観測の困難な海底下における「ゆっくりすべり」を検出 ~南海トラフ地震発生過程の解明に前進~

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2020-01-16   東京大学,海上保安庁

海上保安庁の海底地殻変動観測データを解析したところ、南海トラフの巨大地震震源域の既存の方法では検出の難しい海底下において「ゆっくりすべり」が発生していたことを示す信号を検出しました。

信号が検出された地点の位置から、ゆっくりすべりは強固着域の浅部の外側で発生していたと推定されます。

本研究成果は、南海トラフ巨大地震の発生過程に関する理解や発生のリスクに関する評価を進める上で、重要な知見を提供すると期待されます。

※ゆっくりすべり:通常の地震のように断層が急激にすべることなくゆっくりとすべる現象

巨大地震の発生帯となるプレート境界では多様なスロー地震現象が発生していることが、主に陸域直下にあたるプレート境界を対象とした GNSS やひずみ計などを利用した高精度な地震・地殻変動観測によって解明されてきました。陸域から遠く離れた海底下でも同様の現象が発生している可能性が示唆されていましたが、観測は非常に困難でした。

東京大学生産技術研究所海中観測実装工学研究センターの横田裕輔講師と海上保安庁海洋情報部の石川直史調査官の研究グループは、海上保安庁が実施している海底地殻変動観測の過去データの詳細な解析から、海域においてもゆっくりすべりが発生していることを示唆する微小な信号がデータ上に複数表れていたことを検出しました。今回信号が検出された地点の位置から、プレート境界が強く固着していると考えられている領域の浅部の外側ですべりが発生していたと推定されます。

本研究で得られた成果は、南海トラフ巨大地震の発生過程に関する理解や発生のリスクに関する評価を進める上で、重要な知見を提供すると期待されます。

なお、本成果は電子版米科学雑誌「Science Advances」に1月16日付け(日本時間)で掲載されます。

1.発表者:

横田 裕輔(東京大学 生産技術研究所 海中観測実装工学研究センター 講師)
石川 直史(海上保安庁 海洋情報部 技術・国際課 火山調査官)

2.発表のポイント:

♦ 南海トラフ巨大地震震源域の海底下における新たな「ゆっくりすべり」を検出しました。

♦ ゆっくりすべりは強固着域の浅部の外側で発生していたと推定されます。

♦ 地震の発生過程の理解や発生リスクの評価に、重要な知見を提供すると期待されます。

3.発表概要:
東京大学 生産技術研究所 海中観測実装工学研究センターの横田 裕輔 講師と海上保安庁 海洋情報部の石川 直史 調査官の研究グループは、南海トラフ巨大地震震源域の海底下における新たな「ゆっくりすべり(注 1)」を検出しました。南海トラフ巨大地震の発生が想定されている震源域のプレート境界では、ゆっくりすべりが発生していることが陸域の高精度な観測網において検出されています。陸域における観測データにより、ゆっくりすべりと巨大地震との関係性についての研究が盛んに行われている一方で、海域では観測の難しさからゆっくりすべりの詳細は未だよく分かっていません。研究グループは、海上保安庁が実施している海底地殻変動観測の過去データの詳細な解析から、海域においてもゆっくりすべりが発生していることを示唆する微小な変化がデータ上に複数表れていたことを検出しました。今回検出された変化は、プレート境界が強く固着していると考えられている領域の周辺ですべりが発生していることを示唆しています。本研究で得られた成果は、南海トラフ巨大地震の発生過程に関する理解

や発生のリスクに関する評価を進める上で、重要な知見を提供すると期待されます。

本成果は電子版米科学雑誌「Science Advances」に 1 月 16 日付け(日本時間)で掲載されます。

4.発表内容:

<研究の背景>
巨大地震の発生帯となるプレート境界では多様なスロー地震現象(注2)が発生していることが、主に陸域直下にあたるプレート境界を対象とした GNSS やひずみ計などを利用した高精度な地震・地殻変動観測によって解明されてきました。陸域から遠く離れた海底下でも同様の現象が発生している可能性が示唆されていましたが、観測は非常に困難でした。
そこで、東京大学 生産技術研究所と海上保安庁は、海溝型巨大地震震源域の海底の動きを測定するために、共同で GNSS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測 (以下、GNSS-A 観測、図2)の技術開発を進め、定期的に観測を実施してきました。この手法によって、海底の ㎝レベルの地殻変動を検出することが可能になり、2011 年東北地方太平洋沖地震時の巨大な地殻変動や地震後のゆっくりとした地殻変動を海底で検出したほか、南海トラフ沿いのプレート境界の固着状態(注3)の推定に貢献するなど、陸上の観測のみでは分からなかった地震学上の重要な現象の検出に成功してきました。
このような海底観測技術の進歩によって、現在では海域直下にあたるプレート境界浅部も研究対象となりつつあります。しかしながら、ゆっくりすべり(スロースリップ現象;以下、SSE)のなかでも数ヶ月から1年程度の時間をかけて変動する現象は、これまでの海底観測手法では感度が足りず、検出することが困難でした。

<研究内容>
SSE は地殻変動観測データの中に微小な変化として表れます。通常、大きな地震や SSE のようなイベントがない限り、地殻変動は安定しています。このときデータを時系列に並べると、変動速度は一定の直線状に並びます(図3)。SSE のようなイベントが発生すると、その間の変動速度が変化し、データが折れ線状になります。しかし、実際のデータはノイズを含んでおり、ノイズによって変動速度が折れ線状に並んでいるかのように見える場合もあります。つまり、データに含まれるノイズと SSE 由来の変化を明確に区別する必要があります。今回、c-AIC と呼ばれる情報量基準(注4)を用いて、データの時系列が直線状になっているか折れ線状になっているかを判定しました。折れ線と判定された場合に、その折れ曲がり部分を SSE に由来する変化と考えました。
南海トラフに設置している GNSS-A 観測用の 15 の観測点で得られたデータに本手法を適用した結果、SSE が原因と見られる海底の動きを示すデータの変化が7地点で検出されました(図1)。

変化を検出した7地点は、これまでの研究から固着が強いと推定されている領域(図4、図5Aの緑色領域)の周辺部にあり、一方、明確な変化が検出されなかった地点は、固着が強いと推定されている領域にあることから、SSE 発生域が強固着域とはすみ分けていると考えられます。さらに、変化を検出した地点および時期の近傍では超低周波地震(VLF、注5)が活発化していたこと、一方で明確な変化が検出されなかった地点では VLF の活動が低調だったことが陸上の地震観測網によって検出されており、これらの現象の関係性が示唆されます。
今回複数地点で同時期に変化が検出されたのは、2017~2018 年頃の紀伊水道沖のイベントのみで、このイベントについてはプレート境界のすべり分布の推定を行いました。それ以外のイベントについては、1地点でしか変化が現れていないため、プレート境界のすべりを確度高く推定することはできませんでした。
変化が検出された地点の多くは、南海トラフのトラフ軸近傍にあります。これらの領域は、陸から遠く離れているため、これまでの陸上観測網では SSE の発生を捉えることはできませんでした。今回、GNSS-A 観測によって、陸上観測網では感度の低い領域において SSE に由来する変化の検出に成功したことは、地震学上重要な意義があります。

<今後の展望>
今回、GNSS-A 観測によって、プレート境界浅部の SSE が捉えられましたが、発生場所による違い、他種のスロー地震との関係性、固着状態への影響など、今後明らかにされるべき謎は数多く残されています。
また、現在行われている船による観測では年に数回と観測頻度に制限があり、今回検出したイベントが発生していた詳細な開始・終了時期を決定できないという限界があります。加えて、今回検出された変動は、5cm 以上の変化を伴う SSE としては比較的大きなもので、現在の観測精度からこれ以下の微小な変化の検出が難しいことを示しています。
これらの観測技術上の課題は、SSE の理解や巨大地震と沈み込み帯の解明に向けて障壁となっているだけでなく、即時的に SSE を捉えることができないことを示しています。今後の海洋プラットフォーム工学の進展により、観測頻度や即時性を高度化していくことが期待されます。

