空腹に伴い味覚を調節する神経ネットワークの発見

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2019-10-08 生理学研究所

 
概要

摂食行動は、動物にとって最も重要な本能行動の1つです。なかでも味覚は、食物の価値判断に大きな影響を与えます。しかし、味の感じ方や好みは常に一定ではなく、空腹のときは普段とは異なることが知られています。しかし、この違いがなぜ生じるのかはわかっていませんでした。今回、生理学研究所の中島健一朗准教授・傅欧研究員は、同研究所の吉村由美子教授の研究グループ、東京大学大学院農学生命科学研究科の三坂巧准教授の研究グループ、同研究科東原和成教授の研究グループとの共同研究により、マウスにおいて空腹に伴い味覚を調節する神経ネットワークを発見しました。本研究結果は、Nature Communications誌(日本時間2019年10月8日午後6時解禁)に掲載されました。

 摂食行動はヒトを含む動物にとって最も重要な行動の1つです。このうち、味覚(注1)は、その基本的な役割として、栄養豊富な好ましい食物を積極的に摂取し、有害な成分を忌避するなど、食物の価値決定に関与します。
 しかし、この判断基準は常に一定ではなく、空腹のときには味の感じ方や好みが普段とは異なることが知られています。興味深いことに、このような現象はヒトに限らず、マウスやショウジョウバエなど異なる種の生物でも観察されます。しかし、その原因はよくわかっていませんでした。
 近年、多くの研究により、脳基底部の視床下部弓状核(注2)に存在するアグーチ関連ペプチド産生神経(AgRPニューロン)が空腹時に活性化することで食欲が生み出されることが明らかになってきました。また、このニューロンは様々な脳部位とネットワークを形成しており、これらの部位の活動を抑制することが知られています。
 そこで、本研究ではマウスをモデルに、AgRPニューロンが空腹時の味覚の変化に寄与するかを検証しました。
 まず、空腹にしたマウスの味覚をリック評価試験(注3)により測定したところ、通常飼育時と比べて、比較的低濃度の甘味溶液でもリック(舐める)回数が増大しました。一方で苦味溶液については、通常はリック回数が大きく低下する濃度でもリック回数が高い状態が維持されました。この結果から甘味など好ましい味はより嗜好するのに対し、苦味や酸味など不快な味に鈍くなることが分かりました(図1)。
 そこで、オプトジェネティクス(注4)により、AgRPニューロンを活性化させマウスの脳内を人工的に空腹状態にして評価したところ、興味深いことにマウスを絶食させた時と同様の味覚の変化が生じました。また、この変化は、外側視床下部に接続する(投射する)AgRPニューロンを活性化した場合にのみ生じ、他の脳部位に投射するAgRPニューロンでは誘導されませんでした(図2)。
 次に、外側視床下部のニューロンは興奮性と抑制性の2つに大別されることから、どちらのニューロンが味覚を調節するかを調べました。AgRPニューロンが投射先のニューロンの活動を抑制することに注目し、DREADD法(注5)を用いて、両グループの活動を人工的に抑制して味覚を評価したところ、興奮性ニューロンの活動が低下すると空腹時と同じように甘味や苦味の嗜好性に変化が起こりました。対照的に抑制性ニューロンにはこのような効果はありませんでした。
 最後に、外側視床下部の興奮性ニューロンもAgRPニューロンと同様、様々な脳部位に投射していることに注目し、各投射経路の活動をDREADDにより1つずつ人為的に抑制することで味覚調節部位をさらに調べました。その結果、不安中枢の1つである外側中隔核へ投射するニューロンを抑制すると、空腹時と同様に甘味への嗜好性が高まりましたが、苦味に関してはリック行動に変化がありませんでした。一方、嫌悪情報の応答部位である外側手綱核に投射するニューロンを抑制すると、苦味に対して感度が低下しましたが、甘味に関してはリック行動に大きな変化がありませんでした。(図3)。これらの結果から、甘味と苦味は別々の経路で、それぞれの情報が伝えられていることが明らかになりました。実際、外側中隔核の活動は甘味摂取により抑制されますが、空腹時に甘味を摂取すると、その抑制がさらに強まります。一方、外側手綱核は苦味摂取により活性化しますが、空腹時に苦味を摂取した場合には活性化の程度が抑えられることも判明しました。
 以上、一連の結果から、空腹に伴って生じる味覚の変化は視床下部AgRPニューロンを起点とした神経ネットワークにより調節されることがわかりました。また、外側視床下部の興奮性神経が中継点として働き、好きな味と嫌いな味とで別経路を介して制御されることがわかりました(図4)。
 視床下部AgRPニューロンを起点とした味覚調節システムの元来の役割は、飢餓が身近な野生環境において、糖など栄養価の高い食物を普段以上に好むように嗜好を変化させ、多少悪くなった食物でも妥協して食べるようにすることと思われます。このような味覚の調節は、少しでも効率的にエネルギーを摂取して生き延びるために存在していると推定されます。
 また、この神経ネットワークが不安・嫌悪など感情に関わる脳部位の活動を制御することを考慮すると、摂食時の生理状態(空腹・満腹など)により味の感じ方(美味しさ・まずさ)が変化するという現象の神経基盤であると考えられます。

