3次元積層技術により多結晶電極上へ単結晶巨大磁気抵抗デバイス作製に成功

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高性能ハーフメタルホイスラー磁気抵抗素子の実用展開へ道筋を示す

2020-05-28 産業技術総合研究所

概要

1.NIMSは産総研と共同で、産業上実用性の高いシリコン基板上に、優れた磁気抵抗1特性を示す単結晶ホイスラー合金2巨大磁気抵抗素子を作製することに成功しました。さらにウエハー接合技術3を用いることにより、多結晶電極上への単結晶磁気抵抗素子膜の接合が可能であることを世界で初めて示しました。本成果は、従来は非実用的であった高性能単結晶素子の実用展開への新たな道筋を示したものであり、ハードディスクドライブ(HDD)の大容量化などへ寄与することが期待されます。

2.Co2MnSiなどのホイスラー合金の一部は、原子が規則正しく並んだ状態(規則化状態)では、伝導電子が一方向のスピン4しか持たない「ハーフメタル5」となることが知られています。従来の研究で、ハーフメタルホイスラー合金を用いた高品位の全単結晶構造の巨大磁気抵抗素子6が作製され、現行のHDDの5倍近くもの記録密度を持つ高記録密度HDD用再生ヘッドに必要とされる極めて大きな磁気抵抗比を示すことが報告されています。しかし、その作製には、結晶格子の整合性がよく耐熱性の高い単結晶酸化マグネシウム(MgO)基板を用いる必要があり、工業生産されるMgO基板のサイズが小さくコストが高いことが実用化を阻んでいました。それに加え、HDD用の再生ヘッドは、多結晶構造を持つ磁気シールド電極膜上に作製しなければなりませんが、単結晶素子を格子方向がバラバラな多結晶上に直接成長させることは不可能です。また磁気シールドは熱に弱く、熱処理温度を300℃以下にする必要があるため、ホイスラー合金の規則化に必要な高温熱処理が行えないなど、単結晶ホイスラー合金巨大磁気抵抗素子の実用化にはさまざまな障壁がありました。

3. 本研究チームは、安価で実用性の高いシリコン基板上にNiAl/CoFe下地層を用いることで、極めて高い耐熱性と平坦性が得られることを発見し、MgO基板上に成長させた素子と同等の性能を示す単結晶ホイスラー合金巨大磁気抵抗素子を、シリコン基板上に作製することに成功しました。さらに、近年開発が進む3次元積層技術を用いることで、別の基板上に成長させた多結晶電極膜上に、作製した単結晶ホイスラー巨大磁気抵抗素子膜をウエハー接合させることに成功しました。ウエハー接合の条件を最適化することで、極めて平坦かつ欠陥のない多結晶/単結晶接合界面が実現され、接合後も接合前と同等の高い磁気抵抗性能が得られることを実証しました。本手法を用いれば、多結晶電極膜上に単結晶磁気抵抗素子を直接成長させる必要がなく、高温の熱処理によって生じる問題も完全に解決されます。

4.本成果によって示された手法は、単結晶ホイスラー合金巨大磁気抵抗素子のみならず、同様に高い性能を示すことで知られる単結晶構造のトンネル磁気抵抗素子7などを、耐熱性の低い集積回路上に積層することなどに汎用的に用いることができます。高い性能を誇る単結晶スピントロニクス素子に実用への道を拓き、HDDや磁気ランダムアクセスメモリーの大容量化などに貢献することが期待されます。

5.本研究は、物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 桜庭裕弥 グループリーダーらと、産業技術総合研究所 スピントロニクス研究センター 薬師寺啓 研究チーム長、デバイス技術研究部門 高木秀樹 総括研究主幹、菊地克弥 研究グループ長の共同研究チームによって行われました。また本研究は、革新的研究開発推進プログラムImPACT「無充電で長時間使用できる究極のエコIT機器の実現」(PM 佐橋政司)の一環として行われました。本研究成果は、Acta Materialia誌にて協定世界時2020年5月28日午前9時(日本時間28日午後6時)にオンライン掲載されます。

