他者の得るものが気になる脳の仕組み~自己と他者の報酬情報を処理・統合する神経メカニズム~

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2020-02-25    生理学研究所,日本医療研究開発機構

概要

報酬(金銭や社会的地位など)の価値は、自己が得る報酬の内容だけでなく、他者が得る報酬との比較によっても大きく左右されます。これまでの研究から、自己の報酬に関する情報の処理には、進化的に古く、本能行動の中枢とされる視床下部外側野*1が重要な役割を担っていることが知られています。しかし、視床下部外側野の神経細胞が他者の報酬情報も処理するのか、もしそうである場合に、他者の報酬情報が神経活動に対してどのような影響を及ぼすのかについては、これまで全く明らかになっていませんでした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の則武厚助教(元関西医科大学)、二宮太平助教、磯田昌岐教授(元関西医科大学)らの研究グループは、サルの視床下部外側野の神経細胞が、自己の報酬情報だけではなく、他者の報酬情報も考慮した報酬の主観的価値の処理に関わることを発見しました。本研究成果は、Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America誌(日本時間2020年2月25日解禁)に掲載されます。

内容

自己の報酬価値が、他者の得る報酬によって影響されることは、日常的によくあることです。例えば、同じような仕事をしている同僚の給料が気になってしまい、それが自分より高いことが分かると、自分の給料はこれまでと客観的には変わらないのに、仕事への意欲が下がったりすることがあります。このような心の動きの背景にはどういった脳の働きがあるのでしょうか?

これまでの研究で、視床下部外側野の神経細胞は食物や水を探索あるいは摂取する際に活動することなどから、「自己」の報酬の価値づけに重要な役割を担うことが分かっています。最近になって、視床下部外側野が「他者」を含む社会的な情報処理にも関与することを示唆する研究がいくつか報告されるようになりましたが、視床下部外側野の神経細胞が、具体的に他者のどのような情報をどのように処理するのかについては、全く明らかにされていませんでした。

研究グループは、視床下部外側野が、他者の感情や行動など、社会的情報の処理の中枢である内側前頭前野*2とも解剖学的に連絡しているという事実に注目し、視床下部外側野の神経細胞は、自己のみならず、他者の報酬についても何らかの処理を行っているであろうと仮説を立てました。そして、これを検証するために、以下の方法によりサルを用いた研究を行いました。

先ず、対面する二頭のサルを用いた「社会的古典的条件づけ*3」という行動実験を行い(図1A)、自己と他者に与える報酬(ジュース)の確率を操作しました。その結果、自分が報酬をもらえる確率が高まれば高まるほど、ジュースを舐めようとする行動(リッキング)が増える一方で(図1B)、自己の報酬確率は一定にも関わらず、他者が報酬を得る確率が高まれば高まるほど、リッキングは減少し、自分が報酬を得ることに対する価値が下がることを見出しました(図1C)。この結果は、自己の報酬情報だけではなく、他者の報酬情報も考慮して報酬の価値(主観的価値)が変化すること、また、そのような主観的価値をサルの行動から解析できることを意味します。

図1:実験デザインとサルの行動結果を表す模式図A.社会的古典的条件づけ。報酬条件を示す図形が1秒間呈示された後、まず他者に報酬結果が与えられ、その1秒後に自己に報酬結果が与えられる。
B.自己の報酬の主観的価値は、自己の報酬確率に比例する。この模式図では、報酬確率の高低を水滴の数で表現している。
C.自己の報酬の主観的価値は、他者の報酬確率に反比例する。自己の報酬確率は客観的には変わらないことに注意。

続いて、自己と他者の報酬情報の処理様式を明らかにするため、行動実験を行っている際のサルの視床下部外側野から単一神経細胞活動*4を記録しました。その結果、視床下部外側野では、自己や他者の報酬確率そのものではなく、両者を統合した結果である、報酬の主観的価値を表現するような神経応答が見られました(図2A左)。この処理様式は、研究グループが以前に見出していた、中脳ドーパミン細胞の処理様式に近いものでした(注)。更に興味深いことに、この主観的価値に対する反応は一過性のものであり、約0.5秒後には、自己の報酬情報か他者の報酬情報かを異なる細胞がそれぞれ選択的に処理することが分かりました(図2A右)。この処理様式は、同じく研究グループが見出していた、内側前頭前野の処理様式に近いものでした(注)

(注)Noritake A, Ninomiya T, Isoda M (2018) Social reward monitoring and valuation in the macaque brain. Nature Neuroscience 21(10): 1452–1462.

図2:脳活動の解析結果を表す模式図A.視床下部外側野の細胞は、先ず自己の報酬の主観的価値を処理し、その後、自己または他者の報酬情報を処理する。紫色の〇は主観的価値を処理する神経細胞を表す。赤色の〇は自己の報酬情報を処理する神経細胞を表す。水色の〇は他者の報酬情報を処理する神経細胞を表す。条件a-cおよび条件d-fでの報酬確率は図1に示したとおり。
B. 図中の矢印は、内側前頭前野の細胞から視床下部外側野の細胞に対して神経情報の流れがあることを示す。

次に、内側前頭前野と視床下部外側野の間での情報のやり取りの有無や方向性を検討するため、2つの脳領域から局所電場電位*5を同時に計測しました。その結果、内側前頭前野から視床下部外側野に向かう情報の流れがあることが分かりました(図2B)。これらの結果から、視床下部外側野では自己と他者の報酬情報を統合した主観的価値の情報が一過性に現れた後、内側前頭前野から送られた自己と他者の報酬情報が、それぞれ異なる細胞によって処理されていることが明らかになりました。

