ガラスのドミノ倒し的結晶化

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2021-05-07 東京大学

○発表者:

田中  肇(東京大学 名誉教授/研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授/現在:東京大学 生産技術研究所 シニア協力員;同 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員))
タン ペン(復旦大学 物理学科 准教授)
シュー リーメイ(北京大学 准教授)

○発表のポイント:

◆一般に低温では分子運動が遅くなるため結晶化しにくくなるというのが常識であるが、時としてガラス状態にある物質が結晶化することがある。コロイド分散系(注1)の結晶化過程の一粒子レベルでの実時間観察と数値シミュレーションにより、どのような条件下で、またどのような機構で低温高速結晶化が実現するのかを明らかにした。
◆通常の結晶化においては、分子が拡散により輸送されることで結晶化が進行することが知られている。今回、分子の動きが凍結されるような低温においても、力学的な不安定性に駆動され、拡散を伴うことなく結晶化がドミノ倒し的に進行する新たなメカニズムを発見した点に新規性がある。
◆本研究により、ガラスの結晶化(脱硝現象)の物理的機構が解明されたことで、結晶化の阻止のみならず、逆に高品質な結晶形成も可能になると予想され、様々な産業応用にも大きく貢献するものと期待される。

○発表概要:

田中 肇 東京大学名誉教授(研究当時:生産技術研究所 教授/現在:同研究所 シニア協力員;先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員))、トン フア 特任研究員(研究当時、現:中国科学技術大学 准教授)、復旦大学のタン ペン 准教授、ガオ チョン 大学院生、リー ミンフアン 大学院生、タン シーシャン 大学院生、チェン ヤンシャン 大学院生、ファン ジーピン 大学院生、北京大学のシュー リーメイ 准教授、アイ ジンドン 大学院生、香港中文大学のシュー レイ 教授の共同研究グループは、低温における高速結晶化が、どのような条件下で、またどのような機構で起きるのかを明らかにすべく研究を行った。

ある条件下においてガラス状態にある物質が結晶化することが知られている(脱硝と呼ばれる)。脱硝が起きると、透明であるはずの光ファイバーに濁りが生じたり、人体への吸収の良いガラス状態で作成された薬が、保存中に結晶化し吸収が悪くなるなど、深刻な問題を引き起こす。このように、基礎・応用面での重要性にもかかわらず、分子がほとんど動けないような低温状態でどうして結晶化が起こるのかは未解明であった。
液体の温度を低温に急激に下げると、液体中の分子や原子の拡散が劇的に遅くなり、そのため結晶化が阻害されガラス化する。こうして形成されたガラス状態は熱平衡状態にはないが、極めて高い安定性を持つと考えられてきた。一方で、低温において一見安定なガラス状態にある物質が結晶化することがあるが、その機構は未解明であった。

本研究グループは、拡散がほとんど起こらないような深い過冷却下の荷電コロイド系(注2)における高速結晶成長を、共焦点レーザ顕微鏡を用いて一粒子レベルで実時間三次元観察することに成功した。さらに、数値シミュレーションの結果、理論的な考察と合わせることで、結晶化の物理的なメカニズムを微視的レベルで明らかにすることに成功した。具体的には、低温での結晶化が、2つの結合したステップで構成される、拡散を伴わない秩序化の繰り返しにより起こることを発見した。すなわち、結晶表面に形成される結晶前駆体構造(注3)からなる界面の秩序化により結晶化が進行し、界面がステップ状に前進した後、新たに形成された結晶相の内部に残された欠陥(注4)が修復され、その修復が終わり秩序の高い界面が再び形成されるとまた最初のステップに戻るという形で、この2つの過程が繰り返される(図1参照)。前者の過程は拡散を伴わない協同的なプロセスであり、後者の過程は結晶品質の制御に関わる。さらに、結晶成長界面に接触している秩序の高いガラス状態の機械的不安定性1,2)が、このドミノ倒しのような繰り返し機構による低温高速結晶成長を可能にしていることを発見した。
これらの発見は、結晶化の基本メカニズムの深い理解に貢献するのみならず、ガラスの安定性向上や結晶品質の制御に関する応用にも役立つと考えられ、ガラスや結晶に関連した広範な分野に大きな波及効果が期待される。

