新しい乳癌誘導系でエストロゲンによる発癌メカニズムの一端を解明

スポンサーリンク

2020-01-23 京都大学

 伊東潤二 医学研究科客員研究員(神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センター研究員)、戸井雅和 同教授らの研究グループは、乳癌の発癌因子の関係を体系的に理解するため、マウスの正常乳腺組織に初期の乳癌を誘導する方法を構築しました。

 そして、DNA修復能が低下したときに、エストロゲン(女性ホルモン)に誘導されるMyc遺伝子の発現が高まり、乳腺上皮細胞が増殖し、ヒト乳癌の初期で見られる様な異形成が起こることを明らかにしました。また、浸潤性の乳腺上皮細胞も観察されました。さらに、別の女性ホルモンのプロゲステロンで異形成が抑えられることを明らかにしました。

 本研究成果により乳癌の発癌メカニズムや予防の研究が進むと期待されます。

 本研究成果は、2020年1月9日に、国際学術誌「iScience」のオンライン版に掲載されました。

図:エストロゲンとDNA修復能低下による異形成

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.100821

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/245443

Junji Itou, Rei Takahashi, Hiroyuki Sasanuma, Masataka Tsuda, Suguru Morimoto, Yoshiaki Matsumoto, Tomoko Ishii, Fumiaki Sato, Shunichi Takeda, Masakazu Toi (2020). Estrogen Induces Mammary Ductal Dysplasia via the Upregulation of Myc Expression in a DNA-Repair-Deficient Condition. iScience, 23(2):100821

詳しい研究内容について
新しい乳癌誘導系でエストロゲンによる発癌メカニズムの一端を解明

概要

 乳癌の発癌メカニズムは不明な点が多くあります。特に、これまでにさまざまな発癌因子が報告されていますが、それらの関係を体系的に理解できていませんでした。これを解決するために、神戸医療産業都市推進機構・先端医療研究センター・老化機構研究部の伊東潤二研究員(兼:京都大学大学院医学研究科客員研究員)らの研究グループは、マウスの正常乳腺組織に初期の乳癌を誘導する方法を構築しました。そして、DNA 修復能が低下したときに、エストロゲン(女性ホルモン)に誘導される Myc 遺伝子の発現が高まり、乳腺上皮細胞が増殖し、ヒト乳癌の初期で見られる様な異形成が起こることを明らかにしました。浸潤性の乳腺上皮細胞も観察されました。さらに、別の女性ホルモンのプロゲステロンで異形成が抑えられることを明らかにしました。本研究により乳癌の発癌メカニズムや予防の研究が進むと期待されます。
 本研究成果は、2020 年 1 月 9 日に、国際学術誌「iScience」にオンライン掲載されました。

1.背景
 乳癌は、正常の乳腺に発生します。正常な乳腺では、乳管は、内側の乳腺上皮細胞の層と外側の筋上皮細胞の層とによる二相性が保たれています。そのさらに外側を基底膜が覆っています。一方、異形成では、二相性が乱れ、また、乳腺上皮細胞の増殖がみられます。筋上皮細胞層と基底膜が壊れ、乳腺上皮細胞が外側に浸潤することもあります。異形成は悪性の癌に進行すると言われています。しかし、生体内で乳腺の異形成が起こるメカニズム(発癌メカニズム)は、不明な点が多く残っています。 エストロゲンは女性ホルモンの 1 つです。乳癌の発癌に関わると言われています。エストロゲンは細胞内でエストロゲン受容体に結合します。エストロゲンが結合した受容体は、下流の遺伝子の発現を制御します。エストロゲン受容体が発現を活性化させる遺伝子には、癌に関わる Myc遺伝子が含まれています。
 エストロゲン受容体が遺伝子発現を制御する時に、DNA の二重鎖切断が観察されています。通常、 DNA 二重鎖切断は速やかに修復されます。本研究は、この DNA 二重鎖切断に着目しました。そして、乳癌の発癌メカニズムを明らかにするため、エストロゲンと DNA 二重鎖切断が異形成に関わるのか、また、そのメカニズムはどうなっているのか、を調べました。

