スピンを用いた新しい論理演算デバイスの室温動作実証に成功

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次世代論理演算デバイスの実現に向けて大きく前進

2020-04-09 京都大学

安藤裕一郎 工学研究科特定准教授、白石誠司 同教授の研究グループは小池勇人 TDK株式会社テーマリーダー、鈴木義茂 大阪大学教授らと共同で、スピンの流れ(スピン流)を用いた「スピン流論理演算デバイス」の室温動作実証に成功しました。

スピンとは電子が有する磁石の性質であり、上向き、下向きの2種類が存在します。スピンの向きが揃った電子の流れは「スピン流」と呼ばれ、エネルギー消費の極めて少ない情報輸送や新しい演算手法の担い手として期待されています。これまでに開発されてきたスピン流デバイスは従来の電子デバイスにスピン機能を付加するものが主流でした。この場合、従来デバイスの一部をスピン流デバイスで置き換えることになりますが、複数のデバイスの組み合わせで実行する論理演算回路の動作原理は従来手法を踏襲するのが一般的でした。その結果、回路全体として期待できる性能向上も限定的でした。

本研究ではスピン流で論理演算を行う「スピン流論理演算デバイス」を実現したものです。これまでのスピン流デバイスと異なり、より高度な論理演算をスピン流が担うことになり、集積度、計算速度、省エネルギーの飛躍的な向上が期待できます。スピン流を用いた次世代情報デバイスの実現に向けた重要な一歩だと考えられます。

本研究成果は、2020年4月7日に、国際学術誌「Physical Review Applied」のオンライン版に掲載されました。

図:(左)スピン流論理演算デバイスの概念図(右)室温動作の結果

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.13.044010

Ryoma Ishihara, Yuichiro Ando, Soobeom Lee, Ryo Ohshima, Minori Goto, Shinji Miwa, Yoshishige Suzuki, Hayato Koike, and Masashi Shiraishi (2020). Gate-Tunable Spin xor Operation in a Silicon-Based Device at Room Temperature. Physical Review Applied, 13(4):044010.

詳しい研究内容について
スピンを用いた新しい論理演算デバイスの室温動作実証に成功
―次世代論理演算デバイスの実現に向けて大きく前進― 概要
京都大学大学院工学研究科の安藤裕一郎[あんどう ゆういちろう]特定准教授・白石誠司[しらいし まさし] 教授のグループは TDK 株式会社の小池勇人[こいけ はやと]テーマリーダー、大阪大学大学院基礎工学研究科の鈴木義茂[すずき よししげ]教授のグループらと共同で、スピンの流れ スピン流)を用いた スピン流論理演算デバイス」の室温動作実証に成功しました。スピンとは電子が有する磁石の性質であり、上向き、下向きの 2 種類が存在します。スピンの向きが揃った電子の流れは スピン流」と呼ばれ、エネルギー消費の極めて少ない情報輸送や新しい演算手法の担い手として期待されています。これまでに開発されてきたスピン流デバイスは従来の電子デバイスにスピン機能を付加するものが主流でした。この場合、従来デバイスの一部をスピン流デバイスで置き換えることになりますが、複数のデバイスの組み合わせで実行する論理演算回路の動作原理は従来手法を踏襲するのが一般的でした。その結果、回路全体として期待できる性能向上も限定的でした。今回の研究ではスピン流で論理演算を行う スピン流論理演算デバイス」を実現したものです。これまでのスピン流デバイスと異なり、より高度な論理演算をスピン流が担うことになり、集積度、計算速度、省エネルギーの飛躍的な向上が期待できます。スピン流を用いた次世代情報デバイスの実現に向けた極めて重要な成果です。
本研究成果は、2020 年 4 月 6 日 (米国東部夏時間、日本時間 4 月 7 日)に米国物理学会誌 Physical Review Applied」のオンライン版に公開されました。
スピン流論理演算デバイスの概念図 左)と室温動作の結果 右).1. 研究の背景と意義
現代のエレクトロニクス産業はトランジスタに代表される半導体デバイスにより支えられています。例えば、コンピューターの中央演算処理装置 CPU)部分には高速で動作可能なトランジスタが無数に配置されており、電圧の高低を 「1」、「 0」のデジタル信号として様々な論理演算 (*1)を行っております。しかし近年、コンピューターの消費電力は爆発的に上昇しており、デバイスの低消費エネルギー化が重要な課題となっております。デバイスの消費エネルギーを抑えるには、電子が物質の中を運動するときに発生するジュール熱を低減する必要があります。その1つの方法として電気信号の代わりに電子がもつ磁石としての性質 (スピン)を信号として用いる 「スピントロニクス(*2)」という新しい技術が注目を集めています。磁石に N 極・ S 極があるように、電子のスピンには上向きと下向きの状態があり、これがデジタル信号の 「0」と 「1」に対応させることが可能です。このスピンは電流と同じように離れた場所に輸送することができ、 「スピン流(*3)」と呼ばれます。スピン流はエネルギー消費の極めて小さい情報輸送手段や情報記憶デバイスの駆動、更には全く新しい演算手法の担い手として期待されています。
スピン流を用いたデバイスはこれまでに数例提案されており、そのいくつかは動作実証に至っております。その代表例にスピントランジスタが挙げられます。本デバイスは従来のトランジスタに類似した動作特性を示しますが、その動作特性をスピンにより変調することが可能なデバイスです。即ち、図1(b)に示すように 2 種類の異なる特性を有するトランジスタをスピンによって疑似的に切り替える機能を有しています。これにより論理演算回路の性能向上(省エネルギー化、集積化など)を実現します。このような研究は 2007 年頃から世界中で活発に進められてきました。京都大学・ TDK などの共同研究グループは、2014 年にこのスピントランジスタを世界に先駆けて室温動作させることに成功し、2016 年にはその性能を大きく向上させることにも成功しています。ただし、本手法の場合には電流が論理演算を担うことになり、回路レベルでの動作原理は従来手法とあまり変わらないのが特徴です。

