統合失調患者の主体性に関する簡易評価ツール(尺度)の開発

国際的に求められる精神科の当事者参画研究の事例として

2020-04-13 国立精神・神経医療研究センター

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)、精神保健研究所(所長:金吉晴) 地域・司法精神医療研究部(部長:藤井千代) 精神保健サービス評価研究室長の山口創生、研究員の塩澤拓亮、松長麻美は、統合失調症を持つ当事者(以下、当事者)と共同して、当事者が自分自身の大切にしている価値観に基づいた生活ができているかについて評価する主体性に関する尺度ツール(Subjective Personal Agency scale: SPA-5)を開発しました。

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(参考写真1)SPA-5の一部
※完成版の評価ツールは、論文の付録(Supplementary materials)として無料でダウンロード可能です。

近年の国際的な共通認識として、精神科ケアでは、再発・再入院しないことなどの臨床的なアウトカムに加えて、当事者が自身の価値観を大切できる主体的な地域生活を送れているかが重要なアウトカムの一つとなっています。そこで、研究グループは、当事者が考える「生活における主体性(あるいは主体的な生活)」を測定する評価ツールを開発しました。開発のキーワードは、①日本の当事者の話を聞くこと、②当事者と共同すること、③重い症状を持つ人が回答可能な内容とすることでした。実際、各項目は当事者のインタビューとその質的な分析を基に作成され、統合失調症の重い症状を持つ当事者でも回答可能な内容で、かつ5項目で構成される簡便な尺度ツールとなりました。研究における当事者との共同は、21世紀の臨床研究の必須事項です。本研究は、日本の精神科における当事者参画研究の事例の一つとして今後の研究に貢献が期待されます。

この研究成果は、日本時間2020年4月10日20時に欧州科学誌「Epidemiology and Psychiatric Sciences」オンライン版に掲載されました。
URL with DOI: https://doi.org/10.1017/S2045796020000256

■背景
 国際的に精神障害当事者に対する地域ケアが発展する中で、支援のアウトカム(目標)にも変化があらわれています。具体的には、当事者の精神症状の悪化や再発、それに伴う再入院の防止だけでなく、当事者が地域の中で主体的に生活できているかという主観的なアウトカムにも関心が向けられています。特に、過去30年間でエンパワメント(注1)やリカバリー(注2)といった当事者の主体性に類似する概念が国際的に関心を集める中で、当事者自身が評価する生活における主体性は重要なアウトカムになりつつあります。しかしながら、エンパワメントやリカバリーも含め、これまで開発された主体性や関連するアウトカムの尺度や評価ツールにはいくつかの課題があります。代表的なものとして、①関連する評価ツールや尺度の多くが欧米文化の中で作成されていること、②必ずしも当事者の意見が反映されていないこと、③項目数が多いなどの理由で重い精神症状を持つ当事者にとって回答が難しいことがあげられます。特に近年では、当事者と共同して臨床研究を進めること(共同創造:co-production)や、当事者や市民が研究に参加・参画すること(Patient and Public Involvement: PPI)が重要となっており、当事者の視点を研究にどのように取り入れるかについては国際的な議論となっています。これらの背景から、本研究は当事者と共同して、重い精神症状を持つ人も回答可能な簡易な「生活における主体性(あるいは主体的な生活)」に関する尺度ツールを開発することを目的としました。

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(図1):グループインタビューのイメージ

■研究の内容と結果
 本研究は、2つのステージがあります。第1ステージでは、地域精神保健福祉機構(COMHBO:注3)の協力を得て、全国から当事者11名を募り、主体性に関するグループインタビューを実施しました(図1)。その際、ファシリテーター(注4)も当事者が担いました。インタビュー内容は、研究グループのメンバーが質的に分析しました。その後、インタビューに参加した11名の当事者に分析結果を確認してもらいつつ、回答のしやすさなどについて他の当事者の意見も参考にしながら、尺度ツールの原案を作成しました。
第2ステージでは、全国18のassertive community treatment (ACT:注5)チームにおける統合失調症の当事者195名から調査への参加協力を得て、尺度ツールの妥当性を検証しました。因子分析により、最終的に5項目からなる主体性尺度ツールが提案されました。また、この5項目の合計得点はエンパワメントの尺度との中程度の相関も確認されました。これらの分析結果から、研究グループは、5項目の主体性に関する簡易尺度ツールを、「Five-item Subjective Personal Agency scale(SPA-5)」と名付けて、完成版としました。

■今後へ向けて
主体性に関する簡易尺度(SPA-5)は簡便な尺度ツールとなっていますので、研究と臨床の双方で利用可能であり、多くの場面で使用してもらいたいと考えています。一方で、本研究は、重い症状を持つ人でも回答が可能ということに焦点を当てたためACTチームの統合失調症の当事者を対象としましたが、今後は様々な背景を持つ当事者を対象として尺度ツールの再検証をすることが課題となっています。
今回の研究の特徴は、尺度開発の分析や成果物(尺度ツールそのもの)というよりむしろ、当事者と共同して尺度ツールを開発した過程にあります。臨床研究や地域実践に関する研究においては、今後、共同創造や当事者・市民参画の推進が国際的な潮流になっています。他方、日本の精神科の研究における共同創造や当事者・市民参画はまだ始まったばかりです。本研究は精神科の臨床研究における共同創造や当事者・市民参画の先駆事例の一つですが、課題も多くあります。例えば、研究計画の作成段階やインタビューデータの分析の際に当事者に協力してもらうこともできたかもしれません。今後の研究は、本研究の課題を活かして、より包括的で計画的な共同創造や当事者・市民参画のあり方を模索できると思います。その意味で、本研究は、日本の精神科の研究における共同創造や当事者・市民参画の促進に貢献できる研究といえるかもしれません。

■用語解説
注1 エンパワメント
エンパワメントは、「個人や集団が自分の人生の主人公となれるように力をつけて、自分自身の生活や環境をよりコントロールできるようにしていくこと」です(日本障害者リハビリテーション協会, 2013: https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/glossary/Empowerment.html)。

注2 リカバリー
リカバリーとは、「人々が生活や仕事、学ぶこと、そして地域社会に参加できるようになる過程であり、またある個人にとってはリカバリーとは障害があっても充実し生産的な生活を送ることができる能力であり、他の個人にとっては症状の減少や緩和である」と定義されます(Anthony, 1993: Psychosocial rehabilitation journal)。

注3 地域精神保健福祉機構(COMHBO)
「精神障害をもつ人たちが主体的に生きて行くことができる社会のしくみをつくりたい」を目標に当事者・家族・専門家が力を合わせて活動する非営利団体(COMHBO: https://www.comhbo.net/)。

注4 ファシリテーター
グループインタビューが目的に沿って円滑に進行するように、議事を確認したり、発現を促したりする役割を担う人

注5 Assertive community treatment(ACT)
統合失調症など重度精神障害を持つ人の地域生活を包括的に支援するためのケースマネジメント・プログラムです。ACTの特徴は、多職種スタッフが一つのチームとなって、365日24時間体制で、一人の利用者に生活支援、就労支援、医療的・保健的支援を包括的に提供することです(地域・司法精神医療研究部: https://www.ncnp.go.jp/nimh/chiiki/ebp/)。

■原論文情報
論文名  Development and psychometric properties of a new brief scale for subjective personal agency (SPA-5) in people with schizophrenia
著者名  Yamaguchi S, Shiozawa T, Matsunaga A, Bernick P, Sawada U, Taneda A, Osumi T, Fujii C
掲載誌  Epidemiology and Psychiatric Sciences,2020
DOI   10.1017/S2045796020000256
URL https://doi.org/10.1017/S2045796020000256

■助成金
本成果は、以下の研究助成金によって得られました。

● H28-H30 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 障害者対策総合研究開発事業(精神障害分野)「主体的人生のための統合失調症リカバリー支援― 当事者との共同創造co-productionによる実践ガイドライン策定 [16dk0307059h0001]」(研究代表者:福田正人、研究分担者:山口創生)

● R1-R3 精神・神経疾患研究開発費「重症精神障害者とその家族の効果的な地域生活支援体制に関する基盤的研究 [1-3]」(研究代表者:藤井千代、研究分担者:山口創生)

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部
精神保健サービス評価研究室長 山口創生(やまぐち そうせい)

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係

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