J-PARCにおける大強度陽子ビーム制御技術の開発

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非線形光学を駆使したビーム整形法でターゲットの損傷を軽減、施設の安全運転に貢献

2020-07-22 日本原子力研究開発機構,J-PARCセンター,高エネルギー加速器研究機構

【発表のポイント】

  • 大強度の陽子ビームに晒されるJ-PARCの中性子源施設では、ターゲットの鉄鋼製容器は、ビームにより損傷します。ビームの電流密度を下げて損傷を抑えることが必要ですが、これまでのビーム調整技術ではビーム形状を変えられないため、電流密度を下げることは困難でした。
  • 以前から、八極電磁石を用いると、ビームを平坦な形状に整形して電流密度を下げられることが知られていました。しかし、この整形方法は磁場などのパラメータ調整が複雑と考えられていたため、大強度ビームでの実用化は困難でした。
  • 本研究では、このビーム整形法について詳細に解析した結果、わずか2つのパラメータによりビーム形状が特徴づけられることを解明し、ビーム整形が容易にできるようになりました。このビーム整形法を実際に試したところ、予測どおりにビームを整形でき、ビームの電流密度を30%低下できました。
  • このビーム整形技術の開発により、J-PARCの中性子源施設では、さらに安定した大強度のビーム運転が行えるようになりました。本成果は、将来の大強度加速器施設においてターゲットの損傷を抑制するための重要な技術です。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下、「原子力機構」)J-PARCセンター(センター長 齊藤 直人)の明午 伸一郎 研究主席らのグループは、原子力機構および大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(機構長 山内 正則、以下、「高エネ研」)の共同運営組織であるJ-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)における中性子源施設(注1)の安定な運転のため、大強度陽子ビームの整形技術を開発しました。

J-PARCの中性子源施設では、大強度陽子ビームを水銀ターゲットに当てて中性子を生成します。水銀ターゲットの鉄鋼製容器は、大強度の陽子ビームに晒されることにより損傷します。安定した中性子源施設の運転のためには、ターゲットに当たる陽子ビームの電流密度を下げて損傷を抑えることが必要です。しかし、ビーム形状が尖った山型(ガウス分布、注2)の分布を示す既存のビーム調整技術(線形ビーム光学)では、電流密度をあまり下げられませんでした。

ビームを平坦な形状に整形できれば、水銀ターゲット上の電流密度を下げることができます。以前より、八極電磁石(注3)を用いた非線形光学によるビーム整形(注4)技術を適用すればビームを平坦な形状に整形できることが知られていました。しかしこの調整技術は八極磁場(注3)などのパラメータ調整が複雑なため、ある特定の条件でしか適用できず、また副作用としてビームロスが発生することも知られていました。

そこで本研究では、このビーム調整技術を追求し、あらゆる条件において、ビーム形状はたった2つのパラメータで表せることを見いだしました。また、ビームロスを抑えた状態で平坦な形状にビームを整形して電流密度を下げられる最適な条件を明らかにしました。実際にJ-PARCの中性子源施設に八極電磁石を設置し、最適条件でビームを調整した結果、ビームロスを発生させずに予測どおりにビームが整形できることを確認しました。このビーム整形により、水銀ターゲット上の電流密度を従来の値から約30%低下できました。メガワット(MW)クラスの大強度加速器施設で非線形ビーム光学によりビーム整形を行ったのは、世界で初めてです。

本研究で得られた知見により、J-PARC等の大強度陽子ビームを用いた中性子源施設でさらに安定したビーム運転が行えるようになりました。また、本手法は高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減のための加速器駆動システム(ビーム出力 30 MW 注5)のような、将来の大強度加速器施設の安定したビーム運転に貢献し、さらなる加速器施設の安全性向上につながるものと期待されます。

本成果は、Physical Review Accelerators and Beamに6月23日に掲載されました。

【研究の背景】

J-PARCの中性子源では、陽子加速器(3 GeVシンクトロン、注6)で30億電子ボルト(3 GeV)に加速した大強度陽子ビーム(ビーム出力 1 MW)を水銀ターゲットに当てて中性子を生成します。水銀ターゲットの鉄鋼製容器は、大強度の陽子ビームに晒されることにより損傷します。安定した施設の運転のためには、ターゲット容器の単位面積あたりに当たる陽子ビーム電流(電流密度)を下げて損傷を抑える必要があります。

通常のビーム調整技術(線形ビーム光学)には、四極電磁石(図1 右)が用いられます。四極電磁石が作る線形磁場(図1 中央: 中心からの距離に比例して磁場が強くなる)でビーム幅を広げることにより、ビームの電流密度を下げることができます。ただし、ビーム形状はガウス分布となるため、ビームを広げることにより山の高さを低くすると、裾野が広がりターゲット周辺の構造材にビームが当たるようになります。このため、通常のビーム調整技術でビーム幅を広げながら電流密度を下げることには限界があります。安定した大強度ビームによる施設の運転を行うためには、この限界よりさらに電流密度を低くする必要がありました。