本成果は2021年5月6日(英国夏時間)に「Nature Materials」のオンライン速報版で公開された。

○発表内容:

東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、復旦大学のタン ペン 准教授、北京大学のシュー リーメイ 准教授らの共同研究グループは、分子や原子の拡散がほとんど起きないような低温における高速結晶化が、どのような条件下で、またどのような物理的なメカニズムで起きるのかを明らかにすべく研究を行った。

液体の温度を低温に急激に下げると、液体中の原子や分子の拡散が極端に遅くなり、そのため結晶化が阻害されガラス状態に凍結されることが知られている。このガラス状態は非平衡状態にあるものの、その状態は極めて安定であると考えられてきた。実際、ガラス状態にある物質の典型例である窓ガラスは長時間安定で、その透明性を保ち続けている。このような低温の過冷却液体やガラス状態の安定性の起源は、低温においては分子や原子の運動性が極めて低く、そのため結晶化に必要な液体から結晶への分子や原子の輸送が阻害されるためであると考えられている。一方で、ガラスの中で結晶が高速に成長する現象も知られ、これは脱硝現象と呼ばれている。たとえば、極めて高い透明性が不可欠な光ファイバーにおいてこのような現象が起き通信障害をもたらしたり、人体への吸収の良いガラス状態で使用するように作成された薬が、保存中に結晶化し吸収が悪くなるなどの事象が起きると、応用上極めて深刻な問題となる。また、低温における結晶化を用いて高品質の結晶をゆっくり作成したいといった逆の要求もある。このような場合には、いかにして結晶化過程で結晶中に欠陥を残さないようにするかが大事になる。この脱硝現象の機構解明は、基礎的には、結晶化という最も基本的な相転移のダイナミクスのメカニズムの物理的理解という観点から、また応用面では、上述のように脱硝現象の阻止、低温結晶化による高品質結晶の作製という観点から、極めて重要である。それにもかかわらず、この問題は長年未解明であった。

この問題の解決には、結晶化の素過程に微視的に迫ることが不可欠であるが、現実の物質においてナノスケールで起きる現象の動的な過程を追跡することは極めて困難である。そこで、1Å程度の原子の大きさを1万倍程度スケールアップしたμm程度の大きさのコロイド粒子の分散系を用いて、結晶化の動的な過程を、一粒子レベルの分解能で追跡することを試み(注5)、低温における結晶化の全貌を明らかにすることに成功した。

さらに数値シミュレーションの結果と合わせることで、低温において高速な結晶化が起きるためには、結晶前駆体構造を持つ凸凹で厚い結晶成長界面の存在と、その成長後に結晶に閉じ込められた無秩序な欠陥を修復する能力が不可欠であることが明らかとなった。より具体的には、低温での結晶化が、2つの逐次的なステップで構成される、拡散を伴わない秩序化の繰り返しにより起こることを発見した。すなわち、結晶表面に形成される結晶前駆体構造からなる界面の秩序化により結晶化が進行し、界面がステップ状に前進した後、新たに形成された結晶相の内部に残された欠陥が修復され、その修復が終わりさらに秩序の高い界面が再び形成されるとまた最初のステップに戻るという形で、この2つの過程が繰り返される(図1参照)。前者の過程は拡散を伴わない協同的なプロセスであり、後者の過程は結晶品質の制御に関わる。さらに、超低温における結晶成長を可能にする鍵が、結晶成長界面の前駆体構造が本質的に機械的に不安定であることにあり、これにより、ドミノ倒しのような繰り返し結晶成長モードが可能となることが発見された。

