2024-10-24 東京大学
発表のポイント
- ストレージクラスの次世代磁気メモリとして実用化が期待されているレーストラックメモリにおいて、ビット操作のエラー率を決定する新たな性能評価手法を確立した。
- ビットエラー率は調査した範囲においてビット長に依存せず、正味の磁化がゼロに近いフェリ磁性体の特徴を反映した結果が得られた。
- ビット位置操作に用いる電流パルスが十分に大きい時、連続する操作のビットエラー率に相関がないことがわかった。この特性はレーストラックメモリ開発にあたって大きな利点となる。
レーストラックメモリの記録媒体の模式図。赤(青)色の領域はそれぞれ磁化が反対方向を向いた磁区を表し、情報として0と1を記録している。細線に電流パルスを流すと、赤と青の領域が電流と同じ方向に移動する。電流パルスの長さで移動量を制御する。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の石橋未央特任研究員(研究当時、現:東北大学材料科学高等研究所助教)、中辻知教授、林将光准教授らの研究グループは、産業技術総合研究所の薬師寺啓研究チーム長(研究当時、現:産業技術総合研究所総括研究主幹)のグループ、日本大学理工学部電子工学科の塚本新教授と共同で、レーストラックメモリの重要な性能指標であるデジタル情報のビット操作のエラー率を決定する手法を確立しました。ストレージクラスの次世代磁気メモリとして実用化が期待されている「レーストラックメモリ」の研究開発において、デジタル情報の書き込み、読み取り操作を実証する報告は多数あるものの、メモリ動作の信頼性を調べるアプローチはこれまでに確立されていませんでした。そこで本研究ではビット操作のエラー率を決定する新たな性能評価手法を確立しました。 フェリ磁性体細線を用いたレーストラックメモリを作製し、ナノ秒程度の電流パルスを使ってビット位置を制御する操作を繰り返し、ビット位置のばらつきからビットエラー率を求めました。その結果、ビット位置操作に用いる電流パルスが十分に大きい時に、連続する操作のビットエラー率に相関がないことがわかり、レーストラックメモリの開発に大きく弾みがつく結果が得られました。
発表内容
研究の背景・先行研究における問題点
「レーストラックメモリ」は高速かつ高密度なストレージクラスの次世代磁気メモリとして期待されています。レーストラックメモリでは、ハードディスクドライブと同じように、記録媒体にデジタル情報を記録します。記録媒体は多数の磁性細線からなり、1つ1つの細線にデジタル情報の0と1が列になって書き込まれています。ハードディスクドライブ、レーストラックメモリにおいてデジタル情報は磁性体の磁区の磁化(注1)の向き(たとえば上向か下向きか)として記録されています。記録されているデジタル情報にアクセスするため、ハードディスクドライブでは読み取り・書き込み機能を搭載した「ヘッド」が記録媒体に近づき、必要な操作を行います。この時、記録媒体とヘッドは機械的に動くことで特定の「ビット」の読み取り・書き込み操作を行います。一方、レーストラックメモリでは磁性細線に電流パルスを流し、記録されている情報の列(磁化パターン)を一斉に移動させて、特定のビットをヘッドに近づけます。この時、記録媒体もヘッドも機械的に固定されており、情報の列のみが電気的に移動するため、ハードディスクドライブと比べて格段に早く情報操作ができる利点があります。レーストラックメモリを実用化するにあたって重要な課題となっているのが、記録媒体に保管されているデジタル情報(ビット)の列を移動する技術です。これまで、ビット列を移動するのに必要な電流パルスの強度や移動する速さなどが、材料に対してどのように変わるかが明らかにされてきました。一方で、ビット列への書き込みや移動操作の信頼性についての報告が少なく、特にビット操作のエラー率に関する情報がない状態となっていました。
研究内容と成果