研究の背景

数ナノメートルの厚さを持つ非磁性層を2枚の磁性層でサンドイッチ構造にした積層膜の電気抵抗は磁性層の相対的な磁化の向きによって変化します。非磁性層が金属の場合を巨大磁気抵抗(GMR)、絶縁体の場合をトンネル磁気抵抗(TMR)と呼び、これらの磁気抵抗現象は、既に、ハードディスドライブ(HDD)の再生ヘッドや、磁気ランダムアクセスメモリー(MRAM)の記録素子として実用化されています。HDDやMRAMのさらなる高容量化を実現するために、これらの実用デバイスの素子レベルでのさらなる高性能化が求められています。

例えば、HDDの大容量化に向けては、再生ヘッドに用いる磁気センサー、つまり磁気抵抗素子の性能向上が必要であり、より小さな素子抵抗と大きな磁気抵抗1 (MR)比を示す数十ナノメートルサイズの微細素子の開発が求められています。MR比を飛躍的に高める試みとして、近年、伝導電子のスピンが一方向に偏極する「ハーフメタル」と呼ばれる性質を持つホイスラー合金(図1)を磁性層として用いた磁気抵抗素子の研究が進んでおり、ホイスラー合金を用いた面直電流型巨大磁気抵抗素子(CPP-GMR)6においては、鉄やコバルトなどの一般的な磁性体を用いた素子を遥かに上回るMR比が実現されています(図2)。このような大きなMR比と小さな素子抵抗は現行HDDの5倍近い5 Tbit/in2の記録密度に対応できる再生ヘッド用磁気抵抗素子の要求値を満たしています。しかし、このような優れた特性は、単結晶酸化マグネシウム(MgO)基板上にエピタキシャル成長させた単結晶磁気抵抗素子でしか実現されておらず、工業生産できるMgO基板はサイズが小さくコストが高いことが、ハーフメタルホイスラー合金を用いた高品位の単結晶磁気抵抗素子の実用化の障害となっていました。

加えて、HDD用の再生ヘッドとなる磁気抵抗素子は、多結晶構造をもつ磁気シールド電極膜上に成長させる必要がありますが、結晶格子の不整合の問題から単結晶構造を有する磁気抵抗素子を直接的に成長させることは原理的に不可能です。また磁気シールドの特性劣化の問題から、許容されるプロセス温度は300℃程度が上限となります。ハーフメタルホイスラー合金は、図1に示すように原子が規則的に並んだ規則状態で高いスピン分極率を示しますが、原子の規則化を促すためには、一般的には300℃を超える熱処理が求められます。このように、単結晶ホイスラー合金CPP-GMR素子の実用展開にはさまざまな技術課題がありました。

図1

図1 フルホイスラー合金の結晶構造とハーフメタル性を示す電子構造。原子が規則的に並んだ状態で、高いスピン分極率が得られる。

図2

図2 単結晶ホイスラー合金巨大磁気抵抗素子の磁気抵抗比の更新。一般的な磁性体を用いた場合に実現できない極めて高い磁気抵抗比が得られているが、全て非実用的MgO基板を用いた素子の成果だった。

研究内容と成果

上記のハーフメタルホイスラー合金活用の課題を解決すべく、まず、NIMSにおいて、産業上実用性の高いシリコン基板上に、Co基のホイスラー合金ハーフメタルを磁性層として用いた高品位な単結晶CPP-GMR素子を作製する技術を開発しました。シリコン基板を利用することができれば、近年、LSIの高集積化分野で注目を集める3次元積層技術を活用することができるため、単結晶CPP-GMR素子膜と、磁気シールドを想定した多結晶電極膜をそれぞれ別の基板上に成長させ、それらを3次元積層技術によりウエハー接合することを目標としました。産総研 スピントロニクス研究センター、デバイス技術研究部門との連携によって、シリコン基板上に作製した単結晶ホイスラーCPP-GMR薄膜を3次元積層技術より多結晶電極基板上へ接合し、接合後においても高い磁気抵抗特性を再現することを目指しました。