2.研究手法・成果
2-1.エストロゲン投与による乳癌誘導系の構築
DNA-PKcs は、DNA 二重鎖切断の修復に関わるタンパク質の 1 つです。その機能が遺伝的に欠失したマウス(scid マウス)が研究用に市販されています。本研究は、scid マウスにエストロゲンを投与しました。野生型マウスと scid マウスとで、エストロゲン投与後のエストロゲン血中濃度に差はありませんでした。また、野生型、scid マウスともに、エストロゲン投与で、乳腺上皮細胞で、DNA 二重鎖切断がみられました。しかし、scid マウスでは、DNA 二重鎖切断の修復の遅延が観察されました。さらに、異形成が生じるかどうかを調べるために、scid マウスにエストロゲンを 30 日間連続投与しました。そして、約 20%の乳管で二相性の乱れを観察しました。約 6%の乳管では、乳腺上皮細胞の浸潤が起こっていました。対照群(生理食塩水を投与した scid マウス)の乳管では異常は見られませんでした。これらの結果から、エストロゲン+DNA 修復能の低下が異形成を引き起こすことを明らかにしました(図)。また、この実験を応用することで乳癌の発癌メカニズムが研究できるようになりました(乳癌誘導系)。

図 エストロゲンと DNA 修復能低下による異形成
 乳管の断面を絵にしたものです。DNA 修復能が低下した乳腺にエストロゲン刺激が加わると、乳腺上皮細胞の増殖が活発になることをみつけました。そして、30 日間のエストロゲン連続投与で異形成を観察しました。

2-2.エストロゲンによる発癌メカニズムの一端の解明
 細胞増殖の指標とされているタンパク質の発現を調べました。本研究の乳癌誘導系では、乳腺上皮細胞の増殖が活発になっていることがわかりました。また、乳腺上皮細胞の増殖を反映する乳管の小さな分岐が観察されました。他のグループより、これに似た現象が Mycの過剰発現マウスで観察されています。一方、本研究で、DNA 修復能を低下させた培養細胞で、エストロゲンによるMycの発現誘導が強まることを観察しました。これらのことから、Mycに着目しました。そして、scid マウスでエストロゲン投与によりMycの発現が高まることがわかりました。さらに Myc の阻害剤をエストロゲンと同時に投与することで乳腺上皮細胞の増殖を抑制できました。異形成も抑えることができました。これらの結果から、エストロゲン+DNA 修復能の低下→Mycの高発現→乳腺上皮細胞の増殖→異形成、という発癌メカニズムを明らかにしました。

2-3.プロゲステロンによる抑制効果の解明
 プロゲステロンはもう 1 つの女性ホルモンです。プロゲステロンによるエストロゲン受容体の機能阻害が報告されています。上記の結果と合わせて考えると、プロゲステロンが異形成を抑える可能性があります。それを調べるために、scid マウスで、エストロゲンとプロゲステロンの同時投与を行いました。そして、プロゲステロンによる Mycの発現抑制を観察しました。また異形成も抑えられました。この結果は、本研究の乳癌誘導系は発癌メカニズムだけでなく発癌の抑制メカニズムの研究
にも使うことができ、それを応用して乳癌の予防研究ができることを示しています。

3.波及効果
 乳癌の罹患者数は多く、社会問題になっています。その対策の 1 つとして、予防が考えられます。しかし、乳癌の発癌メカニズムがわからないため、効果的な予防法が開発できていません。その解決として、本研究は、発癌メカニズムの詳細を研究できるようにしました。しかも、本研究の乳癌誘導系は特別な装置や手技を必要としないため、世界中のどこでもこの技術を取り入れることができます。そのため、本研究により乳癌の発癌メカニズムの研究が活発になり、乳癌の予防法が確立されることが期待できます。

4.今後の予定
 本研究で異形成を抑える物質の探索が行えるようになりました。異形成を抑えることは乳癌の予防につながります。今後は、発癌のメカニズムの研究を展開するとともに、乳癌の予防に使える物質の探索を、食品由来成分に着目し、進めていきたいと考えています。
 また、本研究の技術は、他のホルモンが関係する癌種にも応用できる可能性があります。今後
は、乳癌に限らず、さまざまな癌種の発癌メカニズムを調べたいと考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:
Estrogen induces mammary ductal dysplasia via the upregulation of Myc expression in a DNA-repair deficient condition.

著者:
Junji Itou1,2,7, Rei Takahashi3, Hiroyuki Sasanuma4, Masataka Tsuda4,5, Suguru Morimoto4,
Yoshiaki Matsumoto2, Tomoko Ishii2, Fumiaki Sato2,6, Shunichi Takeda4, Masakazu Toi2

1. 公益財団法人神戸医療産業都市推進機構 先端医療研究センター 老化機構研究部
2. 京都大学 医学部附属病院
3. 同志社女子大学 大学院薬学研究科
4. 京都大学 大学院医学研究科
5. 広島大学 大学院総合生命科学研究科
6. 関西電力病院 乳腺外科
7. 責任著者

雑誌: iScience  DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.100821

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする