極性金属酸化物クラスターを構成要素とする イオン結晶による高速プロトン伝導体を開発 ~環境にやさしく高効率な水素エネルギーシステムへの応用に期待~

ad

2024-08-20 東京大学,京都大学,科学技術振興機構

発表のポイント
  • 水素を主要なエネルギー源とする社会の実現に向け、水素イオン(プロトン)の伝導を担う電解質材料として、極性金属酸化物クラスターを構成要素とするイオン結晶を開発しました。
  • 実験と理論計算により、極性金属酸化物クラスターが結晶内のプロトンキャリアの配列を制御し、効率的なプロトン伝導経路を形成することを明らかにしました。
  • 環境にやさしく外部刺激によりプロトン伝導の方向を切り替えることができる電解質材料として、水素エネルギーシステムへの応用が期待されます。

極性金属酸化物クラスターを構成要素とする イオン結晶による高速プロトン伝導体を開発 ~環境にやさしく高効率な水素エネルギーシステムへの応用に期待~
極性金属酸化物クラスターが構築するイオン結晶内を水素イオンが伝導する模式図

概要

東京大学大学院総合文化研究科の岩野司特任助教、内田さやか教授らの研究グループは、極性金属酸化物クラスターを構成要素とするイオン結晶による高速プロトン伝導体を開発しました。

近年、化石燃料に依存しない持続可能な社会を築くことや、深刻化する地球温暖化問題への対策として、水素をエネルギー源とする社会への移行が注目されています。水素利用に関連する重要な既存技術である燃料電池や水電解システムでは、反応により生成される水素イオン(H+)(注1)の伝導を担う電解質材料の性能や環境面に課題があり、新たなプロトン伝導体の開発研究が活発に進められています。

本研究グループは、新たな電解質材料の構成要素として、極性(注2)を持つ金属酸化物クラスター(注3)に注目しました。負の電荷を持つ金属酸化物クラスターは、正の電荷を持つ水素イオンの伝導を促進することが知られるものの、その極性に焦点を当てた研究はありませんでした。本研究では、まず、金属酸化物クラスターに内包される金属イオンの数と電荷を選択することで、極性の大きさを調整しました。次に、金属酸化物クラスターとカリウムイオン(K+)(注4)から成るイオン結晶(注5)内に、アミノ基(注6)を持つポリマー(注7)と水分子といったプロトンキャリア(注8)を閉じ込めたところ、金属酸化物クラスターの極性が大きいほど、高いプロトン伝導率を示しました(図1)。さらに、理論計算(注9)により、極性金属酸化物クラスターがプロトンキャリアの配列を制御し、効率的なプロトン伝導経路が構築されることが明らかになりました。得られたイオン結晶は、多くの既存実用材料に含まれるフッ素や硫黄を含まないため、環境にやさしい新たな電解質材料として、水素エネルギーシステムへの応用が期待されます。また、熱や電場などの外部刺激を用いて極性金属酸化物クラスターに内包された金属イオンを操作することにより、プロトン伝導の方向を自在に切り替えることのできる材料の開発にもつながります。

img-20240820-pr-sobun-01.png
図1:金属酸化物クラスターを構成要素とするイオン結晶内の高速プロトン伝導図中のオレンジの矢印は極性の向き(-から+)を示す。クラスターが極性を持つ場合は、同様に極性を持つ水などのプロトンキャリアの配列が制御されることによりプロトン伝導が高速に行われるが、無極性の場合は中程度のプロトン伝導にとどまる。

発表内容

【研究内容】
1970年代より、負の電荷を持つ金属酸化物クラスターが、正の電荷を持つ水素イオンの伝導を促進することが知られていましたが、伝導率が十分に高くはない、構造の安定性が低いなどの理由で実用化には至りませんでした。さらに、金属酸化物クラスターの極性に焦点を当てた研究は全く行われていませんでした。

そこで、本研究では、極性を持つプロトンキャリアである水やポリマー(ポリアリルアミン)を配列し、効率的なプロトン伝導経路を構築するために、極性金属酸化物クラスターを利用することを提案しました。そのため、図1に示すように、カルシウムイオン(Ca2+)(注10)1つ、ユウロピウムイオン(Eu3+)(注11)1つ、カリウムイオン(K+)2つと金属酸化物クラスターに内包される金属イオンの数と電荷を選択することで、極性あるいは無極性の金属酸化物クラスターを合成しました。これらのクラスターとカリウムイオンを組み合わせると、イオン結晶が得られます。このイオン結晶内には、プロトンキャリアとして機能するポリアリルアミンと水分子が閉じ込められています。交流インピーダンス法(注12)による測定では、極性金属酸化物クラスターを含む結晶が、95℃で相対湿度75%という穏やかな加湿条件で、実用材料に匹敵する高いプロトン伝導率(>10-2 S cm-1)を示しました。一方、無極性の場合には、それよりも一桁低い伝導率にとどまりました。

これらの結晶は、環境に悪影響を与えうる元素を含まないこと、組成-構造-機能の相関が明確という利点を持ち、次世代の電解質材料の設計指針となりうると期待されます。さらに、様々な分光学的手法(注13)や理論計算を用いて調べた結果、極性金属酸化物クラスターの周囲に働く電位勾配(注14)により、ポリアリルアミンと水分子からなる広範かつ密な水素結合ネットワーク(注15)が形成され、これが効率的なプロトン伝導に寄与することが明らかとなりました。

【今後の予定】
環境に悪影響を与える元素を含まない環境にやさしい新たな電解質材料として、水素エネルギーシステムへの応用が期待されます。さらに、熱や電場などの外部刺激を用いて極性金属酸化物クラスターに内包された金属イオンを操作することにより、プロトン伝導の方向を自在に切り替えられる材料として、高感度センサー、トランジスターやスーパーキャパシターへの応用にもつながります。

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻
岩野 司 特任助教
阿久津 大貴 大学院修士課程学生(研究当時)
内田 さやか 教授

金沢大学 理工研究域物質化学系
菊川 雄司 准教授

京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻
陰山 洋 教授

東北師範大学
顔 力楷(ヤン リーカイ) 教授

論文情報

雑誌名: The Journal of the American Chemical Society オンライン版(2024年8月9日EST)
題名:Tuning Proton Conduction by Staggered Arrays of Polar Preyssler-Type Oxoclusters
著者名:Tsukasa Iwano, Daiki Akutsu, Hiroki Ubukata, Naoki Ogiwara, Yuji Kikukawa, Shuo Wang, Likai Yan, Hiroshi Kageyama, and Sayaka Uchida*
DOI:10.1021/jacs.4c06743
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.4c06743

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST) 革新的GX技術創出事業(GteX)グリーン水素製造用革新的水電解システムの開発(課題番号:JPMJGX23H2 研究代表者:東京大学 高鍋和広)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 特別推進研究 水素イオンセラミックス(課題番号:JP22H04914代表:京都大学 陰山洋)同 若手研究(課題番号:JP24K17692)同 研究スタート支援(課題番号:JP23K19263)同 学術変革領域研究A(課題番号:JP24H02211)同 基盤研究A(課題番号:JP24H00463)同 挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP23K17952、21K18975)JSPS研究拠点形成事業(Core-to-Core Program)(先進エネルギー材料を指向したポリオキソメタレート科学国際研究拠点)の一環として行われました。

用語説明

(注1)水素イオン
水素原子がつくるイオンの総称だが、一般には、水素原子が電子1個を失ったプロトンのことを指す。H+と表す。

(注2)極性
分子や化学結合において正と負の電荷の分布が不均等で、分子の一方の端に正電荷、もう一方の端に負電荷が生じることを指す。

(注3)金属酸化物クラスター
金属酸化物の分子状のイオン種であり、一般に負電荷を有する。英語ではpolyoxometalate(ポリオキソメタレート)と呼ばれる。

(注4)カリウムイオン
カリウム原子が電子1個を失い、1価の陽イオンとなったもの。K+と表す。

(注5)イオン結晶
陽イオンと陰イオンが電気的な引力によって結びつき形成する結晶。

(注6)アミノ基
窒素原子に2個の水素原子が結合した官能基でNH2と表す。アミノ基はプロトンと結合しやすく、プロトン伝導体の構成要素としてしばしば用いられる。

(注7)ポリマー
複数のモノマー(単量体)が結合して鎖状になること(重合)によってできた化合物のこと。本研究ではアリルアミンモノマーが重合したポリアリルアミンを用いている。

(注8)プロトンキャリア
プロトンを授受できる水やアミノ基などの化学種を指す。プロトン伝導において重要な役割を担う。

(注9)理論計算
数学的モデルや物理法則を用いて化学種の挙動を解析する計算プロセス。

(注10)カルシウムイオン
カルシウム原子が電子2個を失い、2価の陽イオンとなったもの。Ca2+と表す。

(注11)ユウロピウムイオン
ユウロピウム原子が電子3個を失い、3価の陽イオンとなったもの。Eu3+と表す。

(注12)交流インピーダンス法
交流回路における抵抗(電圧と電流の比)を測定する方法。交流抵抗の単位は、直流回路の抵抗と同じΩ(オーム)が使われ、数値が大きいほど電流が流れにくく、小さいほど流れやすいことを示す。

(注13)分光学的手法
物質が光(可視光や赤外線など)を吸収・放出する性質を利用した技術であり、物質の構造や化学状態を分析できる。

(注14)電位勾配
場所によって異なる電位(電荷の持つ位置エネルギー)の変化率を指し、この勾配が、物質中のイオンの移動の速さや方向を決める要素となる。

(注15)水素結合ネットワーク
水素結合とは、弱い陽性を帯びた水素(注1の水素イオンに近い状態)と、近傍に位置した窒素や酸素との間に働く引力的な相互作用を指す。水素結合ネットワークとは、水素結合によって繋がった構造を指す。

1700応用理学一般
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました