量子多体系の30年来の難問を解決: SU(N)ハバード模型の基本的な性質を解明

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2021-03-13 東京大学

発表のポイント

  • 従来の手法が適用できず、長年理論的な取り扱いが難しいとされてきたSU(N)ハバード模型(注1)の性質を解析する新手法を発見した。
  • 広いクラスのSU(N)引力ハバード模型に対して、その基底状態(注2)の基本的性質(粒子数や長距離秩序など)を厳密に明らかにした。
  • 本研究により、量子多体系の解析への新たな方向性が開拓され、本分野の更なる発展につながることが期待できる。

発表概要

身の回りの物質を構成する基本要素は原子や分子です。ミクロな原子や分子は量子力学に従うことが知られており、その基本法則は過去に積み重ねられてきた研究によってよく理解されています。しかし、物質中ではミクロな構成要素が多数集まって、互いに相互作用をしています。その集団的な振る舞いを量子力学から理解するのは非常に難しい問題で、量子多体問題と呼ばれています。量子多体問題の1つに、SU(N)引力ハバード模型と呼ばれる複数の自由度をもつ粒子たちが互いに強く引かれ合う物理系があります(図1)。この系は近年、レーザーにトラップされた原子によって実現されており、注目を集めています。

図1:SU(N)引力ハバード模型の概念図。複数の色の自由度を持つ粒子が谷(サイト)と谷の間を飛び移りながら運動する。実験的には粒子は原子、山や谷はレーザーの波によって実現される。


東京大学大学院理学系研究科修士課程の吉田博信大学院生、および桂法称准教授は、マヨラナ粒子(注3)の数学的構造を用いて、広いクラスのSU(N)引力ハバード模型の基底状態の基本的な性質を厳密に明らかにしました。この系には30年ほど前に提案された従来の手法が適用できず、理論的な取り扱いが難しいとされてきました。

この研究により、SU(N)引力ハバード模型への理解が深まっただけでなく、量子多体系の解析への新たな方向性が開拓されました。これから本分野が更に発展することが期待されます。

本研究成果は、Physical Review Letters誌に3月12日付で掲載されました。また、Editors’ Suggestion に選ばれました。

発表内容

研究の背景
SU(N)引力ハバード模型は、複数の色の自由度をもつ粒子たちが互いに強く引かれ合う物理系です。ハバード模型とは、元々固体中の電子の運動を記述するために導入されたモデルで、現在でも熱心に研究されています。電子にはスピンと呼ばれる小さな磁石としての性質があり、上向き、下向きの2つの自由度を持っています。ここでは、この自由度を「色」の自由度だとします。この色の自由度が N=2 の場合が元々のハバード模型に対応し、これをN ( = 3,4,5,…) 色に増やし、粒子間に引力的な相互作用がある場合がSU(N)引力ハバード模型です。このモデルは近年、レーザー中にトラップされた原子によって実験的に実現されており、注目を集めています。色の自由度は、実験では原子の核スピンの自由度に対応します。図2に示されるように、このモデルでは、N色の粒子たちは以下の3つのルールに従って運動します。

(1) 粒子は格子上に存在し、格子上の点(サイト)の間を飛び移りながら運動する。
(2) 同じサイトに同じ色を持つ粒子は2個以上存在できない(パウリの排他律)。
(3) 同じサイトに(異なる色を持つ)複数個の粒子が来ると、引力によりエネルギーが下がる。

図2:SU(N)引力ハバード模型における粒子の運動のルール。

この物理系は一見シンプルに見えますが、解析は非常に困難でした。その理由の1つに、粒子たちの取りうる配置が、サイトや粒子の数を増やしていくと爆発的に増加することが挙げられます(図3)。

図3:サイトが3個、3色の粒子が1つずつある場合の可能なすべての配置。サイト数や粒子数を増やしていくと可能な配置は爆発的に増加するため、扱いが非常に難しくなる。


そのため、非常に高性能な計算機を用いても、この模型を直接解くことは現実的ではありません。そこで直接解かずに解析するためのさまざまなアプローチが取られてきましたが、その中でも強力なものに、スピン鏡映正値性という数理手法を用いた方法があります。この方法は1989年にエリオット・リープ(注4)によって発表された、元々のSU(2)ハバード模型の基底状態の性質を厳密に調べるための非常に強力な方法です。しかし、このスピン鏡映正値性は上向きスピンと下向きスピンの対称性を用いた方法なので、色の自由度が2より大きな場合には適用できませんでした。