5.発表雑誌:
雑誌名:「Science Advances」
論文タイトル:Shallow slow slip events along the Nankai Trough megathrust zone detected by GNSS-A
著者:Yusuke Yokota* and Tadashi Ishikawa*(*責任著者)
DOI 番号:10.1126/sciadv.aay5786

6.用語解説:
(注1)ゆっくりすべり(スロースリップ現象:SSE)
スロー地震の一種。プレート境界断層が数日から数年かけてゆっくりとすべる現象。すべりの期間が数日から数週間のものは短期的 SSE、数ヶ月から数年のものは長期的 SSE と呼ばれる。南海トラフでは陸上の GNSS やひずみ計等の観測網によって、沈み込むプレート境界の深部で発生していることが検出されているほか、熊野灘の海底掘削孔内観測によってプレート境界浅部において短期的 SSE の発生が検出されている。

(注2)スロー地震
通常の地震のようにプレート境界断層が急激にすべることなく、ゆっくりとすべりを起こす現象の総称。地震波観測で検知される低周波微動や超低周波地震、地殻変動観測で検知されるゆっくりすべりなどがある。震源域となるプレート境界の状態を知る上で重要な現象として研究が進められている。

(注3)プレート間の固着
プレート境界で上盤側と下盤側のプレートが密着している状態。強く固着している場合、海洋プレートの沈み込みに伴い、上盤側の陸側プレートが引きずられ変形するため、固着の強弱は地表(海底)の動きから推定することができる。

(注4)情報量基準
データを説明するためのモデルの評価基準。通常、モデルを複雑にするとデータとの適合度が高くなるが、複雑にしすぎるとノイズ等の本来測定すべき対象とは無関係な変動も無理に合わせてしまうという問題が起こる。情報量基準はこの問題を避け、モデルの最適な複雑さを選択するための指標となる量である。一般に、複数のモデル間で値を比較した時に、最小の値を取るモデルが最適であると判定される。適用するデータやモデルの性質に応じて複数の基準が提案されているが、本論文では、c-AIC と呼ばれる基準を用いている。

(注5)超低周波地震(Very Low Frequency event: VLF)
スロー地震の一種。通常の地震よりも断層がゆっくりとすべる現象で、放射される地震波は通常の地震に比べて低周波数成分が卓越する。海域にあたるプレート境界浅部で発生しているものについても陸域の高感度地震計観測網によって検出されている。

 

7.参考資料

 

図1 南海トラフにおける海底地殻変動観測によってゆっくりすべりに起因すると考えられる地殻変動のシグナルを検出した地点(赤四角)および明確な変化が検出されなかった地点(黒四角)

図2 GNSS-音響測距結合方式による海底地殻変動の観測システム(GNSS-A 観測)
海上の船舶の精密位置を決定する GNSS 測位と、船舶と海底のトランスポンダー(音波送受装置、海底局)との距離を測定する音響測距を組み合わせることで、海底のトランスポンダーの位置を精密に決定する手法。繰り返し観測を行うことで海底の動きを測定する。海底の動きから地下のプレート境界の状態を推定することで、巨大地震の発生メカニズムの解明に貢献する。

 


図3 時系列の一例。(a)では統計的に SSE 由来とみられる変化は検出できないが、(b)では2016 年頃に検出される。

 

図4 検出された信号から求めた非定常的な地殻変動。

 

図5 A:観測点の空間分布。赤四角が SSE に起因すると考えられる地殻変動の変化を検出した地点。桃色の四角は 2017 年から 2018 年にかけての紀伊水道沖の観測点((8)と(9))における変化から推定されたプレート境界のすべり領域。灰色の点は VLF。緑色の領域は、Nishimura et al. (2018) による固着率の高い領域。水色で囲った領域は Sagiya and Thatcher (1999) による昭和の東南海・南海地震のすべり域。青色の領域は国土地理院の陸上 GNSS 観測網で検知された SSE のすべり域。B:観測された変化と VLF の時空間分布図。観測を行った時期と場所を表す黄色線のうち赤色部分が SSE に起因すると考えられる変化を検出した時期。青色の四角は陸上 GNSS 観測で検出された深部の長期的 SSE。水色の線は、海底掘削孔内の間隙水圧観測から検出された浅部の短期的 SSE。

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