図1 ビーム整形に用いる八極電磁石(左)とその磁場分布(中央)。加速器でビームを輸送するための光学レンズのような収束・発散を持つ四極電磁石(右)は、直線状(一次関数)の磁場分布を持ち、ビームの幅を変えることはできますが、形状は変えられません。一方、極を八つ持つ八極電磁石は三次関数の磁場分布となり、電磁石の中心から離れるほど磁場が強くなります。この特性(非線形性)により、ビームの裾野だけを中心に畳み込むことができ、ビーム形状を平坦に整形できます。

ビームを尖った山型から平坦な形状に整形できれば、水銀ターゲット上の電流密度を下げることができます(図2)。八極電磁石(図1 左)がつくる非線形磁場(図1 中央: 中心からの距離の三乗に比例して磁場が強くなる)を用いた非線形光学でビームを整形すると、ガウス分布の裾野部分のビームが強い磁場によりビーム中心側に畳み込まれると同時に、中心部の高さが低くなり、ビームは平坦な形状になります。これにより、ターゲット周辺の構造材にビームが当たることを防ぎつつ、中心部の電流密度を下げることができます。このビーム整形法は、半導体などの材料評価試験のため、1980年代から米国のブルックヘブン国立研究所などの加速器施設で用いられてきました。しかし、このビーム整形法は副作用としてビームが広がり輸送機器の外に漏れるビームロスを発生させます。J-PARCのような大強度ビームを取り扱う加速器施設では、わずかなビームロスが重大な機器の放射化を引き起こす恐れがあるため、これまで用いられてきませんでした。非線形光学によるビーム調整方法は、線形光学による方法と異なり複雑なため、ある特定のビーム条件でしか理解されておらず、どの施設にも広く適用できる最適な条件が不明でした。そのため、ビームロスを発生させずに平坦なビーム分布を得る最適な条件を明確にすることが必要でした。

図2 ビーム整形により電流密度を減少させる方法の概念図。線形光学ではビームの形状を変えられませんが、非線形光学ではビームの形状を平坦にすることができるため、ターゲットの外側となる構造材にビームを当てずに、中心部の電流密度を下げることができます。

【研究の内容・成果】

ビーム形状をパラメータ化して数学的に表し、そのパラメータの値とビーム形状との関係について調べました。その結果、非線形光学の場合には、「位相の進行(Φ、単位:rad)」と、「八極磁場の強さ」の2つのパラメータにより、ビーム形状を表せることがわかりました。ビーム幅などを特徴づける八極電磁石の位相の正接(tan Φ)の逆数である余接(cot Φ)と、八極電磁石の磁場の強さを磁石のビーム幅などで割った値(K8*)です。

様々なケースについてこの2つのパラメータを計算した結果、ビーム形状が平坦となる条件が明らかになりました。また、この手法でビームロスを評価したところ、ある特定の位相でビームロスが大きくなること、また八極磁場を弱くすることでビームロスを抑えられることがわかりました。ビームロスを最小に保ちつつビームを平坦に整形する条件を検討し、2つのパラメータの最適値を探しだしました。

実際にJ-PARCで非線形光学によるビーム整形を試みました。まず、ビームの水平方向と垂直方向の整形のため、2台の八極電磁石(図1 左)の磁場強度と分布を測定したところ、設計どおりの値が得られることを確認しました(図1 中央)。次に2台の八極電磁石を、探し出したパラメータとなるように磁場強度を調整した後、陽子ビームを中性子源施設に向けて打ち込みました。

実際にビームが平坦に整形できているか確認するため、水銀ターゲット直前(1.8 m上流)に設置したビームモニターによりビーム形状を測定したところ、ビーム形状は予測計算どおりでした(図3)。図3のビーム形状に対応する水銀ターゲットにおけるビームの電流密度分布(計算値)を図4に示します。通常の線形光学によるビーム整形(図3(a))ではビームの裾野が広く、中性子源のビーム入射孔に当たります。これを防ぐため、非線形光学によるビーム整形(図3(b))でビーム入射孔に収まるようにビームを細くしたときの電流密度分布が図4(b)です。非線形光学の採用により、ビーム形状がビーム入射孔とピッタリ一致し、ビーム入射孔にビームの裾野が当たることなく長時間の運転が可能です。同時に、線形光学の場合と比べ水銀ターゲット上の電流密度を約30%下げることに成功しました。実際に大強度ビーム運転を長時間行った後でも途中の電磁石などの放射化が低く抑えられていたことから、ビームロスはほとんど無く、長時間運転できることを確認しました。

図3 水銀ターゲット直前におけるビーム形状の測定結果(丸印)と予測計算(線)の比較
(a) 通常のビーム整形方法(線形光学)  (b) 今回用いたビーム整形法(非線形光学)
図の上下は、それぞれ水平および垂直方向のビーム形状です。測定結果は予測計算と良く一致し、非線形光学によりビームを平坦に整形できるようになりました。