図1(a)従来型トランジスタ,(b)スピントランジスタ,(c)スピン流論理演算デバイス 本研究対象)を用いた場合の論理演算の違い.

2. スピン流論理演算デバイスの特徴、および本研究成果
論理演算回路の更なる性能向上を目指し、論理演算の部分もスピン流を用いる試みもあります。その代表例が 2007 年に理論提案された「磁気論理ゲート MLG)」と呼ばれるスピン流論理演算デバイスです (図2(a) 参照)。表1に代表的な論理演算の入力と出力の関係を示します。従来のトランジスタを用いた論理演算回路では否定論理積 (NAND)回路を構成するのに 4 個のトランジスタが必要でした。一方、MLG デバイスは 1 個の素子で実現します。また、従来は 6 個のトランジスタが必要であった論理和 (OR)回路も MLG デバイスの磁石の向きを切り替えるだけで実現可能です。即ち、切り替え可能な 2 種類の論理演算回路を 1 個の素子だけで構成できます。素子の個数を大幅に低減することができ、高集積化、高速化、省電力化を同時に実現します。さらに入力した値を記憶する 「不揮発機能」も有しており、まさに夢のデバイスです。しかしデバイス作製の難易度が高いため、現在まで動作実証に至った例はありません。
この MLG デバイスの一部を抜き取ると、その部分も排他的論理和 XOR)回路 (表1参照)として動作するスピン流論理演算デバイスとなることが理論的に示されています。即ち、MLG デバイス実現の第一歩は、 XOR 回路デバイスの実現です。今回はシリコンをチャネルとした XOR 回路デバイスを作製し、その室温動作実証に成功しました (図2(b))。シリコンは電子デバイスの主要材料であり、工学的に極めて重要です。スピントロニクス分野においてもスピン寿命が極めて長いという特長を有しており、効率的にスピン機能を発現することができる好適な材料です。今回の研究ではその特性を生かし、シリコンをチャネルとしたスピン流論理演算デバイスの室温動作に世界で初めて成功しました。シリコン中のスピンが実際に論理演算の担い手となることを実験的に実証した初めての結果と言えます。また論理演算の動作特性を電界ゲートによって変調することにも成功しました。これは複数の論理演算デバイスの安定動作に極めて重要な技術になります。今回の研究では演算した結果を電圧および電流で出力しましたが、スピンや光など他の物理量で出力することもできます。
また、強磁性体の配置を工夫することで、MLG デバイスを含め、更に複雑で大規模な論理演算を実現することもできます。スピン流を用いた次世代論理演算デバイスの実現に向けて重要な第一歩であると言えます。


