新型コロナウィルス感染者数急増の予兆を検知するための数理データ解析手法

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2021-03-29 東京大学国際高等研究所

1. 発表者:

Rui Liu (華南理工大学 数学学院 教授)
Jiayuan Zhong (華南理工大学 数学学院 大学院生)
合原 一幸 (東京大学 特別教授・名誉教授/国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 副機構長)
Pei Chen (華南理工大学 数学学院 研究員)
陳 洛南 (中国科学院 上海生命科学研究院 教授/東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 連携研究者)他

2. 発表のポイント:

◆新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染者数変化の動向をみると、首都圏のように特定の地域で感染者数が急増する流行現象がみられる。本論文では、このような急増が発生する前に、その予兆をその地域の感染者数の時系列データから検知するための数理データ解析手法を構築した。
◆日本、アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国などの実際のデータを用いて、感染者数急増の予兆が検知出来ることを実証した。
◆本数理データ解析により、感染者数が実際に急増する前にその予兆となる早期警戒信号を検知して、流行発生前の早期に諸対策を講じる可能性が拓かれた。

3.発表概要:

東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構・副機構長の合原一幸特別教授/名誉教授らの研究チームは、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染者数の急増を、実際に急増する前の予兆の段階で、観測された感染者数の時系列データから検知する数理データ解析手法を構築し、日本、アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国などの実データを用いて、予兆が検知出来ることを実証しました。また、我が国の過去のインフルエンザ流行に関するデータに関しても、感染者数の急増の予兆が検出出来ることを示しました。感染症流行の発生前に流行の予兆となる早期警戒信号を検知出来るため、実際に流行が発生する前の早期に、諸対策を計画して先制的に実行できる可能性が拓かれたことになります。

4.発表内容:

背 景
我が国の新型コロナウィルス感染症の感染者数は、昨年3月より現在までに第1波~第3波が観測され、ワクチンの効果が十分に国民に行きわたる前に第4波が到来することも危惧されています。特に、新型コロナウィルス感染症は新興感染症であるため、その諸対策のための情報がなかなか明確にならずに、諸対策が遅れがちになる傾向がみられます。そこで本論文では、特定の領域で感染者数急増の流行の波が発生する前に、その予兆を早期に検出する数理データ解析手法を開発しました。
この研究は、合原 東京大学特別教授/名誉教授がプロジェクトマネージャーを務める、内閣府/科学技術振興機構 ムーンショット研究開発プロジェクト・目標2の研究開発プロジェクト「複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦」で研究開発中である、個人レベルの疾病に関して、疾病の発病前の未病状態で発病の予兆を検出して超早期の医療を実現するためのDNB(動的ネットワークバイオマーカー)理論(注1)を、新型コロナウィルス感染症やインフルエンザのような社会におけるマクロな感染症の流行予測に応用するために拡張して、あらたな数理データ解析手法を構築したものです。

内 容
新型コロナウィルス感染症は、首都圏の1都3県やその周辺の県に見られるように、ある地域でほぼ同時期に流行が拡大したり縮小したりする傾向がみられます。このような感染症の流行現象は、個々の都や県での感染者数の増減と人流によるそれらの相互作用によって、もたらされることが想定されます。そこで、たとえば首都圏の場合、1都3県さらにはその周辺の諸県の各々をノードとする地理的ネットワークとして感染者数の増減を分析することが重要となります。特に、感染者数の急増は、「実効再生産数が1より小さい」流行が抑えられている状態から「1より大きい」流行拡大状態への状態遷移現象として理解出来るため、DNB理論をこのような地理的ネットワークに適用することにより、流行の予兆を知らせる早期警戒信号の検知が可能となることが期待出来ます。
本論文では、この予兆の検知のために、DNB理論を拡張した地形ネットワークエントロピー(Landscape Network Entropy)に基づく数理データ解析手法(注2)を開発しました。この解析手法により、感染者数が急増する流行状態への状態遷移を、実際にその状態遷移が起きる前の予兆としての早期警戒信号をとらえることで、事前に検知出来る可能性が示されました(図1)。

効 果
本論文で提案した地形ネットワークエントロピーを用いた数理データ解析手法を、日本の関東地方、中国の湖北省、西ヨーロッパ、アメリカの17州、韓国、イタリア本土などの過去の実際のデータに適用して、流行の大きな波が来る前に予兆の段階で検出出来ることを明らかにしました。
たとえば、1都3県を含む関東周辺における感染者数急増の予兆である早期警戒信号が検出された日は、第1波は昨年3月22日、第2波は6月9日、第3波は10月31日でした(図1)。
本手法により、感染者数が急増する流行の大きな波の予兆を早期警戒信号として検知することで、流行が実際に発生する前に諸対策を計画し先制的に実行出来る可能性が拓かれたことは、新型コロナウィルス感染症対策を考える上で重要な成果になり得ると思われます。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Science Bulletin」, Elsevier
論文タイトル:Predicting Local COVID-19 Outbreaks and Infectious Disease Epidemics Based on Landscape Network Entropy
著者:Rui Liu, Jiayuan Zhong, Renhao Hong, Ely Chen, Kazuyuki Aihara, Pei Chen, and Luonan Chen
DOI番号:10.1016/j.scib.2021.03.022
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S2095927321002413

6.問い合わせ先:

東京大学 特別教授/名誉教授
同 国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
副機構長 合原 一幸(あいはら かずゆき)

7.用語解説

(注1)DNB(動的ネットワークバイオマーカー)理論
発病を、健康状態から疾病状態の状態遷移ととらえて、発病前にその予兆を未病状態で早期に検知するために合原一幸東京大学特別教授/名誉教授、陳洛南中国科学院教授らによって提案された理論。マウスモデルのメタボリックシンドロームやヒトのH3N2型インフルエンザなどにおける遺伝子発現量のビッグデータ解析でその有効性が確認されており、現在合原東京大学特別教授/名誉教授がプロジェクトマネージャーを務める内閣府/科学技術振興機構 ムーンショット研究開発プロジェクト・目標2の研究開発プロジェクト「複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦」で本格的な研究開発が行われている。

(注2)地形ネットワークエントロピーを用いた数理データ解析手法
社会における感染症流行の予兆を検知するために、DNB理論を地理的ネットワークに拡張した数理データ解析手法。地理的ネットワークを構成する各ノードの直近の感染者数の変動の標準偏差の増減および各ノードの感染者数の変動間の相関係数をもとに計算される。

8.添付資料:

図1:(A)関東地方ネットワークおよび(b)東京都や各県の新型コロナ感染症の感染者数の時間変化と感染者数急増の予兆を検知する早期警戒信号

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