誕生:ダイアモンドの双子の弟 新しいキラル炭素ネットワークの最小かご単位

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2022-02-08 東京大学

磯部 寛之(化学専攻 教授)
池本 晃喜(化学専攻 講師)

発表のポイント

  • 「ダイアモンドの双子の兄弟(ポルクス)」を化学合成で登場させました。ポルクスは、ダイアモンドと同じ「完全対称性」と「強等方性」を持ち、さらにそこに特異な「キラリティ」を併せ持つ新物質ですが、これまで理論上・想像上の物質でした。
  • 今回の研究は、ポルクセンという「ポルクスの最小かご単位」を設計・合成したものです。
  • 化学合成によりポルクセン特有の「キラリティ」の特徴が明らかになりました。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の磯部寛之教授の研究グループは、ダイアモンドの双子の兄弟「ポルクス」を化学合成により世界で初めて登場させました(図1)。ダイアモンドと同じ「完全対称性(注1)」と「強等方性(注2) 」」を持つポルクスから、最小のかご単位を切り出した分子「ポルクセン」を設計し、合成したものです(図2、3)。また、ポルクスにはダイアモンドと異なる特徴として、特異なキラリティ(注3) を持つことが、理論上、知られていましたが、本研究で、はじめてポルクセンの実在物質としての構造解析が可能となり、その複雑なキラリティ特性の一端を明らかにすることができました。こうした成果は今後、新しいキラルナノカーボン材料の展開の礎となることが期待されます。

本研究成果は、国際学術雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS; Proceedings of National Academy of Science, U.S.A.)」に2022年2月8日に掲載されました。

発表内容

ダイアモンドの美しさは多くの人を惹きつけてやまないものですが、その構造のもつ美しさは科学者も魅了しています。例えば、ダイアモンドの最小かご単位はアダマンタンとして知られ、1905/1924年に理論予測、1933年に原油からの単離、1941年に最初の化学合成がなされ、さらに1957年に簡便大量合成法が確立されたことで、物理・化学の分野での研究が大きく発展してきました。ダイアモンド構造の美しさは、ごく最近、数学的にも解明され、三次元空間を「完全対称性」と「強等方性」を有するように炭素原子を充填した物質であることが提唱されています。この「完全対称性」と「強等方性」を解明した数学的アプローチから、「完全対称性」と「強等方性」を持つ炭素性物質が、ダイアモンド以外に、もう一つだけ存在しうることが、2008年に提唱されています。実は、この「ダイアモンドの双子の兄弟」という夢の新物質のもつ、独特のネットワーク構造の歴史は古く、1932年に最初の提唱がなされて以来、たびたび理論研究の対象となり、さまざまな名称が与えられてきました(Laves’ net、 Net 1、 Y*、 net (10,3)-a、 3/10/c1、 srs、 double triamond、 K4)。このネットワークが広く興味を集めてきた理由の一つは、ダイアモンドにはない特異な「キラリティ」が存在することです。

しかし、これまで「炭素からなるダイアモンドの双子の兄弟」は、理論上・想像上の物質であり、その特異なネットワーク構造が、手に取れる実在物質として存在したことはありませんでした(図1)。

図1:ポルクスとポルクセン(橙色の最小かご単位)。橙色で示したポルクセンが、化学合成された。

今回の研究は、この「ダイアモンドの双子の兄弟」の最小かご単位の化学合成に成功したものです(図2、3)。研究チームは、また、ギリシャ神話に登場するカストールとポルクスのジェミニ双子の弟にちなみ、無限長の炭素ネットワークをポルクス(pollux)、最小かご単位をポルクセン(polluxene)と命名しています。

図2:ポルクセン。化学合成されたポルクセンの結晶構造を横から見た図。

図3:ポルクセン。化学合成されたポルクセンの結晶構造を上から見た図。

ポルクセンは、ポルクスの対称性を保った最小かご単位であり、今回の研究では、かご構造の14の頂点にベンゼン環を配置する新設計が着想されています。もともとのポルクスはsp2-混成型の炭素を平面三角形の基本構造としたネットワークとして提唱されたものですが、これをベンゼン環で置き換えようという着想です。研究グループでは、この着想に基づき、14のベンゼン環を頂点とし、15の炭素・炭素結合の辺で結び、ポルクセンの化学合成に成功しています(図2、3)。この合成では、芳香族カップリング反応と呼ばれる反応が3種活用されておりますが、いずれも「日本発」のカップリング反応を活用することで、簡便で効率的な合成法が実現されています。

今回の研究では、さらに、ポルクス・ポルクセンの「キラリティ」の秘密を紐解くことに成功しています。ポルクスのネットワークには「右手・左手」のように鏡に映した関係となる対掌性・キラリティが存在することは提唱されていました。今回、研究グループでは、ポルクセンの「キラリティがないもの」と「キラリティがあるもの」とを別々に合成し、さらに、理論・数理解析を行いました。その結果、ポルクス・ポルクセンの構造には、非常に複雑な立体異性(注4)が存在しており、可能となる最小かご単位の構造は、5600種にものぼることがわかりました。そして、キラリティを固定化する手法が工夫され、鏡像関係にあるキラルな2種を化学合成し、それぞれキラル物質として単離することに成功したものです。

今回、化学合成により、想像上の物質「ポルクス」「ポルクセン」が実在化されたことで、今後のナノカーボン材料の開発への発展に寄与することが期待されます。とくに、複雑な立体異性やキラリティが存在することが実証されたことで、キラル材料として注目が高まるものと期待されます。

本研究は、科学研究費助成事業の一環として進められました。

研究者の氏名
所属

福永 隼也(ふくなが としや)
東京大学大学院理学系研究科 大学院生

加藤 昂英(かとう たかひで)
東京大学大学院理学系研究科 大学院生

池本 晃喜(いけもと こうき)
東京大学大学院理学系研究科 講師

磯部 寛之(いそべ ひろゆき)
東京大学大学院理学系研究科 教授

発表雑誌
雑誌名
米国科学アカデミー紀要(PNAS)論文タイトル
A minimal cage of a diamond twin with chirality
(和訳:ダイアモンドの双子のキラルな最小かご構造)

著者
Toshiya M. Fukunaga, Takahide Kato, Koki Ikemoto* & Hiroyuki Isobe*

DOI番号
10.1073/pnas.2120160119

URL

用語解説

注1 完全対称性
反転や180°回転などの対称操作を適用しても変わらない場合、対称性があると言い、結晶内で対称性の要素を最大限に有している場合に完全対称性と言う。完全対称性を持つ構造では、構成要素をどのように再配置してもそれ以上には対称性が増えないことを意味する。ダイアモンドの炭素ネットワークには、この完全対称性が備わっている。

注2 強等方性
結晶の構成要素の分布が方向に依存せず、どの角度から眺めても同じように見える性質。ダイアモンドの炭素ネットワークには、この強等方性が備わっている。

注3 キラリティ
対掌性。右手と左手のように鏡に映った像(鏡像)同士が重ね合わさらない性質。キラリティが存在することをキラルと称す(「キラル」はギリシア語の「手」を意味する言葉に由来する)。

注4 立体異性
同じ結合様式を有しているが、空間内でどのように移動・回転しても重ねあわせることができない関係にあること。

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