図2 (a)磁気論理ゲート MLG)の概念図.スピンの流れはMLGとして駆動する場合の一例.(b)MLGの一部分で実現したXOR回路の室温動作結果.

3. 今後の展望
今回の研究成果で、多くのスピン流論理演算デバイスで基礎となる技術が確立されたと言えます。今後、更に複雑な論理演算を行うデバイスが理論・実験ともに加速されることが期待されます。

4. 研究プロジェクトについて
本成果は、文部科学省科学研究費補助金・ 基盤研究 B シリコンへの新スピン機能の付加と革新的スピンデバイスの創製」 研究代表 安藤裕一郎)、および基盤研究 S 半導体スピンカレントロニクス」 研究代表 白石誠司)、によって得られました。

<用語解説>

*1 論理演算
コンピューターの計算では 1」と 0」というデジタル信号を取り扱います。デジタル信号の入力に対し、何らかのルールに従った計算結果を出す計算手法を 論理演算」と呼びます。例えば入力 A と入力 B がどちらも 1」の場合のみ出力が 1」になる AND 回路、入力に対して反対の出力を出す NOT 回路などが挙げられます。コンピューターではこのような論理演算回路を組み合わせることで複雑な計算処理を実現しています。

*2 スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子デバイス トランジスタやダイオードなど)を研究開発する分野のことです。電子スピンの上向き/下向き状態を、電気信号の 0」と 1」に 置き換えて信号処理を行います。電子スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないので、 これを利用した
スピントロニクスデバイスは、超高速、超低消費電力の次世代電子デバイスの有力候補とされています。

*3 スピン流
電子には電荷という属性に加えてスピンという属性があり、スピンには上向きスピンと下向きスピンの2値を取ることが知られています。今、上向きスピンを持つ電子は右へ、下向きスピンを持つ電子は左へ流れる状況 右図)を考えると、電子の有する電荷は左右に1個ずつ流れるので全体では電荷の流れはありません。一方、スピンは 右に流れる上向きスピンと左に流れる下向きスピンは物理的に等価=同じものとみなせる」という特徴があるために、図のような運動ではアップスピンは 2 個右に流れる、とみなすことができます これは下向きスピンが 2 個左に流れる、とみなしても差し支えありません)。つまり、電荷の流れとスピンの流れは独立して制御することが出来ます。従来のエレクトロニクスは電荷の流れ=電流を制御して発展してきましたが、電荷の流れは抵抗の存在によりエネルギー消費を伴います。一方、スピンの流れは理想的には情報伝播にエネルギー消費を伴いません。そのためこのスピン流を創出・ 制御することで超低消費電力情報デバイスが実現できることが期待され、現在非常に盛んに研究されています。

<論文タイトルと著者>
タイトル: Gate-tunable spin exclusive or operation in a silicon-based spin device at room temperature (電界ゲートで制御可能なシリコンベース・スピン流 XOR 論理演算デバイスの室温動作実証)
著 者: Ryoma Ishihara[1], Yuichiro Ando[1] Soobeom Lee[1], Ryo Ohshima[1], Minori Goto[2], Shinji Miwa[2], Yoshishige Suzuki[2], Hayato Koike[3], and Masashi Shiraishi[1]
石原遼磨[1],安藤裕一郎[1],李垂範[2],大島諒[2],後藤穣[2],三輪真嗣[2],鈴木義茂[2],小池勇人[3],白石誠司[1]
[1] 京都大学大学院工学研究科
[2] 大阪大学大学院基礎工学研究科
[3] TDK 株式会社
掲 載 誌: Physical Review Applied
D O I: 未定

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