小惑星リュウグウに存在するマグネシウム炭酸塩の形成史と始原的なブライン(brine)の化学進化を解明

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2024-09-05 海洋研究開発機構,九州大学,産業技術総合研究所,北海道大学,株式会社堀場テクノサービス,東京工業大学,東北大学,京都大学,名古屋大学,東京大学

1. 発表のポイント

  • 小惑星リュウグウから採取されたサンプルを複数種類の溶媒で抽出し、始原的なブライン(brine)の組成を明らかにした。水と鉱物との相互作用による溶存イオン成分として、ナトリウムイオン(Na+)が最も多く含まれることを明らかにした。
  • さらに、小惑星リュウグウのサンプルから見いだした微小な炭酸塩鉱物(ブロイネル石)を単離・同定し、高精度同位体質量分析法によるマグネシウム同位体組成の測定を行うことで、リュウグウに存在した初生的な母岩と水との相互作用(水質変成)の過程で、二次鉱物として炭酸塩が形成されたことを明らかにした。
  • 本成果は、地球が誕生する以前の太陽系において物質はどのように存在していたのか、また、地球、そして海水の組成を規定する化学進化を探求する上で重要な知見となる。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海洋機能利用部門 生物地球化学センターの吉村 寿紘(としひろ)副主任研究員と高野 淑識(よしのり)上席研究員、国立研究開発法人産業技術総合研究所の荒岡 大輔 主任研究員、国立大学法人九州大学大学院理学研究院の奈良岡 浩 教授らの国際共同研究グループは、国立大学法人東京大学、株式会社堀場テクノサービス、国立大学法人北海道大学、国立大学法人東京工業大学、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学の研究者らとともに、小惑星リュウグウのサンプルに含まれるブロイネル石(Breunnerite)※1 などのマグネシウム鉱物や始原的なブライン(brine)※2 の精密な化学分析を行うことで、その組成や含有量などを明らかにしました。

小惑星リュウグウは、地球が誕生する以前の太陽系全体の化学組成を保持する、最も始原的な天体の一つです。これまでさまざまな研究グループの分析により、鉱物・有機物と水が関わる水質変成(2023年9月18日既報2024年7月10日既報)が明らかとなってきましたが、いわゆる「ブライン(brine)の化学組成とイオン性成分の沈殿」に関する反応履歴は、未だ不明のままでした。

そこで本研究では、小惑星リュウグウのサンプルから微小な炭酸塩鉱物(ブロイネル石)の単離・同定と陽イオン成分の溶媒抽出を行い、精密な化学組成分析を行いました。その結果、リュウグウに含まれる鉱物と最後に接触した水の陽イオン組成は、ナトリウムイオン(Na+)に富んでいることがわかりました。リュウグウにはマグネシウムに非常に富む鉱物が複数存在しており、これらが水からマグネシウムを除去した際の沈殿順序を解明しました。ナトリウムイオンは、鉱物や有機物の表面電荷を安定化させる電解質として働いたと考えられます。

本成果は、初期の太陽系の化学進化を紐解くものであるとともに、始原的なブライン(brine)の物質情報、炭素質小惑星上での水-鉱物相互作用の一次情報を提供した重要な知見となります。

本研究の一部は、科研費 基盤研究(課題番号:21H01204・20H00202・21H04501・21H05414)、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化、21KK0062)、学術変革領域研究(21H05414)、特別研究員奨励費(21J00504)による研究助成の支援を受けて実施されました。

本成果は、2024年9月5日付(日本時間)で科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

用語解説
※1  ブロイネル石(Breunnerite)
鉄を含む炭酸マグネシウムの一種で、化学式は (Mg,Fe)CO3と示される。マグネシウムと鉄の置換作用により、マグネシウムと鉄の割合が変化する。本論文では、リュウグウサンプルから、ブロイネル石を単離し、レーザー顕微鏡による非破壊分析法および高精度同位体質量分析計による破壊分析法を用いて、精密な解析を行うとともに、鉱物沈殿のモデルシミュレーション解析と合わせて統合的な評価を行った。

