音波によるスピン波伝搬の巨大な整流効果を発見~スピン波ダイオードの実現に大きく前進~

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2020-04-01 慶應義塾大学,科学技術振興機構

ポイント
  • 一方通行な磁気の波(スピン波)はすでに発見されているが、磁石を薄膜化するとその性質が失われる問題があった。
  • 磁石に半導体を組み合わせた複合材料を開発し、従来よりも10倍以上大きな一方通行性を薄膜磁石において実現した。
  • さまざまな磁石・半導体に応用できるためデバイスの材料設計自由度が高く、高速・省電力な論理回路開発に不可欠なスピン波ダイオードの開発に大きく貢献できる。

慶應義塾大学 大学院理工学研究科の立野 翔真(修士課程1年)と理工学部の能崎 幸雄 教授は、磁石と半導体を組み合わせた複合材料において、音波の注入方向と磁気の向きにより、磁気の波「スピン波」の振幅を大きく変調できることを発見しました。

従来の方法では、磁石をナノメートルスケールの厚さにすると順方向と逆方向に伝搬するスピン波の振幅が同等になり、スピン波の整流動作を実現することが困難でした。

本研究グループは、膜厚が20ナノメートルの薄膜ニッケル磁石と400ナノメートルの半導体シリコンを組み合わせたニッケル/シリコン複合材料(複合材料)を作製し、逆方向のスピン波振幅を順方向の12分の1以下に低減できることを明らかにしました。

本研究でスピン波の巨大な一方通行性が実証された新しい複合材料によって、スピン波の伝搬と干渉を論理演算に利用するスピン波デバイスの実現に不可欠なスピン波ダイオード開発が大きく前進することが期待されます。

本研究成果は、2020年3月31日(米国東部時間)発行の米国物理学会誌「Physical Review Applied」のオンライン版で公開されました。

本研究成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「ナノ構造制御と計算科学を融合した傾斜材料開発とスピンデバイス応用(研究代表者:能崎 幸雄)」(JPMJCR19J4)の支援を受けて行われました。

<研究背景>

磁気の起源は「スピン」と呼ばれる電子の自転運動です。磁石には、多数のスピンが互いに方向をそろえる相互作用があるため、磁気が生じます。この相互作用により、局所的なスピンのねじれが波として磁石の中を伝搬する磁気の波(スピン波)が発生します。スピン波は、磁石の中を低エネルギー損失で高速に伝播するため、次世代の情報伝達媒体として注目されています。このようなスピン波の励起には、つづら折り状の配線を用いてスピン波の波長と一致する周期的な磁場を磁石に与える方法が一般的でしたが、最近、レイリー波注1)と呼ばれる音波を用いたワイヤレスなスピン波励起法が注目されています。特定の結晶方位にスピンがそろう磁石の性質により、結晶にひずみが生じると、隣接するスピンの方向にねじれが発生します。このため、周期的な結晶格子のひずみの波であるレイリー波を磁石に注入すると、波長と周波数が等しいスピン波を発生させることができます。レイリー波は減衰なしにミリメートルスケールの伝搬が可能なため、スピン波の長距離・高速伝搬方法として注目されています。この現象は、2011年にドイツのWeilerらがニッケル薄膜磁石を用いて初めて観察しました[参考文献1]。その後、東京大学の小野瀬 佳文 教授グループ(現 東北大学 教授)らが同様な実験を行い、ニッケル薄膜磁石を伝搬するスピン波の振幅が磁気の向きによって異なる性質(スピン波の非相反性注2))を報告しました[参考文献2]。しかし、この非相反性の起源は十分には解明されておらず、磁石の厚さを数十ナノメートル程度に薄くすると、磁気の向きに対して順方向と逆方向に伝搬するスピン波の振幅が同程度となり、ナノメートルスケールに微細加工した磁石を用いたスピン波デバイスで非相反性によるスピン波の整流動作を実現することが難しい問題がありました。ナノメートルスケール磁石で大きなスピン波の非相反性を発現させることがスピン波デバイスの高集積化に向けた長年の課題です。

