動的・静的筋力発揮に脊髄と大脳皮質一次運動野の帰還信号のループが別々に関わっていることを発見

脊髄と脳の役割分担

2020-04-03 国立精神・神経医療研究センター,京都大学

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所モデル動物開発研究部の大屋知徹室長、および関和彦部長と京都大学白眉センター・医学研究科の武井智彦特定准教授の共同研究グループは、随意運動中に脊髄と大脳皮質一次運動野が、筋肉との間に別々の感覚運動ループを形成して筋力を発揮していることを明らかにしました。従来までは脊髄、大脳皮質を介した感覚運動ループの存在は知られていましたが、それらが手の巧緻運動の動的、静的運動時に使い分けられていることを示したのは初めてです。

 私達の運動は「動く」ことと「止まる(維持する)」ことの間断ない連続です。動くことが重要なのはもちろんのこと、腕や手をその場で維持することは、動くことと同じくらい重要なことです。人を含む脊椎動物における四肢の運動制御においてこの「動的」、「静的」の2つの状態を実現するにあたり、どのような神経回路が寄与しているか、についてはほとんど知られてきませんでした。

 そこで、本研究ではサルがひとさし指と親指でレバーを掴み(動的)、保持(静的)動作をしている際に、脊髄または大脳皮質一次運動野 (運動野) から集団的な神経活動である局所フィールド電位 (Local Field Potential; LFP1) を上肢筋群の筋活動と同時に計測・記録しました。脊髄、運動野と筋電活動との機能的結合を表すコヒーレンス2)解析を行った結果、いわゆるベータ帯域 (15-30Hz)において、動的時には脊髄と筋、静的時には運動野と筋とのコヒーレンスが顕著に現れることを発見しました。また、脊髄と筋との機能的結合がひとさし指や前腕の屈筋などの、つまむ(精密把持)3)ときに張力発揮に大きく貢献する筋群とその局所的なネットワークにみられ、運動野と筋との機能的結合は指の筋群と上肢全体とのネットワークが観察されました。さらに行った脊髄と筋、運動野と筋の信号の伝播の因果性解析では、それぞれ双方向性の相互作用がみられました。このことから、観察された機能的結合は帰還信号のループによってたち現れていることが示唆されます。このような動的、静的な運動における脊髄と運動野の役割の分担機構が発見されたのは初めてです。

 本研究の成果により、私たちの巧みな運動の制御を可能にしている神経機構の理解や運動機能障害に対する治療法の開発が進むと考えられます。具体的には、脊髄損傷や脳損傷などで運動機能を再建するにあたり、末梢の筋との信号の中継を振り分けて接続することでよりよい治療に展開することが期待されます。

 本研究成果は、2020年4月2日午前11時(米国東部時間、日本時間4月3日午前0時)にCommunications Biologyオンライン版に掲載されました。

■研究の背景

 私達の運動は「動く」ことと「止まる(維持する)」ことの間断ない連続です。手足を動かすことが重要なのはもちろんのこと、腕や手をその場で維持することは、動くことと同じくらい重要なことです。むしろ、ハチドリのホバリングや四足歩行動物が立って止まっていることが驚きをもって迎えられるのは、私達が位置の正確な保持が困難なことを無意識であれ知っているからではないでしょうか。動かすことの目的は素早く目標にたどり着くこと、維持することの目的は目標に正確に安定的に位置を保持することですが、一方は粗くても大きく動けばよいのに対し、他方は小さくてもよいから正確さが求められます。このような制御の際、両方の目的に適した制御を一括で行うより、それぞれ別に制御の方策を行うことのメリットがあります。事実、コンピュータに内蔵されているハードディスクドライブの読み出しの針(プラッタ)の位置制御においても、動的と静的な制御において異なる制御プロセスを組み込む設計が採用されています。また生体において外眼筋による眼の運動制御においても「動的」・「静的」な制御のプロセス、回路が別れていることがよく知られています。しかしながら、人を含む脊椎動物における四肢の運動制御においてこの「動的」、「静的」の2つの状態を実現するにあたり、どのような神経回路が寄与しているか、についてはほとんど知られてきませんでした。わたしたちは運動に関わる主要な脳の領域である運動野に加えて、上位中枢からの指令を伝えるだけでなく、末梢からの信号を受け取り、迅速に運動実行に移す役割を担う脊髄に注目し、その神経回路の解明に取り組みました。

