電場で駆動する強誘電マイクロロボット~微生物のように動き回る微小液晶滴~

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2024-08-20 理化学研究所

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター ソフトマター物性研究チームの荒岡 史人 チームリーダー、西川 浩矢 基礎科学特別研究員らの国際共同研究グループは、強誘電性ネマチック[1]と呼ばれる新しい液晶性の強誘電体において、交流電場により駆動されるアクティブな状態を発見しました。

本研究成果は、極性構造と弾性、流動性が混在した物質系の示す全く新しい複雑現象であり、機能物質科学およびソフトマター科学の開拓に貢献すると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、強誘電性ネマチックを用いてミクロンサイズの鼓状の液晶滴(ドロップレット)を作成し、そこへ交流の電気刺激を与えることで、ドロップレットが基板上を並進運動や回転など、通常の液晶では見られない複雑な動きを示すことを発見しました。このとき、ドロップレット周囲には繊毛[2]のような構造が生え、その動きはあたかも生物が這(は)い回るかのように見えます。この状態は、電歪(でんわい)効果[3]や圧電効果[4]の競合した非平衡状態にあり、印加する電界の周波数や強度によりドロップレットは形態を変え、動きも変化します。個々のドロップレットはいわば自己駆動するマイクロロボットのようであることから、強誘電性(Ferroelectric)のロボット(Robot)から、Febotと名付けました。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(8月20日付:日本時間8月20日)に掲載されました。

本研究で初めて発見された強誘電性ネマチックによるFebotの群れの図
本研究で初めて発見された強誘電性ネマチックによるFebotの群れ

背景

近年発見された強誘電性ネマチックは、固体にはない高い流動性・柔軟性を示します。多くの強誘電体が固体状態であるため、固体にはない特長を示す強誘電性ネマチックは新たな可能性を秘めた材料として注目されています。強誘電性ネマチックを用いてコンデンサを構成したときのキャパシタンス(静電容量)は非常に大きく、その他に自発的キラル分掌(ぶんしょう)[5]、大きな非線形光学効果などが報告されており、これらの物性にも注目が集まっています。また、前例のない物質状態であることから、応用の可能性が検討されている一方、新規物理現象発現のためのプラットフォームとして、活発に基礎科学研究が行われています。

荒岡チームリーダー率いるソフトマター物性研究チームは、これまでに、強誘電性ネマチックを用いて、光による誘電率制御とこれを利用した光コンデンサ、ヘリ分極構造による高速光変調など、新たな応用機能を実現し報告しています注1)。また他方、電場印加下の液晶の新しい非平衡物理現象[6]として、動的ソリトンの伝搬や、トポロジカル欠陥配列シート構造の形成などを発見しています注2)

注1)2022年3月3日プレスリリース「光で誘電率を大幅に自在制御できる液晶性強誘電体
注2)2020年6月26日プレスリリース「液晶ソリトンの電場生成

研究手法と成果

国際共同研究グループは、強誘電性ネマチックを呈する芳香環エステル液晶分子(RM734)を化学合成し、これを用いてミクロンサイズのくびれた円筒状(鼓状)のドロップレットを作製しました(図1a)。そこへ交流電界を印加し、ドロップレットに生じるダイナミクスを偏光顕微鏡[7]で観察し、解析を行う実験系を構築しました。

ドロップレットの作製には、酸化インジウムスズ(ITO)透明電極付きのスライドガラスの電極面へ、高分子絶縁膜を塗布したものを基板として用いました。その基板上にRM734を微量付着させ、半球状のドロップレットを形成させた後、そこへ同様の基板を重ね合わせました。二つの基板間では、メニスカス(毛細管現象による曲面の発生)によってくびれた円柱状のドロップレットが形成されました。このドロップレットを強誘電性ネマチック状態になる温度(120℃前後)まで加熱し、偏光顕微鏡で観察すると丸く見えます。透明電極に銅線を接続し交流電圧(1kHz)を印加していくと、ある電圧以上で、丸く見えていたドロップレットの周囲に微生物の繊毛のような構造が形成されます(図1b)。この現象はこれまでにも観察されており、強誘電体の持つ高い誘電率[8]と表面の高分子膜の絶縁効果により、空間内の電界が屈折した効果によると考えられます。

実験で用いたドロップレットの模式図と電場印加時の状態推移の図
図1 実験で用いたドロップレットの模式図と電場印加時の状態推移
a)強誘電性ネマチックを使ってドロップレットを作製した。
b)交流電圧(1kHz)を印加すると、ある電圧以上で、丸く見えていたドロップレットの周囲に繊毛のような構造が形成された。
c)交流電圧の周波数を数kHzに上げていくと、ドロップレットは非対称に変形し、アクティブな運動を始めた。


この状態にさらに電圧を印加していくと、ドロップレットは細長く延びたり、その身をよじるように屈曲したりするなど、複雑な形状変化を見せます(図2)。

電場によるドロップレットの状態遷移図の図
図2 電場によるドロップレットの状態遷移図
周波数および電圧によって、ドロップレットは発展し、伸張、屈曲、分岐からカオス、Febotなどの状態に変化する。


より高い電圧を印加すると、激しく分裂と結合を繰り返すカオス的な動的状態になりますが、ここで周波数を数kHzに上げると、カオス状態にならずにアクティブな運動を始めます(図1c、図2、図3)。

運動を開始するときには、多くの場合ドロップレットが馬蹄(ばてい)形にゆがみ、並進運動を行うところから始まります。この並進運動の様子は、立ち止まったかと思えば、思い出したかのように動き出す、あるときは突然に方向を変えたり、またあるときは走り続けたりと、あたかも小さな生物が気まぐれに這い回るかのように振る舞います(図3)。この動きの詳細を調べるために高フレームレートカメラで観察すると、交流電圧に応じて馬蹄形が伸縮しステップを踏んで歩むように駆動していると推定できました。このステップを移動速度と周波数から逆算すると、1ステップ当たり50ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度と非常に小さな歩みであることが分かりました。

集団運動するFebotの像と軌道追跡による運動の可視化の図
図3 集団運動するFebotの像と軌道追跡による運動の可視化
馬蹄形にゆがんだドロップレットは並進運動を始め、小さな生物が気まぐれに動き回るように振る舞う。拡大像の大きさは約150ミクロン(1ミクロンは1,000分の1mm)四方(左)。個々のドロップレットの運動の軌道を2次元で見るとその複雑な動きがよく分かる(右)。


実際、駆動しているドロップレットから人間の耳でもはっきりと聞くことができる振動音が発生し、この振動音は、印加周波数の倍波成分を含んでいることが解析により分かりました。この倍波周波数に対応する動きはドロップレットの周囲(繊毛の生えた周辺)で発生していることから、この振動音の起源は電歪効果であると推定しました。それと同時に、ドロップレット全体では圧電効果により電場周波数に対応した周期の変形が生じることで、圧電アクチュエーター素子でも応用されるstick-slip motion[9]と呼ばれる原理により、ドロップレットの動きが生じていると結論付けました。

環境からエネルギーを取り込み、それを指向性のある運動に変換することができる物体は一般的に自己駆動粒子と呼ばれ、アクティブな集団運動を示します。今回発見したFebotもまた(電界で駆動する)自己駆動粒子と見なせます。図4に、自己駆動粒子としての他の系との比較を示しますが、Febotはこうした自己駆動粒子の中でも比較的大きなサイズを持っている一方、高速度で動く、エネルギー効率の良い系であることが分かります。

生物学的および人工的な自己駆動粒子群のスケールおよび推進速度の図
図4 生物学的および人工的な自己駆動粒子群のスケールおよび推進速度
Febotは、T.majusなどの生物学的な自己駆動粒子(生体系泳動粒子)や、Jauns rodsなどの人工的な自己駆動粒子(人工泳動粒子)よりも、大きさも速さも上回っているケースがほとんどである。

今後の期待

本研究成果は、極性と流動性を共存させた新物質系である強誘電性ネマチックにおける新奇な現象の発見であり、新しい物質科学・応用原理につながり得るものです。動的な性質を理解することによって、微少物質の輸送やマイクロロボットの駆動原理などに応用できる可能性もあります。また、これはソフトマターにおける新しい非平衡物理現象でもあり、さまざまな物理現象を理解するための新しいモデル系として非平衡系の理解に貢献すると期待されます。

補足説明

1.強誘電性ネマチック
強誘電性を示す液晶の一種。導電性の低い絶縁的な物質群を、「誘電体」と呼び、そのうち自発的な電気分極(自発分極)を持ち、それを電場によって反転させられる性質を「強誘電性」と呼ぶ。ネマチックは、1次元的な方向秩序があるが位置秩序が失われた液晶状態の呼称。

2.繊毛
多くの真核生物の表面に見られる微小な毛状の構造。繊毛がリズミカルに動くことで駆動の役割を果たし、真核生物は移動することができる。

3.電歪(でんわい)効果
誘電体に外部電場を印加したときに電界の2乗に比例する機械ひずみが生じる現象。交流電界を印加したとき、その2倍の周波数のひずみ応答となる。

4.圧電効果
誘電体に圧力を印加したとき、ひずみを介して内部に誘起分極が生じ、電圧が発生する現象。広義には、その逆の、電界印加によりひずみが生じる現象(逆圧電効果)も含む。各種センサーやアクチュエーターの原理として広く用いられている。

5.キラル分掌(ぶんしょう)
物体に鏡像反転操作を加えた際に、元の状態と一致しない場合、その状態はキラルである。キラルな分子は、鏡像異性体と呼ばれる。異なる二つの鏡像異性体が半々で混ざっているとき(ラセミ体と呼ぶ)、自発的に鏡像異性体が分離する現象を分掌と呼ぶ。

6.非平衡物理現象
系におけるエネルギーの入出力により、系内の物理量が時間とともに変化し、エネルギーや物質の流れが存在する状態で現れる現象の総称。平衡系すなわち外部からのエネルギーの出入りがない閉鎖された系は、無限時間後には時間に伴う状態変化が止まった平衡状態に達する。それに対し、外部とエネルギーのやり取りを繰り返し、しばしば巨視的な動的現象を伴う系が非平衡系である。非平衡系現象としては、さまざまな気象現象や生命現象が知られている。

7.偏光顕微鏡
光学顕微鏡の一種で、試料ステージの前後に偏光子が備えられており、観察対象による透過光の偏光変化を可視化できる。これにより、屈折率の異方性、いわゆる複屈折の微視的分布を観察できる。

8.誘電率
誘電体に電場を印加すると、電気分極が誘起される。誘電体での電気分極のできやすさは、誘電率によって評価される。真空中での誘電率を基準とした比で表現したものを比誘電率と呼び、空気ではほぼ1、極性溶媒である水では80程度の値を示す。強誘電性でない一般的なネマチック液晶も誘電体の一種であり、その比誘電率は数十程度が一般的である。

9.stick-slip motion
摩擦のある接触表面において、固着と滑りを繰り返すことで発生する、滑り運動が不連続に進行する現象。例えば、潤滑の足りないドアの蝶番(ちょうつがい)がギーと音を立てたり、発泡スチロールが擦れ合って音を立てたりするような、不連続性に起因する振動を伴うような滑り運動がこれに当たる。

国際共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター ソフトマター物性研究チーム
チームリーダー 荒岡 史人(アラオカ・フミト)
基礎科学特別研究員 西川 浩矢(ニシカワ・ヒロヤ)

ハンガリー科学アカデミー ウィグナー物理学研究センター
研究員 ピーター・サラモン(Péter Salamon)
博士課程大学院生 マーセル・マテ(Marcell Tibor Máthé)

ケント州立大学(米国)
教授 アンタル・ヤクリ(Antal Jákli)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「強誘電性ネマチックの学理深化と機能開拓(研究代表者:荒岡史人、JPMJCR23O1)」、同戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)「フェロイック流体材料の画期的応用研究(FerroFluid)(研究代表者:荒岡史人、JPMJSC22C3)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業挑戦的研究(開拓)「強誘電性ネマチック流体材料によるソフト・エレクトロメカニクス技術の創成(研究代表者:荒岡史人、23K17341)」、同基盤研究(B)「粘弾性を伴う強誘電体における分極安定化構造の探索(研究代表者:荒岡史人、21H01801)」、同若手研究「フェロネマチックの巨大分極特性起源解明と創発機能性を利用した新奇非平衡現象の探究(研究代表者:西川浩矢、22K14594)」、同二国間交流事業「強誘電性ネマチック流体における電気レオロジー」(代表者:荒岡史人、JPJSBP120214814)による助成を受けて行われました。

原論文情報

Marcell Máthé , Hiroya Nishikawa , Fumito Araoka* , Antal Jakli*, Peter Salamon*, “Electrically Activated Ferroelectric Nematic Microrobots”, Nature Communications, 10.1038/s41467-024-50226-y

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター ソフトマター物性研究チーム
チームリーダー 荒岡 史人(アラオカ・フミト)
基礎科学特別研究員 西川 浩矢(ニシカワ・ヒロヤ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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