スピン流を高効率で輸送できる新たな材料を発見 ~スピントロニクスの常識を覆す~

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2019-10-18 東北大学 金属材料研究所,東北大学 材料科学高等研究所,科学技術振興機構,東京大学

ポイント
  • 常磁性絶縁体ガドリニウムガリウムガーネットが、長距離かつ高効率にスピン流を運ぶことを実証した。
  • 従来スピン流輸送に必要と考えられていた磁気秩序に頼らず、微弱な原子磁石の間の相互作用だけで絶縁体中をスピン伝播できることが分かった。
  • 磁気秩序物質(強磁性・反強磁性)を主な研究対象にするスピントロニクス分野で、磁気秩序のない物質群(常磁性)を利用する可能性を示した。

東北大学 金属材料研究所の大柳 洸一 氏(大学院博士課程)と東北大学 材料科学高等研究所の高橋 三郎 研究員、東北大学 金属材料研究所のGerrit E. W. Bauer(ゲリット・バウアー) 教授、東京大学 大学院工学系研究科の齊藤 英治 教授(東北大学 材料科学高等研究所・金属材料研究所兼任)らは、スピントロニクス材料として利用することが難しいと考えられていた常磁性注1)絶縁体ガドリニウムガリウムガーネットが、スピン流を伝播する有用な材料になり得ることを実証しました。

本研究成果は2019年10月18日(金)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO) 齊藤スピン量子整流プロジェクトの一環で行われました。

<研究の背景>

スピン流とは、電子の自転(スピン)に由来する磁気の流れのことです。スピン流は、電子の電荷の流れである電流と対比され、次世代のエレクトロニクス素子に利用できると期待されています。スピン流はその磁気の流れという性質から、金属や磁石を使用した材料において活発に研究されてきました。例えば、金属中では伝導電子がスピン流を担います。

磁石(強磁性体)の中で、スピン流を伝播するには、スピンの向きが一方向にそろうこと(磁気秩序)が不可欠です。この磁気秩序があれば絶縁体中ですらスピン流を伝播できるため、磁気秩序を持つ物質については基礎と応用の両面から研究されています。(図1(a))。

これに対し、スピンの向きがバラバラな状態を常磁性と呼びます(図1(b))。このような磁気秩序がない物質中では磁気秩序によるスピン流輸送は期待できません。特に電気を通さない常磁性絶縁体は、伝導電子も磁気秩序も活用できないため長距離にスピン流を流すことは不可能である、というのがスピントロニクスの常識でした。

<研究の内容・成果>

本研究では、常磁性絶縁体であっても、物質内の微弱な原子磁石の間の相互作用を利用することによってスピン流を長距離に流すことができ、しかも同じ温度で強磁性体を用いた場合よりおよそ8倍効率的に流せることを発見しました。原子磁石間の相互作用とは、物質中の原子が磁石のようにS極とN極を持ち、それが互いに同じ極だと反発し、違う極だと引き合う作用のことを意味します。

今回、常磁性絶縁体ガドリニウムガリウムガーネットGdGa12(通称:GGG)という物質に注目しました。GGGは常磁性絶縁体で、物質内のスピンの力が大きいことが知られています。そのため外部磁場によって、スピンの方向を一部そろえることで、微弱ながら原子磁石の間の相互作用が期待できます。

実験では、GGG上に2つの白金(Pt)細線を取り付けました(図2)。一方の細線に電流を流し、スピンホール効果注2)通じて、GGGにスピン流を注入します(入力細線)。もう一方の細線には電圧計を取り付けておきます(出力細線)。もし、GGGの中をスピン流が伝播して出力細線に到達すると、Pt中の逆スピンホール効果注3)による電圧が生じると期待されます。本実験ではこの出力細線の電圧の磁場依存性をさまざまな温度で調べました。

実験の結果、GGGは常磁性であるにもかかわらず、低温(5ケルビン)において磁場をかけると、明瞭な起電力信号が観測されました(図3)。信号を理論モデルで解析すると、GGG中では従来にない高効率かつ長距離にわたってスピン伝導が起きていることが明らかになりました。

