新魔法数34の新たな証拠 ~中性子ノックアウト反応で探るカルシウム-54の閉殻構造~

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2019-10-18 理化学研究所

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センターRI物理研究室のドルネンバル・ピーター専任研究員、櫻井博儀室長らの国際共同研究グループは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[1]」におけるガンマ線分光[2]により、中性子過剰なカルシウム-54(54Ca、陽子数20、中性子数34)の基底状態を調べ、中性子の「新魔法数[3]」34の直接証拠を得ることに成功しました。

本研究成果により、魔法性を評価するための新しい指標を提示したことで、今後の魔法数研究が大きく進展するとともに、54Caの魔法性を生かした元素合成研究の発展が期待できます。

2013年に、理研は54Caの研究から中性子の新しい魔法数34を発見しましたが、魔法数を理解する上で重要な閉殻構造[4]に関する直接証拠はまだ得られていませんでした。

今回、国際共同研究グループは、RIBFで光速の約70%まで加速された大強度の亜鉛(70Zn)ビームを利用して、放射性同位元素(RI)[5]54Caをビームとして生成しました。次に54Caビームを水素標的に照射して、中性子を一つ抜く「中性子ノックアウト反応[6]」を起こさせ、カルシウム-53(53Ca、陽子数20、中性子数33)の励起準位の生成確率を得ました。この情報から54Caは閉殻構造を持つことが分かり、理研で見いだした新魔法数34を支持する結果を得ました。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版(9月30日付け)に掲載されました。

背景

原子の中心にある原子核は陽子と中性子から構成されており、陽子の数、中性子の数を変化させることでさまざまな特徴を示します。理化学研究所仁科加速器科学研究センターでは、原子核の「魔法数」の研究を推進しています注1-7)。原子核が比較的安定になる陽子や中性子の数のことを魔法数と呼び、自然界に存在する約270種類の安定核では、2、8、20、28、50、82、126が魔法数になることが知られています。

ところが、同じ原子番号の安定核に比べて中性子が多い原子核(中性子過剰核[7])の性質を効率よく調べることができるようになると、魔法数8、20、28が消失し、新しい魔法数16、34が出現することが分かってきました。これは、中性子過剰核の中では、安定核では影を潜めていた相互作用が働くために、魔法数が変化するからだと考えられています。

今回の研究では、理研が2013年に発見した中性子数の「新魔法数」34注3)に注目しました。このときはカルシウム-54(54Ca、陽子数20、中性子数34)の第1励起準位のエネルギーが大きいことを見いだし、新魔法数34の発見にいたりました。その後も理研で行われた、中性子過剰なカルシウム同位体の質量測定やアルゴン-52(52Ar、陽子数18、中性子数34)の第1励起準位のエネルギー測定で、新魔法数34を支持する実験結果が得られています。現在の理論によれば、魔法数は閉殻構造を持った原子核に現れます。しかし、これまで新魔法数34の閉殻構造そのものを直接観測した証拠は得られていませんでした。

注1)2000年5月29日プレスリリース「新しい魔法数(マジックナンバー)の発見(PDF 519.9KB)

注2)2013年10月9日プレスリリース「「魔法数」を持つ原子核に現れる「特別な核異性体」を発見

注3)2013年10月10日プレスリリース「重いカルシウムで新しい「魔法数」34を発見

注4)2014年8月29日プレスリリース「中性子過剰なニッケルの78Niに2重魔法数が健在

注5)2017年2月12日プレスリリース「ジルコニウム-110原子核の形と魔法数

注6)2019年2月28日プレスリリース「マグネシウム-40原子核のガンマ線分光に成功

注7)2019年5月2日プレスリリース「魔法数研究に金字塔

研究手法と成果

54Caが閉殻構造を持つと、図1のように、34個の中性子はp1/2の量子軌道まできれいに埋まることになります。閉殻構造を持たない場合には、p1/2軌道の上のf5/2軌道に中性子が存在する状態が混ざります。国際共同研究グループは、54Caが閉殻構造か否かを調べるために、54Caから中性子を一つ抜く「中性子ノックアウト反応」を利用しようと考えました。

中性子ノックアウト反応で、54Caから中性子を一つ抜くとカルシウム-53(53Ca、陽子数20、中性子数33)になります。54Caから作られる53Caの低励起の状態は、図1のように三つあります。33個目の中性子がp1/2軌道にある「基底状態」、f5/2軌道にある「第1励起準位」、p3/2軌道の中性子がp1/2軌道に上がって存在する「第2励起準位」です。もし54Caが閉殻構造であれば、中性子はp1/2軌道もしくはp3/2軌道から引き抜かれるため、作られる53Caはそのほとんどが、p3/2軌道およびp1/2軌道で作られる状態となります。すなわち、基底状態か第2励起準位となり、f5/2軌道で作られる第1励起準位はほとんど作られないと考えられます。

54Caの構造と54Caから中性子を一つ抜いて作られる53Caの三つの状態の図

図1 54Caの構造と54Caから中性子を一つ抜いて作られる53Caの三つの状態

f7/2、p3/2、p1/2、f5/2は20個以上の中性子が入る量子軌道で、それぞれの軌道には最大で8、4、2、6個の中性子が入ることができる。中性子数34が魔法数の場合は、54Caの34個の中性子がp1/2まで埋まると、閉殻構造になる。閉殻でない場合には、f5/2にも中性子が存在する状態が混ざりうる。

国際共同研究グループは、中性子ノックアウト反応を利用して、励起準位の生成確率を測定する実験を、高強度重イオンビームが得られる理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」で行いました。超伝導リングサイクロトロン(SRC)[8]で、光速の約70%となる核子当たり345メガ電子ボルト(MeV、1MeVは100万電子ボルト)まで加速した亜鉛-70(70Zn、陽子数30、中性子数40)ビームをベリリウム(Be:原子番号4)の標的に照射し、破砕反応でRIを生成しました。生成されたRIの中から超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)[9]を利用して、54Caを分離しビームとして取り出しました。その54Caビームを高機能液体水素標的装置MINOS(ミノス)[10]に照射し、生成された53Caを多種粒子測定装置(SAMURAIスペクトロメータ)[11]で観測しました。同時に、53Caの脱励起(励起状態から基底状態に戻る)時に放出されたガンマ線を、高効率ガンマ線検出器DALI2+(ダリ・ツープラス)[12]で検出しました(図2)。

実験装置群の配置図の画像

図2 実験装置群の配置図

(a)大強度亜鉛-70(70Zn)ビームを超伝導リングサイクロトロン(SRC)で加速し、ベリリウム標的に照射して54CaのRIビームを超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)で生成する。このビームを高機能液体水素標的装置(MINOS)標的に照射して、53Caを生成し、多種粒子測定装置(SAMURAIスペクトロメータ)で観測する。同時に、脱励起したガンマ線をMINOS標的の周りに配置した高効率ガンマ線検出器DALI2+で測定した。

(b)SAMURAIスぺクトロメータ周辺の装置群。

53Caから放出されるガンマ線には2種類あり、1738keV(keV、1keVは1000電子ボルト)のガンマ線は第1励起準位が脱励起する際に放出され(図3上)、2220keVは第2励起準位が脱励起される際に放出されるガンマ線です(図3下)。SAMURAIスペクトロメータにより観測された53Caの数と、DALI2+により観測した、これら二つのガンマ線の数から、二つの励起準位の生成確率を得ることに成功しました。この結果、中性子ノックアウト反応によって生成される三つの準位の生成確率は、基底状態が44%、第1励起準位が2.8%、第2励起準位が53%であり、第1励起準位の生成確率は、基底状態と第2励起準位の生成確率の和の約35分の1しかなく、極めて小さいことが分かりました。つまり、放出されたガンマ線のほとんどが、第2励起準位が脱励起する際に放出されたものであり、この結果から54Caは閉殻構造であると結論づけられました。

53Caの励起準位から放出される二つのガンマ線の図

図3 53Caの励起準位から放出される二つのガンマ線

実験の結果、53Caから放出される1738keVと2220keVのエネルギーを持つガンマ線を観測した。このうち1738keVのガンマ線は第1励起準位が脱励起する際に(右下)、2220keVは第2励起準位が脱励起される際に放出されるガンマ線である(右上)。第1励起準位の生成確率(左下)は、基底状態(0keV)と第2励起準位の生成確率(左上)の和に比べて約35分の1と極めて小さかった。