■ シリコン基板上へ高性能単結晶ホイスラー合金CPP-GMR素子の作製に成功

ホイスラー合金は図1に示すように、異種の原子が規則的に並んだ規則合金であり、高い規則構造が得られた場合にのみ、ハーフメタルと呼ばれるスピン分極率の高い状態が得られることが知られています。高い規則構造を得るためには、高温の熱処理プロセスが必要であり、最も高いスピン分極率が観測されているCo2FeGa0.5Ge0.5(CFGG)の場合では500℃以上もの高温での熱処理が必要になります。今回、NIMSの研究グループは、NiAl/CoFeの2層構造からなる下地層がシリコン(001)単結晶基板上に(001)方位に単結晶成長し、同様に(001)配向したCFGG/Ag/CFGGの単結晶CPP-GMR膜が下地層上に成長できることを見出しました。成長後、ホイスラー合金の原子規則化を促すために500℃までの熱処理を行っても、単結晶CPP-GMR膜にダメージがない耐熱性が実現された結果、単結晶MgO基板に成長したのと同等のMR比を得られました(図3)。

図3

図3 基板や下地層の異なるCFGG/Ag/CFGG構造の単結晶巨大磁気抵抗素子の磁気抵抗の熱処理温度依存性。

■ シリコン基板上の高性能単結晶ホイスラー合金CPP-GMR素子を多結晶電極上に直接ウエハー接合させることに成功

作製したシリコン基板上の単結晶CPP-GMR膜と多結晶磁気シールド電極膜とのウエハー接合を試みました(詳細なプロセスを図4に示します)。ウエハー接合による膜の貼り付けは、産総研デバイス技術研究部門において、全自動常温ウエハー接合装置MWB-12-ST(三菱重工業)を用いて行いました。CPP-GMR素子はナノメートルサイズの異種材料の積層構造で構成されるため、接合時の強い圧力により各層の界面にダメージを与えないように、接合する単結晶CPP-GMR膜側と多結晶電極膜側のキャップ層の選択が重要でした。今回、複数のキャップ材料による接合を試行した結果、双方にAu(金)を用いた場合に最も良好な接合界面が実現されることを見出しました。接合界面の断面電子顕微鏡像を観測した結果、欠陥のないスムーズな単結晶Au/多結晶Au接合界面が実現され、単結晶CPP-GMR積層膜に一切のダメージが加わっていないことが確認されました(図5左)。その後、単結晶CPP-GMR膜側のシリコン基板を、研削とウエットプロセスによる選択エッチングで除去した後、リソグラフィーによって数百ナノメートルサイズのピラー形状に加工して、磁気抵抗効果を評価しました。その結果、多結晶電極膜上に接合した後も、接合前と全く同等のMR比が観測されました(図5右)。これは、単結晶磁気抵抗素子膜の3次元積層プロセスに成功した世界で初めての報告になります。

図4

図4 CFGG/Ag/CFGG構造単結晶巨大磁気抵抗素子膜の多結晶電極への直接ウエハー接合 – 基板除去 – 磁気抵抗素子加工のプロセスの流れ

図5

図5 直接ウエハー接合後の断面透過顕微鏡像(左)と接合後の磁気抵抗測定の結果(右)