視床下部外側野の神経細胞が、他者の報酬情報を考慮した自己報酬の価値づけに関与するのであれば、視床下部の神経細胞の活動を遮断することにより、そのような価値づけは、もはや生じなくなり、サルの行動にも変化が現れるはずです。このことを検証するために、ムシモル*6という試薬を視床下部外側野に注入し、視床下部の神経細胞の働きを一時的に遮断しました。その結果、主観的価値の判断における他者の報酬情報の影響が、行動レベルにおいても消失することを確認しました(図3)。

図3:脳活動の解析結果を表す模式図ムシモルの注入前後での主観的価値の変化。注入後(右)、自己の報酬の主観的価値に対する自己の報酬確率の影響は残存したが、他者の報酬確率の影響は消失した。

これまでの研究から、自己の報酬を処理する際に視床下部外側野が重要な役割を担うことは分かっていましたが、今回の研究グループの研究によって初めて、視床下部の神経細胞が他者の報酬情報の処理にも関わることが示されました。また、視床下部外側野の神経細胞では、主観的価値の情報から自己または他者の報酬情報へと、処理の内容が短時間に変わることも明らかになりました。こうした研究成果は、社会的状況における報酬期待やモチベーションの生成過程において、視床下部外側野が極めて重要な役割を果たすことを示唆するものです。

磯田教授は「今回の研究が契機となって、視床下部外側野が担う社会的認知機能の更なる解明を目指す研究が、今後加速されることが期待されます。特に、視床下部外側野が処理する社会的情報が、報酬そのものに限定されるのか、あるいは報酬を獲得する自己や他者の行動にまで範囲が及ぶのか、大変興味深いところです」と話しています。

本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業および日本医療研究開発機構(脳科学研究戦略推進プログラム)「社会的な意思決定と行動制御のシステム的理解に向けた研究手法の開発」の支援を受けて行われました。

用語解説
*1 視床下部外側野:
本能行動を起こしたり、身体の内部環境を調整したりする働きをもつ視床下部の外側部分を占める脳領域のこと。
*2 内側前頭前野:
大脳の前頭葉の最前部に位置する前頭前野と呼ばれる脳領域の中で、左右の脳が接する内側部分のこと。
*3 社会的古典的条件づけ:
古典的条件づけとは、パブロフの条件づけとも呼ばれ、生理的な反応A(例えば、唾液が出る)を引き起こす刺激B(例えば、梅干し)に先行して別の刺激Cを繰り返し与えると、刺激Cを提示しただけで生理的な反応Aが生じるようになる現象をいう。本研究では、リッキングが生理的な反応Aに、ジュースが刺激Bに、図形刺激が刺激Cに相当する。また本研究では、この古典的条件づけを2頭の動物に対して同時に行うため、社会的古典的条件づけと命名した。
*4 単一神経細胞活動記録:
一つの神経細胞の活動電位を細胞間隙に配置した電極から記録する方法。これにより、一つの神経細胞の活動のタイミングやパターンが分かる。
*5 局所電場電位:
神経細胞の間隙に配置した電極から、その周辺にある神経細胞集団の電位を記録する方法。電極近傍の神経細胞集団の活動のタイミングやパターンが記録できる。
*6 ムシモル:
抑制性の神経伝達物質であるγアミノ酪酸の受容体を作動する試薬であり、注入した脳部位の神経細胞の活動を効果的に抑制する作用を持つ。
今回の発見
  1. 視床下部外側野の神経細胞が、他者の報酬情報の処理にも関わることを明らかにしました。
  2. 視床下部外側野の神経細胞では、主観的価値の情報から自己または他者選択的な報酬情報へと、処理の内容が短時間で変わることを明らかにしました。
  3. 内側前頭前野から視床下部外側野へ向かう情報の流れを同定しました。
  4. 視床下部外側野の神経細胞の働きを阻害すると、行動レベルにおいても自己報酬の主観的価値づけに対する他者報酬の影響が消失しました。
この研究の社会的意義

本研究の成果により、視床下部外側野の神経細胞が自己や他者の報酬情報を処理・統合する仕組みの一端が明らかになりました。今後、自閉スペクトラム症などの神経発達障害や、統合失調症などの精神障害で認められる社会性障害の発現に、視床下部外側野がどのように関与するのかという臨床的研究の発展に寄与すると考えられます。

論文情報
タイトル
Representation of distinct reward variables for self and other in primate lateral hypothalamus
著者名
Atsushi Noritake1,2,3, Taihei Ninomiya1,2, and Masaki Isoda1,2,3
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
  1. Division of Behavioral Development, Department of System Neuroscience, National Institute for Physiological Sciences, National Institutes of Natural Sciences, Okazaki, Japan.
  2. Department of Physiological Sciences, School of Life Science, The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI), Hayama, Japan.
  3. Department of Physiology, Kansai Medical University School of Medicine, Hirakata, Japan.
お問い合わせ先
研究について

自然科学研究機構 生理学研究所
認知行動発達機構研究部門
教授 磯田 昌岐 (イソダ マサキ)

広報に関すること

自然科学研究機構 生理学研究所
研究力強化戦略室

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構 戦略推進部
脳と心の研究課