今後の期待

今回の成果で、54Caの閉殻構造を実験的に明らかにし、理研で見いだした新魔法数34の新たな実験証拠を得ることができました。より中性子過剰なカルシウム-60は中性子数40の魔法数を持つと予想する理論もあります。中性子過剰なカルシウム同位体の構造は、中性子に働く三体力[13]の影響を強く受けると予想する理論もあり、今回の観測手法を用いることで、今後の理論研究の一層の発展が期待されます。

また、54Caの魔法性が明らかになったことで、将来54Caを大量に生成することができるようになると、中性子過剰な超重元素合成のための新たな材料として利用できる可能性もあります。

補足説明

1.RIビームファクトリー(RIBF)
理研が所有する重イオン加速器施設で、水素からウランに至る全ての元素の放射性同位元素(RI)をビームとして供給する。RIビーム発生施設と独創的な基幹実験設備群で構成される。RIビーム発生施設は2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム分離生成装置(BigRIPS)からなる。これまで生成不可能だったRIも生成することができ、世界最多となる約4,000個のRIを生成する。

2.ガンマ線分光
原子核の励起状態のうち、束縛した励起状態はガンマ線を放出してエネルギーの低い状態に遷移する。ガンマ線分光とは、この脱励起時に放出されるガンマ線を測定して、未知の励起状態のエネルギーやその他原子核の性質を特徴付ける物理量を決定し、原子核の構造を研究する方法。

3.魔法数
原子核は原子と同様に殻構造を持ち、陽子または中性子がある決まった数のとき閉殻構造となり安定化する。この数を魔法数と呼び、2、8、20、28、50、82、126が古くから知られている。1949年にマリア・ゲッパート=メイヤーとヨハネス・ハンス・イェンゼンが、大きなスピン-軌道相互作用を導入することによって魔法数を説明し、1963年にノーベル賞を受賞した。その後、理研での中性子過剰な原子核により、メイヤー・イェンゼンの魔法数20、28が消失し、新たな魔法数16、34が出現することが報告されている。

4.閉殻構造
原子核内の陽子や中性子は、エネルギーがとびとびの量子軌道にあり、量子軌道内の陽子、中性子の数は量子軌道毎に異なっている。エネルギーの低い軌道から高い軌道へと陽子、中性子を順番に詰めていったときに、軌道間のエネルギー差が急に大きくなる軌道があらわれる。エネルギー差が大きくなる前の軌道まで、陽子、中性子が完全に詰まっている状態を閉殻構造という。

5.放射性同位元素(RI)
物質を構成する原子核には、時間とともに放射線を放出しながら安定核になるまで壊変し続けるものがある。このような原子核を放射性同位元素と呼ぶ。放射性同位体、不安定同位体、不安定原子核、不安定核、ラジオアイソトープ(RI)とも呼ばれる。天然にある物質は寿命が無限かそれに近い安定核(安定同位体)で構成されている。

6.中性子ノックアウト反応
中性子ノックアウト反応は、目的とする原子核(本研究では53Ca)をガンマ線分光の手法で測定するために、目的の原子核よりも中性子数が多い原子核(本研究では54Ca)から中性子を人工的に脱離させる反応のこと。本研究ではこの反応を、高機能液体水素標的装置MINOSを用いて効率良く発生させ、目的とする原子核の励起状態を生成した。

7.中性子過剰核
安定同位体と比較して中性子を多く含んだ不安定核。ほとんどはベータ崩壊を起こし、原子番号が1つ大きな核種に壊変する。陽子と比べて中性子の分布が大きく広がった中性子ハローや、中性子だけで表面がつくられている中性子スキン、既知の魔法数の消滅や新魔法数の出現などの興味深い現象が見つかっている。

8.超伝導リングサイクロトロン(SRC)
サイクロトロンの心臓部に当たる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐ自己漏洩磁気遮断の機能を持っている。総重量は8,300トン。このSRCを使い非常に重い元素であるウランを高速の70%まで加速できる。また、超伝導という方式によって従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。