■研究の内容

 4頭のサルから、ひとさし指と親指でレバーをつまみ、保持する、という行動課題を行わせているときの、脊髄または運動野からの神経活動および上肢の筋活動を同時に計測、記録しました(図1A, B)。電気的神経活動の比較的低帯域 (~200Hz) の信号は局所的フィールド電位と呼ばれ、集団的な神経活動を反映するとされています。この信号と筋の電気的活動との機能的結合を、コヒーレンス解析と呼ばれる、信号の周波数帯別の相関をとらえる解析によって調べました。この解析を行うことでどの帯域で信号間の相関があるのか、つまり機能的に結合しているかが検出できます。この結果、ベータ帯域 (15-30Hz)において 脊髄と筋とのコヒーレンスが動的運動時に、運動野と筋とのコヒーレンスが静的運動時に現れることを発見しました(図1C, D)。また、コヒーレンスがみられる筋にも違いがあり、脊髄ではひとさし指と前腕の屈筋群、運動野では手内在筋、手外在筋群全体にみられました図2A)。さらに、同一の神経活動を記録している箇所において複数の筋群からのコヒーレンスがみられたことから、その筋群が同じ信号のやりとりをしているネットワークにあると推定し、その組み合わせを調べました。すると脊髄は前腕の屈筋群同士でネットワークを形成しているのに対し、運動野は手指の筋だけでなく、前腕、上腕の幅広い筋群とのネットワークを形作っていることがわかりました(図2B, C)。さらに、これらのコヒーレンスの時系列情報から、神経活動と筋活動の間の因果性解析を行いました。この解析により、神経活動と筋活動のどちらが他方に、または双方が影響を与えているかを調べることができます。解析の結果、脊髄、運動野のコヒーレンスいずれにおいても筋活動との双方向の因果性がみとめられました(図3)。これは脊髄、運動野それぞれが筋活動と相互作用のループを形成していることを示唆します。さらに行った時間的遅れの解析によって、この双方向性のやりとりの時間が、その信号の相互作用のループにかかる時間と一致することを発見しました。こうしたことから、動的、静的運動時には脊髄、運動野それぞれが筋との帰還信号を介した相互作用のループによって運動を制御していることが示唆されました。

■今後の展望

 本研究の成果により、私たちの巧みな運動の制御を可能にしている神経機構の理解や運動機能障害に対する治療法の開発が進むと考えられます。具体的には、脊髄を介した帰還回路が、歩行などのロコモーションだけでなく、巧緻性を要する随意運動においても使われていることがわかりました。また、脊髄損傷や脳損傷などで運動機能を再建するにあたり、動的と静的な運動の場面において、末梢の筋との信号の中継を振り分けて接続することでより精緻な機能を回復させる治療に展開することが期待されます。

図1:行動課題と脊髄、大脳皮質一次運動野、筋活動の記録

A)サルがひとさし指と親指でレバーをつまみ、保持する動作を行っている間に筋活動(EMG)と同時に脊髄、または一次運動野から局所フィールド電位(LFP)と呼ばれる脳活動を記録。B)行動課題の時系列と信号の模式図。C)脊髄からのLFP(上段)、EMG(中段)と両者のコヒーレンス(下段)。動的なGrip時に20Hz あたりにコヒーレンスが顕著にみられる。C)運動野からのLFP(上段)、EMG(中段)と両者のコヒーレンス(下段)。静的なHold時にコヒーレンスが顕著にみられる。

図2:脊髄と運動野にコヒーレンスがみられる筋群とそのネットワーク

A)脊髄LFPとコヒーレンスがみられた筋群(青)と運動野LFPとコヒーレンスがみられた筋群(橙)。脊髄においてはひとさし指の屈筋(FDIとFDPr)と手首の屈筋に多くみられるのに対し、運動野においては手内在筋と手外在屈筋群に多くみられる。B)脊髄のコヒーレンスからみられるネットワーク。主に手外在屈筋群と手首屈筋群とのつながりが顕著にみられる。C)運動野のコヒーレンスからみられるネットワーク。手の筋群や手首の筋群だけでなく上腕筋も含めた多様な筋と筋とのつながりがみられる。

図3:脊髄と運動野にみられるコヒーレンスの因果性解析

Grip(動的運動)時にみられる脊髄のコヒーレンス(上段左)、Hold(静的運動)時にみられる運動野のコヒーレンス(下段右)の両方において、LFPからEMG(図上向きヒストグラム:LFP→EMG)、EMGからLFP(図下向きヒストグラム:EMG→LFP)の双方向に因果性がみとめられる。

■用語解説 

1)局所フィールド電位:

神経活動を電気的に記録した信号のうち、低周波(~300Hz)の成分。個々の神経細胞の活動ではなく、集団的な活動を反映する。

2)コヒーレンス:

信号を各周波数成分に分解し、周波数ごとの時間的な相関(=機能的な結合)を評価する解析方法。

3)精密把持:

ひとさし指と親指の指先のみをつかったつまみ運動。親指が他の指と対向した霊長類の一部だけが行える器用な運動。

■原論文情報

・論文名:” Distinct sensorimotor feedback loops for dynamic and static control of primate precision grip”

・著者:大屋知徹、武井智彦、関和彦

・掲載誌:Communications Biology

・DOI:10.1038/s42003-020-0861-0.

・URL: https://www.nature.com/articles/s42003-020-0861-0

■助成金

 本成果は、主に以下の研究助成を受けて行われました。

• 文部科学省科学研究費助成金 18020030, 18047027, 20020029, 20033025, 23300143, 26120003, 26250013,06J02928, 21700437, 23700482, 19H03975, 10J05147, 18K10984

• JST戦略的創造推進事業 さきがけ

■お問い合わせ先:

【研究に関するお問い合わせ】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター

神経研究所 モデル動物開発研究部 関和彦(せき かずひこ)

 

【報道に関するお問い合わせ】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係

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