2)から効果的に酸素を除去する新しい技術を開発しました。この希土類金属とフッ化物をはじめとするハロゲン化物を用いた脱酸(注3)技術では、希土類金属の酸ハロゲン化物(オキシハライド)が生成する反応を利用します。これまで報告された脱酸技術に比べ、本技術による酸素の除去限界は著しく低く、高い温度で溶融した反応性の高いチタンからも0.02質量% (200 mass ppm O) の低濃度まで酸素を除去できます。本技術を応用すれば、チタンの酸化物原料から酸素濃度の低いチタンを直接製造できる新しいプロセスが実現できます。また、酸素濃度の高いチタンのスクラップから、酸素濃度の低いチタンを製造するアップグレード(高純度化)・リサイクル(注4)が可能となります。これらの結果、チタンの製造コストが大幅に低減し、チタンの普及拡大に繋がることが期待されます。

○発表内容:
チタンならびにチタン合金は、優れた力学特性や耐腐食性を有する夢の金属材料であり、航空宇宙産業、化学プラント、医療材料などの特殊な分野で使用されています。チタンは、地殻中で9番目に豊富に存在する元素であるため、建築物やインフラ、民生品など幅広い分野で需要が高まっています。

現在、金属のチタンはクロール法と呼ばれる方法を用いて、鉱石から生産されています。クロール法では、チタンの酸化物を主成分とするチタン鉱石を、一旦チタンの塩化物に転換した後、金属のチタンを製造します。しかし、クロール法の生産性は著しく低く、プロセスコストが高いため、鉄やアルミニウムのようにチタンを安価に大量生産することができません。その結果、チタンは、価格の高いレアメタル(注5)として、限られた分野でしか利用されていません。また、製造過程で、大量の二酸化炭素 (CO2) が発生します。チタンの製造におけるコストや環境への負荷を下げるために、これまでチタン鉱石から金属のチタンを効率的に製造するプロセスが数多く開発されてきました。しかし、得られるチタンの純度、生産スピード・コストなどの観点から、クロール法に勝る技術は未だ開発されていません。

今回開発した新しい技術では、希土類金属とそのフッ化物を用いることで、高い温度で溶融したチタンから、短時間で低濃度まで酸素を直接除去することができます。溶融したチタンは、酸素との反応性が極めて高く、従来技術では低濃度まで酸素を除去することが困難でした。一方、本技術は、希土類金属のオキシフルオライドの生成反応という新しいタイプの反応経路を利用します。特に、イットリウム (Y) とフッ化イットリウムを用いた場合、イットリウムオキシフルオライドの生成を通じて、酸素濃度が0.02質量% (200 mass ppm O) と極めて低いチタンが製造できることを実証しました(図1)。

ti02.png
図1:新しい技術により製造された高純度チタン(酸素濃度0.02質量% (200 mass ppm O)。
左:チタン試料の側面図、右:上面図)。

この新しい技術を用いることで、クロール法のように鉱石を塩化物などの中間化合物に変換することなく、酸化チタン原料から酸素濃度の低い金属チタンやチタン合金を直接製造することが可能となります(図2)。また本技術を応用して、不純物の酸素に汚染されたチタンならびにチタン合金のスクラップを、高純度の金属チタンならびにチタン合金にアップグレード・リサイクルすることも可能となります。スクラップのリサイクルは、鉱石から金属を製造する工程に比べてコストが低いだけでなく、環境への負荷も小さいため、今後一層重要な取り組みとなります。

ti03.png
図2:チタン鉱石から金属チタンやチタン合金を製造する新プロセスの概念図。
本研究で開発した新しい脱酸技術により、チタンの量産法の確立が期待される。

本技術で利用するイットリウム (Y)、ランタン (La)、セリウム (Ce) は、電気自動車のモーター用磁石に用いられるネオジム (Nd)、プラセオジム (Pr)、ジスプロシウム (Dy)、テルビウム (Tb) といった希土類金属の「副産物」として多量に生産されています。これら「副産物の希土類金属」は、高性能磁石の需要の急激な増大に伴って、供給が過剰となっています。これらの余剰な希土類金属を、チタンの製造やリサイクルに利用することは、資源の有効利用という観点においても画期的な提案です。