図4 (a)線形光学と(b)非線形光学による水銀ターゲットにおけるビーム電流密度(計算値)を色別で示します。線形光学では、ビーム入射孔にビームを当てないようにするには、図3 (a)に示したビーム幅より細くする必要があるので、ビーム電流密度は図3 (a)より高くなります。一方、非線形光学ではビームの裾野だけを抑えることができるため、ビームをビーム入射孔にピッタリと収めることができます。この結果、電流密度を線形光学の場合より約30%(1平方センチメートルあたり10 マイクロアンペアから7マイクロアンペアに)下げることができました。

【今後の展開・波及効果】

本研究で得られた知見により、J-PARC等の大強度陽子ビームを用いた中性子源施設でさらに安定した運転が行えるようになりました。また、本手法は原子力機構が研究開発を進める高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減のための加速器駆動システム(ビーム出力 30 MW)のような、将来の大強度加速器施設の安定したビーム運転に貢献し、さらなる加速器施設の安全性向上につながるものと期待されます。

書籍情報

雑誌名:Physical Review Accelerators and Beam

タイトル:Two-parameter model for optimizing target beam distribution with an octupole magnet

著者:S. Meigo1, M. Ooi1, and H. Fujimori2

所属:1日本原子力研究開発機構、  2 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所

DOI番号:10.1103/PhysRevAccelBeams.23.062802

【用語解説】

(注1) J-PARCの中性子源施設

J-PARCの物質・生命科学実験施設では、世界最大強度となる1メガワット (MW)の陽子ビームを水銀ターゲットに入射して核破砕中性子を発生させ、これを利用しリチウムイオン電池などの様々な物質やタンパク質などの生命に関する研究を進めています。

中性子源施設では、中性子を発生するために水銀をターゲットとして用いています。水銀ターゲット容器は1年に1度交換しています。使用後の容器には微小な損傷が発生しています。安定した状態でビーム運転を行うため、またさらなるビーム強度増強のためには、損傷をできるだけ少なくすることが望まれます。容器の損傷は陽子ビームの電流密度の増加とともに増加するため、陽子ビームの電流密度をできるだけ低く抑えることが必要です。

(注2) ガウス分布

平均値の付近に集積するようなデータの分布を表す確率分布、すなわち尖った山型の分布です。ガウス分布は統計学、自然科学、および社会科学等の様々な場面で複雑な現象を簡単に表すモデルとしてよく用いられます。

シンクロトロン(Rapid Cycling Synchrotron: RCS)では通常のビーム制御法(線形光学)が用いられ、RCSから出射するビーム形状(図5)はガウス分布形状です。線形光学を用いた手法では、ビーム幅(σ)を変えることはできますが、ガウス分布形状そのものを変えることはできません。

図5 一般的なガウス分布(左)とMLFの水銀ターゲットに最初に入射した陽子ビームの形状の測定結果(右)
分布強度を色分けして表示しています。

(注3) 八極電磁石

ビームの周辺にN極・S極を4つずつ、合計8つの磁極を交互に並べた電磁石。この電磁石が作る磁場が八極磁場。

(注4) 非線形光学によるビーム整形

1983年に米国カリフォルニア大学のMeds氏により提案され、その後1990年代よりシミュレーション計算などにより実現性が示されるようになりました。国内外に、非線形光学を取り入れたビームラインが設置されていますが、J-PARCのようなメガワット(MW)クラスの大強度ビームを取り扱う加速器施設では、これまで非線形光学を実際に取り入れた例はありませんでした。

(注5) 加速器駆動システム(ADS:Accelerator-driven System)

原子力発電所の使用済み核燃料に含まれるマイナーアクチノイドなどを、核反応により異なる元素に変換する技術。この技術の一環として、加速器と原子炉を組み合わせ、加速器からの高エネルギーの陽子をターゲットに照射し、発生した中性子による核分裂反応で連鎖的に核変換していくシステムを「加速器駆動システム(ADS)」(図6)と呼んでいます。

原子力機構で研究開発を進めているADSでは、加速器由来の陽子ビームが、ビーム窓と呼ばれる薄い金属板を通過して液体金属ターゲットに入射します。このビーム窓の損傷を抑えるために、ビーム電流密度を下げることが有効であるため、本成果はADSの開発においても重要です。

図6 加速器駆動システムの概要

(注6) J-PARCにおける陽子加速器

J-PARCではリニアック (400 MeV)、3 GeVシンクロトロン(RCS)、およびメインリングシンクトロン (Main Ring: MR、30 GeV)の加速器から成立ちます。

中性子源施設の水銀ターゲットには、RCSで加速されたパルス状の3 GeV陽子ビームを入射させ、世界で最大強度のパルス中性子を発生させることができます。

J-PARCでは、リニアックで加速された陽子ビーム(400 MeV)を鉛・ビスマスターゲットに入射し、加速器駆動システム(ADS)に用いられる構造材の放射線損傷や腐食挙動に関する研究開発を行う予定です。

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