このような結晶成長モードを維持するためには、最初に形成された結晶の二次的な秩序化能力(欠陥修復能力)が不可欠であり、それがないと、閉じ込められた無秩序構造がどんどん蓄積され、結果として結晶成長プロセスが遅くなり最終的には成長の停止に至ることが明らかになった。特に、ソフトな相互作用をもつ荷電粒子系では、閉じ込められた無秩序構造の秩序化が容易に進む結果として、結晶が持続的に成長できる。一方、相互作用が短距離にしか及ばないハード系においては、結晶と液体の密度の不一致が大きくなり、この密度不整合が大きいと、結晶の構造と相容れない欠陥構造(正20面体構造)を結晶構造に変換できず、界面での秩序化と結晶化後の欠陥の除去がともに困難になる。そのため、相互作用がハードな系においては、ドミノ的な成長モードは不可能となり、結果的に結晶成長が抑制され、ガラス状態は安定化されることになる。このように、無秩序なガラス状態は、結晶前駆構造形成や欠陥除去の容易さ、結晶と液体の密度の一致度を高めることで、より不安定化されやすくなることが明らかとなった。すなわち、ガラスの安定性はこれらの因子により決定されると言える。
これらの発見は、結晶化という極めて重要な非平衡現象の理解の深化のみならず、脱硝を回避した高安定ガラス形成や深い過冷却状態における高品質結晶作成などに貢献すると期待され、ガラスや結晶に関連した広範な産業応用分野に役立つものと期待される。

本研究は、文部省科学研究費 基盤研究(A)(JP18H03675)、ならびに、特別推進研究(JP25000002, JP20H05619)の支援の下に行われた。

参考文献

1. T. Yanagishima, J. Russo, H. Tanaka, Common mechanism of thermodynamic and mechanical origin for ageing and crystallization of glasses, Nature Commun. 8, 15954 (2017).
2. H. Tong, S. Sengupta, H. Tanaka, Emergent solidity of amorphous materials as a consequence of mechanical self-organisation, Nature Commun. 11, 4863 (2020).

○発表雑誌:

雑誌名:「Nature Materials」(5月6日版)
論文タイトル: Fast crystal growth at ultra-low temperatures
著者:Qiong Gao, Jingdong Ai, Shixiang Tang, Minhuan Li, Yanshuang Chen, Jiping Huang, Hua Tong, Lei Xu, Limei Xu, Hajime Tanaka, Peng Tan
DOI番号:10.1038/s41563-021-00993-6

○問い合わせ先:

東京大学名誉教授
生産技術研究所 シニア協力員/先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)
田中 肇(たなか はじめ)

○用語解説:

(注1)コロイド分散系
ここでは、大きさ2μm程度の大きさの揃った球形の固体粒子が液体に分散したもの。

(注2)荷電コロイド
電荷を帯びたコロイド

(注3)結晶前駆体構造
結晶のような周期性(並進対称性)は持たないが、結晶と同じような方向に関する秩序(回転対称性)を持った状態のこと。

(注4)欠陥
結晶において空間的な繰り返しパターンに従わない要素のこと。

(注5)一般に、粒子のダイナミクスは、粒子サイズの3乗に比例して遅くなるので、一万倍の粒子サイズ差は1012倍遅いダイナミクスをもたらす。

○添付資料:


図1:高速な結晶成長の過程を説明する模式図。時刻t1に高い秩序を持った界面(preordered interface)の結晶化が高速に進み、その部分の結晶化が時刻t2に終わると高速成長が止まり、t2からt3の間に新たに形成された結晶内の欠陥修復が行われ、それと同時に秩序の低いfresh interfaceが秩序の高いpreordered interfaceに秩序化し、この秩序化により高速成長の準備が整うと、再びt1と同じ状態に戻り高速な成長が始まる。このドミノ倒し的な過程が繰り返されることで、低温においても結晶が成長する。高い秩序を持った界面の結晶化は、拡散を必要としない点に注意。

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