9.超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)
ウランなどの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、RIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超伝導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。

10.高機能液体水素標的装置MINOS(ミノス)
従来に比べて1桁程度高い実験効率を実現することを目的として、フランス原子力・代替エネルギー庁サクレー研究所と理研を中心とする日仏共同グループが製作した装置。約10cmの厚い液体水素標的と、それを取り囲む粒子飛跡検出器(タイム・プロジェクション・チェンバー;TPC)を組み合せた構造をしており、厚い標的を用いて高い実験効率を達成しながらも、反応位置をTPCによって決定することにより、エネルギー分解能の悪化を防ぐという特徴を持っている。本装置を用いた実験によりこれまでも多くの研究成果が得られている。

11.多種粒子測定装置(SAMURAIスペクトロメータ)
BigRIPSの下流にある大立体角、大運動量アクセプタンスをもつ大型の磁気分析装置。この特徴を生かして、核反応後に生じる多種類の粒子を同時に測定することができる。

12.高効率γ線検出装置DALI2+(ダリ・ツープラス)
主にヨウ化ナトリウム(NaI)の結晶(シンチレーション検出器)を226個用いて構成される測定効率の高いγ線検出装置。光速の約60%で飛行する不安定核をMINOSの液体水素標的に当てて発生するガンマ線を測定し、原子核の励起状態を調べる。反応点を取り囲むように226個設置された。γ線のエネルギーと同時に放出角度を測定することでドップラー効果の影響を補正する。

13.三体力
力は二つの粒子の間に働く二体力を基本とするが、第三番目の粒子の影響で粒子の状態が変化すると二体力だけでは説明できなくなる。この二体力では説明できない力の成分を三体力という。

国際共同研究グループ

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター RI物理研究室
専任研究員 ドルネンバル・ピーター(Doornenbal Pieter)
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
スピン・アイソスピン研究室
客員研究員 オベルテッリ・アレクサンドレ(Obertelli Alexandre)
室長 上坂 友洋(うえさか ともひろ)

香港大学
博士研究員 チェン・シドン(Sidon Chen)
(理化学研究所国際プログラムアソシエイト(研究当時))
准教授 リー・ジェニー(Jenny Lee)

本研究は、SEASTAR国際共同実験チーム(理化学研究所とフランス新エネルギー庁(CEA)を中心とし、日本、フランス、ドイツ、英国をはじめとした16の国と地域で構成される研究グループ)に加え、理化学研究所、東京大学、大阪大学をはじめとした4カ国の理論物理学研究グループ、合計81人により遂行されました。

SEASTAR国際共同実験チームは理化学研究所のドルネンバル・ピーターとフランス新エネルギー庁(CEA)サクレー研究所(研究当時)のオベルテッリ・アレクサンドレが研究代表者を務める国際的なコラボレーションで、高機能液体水素標的装置MINOSを用いて中性子過剰核の低励起準位の観測により魔法数研究を一挙に展開するために2013年に結成されました。

原論文情報

S. Chen. J. Lee, P. Doornenbal, A. Obertelli, C. Barbieri, Y. Chazono, P. Navrátil, K. Ogata, T. Otsuka, F. Raimondi, V. Somá, Y. Utsuno, K. Yoshida, H. Baba, F. Browne, D. Calvet, F. Cháteau, N. Chiga, A. Corsi, M. L. Cortés, A. Delbart, J.-M. Gheller, A. Giganon, A. Gillibert, C. Hilaire, T. Isobe, J. Kahlbow, T. Kobayashi, Y. Kubota, V. Lapoux, H.N. Liu, T. Motobayashi, I. Murray, H. Otsu, V. Panin, N. Paul, W. Rodriguez, H. Sakurai, M. Sasano, D. Steppenbeck, L. Stuhl, Y.L. Sun, Y. Togano, T. Uesaka, K. Wimmer, K. Yoneda, et al, “Quasifree Neutron Knockout from 54Ca Corroborates Arising N=34 Neutron Magic Number”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.123.142501

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター RI物理研究室
専任研究員 ドルネンバル・ピーター(Doornenbal Pieter)
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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2004放射線利用
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