研究内容
そこで、本研究グループは近年アーサー・ジャフィー(注5)らによって発見されたマヨラナ鏡映正値性という数理手法を応用し、広いクラスのSU(N)引力ハバード模型の基底状態の基本的な性質を厳密に示しました。以下ではこの数理手法について説明します。研究背景で説明したルール(2)を満たす粒子はフェルミ粒子と呼ばれます。フェルミ粒子は、2つのマヨラナ粒子に分解して考えることができます。マヨラナ鏡映正値性は、この2つのマヨラナ粒子の間の対称性を用いる方法であり、自由度が2より大きな場合にも適用できます。この手法を用いると、系の取りうる状態のエネルギーに関して不等式を示せます。この不等式はサイトの数によらず成り立つので、サイトや粒子の数が大きな系を解析することができます。

この手法を用いて、本研究グループは2部格子(注6)上のSU(N)引力ハバード模型の基底状態の数(縮退度)や、粒子数、さらに色の自由度を入れ替える変換に対して基底状態が不変であることを示しました。また、図4のように2つの部分格子(注7)の上のサイトの数がマクロに異なるとき、系が電荷密度波(注8)的な秩序を示すことも明らかにしました。

図4:(左)黒色のサイトと白色のサイトからなる格子。黒色のサイトの数は白色のサイトの数の2倍である。黒色のサイトの集まりと白色のサイトの集まりがそれぞれ部分格子である。(中央、右)N=3、引力相互作用が非常に大きい場合の基底状態。基底状態は2つであり、中央と左の図の通りである。中央の図では白色のサイトに、右の図では黒色のサイトに粒子が局在して、粒子の密度に濃淡ができている(電荷密度波)。本研究では、引力相互作用の強さに関わらず、粒子の密度に濃淡ができた状態が基底状態になることを示した。

今後の展望
レーザートラップされた原子による実現を契機として研究が進むSU(N)ハバード模型は、新しい量子状態を示す可能性から注目を集めています。本研究はこの物理系の研究に関する新たな方向性を示し、本分野の研究のさらなる発展を促すと期待されます。今後の方向性としては、本研究で解析したものと違う対称性を持つ物理系への拡張が挙げられます。また、一般にどのような場合に本研究の手法が使えるのかということも調べていきたいと思います。

発表雑誌
雑誌名
Physical Review Letters論文タイトル
Rigorous Results on the Ground State of the Attractive SU(N) Hubbard Model著者
Hironobu Yoshida* and Hosho KatsuraDOI番号
10.1103/PhysRevLett.126.100201

論文URL
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.126.100201

吉田 博信(物理学専攻 修士課程1年)
桂 法称(物理学専攻 准教授/トランススケール量子科学
国際連携研究機構/知の物理学研究センター 併任)

用語解説

注1 SU(N)ハバード模型
N個の自由度を持つ粒子が相互作用をする量子系のモデル。Nが2の場合は固体中の電子の運動を記述するモデルである。Nが3より大きい場合はレーザーにトラップされた原子によって実現されており、近年注目を集めている。

注2 基底状態
量子系の最もエネルギーの低い状態のこと。

注3 マヨラナ粒子
イタリアの物理学者エットーレ・マヨラナによって1937年に理論的に提案された粒子。粒子と反粒子が同じという性質を持ち、スピン液体や量子計算の文脈でも注目されている。

注4 エリオット・リープ/Elliott H. Lieb(1932~)
アメリカの数理物理学者。統計力学、物性理論、関数解析の分野で多数の非常に顕著な業績がある。

注5 アーサー・ジャフィー/Arthur Jaffe(1937~)
アメリカの数理物理学者。構成的場の理論における業績や、ミレニアム懸賞問題で有名なクレイ数学研究所の初代所長としてよく知られている。

注6 2部格子
格子上のサイトを2色で塗り分けたとき、すべての隣り合う2つのサイトを違う色で塗ることができるような格子のこと。例えば平面上に正方形を敷き詰めた格子は2部格子であるが、正三角形を敷き詰めた格子は2部格子ではない。

注7 部分格子
2部格子を2色で塗り分けたとき、それぞれの色が塗られたサイトの集まりのこと。2部格子は2つの部分格子からなる。

注8 電荷密度波
粒子の密度に周期的な濃淡ができた状態。

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