2024-10-29 早稲田大学
発表のポイント
- 地球上に豊富に存在する水素イオン(プロトン)および水を用いたアクア電池の負極材料を開発。
- 劣化が極めて小さく、耐久性の高い負極反応を発見したことより、アクア電池の高効率・長寿命作動に成功。
- カーボンニュートラルに貢献する安心安全で資源制約の無いアクア電池の実現に期待。
概要
早稲田大学研究院の川合航右(かわいこうすけ) 次席研究員、同大先進理工学研究科修士課程の五十嵐優太、同大理工学術院の大久保將史(おおくぼまさし) 教授らの研究グループは、軟な骨格構造を有する遷移金属酸化物(※1)を電極材料として用いることで、水系プロトン二次電池(アクア電池)の高効率化・長寿命化を実証しました(図1)。
アクア電池は、地球上に豊富に存在する水素イオン(プロトン)および水により作動するため、安全・安価な蓄電デバイスとして有望です。近年では、分解に強い水系電解質の研究が盛んに行われていますが、電極材料が劣化する課題は未解決でした。本研究では、体積変化が極めて小さい電極材料を用いることで耐久性を飛躍的に高め、高効率かつ長寿命なアクア電池を実現しました。
本研究成果は、2024年10月25日(金)に『Angewandte Chemie International Edition』のオンライン版で公開されました。
図1:本研究で開発したMo₃Nb₂O₁₄電極にプロトン(H+)が挿入される様子を描いた模式図
これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)
現在広く用いられているリチウムイオン電池には可燃性の有機電解液が使用されているため、発火・爆発事故が相次いでいました。また、リチウム資源は特定の地域に偏在しているため、将来的に資源供給が不安定になるリスクが懸念されていました。これに対して地球上に豊富に存在する水素イオン(プロトン)と水を用いた水系プロトン二次電池(アクア電池)は、安全・安価な蓄電デバイスとして研究されています。アクア電池の開発においては電解質の分解を抑制することが最も重要な課題であり、これまで分解に強い電解質に関する研究が盛んに行われてきました。一方、従来の電極材料は充放電に伴い大きな体積変化を示すため、充放電を繰り返すことで電極材料が劣化することが問題となっていました。充放電に伴う体積変化は電極材料の結晶構造と密接に関係していることが経験的に知られていましたが、具体的にどのような部分構造が体積変化の抑制にとって重要であるかは未解明でした。
今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究では、充放電に伴う体積変化の抑制を目指し、電極材料の結晶構造における“空洞”と“連結部”に着目した材料探索に取り組みました。その結果、大きな一次元トンネル(*2)および柔軟に可動する頂点共有構造を有する遷移金属酸化物(Mo₃Nb₂O₁₄)が従来の電極材料と比べて極めて小さな体積変化(0.4%)を示し、劣化が生じないことが発見されました。具体的には、粒子に亀裂が生じにくくなり、副反応が抑えられた結果、従来のアクア電池に用いられてた電極材料より高効率な充放電(従来:<99% → 本研究:99.7%)が可能となりました。また、実験および理論計算を用いた解析により、Mo₃Nb₂O₁₄が部分的に回転・縮小し、大きな一次元トンネルが骨格構造の膨張を吸収することで、単位格子(※3)レベルで体積変化が抑制されることが明らかとなりました(図2)。さらに、Mo₃Nb₂O₁₄を負極として用いたアクア電池のプロトタイプを作製したところ、充放電を繰り返しても劣化せず、従来品より長期間の作動が可能であることが確認されました(図3)。
図2. 本研究で開発した電極材料Mo₃Nb₂O₁₄の充放電に伴う構造変化を高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法により観察した。白い斑点はMo/Nbの原子像に対応する。充電がプロトン挿入、放電がプロトン脱離に対応する。
図3. (a)本研究で開発したアクア電池の概念図。(b)室温におけるサイクル特性。 従来の水系プロトン二次電池と比べて高い容量減少率(0.026%/day)を達成。
研究の波及効果や社会的影響
充放電に伴う電極材料の体積変化は、電池性能の低下に直結する様々な現象の要因であることは古くから知られていました。本研究により、充放電に伴う体積変化が抑制される新たなメカニズムが明らかとなり、体積変化を抑制するための材料設計指針が提示されました。この設計指針はアクア電池に限らずリチウムイオン電池や全固体電池などの二次電池に応用可能であり、二次電池の長寿命化に貢献すると期待されます。また、ニッケル水素電池も水溶液を用いた蓄電デバイスとして小型電子機器から電気自動車まで広く使われていますが、アクア電池に用いられている水溶液は最も高速にイオンを伝導できるため、本研究の成果は高速充放電に適した蓄電デバイスの開発に直結します。