※2  ブライン(brine)
ブラインとは、塩化ナトリウムや塩化マグネシウムなどの塩分を含んだ水を意味する。かつて、豊かな水が存在した小惑星リュウグウでは、「水質変成」と呼ばれる水―鉱物―有機物の相互作用によって母岩に含まれる初期物質が溶解し、イオン性の成分が形成された。本論文では、それらの始原的なブライン(Primordial brine)の物質情報について報告している。

小惑星リュウグウに存在するマグネシウム炭酸塩の形成史と始原的なブライン(brine)の化学進化を解明
小惑星探査機「はやぶさ2」が、小惑星リュウグウに含まれるブロイネル石(Breunnerite、右下の顕微鏡写真)を地球に帰還させるイメージ図(©JAMSTEC)


小惑星リュウグウに含まれる水(H2O)は、太陽系内をさまよう中で凍結/融解を繰り返し、鉱物中に含まれるナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、鉄(Fe)などが水に溶出することでブラインが形成され、「にがり」のような溶液を経て、やがてマグネシウムや鉄を含む鉱物(ブロイネル石)が析出したと考えられる。鉱物を単離して成分を分析することで、ブラインの組成と化学進化を紐解くことができる。

論文情報

タイトル
Breunnerite grain and magnesium isotope chemistry reveal cation partitioning during aqueous alteration of asteroid Ryugu

著者
吉村 寿紘1*、 荒岡 大輔2、 奈良岡 浩3、 坂井 三郎1、 小川 奈々子1、 圦本 尚義4、 森田 麻由5、 小野瀬 森彦5、 横山 哲也6、 マーティン・ビッツァーロ7、 田中 悟5、 大河内 直彦1、 古賀 俊貴1、 ジェイソン・ドワーキン8、 中村 智樹9、 野口 高明10、 岡崎 隆司3、 薮田 ひかる11、 坂本 佳奈子12、 矢田 達12、 西村 征洋12、 中藤 亜衣子12、 宮﨑 明子12、 与賀田 佳澄12、 安部 正真12、 岡田 達明12、 臼井 寛裕12、 吉川 真12、 佐伯 孝尚12、 田中 智12、 照井 冬人13、 中澤 暁12、 渡邊 誠一郎14、 津田 雄一12、 橘 省吾12,15、 高野 淑識1*

所属
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構
2. 国立研究開発法人産業技術総合研究所
3. 国立大学法人九州大学 理学研究院
4. 国立大学法人北海道大学 大学院理学研究院
5. 株式会社堀場テクノサービス
6. 国立大学法人東京工業大学 理学院 地球惑星科学系
7. Centre for Star and Planet Formation, Globe Institute, University of Copenhagen,デンマーク
8. Solar System Exploration Division, NASA Goddard Space Flight Center,アメリカ
9. 国立大学法人東北大学 大学院理学研究科
10. 国立大学法人京都大学 大学院理学研究科
11. 国立大学法人広島大学 理学部
12. 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
13. 神奈川工科大学
14. 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院環境学研究科
15. 国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科/大学院理学系研究科附属宇宙惑星科
* 共同筆頭著者

DOI https://doi.org/10.1038/s41467-024-50814-y

論文公開日
2024年9月5日(日本時間)

3. 背景

小惑星リュウグウは、小惑星帯で最も代表的なC型(炭素を多く含む)に属する始原的な小惑星です。初期の太陽系には惑星が存在しておらず、始原的な小惑星やガスが太陽系全体に漂っていました。その後、引力によって惑星が形成されていくなかで、太陽系で小惑星帯の内側に形成された第三惑星が「地球」であり、惑星系に取り込まれずに、小惑星帯の一部になったのが、岩石質の小惑星イトカワや炭素質の小惑星リュウグウと考えられています。小惑星探査機「はやぶさ2」によりリュウグウから直接サンプル採取がなされた後、多くの研究グループが先端的な分析を駆使することで、これまでにさまざまな性状や含有物、履歴などが明らかとなってきました。しかし、その可溶性成分の含有量や組成、化学的な性質は不明なままでした。可溶性成分のうち主成分元素は水質を左右します。これまでに化学モデル計算による水質進化のシミュレーションが行われていましたが、本研究では特定の鉱物の化学組成に着目することで水質の復元に成功しました。

小惑星リュウグウの化学進化を明らかにする上で、重要なキーワードは、「水、有機物、鉱物、そしてヒストリー(熱史)」です(2023年2月24日既報2023年5月30日既報)。私たち研究グループは、初期状態の炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、酸素(O)、イオウ(S)などの有機物を構成する軽元素組成、ならびに始原的な有機物や分子進化(2023年3月22日既報2023年9月18日既報)の研究を行ってきました。リュウグウはかつて多量の水を含む母天体であり、さまざまな化学進化の源流がありました(2024年7月10日既報)。その中で、水質変成※3 による元素の溶解と再沈殿が繰り返されていました。本グループでは、鉱物と化学抽出物の組成から当時の水質の一次情報と物質進化を観測できると予測していました(2020年11月27日既報)。

用語解説
※3  リュウグウの水質変成
リュウグウは形成以来太陽系全体の化学組成を保持した最も始原的な天体の一つで、「水質変成」と呼ばれる水―鉱物―有機物の相互作用などによって初期物質が溶解し、多様で二次的な生成物・析出物が形成された。 本報告では、水質変成の履歴を復元するために、可溶性成分の組成、化学的な性状を分子レベルで詳しく解析した。

4. 成果

本研究では、リュウグウサンプル(図1)のナトリウム、マグネシウム、カルシウム、カリウムなどの主成分元素を交換性陽イオン、炭酸塩鉱物、ケイ酸塩鉱物の各成分に分けて段階的に抽出し、イオンクロマトグラフィーと高精度同位体質量分析法を用いることで、陽イオンの存在比とマグネシウムを含む鉱物の沈殿順序について精密な解析を行いました。その結果、水と鉱物が最後に接触したタイミングの水質はナトリウムに富むことが判明しました(図2)。ナトリウムイオンは、鉱物や有機物の表面電荷を安定化させる電解質として働き(図3)、また一部は、可溶性の有機物(2023年9月18日既報)や揮発性の低分子有機物(2023年2月24日既報2024年7月10日既報)などとイオン結合を介したナトリウム塩を形成していると考えられます。

さらに、リュウグウに含まれるマグネシウムは金属の中でも鉄に次いで多量に存在していますが、マグネシウムに富む無機鉱物が水から沈殿した順序を解明しました(図4)。小惑星リュウグウに含まれるマグネシウムは、ナトリウムと比較して20倍程度の含有量ですが、水質変成を受けることでマグネシウムイオンは層状フィロケイ酸塩、炭酸塩鉱物として優先的に沈殿しました。反対に、水からマグネシウムが除去されるため、水質はナトリウムに富む組成へと化学進化を遂げたと考えられます。ナトリウムとマグネシウムは地球の海水においても主要な塩分であり、1番目(Na+)、2番目(Mg2+)に多量に含まれる陽イオンですが、リュウグウに存在した水でも同じ順序で主成分陽イオンとして溶存しており、初期太陽系における水を媒介した化学反応の履歴を明らかにしました。

これらは、地球外物質を大気暴露することなく回収した、はやぶさ2プロジェクト(2022年2月11日既報)による”新鮮な小惑星サンプル”がもたらした特筆すべき研究成果です。