さらに、温度を上昇させるとGGG中のスピン流が100ケルビンという比較的高い温度まで長距離にわたって伝播していることが分かりました。これはGGGが完全な常磁性体であってもスピン流を伝播していることを示しています(図4)。GGGは、このような高温であってもスピンは外部磁場によって一部そろうことができます。従ってスピン同士に微弱な原子磁石の間の相互作用が生じるため、スピン流が伝播できると考えられます。

<今後の展望>

今回の実験で、磁気秩序がない材料であっても、スピン流が伝播できることが実証されました。従来、スピントロニクス分野では強磁性絶縁体が主に研究されてきましたが、常磁性絶縁体も有力なスピントロニクス材料に利用できる道が拓かれたといえ、今後新たなスピントロニクス材料の開発が加速する可能性があります。

<参考図>

図1 強磁性体(a)と常磁性体(b)におけるスピン流伝播のイメージ図
図1 強磁性体(a)と常磁性体(b)におけるスピン流伝播のイメージ図

強磁性体ではその磁石の性質から、スピンの方向が一方向にそろっていることで、スピン流を伝播できる。一方で常磁性体では、スピンの向きがバラバラで、従来はスピン流を十分に伝播できないと考えられていた。

図2 実験のセットアップ図

図2 実験のセットアップ図

ガドリニウムガリウムガーネット(GGG)上に2本の白金(Pt)細線を配置。一方のPt細線からスピン流を注入し、もう一方の細線に電圧計を取り付けることで、スピン流の伝播を確認する。

図3 測定した起電力信号グラフ

図3 測定した起電力信号グラフ

温度5ケルビン(K)において磁場をかけることで明瞭な起電力信号が観測されることが分かった。また300ケルビンでは信号は検出されないことが分かる。

図3 起電力信号の温度依存性のグラフ
図4 起電力信号の温度依存性のグラフ

磁場(3.5テスラ)をGGGにかけたところ、5ケルビン(K)付近で大きな起電力信号が検出されていることが分かる。また100ケルビン程度まで温度を上昇させても起電力信号が検出できていることから、ある程度高い温度であっても引き続きスピン流が伝播していることが分かる。

<用語解説>
注1)常磁性
物質中の電子の自転(スピン)の向きがそろっていない、バラバラな状態のこと。
注2)スピンホール効果
電流と垂直な方向にスピン流が生成される現象。電子のスピンと軌道の相互作用により、上向きスピンを持った電子と下向きスピンを持った電子が互いに逆方向に散乱されることによって生じる。
注3)逆スピンホール効果
スピン流と垂直な方向に起電力が発生する現象。電子のスピンと軌道の相互作用により上向きスピンを持った電子と下向きスピンを持った電子が互いに逆方向に散乱されることによって生じる。
<論文タイトル>
“Spin transport in insulators without exchange stiffness”
著者名:Koichi Oyanagi, Saburo Takahashi, Ludo J. Cornelissen, Juan Shan, Shunsuke Daimon, Takashi Kikkawa, Gerrit E. W. Bauer, Bart J. van Wees, and Eiji Saitoh
DOI:10.1038/s41467-019-12749-7
<関連サイト>
  • ERATO 齊藤スピン量子整流プロジェクト WEBサイト:
    https://www.jst.go.jp/erato/saitoh/ja/index.html
    本プロジェクトにおける過去の研究成果を掲載しています。
  • スピンワールド:
    http://www.spinworld.jp/
    ERATO 齊藤スピン量子整流プロジェクトのアウトリーチサイトです。スピン科学やその基礎となる磁石の物理をやさしく解説しています。
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

齊藤 英治(サイトウ エイジ)
ERATO 齊藤スピン量子整流プロジェクト 研究総括
東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)/金属材料研究所

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構(JST) 研究プロジェクト推進部

<報道担当>

東北大学 金属材料研究所 情報企画室広報班

東北大学 材料科学高等研究所(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

科学技術振興機構 広報課

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