今後、航空機の生産量増加に伴い、チタンの需要量がますます増加することが予想されます。また、iPhone15 Pro*の筐体など民生品へのチタンの利用量が増加する兆しも見えています。本研究成果は、チタンの生産コストを劇的に低下させ、チタン製品の爆発的普及を実現することで、レアメタルであるチタンをコモンメタル・ベースメタルに変える革新的なプロセス技術へと発展することが期待されます。

* iPhoneは米国および他の国々で登録されたApple Inc.の商標です。
* iPhone商標は、アイホン株式会社のライセンスに基づき使用されています。

○発表者・研究者等情報:
東京大学 生産技術研究所
岡部 徹 教授
上村 源 助教:研究当時
現:米国マサチューセッツ工科大学 博士研究員
池田 貴 特任研究員
大内 隆成 講師

○論文情報:
〈雑誌名〉Nature Communications
〈題名〉Direct Production of Low-Oxygen-Concentration Titanium from Molten Titanium
〈著者名〉Toru H. Okabe*, Gen Kamimura, Takashi Ikeda, and Takanari Ouchi
(*印は筆頭著者)
〈DOI〉10.1038/s41467-024-49085-4

○研究助成:
本研究は、科研費「基盤研究S(課題番号:JP19H05623)」の支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)希土類金属
スカンジウム (Sc)、イットリウムおよびランタノイド(周期表で、ランタン~ルテチウム (Lu))の総称。レアアース (Rare-earth metals: REMs) とも呼ばれる。近年、自動車の電動化(EV化)が進み、高性能モーターの需要が急拡大しており、希土類合金磁石の生産が急増している。高性能モーターに使用される希土類金属は、ネオジム、プラセオジム、ジスプロシウム、テルビウムなどであるが、これらの希土類金属の生産に伴って、イットリウム、ランタン、セリウムなどの希土類金属が副産物として多量に生産されており、これら副産物の希土類金属の用途開発が重要な課題となっている。本技術は、副産物の希土類金属の有効利用という観点からも有用である。

(注2)チタン
最高レベルの比強度や抜群の耐食性など、優れた機械的・化学的性質を有する金属元素。9番目に多く地殻中に存在している元素であり、資源が無尽蔵に存在するため、大規模な普及が期待されている夢の未来材料である。チタンと酸素との親和力が極めて高く、現時点では、鉱石である酸化チタンから直接、金属のチタンを量産することは不可能である。仮に、低いコストで金属チタンを製造する手法が開発されれば、爆発的な普及が見込まれる。また、溶解工程や加工工程においてチタンが酸素で汚染されるため、スクラップを繰り返し再生利用(リサイクル)することが難しく、これもチタン製品の普及への障害となっている。

(注3)脱酸
金属中に含まれる不純物の酸素を除去すること。チタンには多量の酸素が溶解(あるいは固溶)し、チタン中の酸素は、熱力学的に極めて安定性が高いため、チタンの脱酸は熱力学的に困難である。現在の技術により、300 mass ppm O 以下の低酸素濃度のチタンを量産することは不可能である(参考:現在、市販されている純チタン製品の酸素濃度は、1000 mass ppm O 程度)。

(注4)アップグレード(高純度化)・リサイクル
不純物が混入したスクラップや廃棄物から、目的物質を高い純度で再生利用すること。価値の低いスクラップや廃棄物を、高付加価値化した製品として利用できる。チタンのアップグレード・リサイクル技術は、現時点では、実用化されていない。チタン製品の製造工程で発生したチタンスクラップのリサイクルは、既に実施されているが、不純物である鉄や酸素の除去が技術的に不可能であるため、その実態は、チタンの純度や価値が低下する「ダウングレード(カスケード)・リサイクル」である。

(注5)レアメタル
資源供給、製造技術、環境問題などの制約により、生産と供給に制限がある金属。チタンや希土類金属などが含まれる。対義語は、「コモンメタル」・「ベースメタル」であり、大量に生産・消費されている鉄やアルミニウムなどの金属を指す。

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
講師 大内 隆成(おおうち たかなり)

ad
0702非鉄生産システム
ad
ad


Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました