プレート境界の断層湖で湧出する地下深部ガスの分子種特定と物質循環への寄与を解明 ~厳冬期の湖氷に出現するビッグホールの謎を明らかに~

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2022-06-15 海洋研究開発機構,信州大学,東京大学

1. 発表のポイント
◆糸魚川―静岡構造線上に位置する断層湖(諏訪湖)から湧出するガスを精密解析した結果、地下深部を起源とするメタンが主成分であることを明らかにした。
◆この地下深部由来の湧出ガスの影響が、表層の光合成微生物や生態系にも伝搬していることがわかった。
◆今後、地下深部からの熱流量の収支や詳細な化学フラックスのデータ取得をすることで、この「地質学的なホットスポット」の炭素循環の全体像の理解や、更には水圏生態系での食物連鎖の解明につながるものと期待される。
2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海洋機能利用部門 生物地球化学センターの高野 淑識 センター長代理と浦井 暖史JSPS特別研究員は、国立大学法人信州大学 理学部の朴 虎東教授と国立大学法人東京大学 大気海洋研究所の横山 祐典教授らと共同で、代表的な断層湖として知られる諏訪湖内で活発に湧出しているガスの主成分(動画:https://youtu.be/T-vYsjWJD1s)の分子種を特定し、その起源を明らかにしました。

諏訪湖は、北米プレートとユーラシアプレートの境界に位置する糸魚川―静岡構造線上に位置する断層湖として知られており(図1)、湖内の複数個所では活発なガスの湧出が確認されています。その「地質学的なホットスポット」は、厳冬期にビッグホール(図2)を形成し、湖氷の不均質性の出現にも影響を与えています。しかしながら、これらのガスの主成分や起源、表層水圏に放出された後の動態を含め、物質循環に関する全体像については、ほとんど不明なままでした。

そこで本研究では、ガスに含まれる分子種に着目し、精密な分子レベル安定炭素同位体比・放射性炭素同位体比(※1)解析をした結果、深部炭素を起源とするメタンが主体であることを明らかにしました。また、本成果はこれまで不明であった深部の湧出ガスと表層水圏との物質循環における寄与を定量的に評価しており、今後、断層湖内の炭素循環の解明や水圏生態系での食物連鎖の解明につながるものと期待されます。

本研究は、海洋研究開発機構と信州大学で締結している共同研究の成果の一部です。本成果は、アメリカ化学会が発行する専門学術誌「ACS Earth and Space Chemistry」に6月15日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Origin of Deep Methane from Active Faults along the Itoigawa-Shizuoka Tectonic Line between the Eurasian and North American Plates: 13C/12C & 14C/12C Methane Profiles from a Pull-Apart Basin at Lake Suwa
著者:
浦井 暖史1,2、高野 淑識1、松井 洋平1、岩田 拓記2、宮入 陽介3、横山 祐典1,3、宮原 裕一2、大河内 直彦1、朴 虎東2
所属:
1. 海洋研究開発機構、2. 信州大学、3. 東京大学 大気海洋研究所
doi:
https://doi.org/10.1021/acsearthspacechem.1c00392
3. 背景

糸魚川-静岡構造線という大断層の真上に位置する諏訪湖やその周辺(諏訪盆地)では、古くからメタンを主成分とする天然ガスが発生していることが知られており、近年まで一般燃料として活用されてきました。諏訪湖は周辺を山に囲まれているため、堆積物が集積しやすく、肥沃な堆積物中に生息する微生物(メタン生成アーキア)によるメタン生産が、その主要な放出源のひとつと言われています。

厳冬期の諏訪湖では、気温変化等により湖面の氷が山脈状に盛り上がる現象「御神渡り(おみわたり)」が発生することはよく知られています。また同時期、これとは別に通称「釜穴」と呼ばれる湖氷面にいくつかの大きな穴が生じるなど、「地質学的なホットスポット」が知られていました(図2)。

「釜穴」は、この湖底から湧き出る温泉や湧出ガスにより生じている、と言われていましたが、永年的にこのような流体が湧出するのはなぜか? この活発な湧出ガスの主成分は何か? その起源は何か? そして、表層水圏の物質循環や生態系に与える影響はあるのか? それらの科学的な知見は、不明なままでした。そこで本研究では、分子レベルで精密に計測する安定炭素同位体比・放射性炭素同位体比分析法を用いて、全体像を把握するための調査に着手しました。

4. 成果

本研究では、湖内で活発なガスの湧出が起きている2か所のサイトで湧出ガスおよび湖水試料を採取しました。また、ガスの湧出が確認されていない湖岸のレファレンス観測地点(桟橋)にて、表層堆積物に含まれるバブルと湖水を採取しました。これらの試料に含まれる成分について、分子レベル安定炭素同位体比・放射性炭素同位体比による精密な解析を行ったところ、湖内で湧出するガスは深部炭素を起源とするメタンが主成分であることがわかりました。

諏訪湖は湖面の至る所でバブルが放出されている様子が確認できますが、これらは表層の堆積物に由来するガスであり、「釜穴」のようなビッグホールを形成するスポットにおけるガスの湧出は、その由来が異なることを意味しています。このことから、「釜穴」を形成する湧出ガスは、断層湖に特有な堆積盆深部に由来するガスの一部が染み出したものであると考えられます。

さらに、湖水中の溶存無機炭素を分析したところ、ガス湧出地点周辺では、約63%が深部由来の炭素であり、湖岸の溶存無機炭素にも約10%の深部炭素が含まれていることが明らかになりました。また、夏期の表層水圏の基礎生産者であるシアノバクテリア(アオコ)にも深部炭素が、10%程度含まれていることが分かりました(図3)。水圏生態系の基礎生産者である藻類に深部炭素が含まれていることから、藻類を餌資源とする水生生物にも伝搬していると考えられ、生物体内の深部炭素の存在比は、生態系食物連鎖の影響を反映すると考えられます。本研究では、定点観測を行われているスカイシープロジェクト(Sky Sea Project: SSP、※2)および八剱(やつるぎ)神社 宮司グループ(宮坂 代表)から、本調査研究に関するご協力を頂きました。そのような現場記録を収めた写真・映像アーカイブが、調査の基礎記載の正確性を含め、本研究で得られた分析データの信頼性を強力にサポートしています。

5. 今後の展望

本研究によって、深部から湧出するメタンは、表層堆積物中で生産されるメタンとは明確に起源が異なることが明らかになりました(図4)。この知見を応用することで、諏訪湖内で湧出するメタンのうち、表層水圏に取り込まれる量について、より定量的な議論を展開することができます。これにより「地質学的ホットスポット」である諏訪湖全体の炭素循環の全体像の理解が期待されます。また、深部由来のメタンが湧出する現象は、黒海などの海底下でも観測されていますが、本研究の成果は、メタンの湧出が確認される現場環境でのメタンサイクルを解き明かすためのモデルケースとしても期待されます。

また、通常の湖沼では見られない深部起源の炭素のシグナル(痕跡)が諏訪湖の基礎生産者に取り込まれていることから、食物連鎖のトレーサーとして水圏生態系に対して放射性炭素を測定することで、今まで得られなかった食物網情報が得られると期待されます。

【補足情報】

※1
放射性炭素同位体比:質量数の異なる2種類の炭素同位体の比率(14C/12C)。炭素は主に質量数が12,13,14の同位体(12C,13C,14C)が存在する。このうち、14Cは放射性同位体と呼ばれる原子であり、半減期は5730年である。14Cは大気中の窒素と宇宙線が反応することで生成されるため、大気中には一定の14Cが存在するが、大気と交換が行われない地中では、14Cの供給がないために半減期に従って減少する。そのため、地中に含まれる14Cの測定することで、地下環境が大気と交換が起きているのか、あるいは大気から隔離された環境であるのかを判定することが可能となる。
※2
スカイシープロジェクト:ドローンを用いた航空事業ならびに国土交通省認可のドローンパイロットスクール(無人航空機講習団体)に関わる活動の一環として、八剱神社の宮司グループと共同で、諏訪湖の定点観測を行っている。

図1-1
図1-2

図1 糸魚川静岡構造線と中央構造線の位置関係(上)と諏訪湖の鳥観図(下)(国土地理院より引用)。諏訪湖は糸魚川静岡構造線上に形成する断層湖であり、中央構造線との交点に位置する。

図2

図2 冬期の諏訪湖内に出現するビッグホールの様子(2022年1月撮影)。深部由来の流体が湖底より湧出している場所が複数確認されており、厳冬期の全面結氷の際にも直径40m以上の巨大な穴が形成される。

図3

図3 諏訪湖で採取した試料の放射性炭素同位体比(Δ14C)と炭素安定同位体比(δ13C)による2次元プロット:青いエリア(上部)は大気由来の現代炭素由来、グレーのエリア(下部)は深部炭素由来であることを示す。#1~3は調査地点の番号である。表層堆積物中のバブルに含まれるメタンおよび二酸化炭素(黒色)は、現代大気と同程度の放射性炭素が含まれている一方、「ホットスポット」の湧出ガスに含まれるメタンおよび二酸化炭素(青色)には、放射性炭素はほとんど含まれていない(Δ14C, −989.8‰)。湖水に含まれる溶存無機炭素(DIC)は、青いエリアよりも下側にプロットされていることから、深部由来の炭素の影響を受けていることが分かる。

図4

図4 メタンを中心とした諏訪湖の炭素循環を示した模式図。本研究によって、諏訪湖の表層水圏には深部由来の炭素が10-63%程度含まれていることが明らかになった。深部炭素は溶存無機炭素を介して水圏生態系にも取り込まれており、生態系食物連鎖の影響を反映すると考えられる。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋利用機能部門 生物地球化学センター センター長代理・上席研究員
高野 淑識(たかの よしのり)
日本学術振興会(JSPS)特別研究員 浦井 暖史(うらい あつし)
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室
国立大学法人信州大学
総務部総務課広報室
国立大学法人東京大学 大気海洋研究所
附属共同利用・共同研究推進センター 広報戦略室
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