2024-09-03 産業技術総合研究所
ポイント
- 従来の放射光X線イメージング技術よりも100倍以上広い観察範囲を実現したX線イメージング装置を開発
- 直径50 mmのるつぼに入れた溶融アルミニウム全体の撹拌凝固過程を可視化
- 凝固に伴う合金組織の不均質化過程の解明によりアルミニウム中の鉄の分離プロセス設計が可能に
開発したX線イメージング装置(左)と模式図(中央)および開発装置を用いて撮影したX線画像(右)
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)マルチマテリアル研究部門 軽量金属プロセスグループ 志賀敬次 研究員、村上雄一朗 主任研究員、尾村直紀 研究グループ長、分析計測標準研究部門 放射線イメージング計測研究グループ 藤原健 研究グループ付は、溶融した金属が流動しながら凝固する様子についてX線を使って可視化する装置を開発しました。
アルミニウムのアップグレードリサイクルでは、溶融した金属を流動しながら凝固する過程で高純度化させるため、流動下での凝固過程を可視化することがより高品質なアルミニウムへのリサイクルプロセスの開発に重要です。金属は透明ではないため、光学観察技術を適用できないことから、金属の凝固過程の可視化には一般的に放射光X線イメージング技術が用いられてきました。しかし、従来の放射光X線イメージング技術は、観察範囲が数十mm2程度と狭いため、流動下での観察が難しい点が問題でした。本成果ではマイクロフォーカスX線源と、産総研で開発したフラットパネル型X線検出器を用いることにより、従来技術よりも100倍以上広い面積で、金属が流動しながら凝固する様子を2次元観察するX線イメージング装置を開発しました。中空構造の電磁撹拌装置を用いることにより、溶融金属を流動させながらX線を溶融アルミニウムに直接照射できるようになり、流動下でのX線イメージングが可能になりました。
この技術の詳細は、2024年8月5日に「Journal of Alloys and Compounds」に掲載されました。
開発の社会的背景
アルミニウム展伸材は、輸送機器の軽量化や建造物の高耐久性を目的として、今後20年間で約1.5倍の需要の増加が見込まれています*。鉄や銅など主要な金属の中でアルミニウムは融点が660 ℃と低いため、溶解によるリサイクルが容易です。しかし、リサイクルにより製造される2次アルミニウム合金は不純物が多く合金元素濃度が高いため、金属間化合物を多く含みます。これにより、成形・加工性が低下するため、展伸材として利用することは困難です。したがって、2次アルミニウム合金のほとんどは鋳造材として利用されています。アルミニウムの資源循環を促進するためには、高合金元素濃度の2次アルミニウム合金を低合金元素濃度の展伸材にアップグレードリサイクルすることが必要です。すなわち、2次合金中のアルミニウム以外の不純物元素を除去する再生プロセス技術を開発する必要があります。
研究の経緯
産総研は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業「アルミニウム素材高度資源循環システム構築事業」において、溶解工程の高度化によるアルミニウム中の不純物元素低減技術の開発を推進してきました。また、産総研の領域融合プロジェクト「資源循環利用技術研究ラボ」において、資源循環型社会の実現に向けたアルミニウムのアップグレードリサイクル技術の高度化に取り組んできました。
これまで、電磁撹拌に伴い顕在化する凝固偏析を利用して、アルミニウムスクラップ中に存在する鉄を金属間化合物として容器の壁面に局所的に形成することにより、アルミニウム中の鉄濃度を低減する精製手法を開発しました。鉄濃度の低減によるアルミニウムの精製プロセス開発では、凝固偏析過程の理解に基づきプロセス条件の設計をすることが重要です。一方、現状のプロセス開発では、凝固後の組織観察から推察した凝固偏析過程に基づきプロセス条件の最適化を図っています。しかし、この方法は推論に基づいているため、最適なプロセス条件を決めることは難しいです。一般的に、凝固過程を可視化する方法として光学観察がありますが、金属は不透明であるため、光学装置で合金内部の凝固過程を観察することはできません。合金の凝固観察には、放射光を利用したX線イメージング技術が有用ですが、放射光X線の特性と装置の構造上、観察範囲は数十mm2以下に制限されます。凝固偏析を利用するアルミニウムの精製プロセスは、凝固初期と後期における組成変動に由来するマクロ偏析の挙動に関係するため、放射光X線イメージングの観察範囲ではアルミニウムの精製プロセスを可視化することは困難です。そのため、溶融アルミニウムの凝固過程をより大きな視野でその場観察する手法の開発が必要でした。今回、アルミニウムのアップグレードリサイクルプロセスを高精度に制御するためのプロセス設計を目的として、電磁撹拌下における不純物元素を含む結晶相の成長挙動を数十cm2以上の広い視野で可視化するX線イメージング装置を開発しました。
なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会 科研費若手研究「凝固その場観察による金属間化合物の偏析過程の解明とアルミニウムリサイクルへの応用」(課題番号:23K13585)による支援を受けています。
研究の内容
放射光X線イメージングは、X線の広がりが小さいため、大面積での観察には適していません。また、厚さ数百µm程度の薄い試料を用いるため、溶融した試料の流動状態を作ることは困難です。そこで、X線源、電磁撹拌装置およびX線検出器を従来の放射光X線イメージングでは難しい鉛直方向に配置することにより、流動する溶融金属のX線透過像を大面積かつ高解像度で撮影する方法を考案し、撹拌凝固過程を可視化する装置を開発しました。
図1 開発した装置のX線イメージング部の模式図
図2 装置改良前(左)および改良後(右)に撮影した透過X線画像の画質
装置全体はX線源、フラットパネル型X線検出器、制御PC、電磁撹拌装置、インバーターおよびるつぼで構成されます。X線イメージング部の模式図を図1に示します。るつぼの上方に設置したX線源から放出されたX線は、るつぼ中の溶融金属試料に入射・透過し、るつぼの下側に置いたX線検出器に入射します。るつぼは、あらかじめ電気炉に入れて試料を溶解し、X線を照射する直前に電磁撹拌装置に静置します。電磁撹拌装置は、3相交流モーターの原理を応用しており、るつぼの外側から非接触で溶融金属に流動を付与します。また、電磁撹拌装置は中空構造を有するためX線源とるつぼの試料表面の間に障害物がなく、X線を減衰させずに流動している溶融金属に照射することができます。インバーターを用いて電磁撹拌装置に与える電流の周波数と回転方向を制御することにより、溶融金属の流動条件の制御も可能です。撮影範囲は、X線検出器の画素数と画素サイズ、X線源と溶融アルミニウム間の距離(FOD: Focus-to-Object Distance)、およびX線源とX線検出器の距離(FID: Focus-to-Image receptor Distance)の比に依存します。X線検出器には、産総研が独自に開発した3840×3072 画素の解像度を持ち、画素サイズが83 µmのフラットパネル型検出器を使用しました(2019年4月22日 産総研プレス発表)。FODおよびFIDをそれぞれ140 mmおよび800 mmになるようにX線源、るつぼおよびX線検出器を配置しました。この条件でX線イメージング装置を構成すると、観察視野は55.7×44.5 mm2になるため、径50 mmのるつぼに入れた溶融金属全体の透過X線画像を撮影することができます。開発当初は、透過X線画像の水平方向にノイズが現れ、晶出した結晶と溶融金属の境界が不明瞭となる問題がありましたが、るつぼ材質の変更や電磁シールドの追加など装置改良を進めることにより、ノイズ量の低減と空間分解能の向上を達成しました。開発装置の改良前後における透過X線画像の比較を図2に示します。
図3 X線イメージング実験に用いた試料形状の模式図(左)および4分の1断面の光学顕微鏡写真
図4 開発したX線イメージング装置を用いて撮影した透過X線画像
本開発装置で電磁撹拌後に凝固したAl-10Si-2Fe-2Mn(Alが主成分、Siが10%、Feが2%、Mnが2%)合金の断面組織の光学顕微鏡写真を図3に示します。写真の撮影範囲は、X線照射方向に対して垂直な面で、試料高さの半分の位置における4分の1断面に対応します。凝固試料の外周部に輝度の低い組織(図中で濃い灰色に見える部分)が形成しました。低輝度の組織の組成を分析した結果、鉄を含む金属間化合物であることが分かりました。一方、低輝度の組織以外の領域における鉄濃度は元の2.0%から0.5%へと減少しました。電磁撹拌の付与により鉄濃度を低減し、アップグレードリサイクルが可能であることが分かりました。この結果は、合金の凝固時に電磁撹拌を付与することにより、試料の外周部に鉄などの不純物を含む結晶相が局所的に形成し、マクロ偏析が顕著になることを示します。