今後の展開

本研究成果によって、高価で非実用的なMgO単結晶基板を用いなくても、実用的なシリコン基板上に高い性能を示す単結晶ハーフメタルホイスラー合金CPP-GMR素子を作製することが可能となりました。また、高温プロセスが必要な単結晶CPP-GMR素子薄膜と高温耐性のない多結晶電極膜との3次元積層構造を実現しました。本技術は、3次元積層プロセスの低コスト化や、接合後の素子歩留まりなどの課題を残すものの、それらが解決できれば、ホイスラー合金を用いた高品位単結晶CPP-GMR素子を次世代HDD用再生ヘッドなどへ応用展開できる可能性があります。また、本研究で見出したNiAl/CoFe下地層の汎用性は高く、本研究で実証したホイスラー合金CPP-GMR素子だけではなく、単結晶構造を持つTMR素子や面内電流型GMR素子をシリコン基板上に成長させるとともに、同様の3次元積層プロセスの利用も可能にできます。これまでは基礎研究の枠に留まった非実用的な高性能単結晶磁気抵抗素子に応用への道を拓き、大容量HDDやMRAM、高感度磁気センサーといったさまざまなスピントロニクスデバイスへ展開されることが強く期待されます。

掲載論文

題目:Fully Epitaxial Giant Magnetoresistive Devices with Half-metallic Heusler Alloy Fabricated on Poly-Crystalline Electrode Using Three-Dimensional Integration Technology
著者:Jiamin Chen, Yuya Sakuraba, Kay Yakushiji, Yuichi Kurashima, Naoya Watanabe, Jun Liu, Songtian Li, Akio Fukushima, Hideki Takagi, Katsuya Kikuchi, Shinji Yuasa, and Kazuhiro Hono
雑誌:Acta Materialia
掲載日時:協定世界時2020年5月28日午前9時(日本時間28日午後6時)

用語解説

1磁気抵抗(Magnetoresistance)
外部磁場や磁性体の持っている磁化に由来して電気抵抗が変化する現象を磁気抵抗効果(MR効果)と呼びます。電気抵抗の変化量(磁気抵抗比, MR比)が大きいほど、センサーやメモリー素子として高い性能が得られます。
2ホイスラー合金
X2YZやXYZという3つの元素からなる規則合金材料です。数千を超える膨大な組み合わせの物質が存在しますが、Co2MnSiなどのCo基ホイスラー合金の一部がハーフメタルと呼ばれる特殊な電子構造を持つことで注目されています。
3ウエハー接合
シリコンなどの2つのウエハーを面同士で接合させる技術です。本研究では接着剤などを用いずに、2つのウエハー上の膜表面を活性化させることによって接合させる直接ウエハー接合技術を用いました。
4スピン
量子力学上の粒子が持つスピン角運動量と呼ばれる自由度の1つで、磁気モーメントの起源となります。上向きと下向きの2種類のスピン自由度が存在します。
5ハーフメタル
ポ電子は上向きスピンと下向きスピンという2つの量子力学的な自由度を持ちますが、物質中において電気伝導を司る伝導電子が、上向きか下向きのどちらか一方のスピンしか持たない特殊な電子構造を有する材料をハーフメタルと呼びます。GMRやTMRのような磁気抵抗効果は、電子のスピン方向に由来して生じるため、スピン分極率の高いハーフメタルは、スピンに依存したさまざまな現象を増大することができます。
6巨大磁気抵抗素子 (Giant magnetoresistance device)
磁性金属/非磁性金属/磁性金属の積層膜構造からなる磁気抵抗素子です。複数の磁性層が持つ磁化の相対的な角度の変化に応じて、電気抵抗が変化する現象をGMR効果と呼びます。積層膜の面直方向に電流を流すものを面直電流(Current-perpendicular-to-plane, CPP) GMR素子、面内方向に電流を流すものを面内電流(Current-in-plane, CIP)GMR素子と呼びます。
7トンネル磁気抵抗素子 (Tunnel magnetoresistance device)
磁性金属/絶縁体/磁性金属の積層膜構造からなる磁気抵抗素子です。絶縁体の厚さがナノメートルオーダーであるため、絶縁体を通過するトンネル電流が流れますが、2 つの磁性層が持つ磁化の相対的な角度の変化に応じて、トンネル電流に対する電気抵抗(トンネル抵抗)が変化する現象をTMR効果と呼びます。
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