今後の課題、展望
今回開発されたMo₃Nb₂O₁₄には希少金属であるモリブデンが使用されていることが課題として残っています。今後、充放電に伴うMo₃Nb₂O₁₄の体積変化の抑制において重要な役割を果たす部分構造と似た構造を有し、汎用金属(鉄、銅、アルミニウムなど)から構成される酸化物を中心に材料探索を行うことで、より安価で高耐久な電極材料の実現を目指します。
研究者のコメント
充電が進むにつれて骨格構造の体積膨張が空洞部分に吸収されていく様子は非常に興味深い現象です。また、粒子-結晶構造-原子の順に着目するスケールを小さくするほど優れた電極性能の理由が明瞭になりました。今回得られた知見をもとに材料探索を進め、より優れた電池の開発に貢献したいと思います。
キーワード
電池、水、水素イオン、体積変化、電極材料
用語説明
※1 遷移金属酸化物:周期表で第3族元素から第11族元素の間に位置する遷移金属元素および酸素からなる化合物。
※2 一次元トンネル:直線状の空洞。通常、挿入されたイオンの通り道となる。
※3 単位格子:結晶(原子や分子、イオンなどの粒子が三次元的に規則正しく配列した固体)を形作る最小の繰り返し単位に相当する平行六面体。
論文情報
雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:Proton Intercalation into an Open-Tunnel Bronze Phase with Near-Zero Volume Change
著者:Kosuke Kawai 1, Seong-Hoon Jang 2,3, Yuta Igarashi 1, Koji Yazawa 4, Kazuma Gotoh 5, Jun Kikkawa 6, Atsuo Yamada 7,8, Yoshitaka Tateyama 2,9, Masashi Okubo 1,10,* (1 Waseda University, 2 Research Center for Energy and Environmental Materials, National Institute for Materials Science, 3 Institute for Materials Research, Tohoku University, 4 JEOL Ltd., 5 Japan Advanced Institute of Science and Technology, 6 Center for Basic Research on Materials, National Institute for Materials Science, 7 The University of Tokyo, 8 Sungkyunkwan University, 9 Tokyo Institute of Technology, 10 Kagami Memorial Research Institute for Material Science and Technology, Waseda University)
掲載日(現地時間):2024年10月25日(金)
DOI:https://doi.org/10.1002/anie.202410971
研究助成
研究費名:JST CREST
研究課題名:水を基軸とする未踏蓄電機能材料の開拓
研究代表者名(所属機関名):山田淳夫(東京大学)
研究費名:文部科学省 データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト
研究課題名:再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点
研究代表者名(所属機関名):杉山 正和(東京大学)
研究費名:文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム
研究課題名:次世代二次電池・燃料電池開発によるET革命に向けた計算・データ材料科学研究
研究代表者名(所属機関名):館山佳尚(物質・材料研究機構)
研究費名:日本学術振興会 科研費 学術変革領域研究(A)
研究課題名:イオン渋滞学に基づく新物質創製と機能開拓
研究代表者名(所属機関名):小林玄器(国立研究開発法人理化学研究所)
研究費名:公益財団法人 大倉和親記念財団 2022年度 研究助成
研究課題名:水系蓄電デバイスの実現に向けた高容量Wadsley–Roth型酸化物負極の開発
研究代表者名(所属機関名):川合航右(早稲田大学)