Al-10Si-2Fe-2Mn合金の電磁撹拌に伴う凝固過程をX線イメージングにより観察し、撮影した透過X線画像を図4に示します。画像中の輝度の低い領域(図中で黒色に見える部分)は、X線吸収能が高い領域であるため、鉄を含む金属間化合物に対応します。704 ℃では均一に溶融したアルミニウムに対応する領域の輝度は一定であり、金属間化合物は存在しませんでした。683 ℃では、るつぼの壁面近くに低輝度の領域が出現し、金属間化合物が形成しました。温度の低下に伴い低輝度の領域は増大し、金属間化合物が外周部から中心に向かって成長することが分かりました。冷却時の溶融金属の透過X線画像を連続撮影した結果、電磁撹拌を与えたAl-10Si-2Fe-2Mn合金の鉄のマクロ偏析は、外周部に形成した鉄を含む金属間化合物の粗大化に起因する現象であることを明らかにしました。この知見を活用することにより、電磁撹拌に伴う凝固偏析を意図的に制御して、より高効率に鉄を含む不純物相をスクラップ合金から分離するプロセスの設計が可能になりました。将来的に、アルミニウムのアップグレードリサイクルの高度化に役立つと考えています。
今後の予定
今後はX線イメージング装置の改良により、空間分解能のさらなる向上および撮影速度の高速化を進め、金属リサイクルのプロセス開発だけでなく、鋳造プロセスや金属材料の開発に役立てていきます。
論文情報
掲載誌:Journal of Alloys and Compounds
論文タイトル:In situ X-ray imaging of α-Al(FeMn)Si grain evolution during solidification of an Al-Si alloy with electromagnetic stirring
著者:Keiji Shiga, Takeshi Fujiwara, Yuichiro Murakami and Naoki Omura
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jallcom.2024.175866
用語解説
- アップグレードリサイクル
- リサイクルすることにより元の製品よりも高品質化するプロセス。アルミニウムのアップグレードリサイクルは、アルミニウムスクラップを精製し、高品質なアルミニウム合金を製造するプロセスである。
- 放射光X線イメージング
- 高速に加速された電子から放出される高エネルギーの電磁波(放射光)を利用して物体の内部構造を観察する技術。
- マイクロフォーカスX線源
- スポットサイズ(X線が発生する領域)がµmサイズのX線発生装置。スポットサイズが小さくなるほど、X線透過像のボケが小さくなるため、鮮明な像を得ることができる。
- 電磁撹拌
- 導電性のある液体金属中の電場と磁場の相互作用により発生する電磁力を利用して液体金属を撹拌する技術。
- 展伸材
- 金属を押しつぶして薄い板状にしたり、引き延ばして棒状に加工したりすることによって成形するための材料。
- 2次アルミニウム合金
- アルミニウムスクラップの溶解により作られるアルミニウム合金。
- 合金元素
- 複数の金属元素からなる合金を構成する元素。
- 金属間化合物
- 2種類以上の金属元素が特定の割合で結合して構成される物質。
- 鋳造材
- 溶けた金属を型に流して固めることによって成形するための材料。
- 凝固偏析
- 2種類以上の金属で構成される合金の凝固過程において、結晶化した固体の組成が、溶融合金の組成と一致しない現象。
- マクロ偏析
- 凝固の進行に伴う溶融金属の濃度変動により、凝固の初期と後期で形成する凝固組織の組成が異なる結果、凝固組織が不均質化する現象。
- インバーター
- モーターの回転速度や回転方向を可変する機能を有する装置。
- 3相交流モーター
- 三つの相が120˚の周期の差をもって供給される3相交流電力を利用して動作するモーター。
- 空間分解能
- 隣接する2点を独立した点として識別することができる最小単位。空間分解能は、X線源の管電流、管電圧、焦点距離、被写体の種類・状態などに依存するため、実効分解能と等しくはならない。ここでいう実効分解能とは、X線源、観察試料およびX線検出器の位置関係とX線検出器の画素サイズにより決定するX線透過画像の見かけの分解能のことをいう。
注釈
* Regional Aluminium Flow Model 2017 (1)(Internatioal Aluminium Institute)より
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