2023年北日本の歴代1位の暑夏への海洋熱波の影響がより明らかに

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2024-07-19 気象庁,東京大学,北海道大学,海洋研究開発機構

発表のポイント

2023年(令和5年)の北日本の歴代1位の暑夏の要因を調査した結果、黒潮続流の極端な北上に伴い、北日本近海で海面水温の極端な高温が続く海洋熱波が発生したことにより、下層雲の形成が妨げられて日射が増大したこと、海洋が大気を直接加熱したこと、大気中の水蒸気が増えて温室効果が強まったことが影響した可能性が高いことがわかりました。

発表概要

海洋生態系や水産業への影響の観点から、海面水温の極端な高温が続く現象「海洋熱波」が近年注目を集め、気候変動に関する政府間パネル第6次評価報告書では地球温暖化に伴う海洋熱波の頻度や強度の増大が指摘されています。
2023年(令和5年)8月開催の異常気象分析検討会において、北日本の歴代1位の暑夏の一つの可能性として近海の記録的に高い海面水温を挙げていましたが、気象庁、異常気象分析検討会 中村尚会長(東京大学)、谷本陽一委員(北海道大学)及び野中正見委員(海洋研究開発機構)が更に調査を進めた結果、海面水温の極端な高温が続く海洋熱波により、下層雲の形成が妨げられて日射が増大したこと、海洋が大気を直接加熱したこと、大気中の水蒸気が増えて温室効果が強まったことが、北日本の暑夏に大きな影響を与えた可能性が高いことがわかりました。
地球温暖化の進行に伴い異常高温のリスクが高まる中、近海の海洋熱波が地上の異常高温に与える影響について理解を深め、その予測精度を高めていくことは、気候変動対策の観点から重要な課題です。今後も、定常的に気候システムの監視・解析を行う気象庁と専門的知見を有する研究者の連携を通じて異常気象の分析を進め、気候変動対策の取組に貢献していきます。
なお、本調査の成果は、国際学術誌「Scientific Reports」に2024年7月19日にオンライン公開されました。

ー研究者からのひとことー

北日本の東方沖では、冷たい親潮が大きく後退、代わりに暖かい黒潮続流が流れ込んで過去最強の「海洋熱波」が昨年春から続いています。この海流変動に伴う海洋熱波が昨年の北日本の記録的猛暑に影響したことを我々は丹念なデータ分析から突き止めました。海洋熱波は現在も続いており、今夏の暑さや台風に伴う風雨、水産業への影響を注視しています。(追記:中村尚教授)

発表内容

【 背景 】
海洋生態系や水産業への影響の観点から、海面水温の極端な高温が続く現象である「海洋熱波(注1)」が近年注目を集めています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書では、地球温暖化に伴う海洋熱波の頻度や強度の増大が指摘されています。海洋熱波は、大気循環の強制によって発生する場合や、海洋の循環変動が主導して発生する場合がこれまでの研究で報告されています。
2023年(令和5年)夏(6~8月)、北日本近海は1985年以降で夏として最も海面水温が高く、海洋熱波が発生しました(図1a)。特に三陸沖では、海洋表層の深さ300mに至るまで、過去に例のない顕著な高温となっていたことが観測されました1。通常冷たい親潮系の水が占める海域が、2023年夏は黒潮続流(注2)の顕著な北上に伴って暖かい黒潮系の水で占められていたためと考えられます。他方、同年夏に日本の平均気温は1898年の統計開始以降で最も高くなりました。北日本では、1946年の統計開始以降で歴代1位の暑夏となり2、特に太平洋側で著しい高温となりました(図1b)。
2023年8月28日に開催された異常気象分析検討会では、北日本の高温の一因として周辺海域での海面水温の顕著な高温状態が影響した可能性を指摘しました3。しかし、この海洋熱波が北日本の記録的猛暑に影響を与えた詳細な過程は明らかではありませんでした。そこで、気象庁、異常気象分析検討会 中村尚会長(東京大学)、谷本陽一委員(北海道大学)及び野中正見委員(海洋研究開発機構)は、北日本近海の持続的な海洋熱波が大気の高温状態に影響した可能性を更に調査しました。

2023年北日本の歴代1位の暑夏への海洋熱波の影響がより明らかに
図1:2023年夏(6~8月)平均の(a)海面水温平年差と(b)地上気温平年差
左図:(a)海面水温平年差、右図:(b)地上気温平年差


1 気象庁報道発表「三陸沖の海洋内部の水温が記録的に高くなっています」(令和5年8月9日)
https://www.jma.go.jp/jma/press/2308/09a/20230809_sanriku_seatemp.html
2 気象庁報道発表「夏(6~8月)の天候」(令和5年9月1日)
https://www.jma.go.jp/jma/press/2309/01b/tenko230608.html
3 気象庁報道発表「令和5年梅雨期の大雨事例と7月後半以降の顕著な高温の特徴と要因について ~異常気象分析検討会の分析結果の概要~」(令和5年8月28日)
https://www.jma.go.jp/jma/press/2308/28a/kentoukai20230828.html

