高速スピン応答によるテラヘルツ光の電流変換に成功 ~磁性材料の量子幾何効果を介した新技術、高機能デバイス開発に道~

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2024-06-07 東京大学

発表のポイント

◆ 磁性と強誘電性を併せ持つマルチフェロイクスのスピンの集団運動を用いることで、テラヘルツ帯の光を直流電流に変換することに成功しました。
◆ 古典的な電荷の流れを必要としない、量子幾何効果に由来した全く新しいエネルギー変換の原理を実証することができました。
◆ 従来の技術では困難であったテラヘルツ光による光起電力効果の実現により、現在でも高速・高感度の光検出技術が欠如しているテラヘルツ・赤外領域での光デバイスへの応用が期待できます。

高速スピン応答によるテラヘルツ光の電流変換に成功 ~磁性材料の量子幾何効果を介した新技術、高機能デバイス開発に道~
マルチフェロイクスのスピン励起による光電流生成を示す模式図

概要

東京大学大学院工学系研究科の荻野槙子大学院生(研究当時)、森本高裕准教授、高橋陽太郎准教授らを中心とする研究グループは、理化学研究所創発物性科学研究センターの永長直人グループディレクター、十倉好紀グループディレクターらの研究グループと共同で、磁性と強誘電性を持つマルチフェロイクス(注1)のスピン励起(注2)に注目することで、テラヘルツ(注3)領域での光起電力効果(注4)の実証を行いました。今回得られた成果は、今まで実現が難しいと考えられていたテラヘルツ領域の光起電力効果が、マルチフェロイクスという磁性材料中の量子幾何効果(注5)を介して実現可能であることを示しています。また、テラヘルツ帯でのエネルギー変換の効率が、可視や近赤外の光起電力効果に匹敵する大きさを持つことがわかりました。マルチフェロイクス中のスピンが持つこのユニークなテラヘルツ光機能は、高速通信やさまざまなセンシング技術への利用が期待されているテラヘルツ帯の高機能デバイス開発につながることが期待できます。

本研究成果は、2024年6月6日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

〈研究の背景
フォトニクス技術は、光の波長によってさまざまな用途が存在し、現代社会には必要不可欠なキーテクノロジーです。その中でテラヘルツ帯は、要素技術の確立が待たれており、特に最近では次世代通信帯域として世界的に技術開発競争が激化してきています。例えば、古くから研究されてきた近赤外や可視光領域に比べると、テラヘルツ光は発生から検出まで多くの技術に課題を残しており、今回注目したテラヘルツ光を電流に変換する機能の実現もその1つです。このように、可視光領域で確立されているような高速かつ高効率な光検出へつながる技術の確立が喫緊の課題となっていました。

一般に可視光領域の光検出では、光照射により物質中に電流・電圧が生じる光起電力効果が広く使われています。しかしながら、この現象では電子励起(注6)を介する必要があるため、可視光の千分の一程度のエネルギーしか持たないテラヘルツ光に適用することは困難でした。この問題に対し、最近になり、森本准教授と永長グループディレクターは、強誘電性と磁性が共存するマルチフェロイクスという物質群でスピンが高速に集団運動するスピン励起を利用すれば、電子遷移を介さずとも光起電力効果が発現することを理論的に予測しました。一方で、高橋准教授と十倉グループディレクターらは、かねてより実験的にマルチフェロイクスのスピン励起の特性を研究していました。これらの実験・理論グループの協力により、今回初めてテラヘルツ領域の光起電力効果の実現に成功しました。

〈研究の内容〉
本研究では、マルチフェロイック材料の中でも、スピン励起の特性が確立されている(Eu,Y)MnO3を用いて、テラヘルツ光電流測定を行いました(図1(a))。この物質では、スピンの向きが特定の方向にむけて回転していくような「らせん磁気構造」が発現するとともに、強誘電分極が現れます。テラヘルツ光パルスを試料に照射すると、瞬時に強誘電分極の向き(図1(a)のPで示す矢印)に反平行に光電流(図1(a)のJで示す矢印)が生成されるという光起電力効果に特徴的な挙動が観測されました(図1(b))。

fig02

図1:(a)テラヘルツ光電流の測定の配置図。サンプル(灰色の直方体)にテラヘルツ光パルスを入射し、発生したa軸(極性方向)に平行な光電流を測定した。(b)得られた光電流の時間波形(縦軸は光電流、横軸は時間)。強誘電状態の5ケルビンにおいては、強誘電分極(P)の方向に従って光電流(J)が観測された(赤・青線)。今回テラヘルツ光パルスを照射しているため、光電流も瞬時的(ナノ秒、10億分の1秒の領域)に生成されている。一方で、常誘電状態の30ケルビンでは、光電流の信号が消失している(緑線)。