そこで本研究ではレーストラックメモリのビット操作のエラー率を決定する性能評価手法を確立しました。フェリ磁性体(注2)を用いて作製した細線において、ナノ秒程度の電流パルスによるビットの書き込みとビット位置の操作を繰り返し行い(図1)、磁気光学Kerr効果顕微鏡(注3)観察で得られた磁区画像からビット位置のばらつきを求めました。この手法を用いることで、ビットエラー率を決定できることを実証しました。得られたビットエラー率は調査した範囲においてビット長に依存せず、隣り合うビット間の相互作用が小さいことがわかりました(図2(b))。この結果は、正味の磁化がゼロに近いフェリ磁性体の特徴を反映していると考えられ、高密度磁気メモリに向けてフェリ磁性体が記録媒体として有効であることを示唆しています。また、ビット位置操作に用いる電流パルスが十分に大きい時、連続する操作のビットエラー率に相関がないことがわかりました(図2(a))。エラー率を抑制するためには連続する操作にエラーの相関がないことが重要であり、本研究で得られた知見は今後のレーストラックメモリの開発に大きく貢献するものです。
図1:実験シークエンスの概念図
(i)-(iv) フェリ磁性細線へのビットの書き込みと移動、及びそれぞれの場合に対応する磁気光学Kerr効果顕微鏡によって得られた磁区画像を示す。
図2:エラー率の解析結果
(a) 電流パルスの大きさを変えた時のビット位置のエラーの二乗(分散)のパルス印加回数依存性。全ての場合においてビット位置のエラーは1000回の繰り返し測定によって算出、パルス電流のパルス幅は2 ns。電流パルス印加回数に対して、ビット位置のエラーの2乗が増加している。この傾向は、連続するビット操作のエラーに相関がないことを示唆している。(b) フェリ磁性体の組成(x)が異なる試料を用いて、パルス電流が一回印加されたときのビット位置のエラー率のビット長依存性。ビット長が変化しても、エラー率は一定であることがわかる。
本研究の意義・今後の展望
本研究で提案された手法を用いることで、レーストラックメモリの信頼性を評価する上で重要な情報が取得でき、レーストラックメモリ開発の進展につながると期待されます。また、レーストラックメモリのコア技術である電流パルスを用いたデジタル情報のビット操作において連続する操作のエラー率に相関がないことは、レーストラックメモリ開発の大きな利点となるだけでなく、学術的にもエラー相関の物理解明に寄与するものであり、シフトレジスタや演算素子など、新規デバイスへの展開も考えられます。フェリ磁性体、あるいは、同様に磁化を持たない反強磁性体を用いることで、これまでのレーストラックメモリの主流であった強磁性体の磁化に由来した困難を解決する道筋を示し、次世代のストレージクラスメモリの開発に大きく弾みがつくと期待されます。
論文情報
- 雑誌名
Science Advances論文タイトル
Decoding the magnetic bit positioning error in a ferrimagnetic racetrack著者
Mio Ishibashi*, Masashi Kawaguchi, Yuki Hibino, Kay Yakushiji, Arata Tsukamoto, Satoru Nakatsuji and Masamitsu Hayashi*(*責任著者)
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業 大規模プロジェクト型(JST-MIRAI)「トリリオンセンサ時代の超高度情報処理を実現する革新的デバイス技術」研究領域(運営統括:大石善啓)における研究課題「スピントロニクス光電インターフェースの基盤技術の創成」課題番号:JPMJMI20A1(研究代表者:中辻知)の一環として行われました。
用語解説
注1 磁化
磁化の向きは磁石のN極の向きに相当し、大きさは磁石の強さを表す。
注2 フェリ磁性体
全ての磁化が同じ方向を向いているのが強磁性体であるのに対し、フェリ磁性体は2種類以上の異なる原子から構成され、異なる原子の磁化が反平行に結合している。フェリ磁性体の組成によって、正味の磁化の大きさがゼロになる。フェリ磁性体をレーストラックメモリの記録媒体に用いると、デジタル情報ビットが電流パルスで高速で移動することが報告されている。
注3 磁気光学Kerr効果顕微鏡
磁性薄膜に対して直線偏光した光が反射すると、薄膜の磁化方向に応じて光の偏光面が回転する磁気光学Kerr効果を用いた顕微鏡。薄膜の磁化の向きを決定するのに用いられており、磁化の配列を可視化することができる。