【 成果 】
三陸沖から北海道太平洋沖にかけての海域(37.5°-42.5°N, 142°-149°E;図1aの緑の矩形領域)の気温及び水温の平年差の鉛直分布を解析したところ(図2)、2023年(赤線)は、大気下層の高度約3,000m(700hPa)以下の気温が全体的に過去と比べて著しく高く、とりわけ地表付近(高度約800m(925hPa)以下)で平年差が最大となっていたことがわかりました。これは2023年夏の地上の異常高温の要因が、上空の大気循環の変動に加えて、大気と接する海洋側にもあることを想起させます。実際、海洋表層の水温は、黒潮続流の顕著な北上の影響により、海面付近の海洋熱波の状態(図1a)に加え、海洋表層の少なくとも深さ300mに至るまで、過去と比べて突出して高くなっていました。これらの気温・水温の平年差の鉛直分布は、2023年夏の地表付近の高温が、黒潮続流の北上に伴う顕著に高い海洋表層の水温によって維持されたことを強く示唆しています。


図2:三陸沖から北海道太平洋沖にかけての海域(図1aの緑の矩形領域)で平均した気温及び水温の平年差の鉛直分布。1993年~2023年の各年の夏(6~8月)平均。赤は2023年、橙は2010年。


さらに、海洋熱波が北日本の高温にどのような過程で影響したのかを調査しました。具体的には、以下の過程がはたらいたと考えられます。
●顕著に高い海面水温によって海面付近の大気の安定度が低くなったことに伴い、下層雲量(注3)が顕著に減少しました(図3)。これによる日射量の増加は、沿岸地域の高温や更なる海面水温の上昇をもたらしたと考えられます。
●三陸沖では海洋により大気が加熱されたと考えられます(図4a)
●地表付近の大気が平年に比べて高温多湿に保たれ、水蒸気による温室効果が強化されました。この多湿化には南方から輸送される水蒸気に加え、海洋熱波に伴って海面からの蒸発が活発だった(図4b)ことも寄与したと考えられます。


図3:2023年夏(6~8月)平均の下層雲量平年差(%)


図4:海面における2023年夏(6~8月)平均の(a)顕熱フラックス平年差と(b)潜熱フラックス平年差(上向き正)
左図:(a)顕熱フラックス平年差、右図:(b)潜熱フラックス平年差

【 意義 】
本調査の結果は、北日本近海の海洋熱波が地上の異常高温に影響を及ぼした可能性を示しています。日本近海は世界平均に比べて地球温暖化に伴う海面水温の上昇率が特に大きい海域です。地球温暖化の進行に伴い異常高温のリスクが高まる中、このような近海の海洋熱波が地上の異常高温に与える影響について理解を深め、その予測精度を高めていくことは気候変動対策の観点から重要です。今後も定常的に気候システムの監視・解析を行う気象庁と専門的知見を有する研究者の連携を通じて異常気象の分析を進め、気候変動対策の取組に貢献していきます。
特に、大気に比べてゆっくりした海洋の変動は、季節予報の予測可能性を高める重要な意味を持ちます。通常、季節予報では熱帯の海洋変動が大気循環に与える影響を主な根拠としています。中緯度海洋が地上気温などの天候に与える影響についてはまだ多くの研究が推進されている段階であり、季節予報の根拠とすることは現時点では困難です。このような中緯度海洋の顕著な高温の持続が大気へ及ぼす影響について理解を深めることは、その影響を考慮した予報の組み立てや季節予報モデルの評価・改善を通じて、季節予報の予測精度向上につながると期待されます。 なお、本調査は異常気象分析検討会を通じた官学連携により実施されました。

発表者

東京大学 先端科学技術研究センター 気候変動科学分野
中村 尚(教授)

論文情報
雑誌:Scientific Reports(7月19日)
題名:Impact of an Unprecedented Marine Heatwave on Extremely Hot Summer over Northern Japan in 2023
著者:佐藤大卓1,2、竹村和人1,2、伊藤明1、楳田貴郁1、前田修平1,2、谷本陽一3、野中正見4、中村尚5
所属:1. 気象庁、2. 気象庁気象研究所、3. 北海道大学大学院地球環境科学研究院 4. 海洋研究開発機構アプリケーションラボ、5. 東京大学先端科学技術研究センター
DOI:10.1038/s41598-024-65291-y
謝辞

本調査は新学術領域研究「変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot」を含む複数の日本学術振興会科学研究費(JP19H05702、JP22H01292)文部科学省「ArCSII 北極域研究加速プロジェクト」(JPMXD1420318865)、 科学技術振興機構 共創の場形成支援プログラム「地域気象データと先端学術による戦略的社会共創拠点」(JPMJPF2013)、環境省・(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20222002、JPMEERF20242001)の一環として実施されました。

用語解説

(注1)海洋熱波
海面水温が過去の記録と比較して、その時期としては異常に高く、その極端な高温が数日から数か月間持続する現象。本調査では研究コミュニティでよく用いられる「その海域・時期としては10年に1度程度(10%)しか起きないような著しく高い海面水温が5日以上連続」という定義を用いて、2023年夏の北日本近海で海洋熱波が発生していたと判定しました。

(注2)黒潮続流
北太平洋における亜熱帯循環系の西岸境界流である黒潮は、日本南岸に沿って流れ、通常は房総半島沖から東向きに向かいます。この房総半島以東の流れは黒潮続流と呼ばれています。黒潮続流は、例年は本州から離れるように東向きに流れますが、2023年春以降は三陸沖まで顕著に北上した状態が続いています。

(注3)下層雲
下層雲は大気下層の安定度が高い領域で多く発生することが知られています。夏季北日本近海は、冷たい海面水温と南方から流れ込む暖かい空気に伴って大気下層で安定度が高くなり、下層雲が発生しやすい海域です。

問合せ先

東京大学 先端科学技術研究センター 気候変動科学分野
教授 中村 尚(なかむら ひさし)

1702地球物理及び地球化学
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