観測された光電流の生成効率は、強誘電状態でいくつか存在するスピン励起の種類によって変わり、また性能指数としても電子遷移によるものと遜色ない、極めて高効率な光電流変換であることがわかりました。一般的なフォトニクスやエレクトロニクスでは自由に動き回る電子が不可欠ですが、今回の結果はそのような電子の存在しない絶縁状態が保たれたままでも光起電力が生じるという新奇な現象が存在することを意味しています。今回、より実際の物質に即した理論モデルを構築することで、これらの特徴を説明することに成功しました。この理論モデルから、観測された光起電力効果はスピン励起により電子の波動関数が変化していることが本質的であり、量子幾何効果が重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

〈今後の展望〉
本研究では、実験・理論の両面からマルチフェロイクスのスピン励起によるテラヘルツ帯の新たな光電変換方法を実証しました。今回注目したテラヘルツ領域の光(電磁波)は次世代通信技術に利用されることが世界的に期待されており、この高速応答性を持つ(原理的にはピコ秒に到達するような極めて短い時間で応答が見られる)光機能の発見は極めて重要な意義を持ちます。また、マルチフェロイクスのスピン励起はテラヘルツ帯を幅広くカバーしており、磁場や電場によって自在に制御することもできるため、この原理を利用した次世代テラヘルツデバイスの開発へとつながることが見込まれます。

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院工学系研究科
荻野 槙子 博士課程:研究当時
岡村 嘉大 助教
藤原 孝輔 博士課程
森本 高裕 准教授
高橋 陽太郎 准教授
兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発分光学研究ユニット
ユニットリーダー

理化学研究所 創発物性科学研究センター
十倉 好紀 強相関物性研究グループ グループディレクター
兼:東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ)
永長 直人 強相関理論研究グループ グループディレクター
金子 良夫 上級技師:研究当時

論文情報

雑誌名:Nature Communications
題 名:Terahertz photon to dc current conversion via magnetic excitations of multiferroics
著者名:Makiko Ogino, Yoshihiro Okamura, Kosuke Fujiwara, Takahiro Morimoto, Naoto Nagaosa, Yoshio Kaneko, Yoshinori Tokura, Youtarou Takahashi*
DOI10.1038/s41467-024-49056-9

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「ナノスピン構造とトポロジーがつくる光スピントロニクス(課題番号:JPMJFR212X)」、CREST「トポロジカル非線形光学の新展開(課題番号:JPMJCR19T3)」、日本学術振興会(JSPS)科研費 基盤研究B「トポロジカルシフト電流機構を用いた高効率テラヘルツ光電荷変換の創出(課題番号:24K00567)」、「強相関電子系におけるトポロジカル非線形機能の開拓(課題番号:23H01119)」、基盤研究S「磁性伝導体における新しい創発電磁誘導(課題番号:23H05431)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)マルチフェロイクス
自発的に強磁性や強誘電性などの性質を示す物質をフェロイクスと呼びますが、複数の秩序が共存する物質をマルチフェロイクスと呼びます。特に、今回注目した磁性や強誘電性が共存する電気磁気マルチフェロイクスでは、両者の性質が結合した交差相関応答が現れます。

(注2)スピン励起
固体中の電子やスピンにはさまざまな固有状態があり、それぞれ固有のエネルギーを持って準位を形成しています。最もエネルギーの低い安定状態を基底状態と呼ぶのに対して、よりエネルギーが高い状態を励起状態と呼びます。スピン励起では、(光照射などによって)固有のエネルギーを持ったスピン状態の準位間で遷移することを指しており、スピンが固有の振動数において歳差運動した状態になっています。

(注3)テラヘルツ
毎秒約10の12乗(一兆)回振動する周波数のことをテラヘルツ周波数と呼び、この周波数の電磁波をテラヘルツ波と呼びます。光の粒子としてのエネルギーは0.004 eV程度であり、可視光(2 ~ 3 eV)に比べて千分の一程度に対応します。

(注4)光起電力効果
光を物質に照射した際に、光エネルギーが電気エネルギーに変換され、電流や電圧などの起電力が生じる効果です。この効果を利用した最も顕著な例として、太陽光発電があげられます。

(注5)量子幾何効果
量子力学によると電子は波として振る舞うため、「位相」も波を特徴づける重要な量となります。この位相項が持つ幾何学的な性質が物理現象にも寄与することがあります。

(注6)電子励起
(注2)に述べたスピン励起と同様、電子励起は固有のエネルギーを持った電子の準位間で状態が遷移することを指しています。

プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-024-49056-9

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