図1
図1 小惑星リュウグウのサンプルに含まれるマグネシウム炭酸塩を単離し、その物質情報を解析する様子。(A)小惑星リュウグウ(162173)、および(B)採取された初期サンプル(サンプルID: C0002)の写真。(C)C0002から回収した主にマグネシウムと鉄からなる炭酸塩鉱物ブロイネル石(Breunnerite)の粒子。(D)C0002から選別した微小な炭酸塩の赤い点線の枠内を測定対象として、(E・F)高空間分解能顕微分析によって鉱物同定を行ったうえで精密な溶液化学分析に供した。ここでの極微小スケールのレーザー顕微鏡分析法の開発は、JAMSTECと株式会社堀場テクノサービスによる共同研究の一部です。

図2
図2 化学抽出物中に含まれるマグネシウム、カルシウム、ナトリウムとカリウムのモル濃度の総和に対する各陽イオンのモル比を示した三角図。それぞれ青い矢印の方向に向かって濃度の増加を示す。本研究では2種類のリュウグウ試料(赤いシンボルのA0106、青のC0107)を分析に用いた。比較対象として、地球に落下したCI隕石(リュウグウと同じ隕石タイプに属するオルゲイユ隕石)は黄色、その他の代表的な炭素質隕石(Cung隕石、CM隕石)は水色で示す。抽出に用いた溶媒と抽出物の種類は右上の凡例を参照。参考のため太陽系全体の存在比を星印で示す。リュウグウの交換性イオンから復元した水質は十字のシンボルでプロットされ、ナトリウムに富んだ組成であることが明らかになった。

図3
図3 小惑星リュウグウの陽イオン―有機物―鉱物間の相互作用を説明する概念モデル。層状フィロケイ酸塩鉱物の接触領域では、陽イオンや有機化合物が静電相互作用によって鉱物の表面近傍に位置し、負の表面電荷をナトリウムなどが安定化させる。主な溶存陽イオンはNaであり、層状フィロケイ酸塩鉱物の陽イオン交換プールのイオン組成から復元した。

図4
図4 リュウグウに含まれる主要鉱物で、マグネシウムの主なホスト相であるケイ酸(フィロケイ酸塩、P)と炭酸塩(ドロマイト、D)の沈殿順序の記録復元(モデルシミュレーション)。左から右に向かって溶存マグネシウムを材料に鉱物が形成されるが、最初にフィロケイ酸塩としてマグネシウムが沈殿し、オレンジの区間ではドロマイトが同時に沈殿する。計算の制約条件には産業技術総合研究所で測定した炭酸塩鉱物と交換性イオンのマグネシウム同位体比(縦軸)を用いた。

5. 今後の展望

本成果の鍵の一つは、極微小スケールの非破壊分析法の技術、極微量スケールかつ原子・分子レベルで元素・同位体比組成を高精度に評価する破壊分析法の技術です。これらの技術基盤は、境界領域研究への波及効果に限らず、例えば、物質科学的な一次情報の保証、基準物質の標準化の確立、革新的な研究開発を生み出す知識基盤の進展に貢献すると考えられます。

現在、国際的な地球外サンプルリターンプロジェクトが進行しています(2023年5月30日既報)。今後、地球が誕生する前の太陽系物質科学として、始原的なイオン性基質を含めた可溶性成分や包括的な有機分子群の性状から、化学進化の統合的理解を深めることが期待されます。

お問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋利用機能部門 生物地球化学センター
副主任研究員 吉村 寿紘(よしむら としひろ)
センター長・上席研究員 高野 淑識(たかの よしのり)

報道担当

国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室

国立研究開発法人産業技術総合研究所
ブランディング・広報部報道室

国立大学法人九州大学 広報課

国立大学法人北海道大学 社会共創部広報課

株式会社堀場テクノサービス
株式会社堀場製作所 コーポレートコミュニケーション室

国立大学法人東京工業大学 総務部 広報課

国立大学法人東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室

国立大学法人京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 広報課

国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室

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