<研究内容・成果>

今回、本研究グループは、厚さ20ナノメートルの極薄ニッケル磁石の上に半導体シリコンをのせた複合材料を作製し、レイリー波の注入により発生するスピン波の非相反性の大きさを電気的に評価しました。図(a)に示すようなSAWフィルタ素子注3)を圧電基板の上に作製し、レイリー波を生成・検出する一対の櫛型アンテナの間に複合材料を貼り付けました。レイリー波が複合材料に注入されると、ニッケル磁石の格子が高速に振動し、スピン波が生成されます。レイリー波には、伝搬方向によって符号が変化しない縦ひずみ成分と、符号が変化するせん断ひずみ成分が含まれており、このせん断ひずみ成分がスピン波の非相反性を生み出す原因と考えられていました。研究グループは、縦ひずみに対するせん断ひずみの比率が複合材料の表面から内部に侵入するにしたがって大きくなることに注目しました(図(b))。つまり、スピン波を生成する薄膜磁石を複合材料の表面から深い位置に埋め込むことにより、従来の方法では難しかった極薄磁石でも非相反性スピン波を生成できると予想しました(図(c))。図(d)は、ニッケルの磁気に対して順方向と逆方向に伝搬するスピン波強度であり、400ナノメートルのシリコンを貼り合わせることによりスピン波の非相反率(順方向と逆方向のスピン波強度の比)が1200パーセントに達することを発見しました。これは従来報告の10倍以上も大きな非相反性です。図(e)は非相反率のシリコン厚さ依存性であり、シリコンが厚いほど、すなわちニッケル薄膜が複合材料の表面からより深いほど非相反率が大きく、せん断歪みが非相反率増大の主因であることを実験的に初めて解明しました。この手法は、半導体や磁石の材料を限定するものではなく、磁石薄膜を表面から深い位置に形成したデバイス構造により巨大なスピン波の非相反性を生み出すものであり、材料設計自由度の高いスピン波ダイオード注4)の実現に大きく道を拓くことが期待されます。

<今後の展開>

今回、複合材料において、レイリー波を用いたスピン波励起の非相反性がシリコンの膜厚により劇的に増幅される現象を実験的に検証しました。スピン波を用いた高速・省電力な情報通信・論理演算を実現するスピン波デバイスにおいて、動作の実現に不可欠なスピン波ダイオードの性能を飛躍的に向上できる研究成果です。また、逆方向のスピン波振幅をほとんどゼロにできるため、マイクロ波からスピン波への信号変換を磁石の磁気の向きによりオンオフ制御するスピン波スイッチとしても実装可能です。さらに、複合材料におけるスピン波の非相反性は、スピン波と結合するレイリー波の非相反性も生み出します。レイリー波を用いた従来型SAWフィルタ素子では、送受信アンテナ間における入射波と反射波の干渉がデバイス性能の低下や故障の原因となっていました。今回開発した複合材料によりレイリー波の非相反性を生み出すことで、逆方向に伝搬する入射波と反射波の干渉を低減できるため、スマートフォンなど高度な情報処理を行う無線通信端末で広く利用されているSAWフィルタ素子の性能向上が期待できるなど、通信産業界にも大きな波及効果があります。さらに、物質中を伝搬する音波を整流する弾性波ダイオードなど、全く新しいデバイス創生が見込まれます。

<参考図>

図(a)

図(b)

図(c)

図(d)・図(e)図 ニッケル/シリコン複合材料におけるスピン波の非相反性実験の結果

(a)試作したスピン波デバイスの構造(b)せん断ひずみ/縦ひずみ比の深さ方向の変化(c)レイリー波によるスピン波励起の模式図(d)複合材料で観察された非相反率1200パーセントのスピン波(e)非相反率のシリコン厚さ依存性

<用語解説>
注1)レイリー波
音波の一種であり、物質の局所的な振動が波として表面を伝搬する現象。レイリー波が伝搬する際、物質を構成する原子は1秒間に10億回以上の速さで回転する。
注2)スピン波の非相反性
磁石の磁気の向きに対して順方向と逆方向に伝搬するスピン波の振幅が非対称になる性質。古くから静磁表面波と呼ばれる特定のスピン波で発見されていた。最近では、空間反転対称性が破れた磁石表面でスピンが直交配列する相互作用を利用したスピン波の非相反性も東京大学の小野瀬 佳文 教授(現 東北大学 教授)らによって発見されている。
注3)SAWフィルタ素子
特定の振動周波数と波長を持つレイリー波のみが伝搬できる素子。マイクロ波帯の交流電気信号の高性能フィルタとして広く応用されている。
注4)スピン波ダイオード
電流を一方向にしか流さない作用(整流効果)を持つ電子素子であるダイオードと同様に、スピン波の整流効果を示す素子。スピン波デバイスの機能動作(スイッチ、論理演算など)の実現に不可欠。
<参考文献>

[1] M. Weiler, L. Dreher, C. Heeg, H. Huebl, R. Gross, M.S. Brandt, and S.T.B. Goennenwein, Elastically Driven Ferromagnetic Resonance in Nickel Thin Films, Phys. Rev. Lett. 106, 117601 (2011).

[2] R. Sasaki, Y. Nii, Y. Iguchi, and Y. Onose, Nonreciprocal propagation of surface acoustic wave in Ni/LiNbO3, Phys. Rev. B 95, 020407(R). (2017).

<論文タイトル>
“Highly nonreciprocal spin waves excited by magnetoelastic coupling in a Ni/Si bilayer”
(Ni/Si二層膜における磁気弾性結合を用いて励起したスピン波の巨大な非相反性)
DOI:10.1103/PhysRevApplied.13.034074
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

能崎 幸雄(ノザキ ユキオ)
慶應義塾大学 理工学部 物理学科 教授

<JST事業に関すること>

嶋林 ゆう子(シマバヤシ ユウコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

慶應義塾 広報室(村上)

科学技術振興機構 広報課

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