用語説明

注1)味覚: ヒトでは甘味・うま味・酸味・塩味・苦味の基本5味から構成される。マウスなど、げっ歯類もこれらの味を識別することが出来る。
注2)視床下部弓状核: 摂食を調節する脳部位。食欲を高めるニューロン(AgRPニューロン)とその反対に抑制するニューロンの2種類から構成される。
注3)リック評価試験: マウスに味のついた溶液を提示し、そのリック(舐める)回数を測定することで、味に対する好き・嫌いを判断する方法。
注4)オプトジェネティクス: 光応答性のイオンチャネルを用いる事で神経細胞の活動を光刺激によってコントロールする手法。
注5) DREADD法: 人工薬剤にのみ反応する受容体を用い神経細胞の活動をコントロールする手法。神経活動を興奮させるタイプと抑制させるタイプの2種類が存在する。

<助成金など>
 本研究は文部科学省科学研究費補助金、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)次世代農林水産業創造技術「次世代機能性農林水産物・食品の開発」、ロッテ財団「ロッテ重光学術賞」、ERATO東原化学感覚プロジェクトの補助を受けて行われました。

今回の発見

1.空腹によって味の感じ方が変化することがわかりました。
2.この変化は、視床下部を起点として、好きな味と嫌いな味とで別々の神経ネットワークを介してコントロールされることがわかりました。

図1 空腹は甘味・苦味いずれの味の感じ方も変化させる

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通常飼育時と空腹時のマウスの味覚嗜好性を10秒間の味溶液のリック(舐める)数を測定して評価しました。空腹時には甘味溶液(ショ糖)への嗜好性が高まり、通常飼育時と比べて低濃度の甘味溶液でもリック回数が増大します。対照的に苦味溶液については、空腹状態のマウスは感度が低下し、通常はリック回数が大きく低下する濃度でも比較的リック回数が高い状態が維持されます。

図2 AgRP神経は甘味・苦味の感じ方を調節する

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AgRP神経を光応答性チャネルにより活性化したところ、絶食時のマウスで見られたのと同様の味覚の変化が観察されました。興味深いことに、この変化は外側視床下部に投射するAgRP神経を光刺激で活性化した時のみ観察され、他の部位に投射する神経を活性化してもそのような変化は見られませんでした。

図3 外側視床下部の興奮性神経は外側中隔核と外側手綱核を介して甘味・苦味の感じ方を調節する

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DREADDを用いて外側視床下部の興奮性神経の活動を投射経路ごとに抑制したところ、外側中隔核に投射する神経が甘味の調節をするのに対し、外側手綱核に投射する神経が苦味の調節をすることがわかりました。

図4 本研究のまとめ

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視床下部の摂食促進神経てあるAgRP神経を起点とした神経ネットワークにより空腹時に味覚が調節されることがわかりました。

この研究の社会的意義

肥満になると、甘いものの嗜好が高まる一方、苦味など他の味に対する好みは変わらないことが知られています。しかし、その原因はよくわかっていません。今回発見した視床下部を起点とした神経ネットワークに肥満が及ぼす影響を調べることで、その原因が明らかになる可能性があります。

論文情報

Hypothalamic neuronal circuits regulating hunger-induced taste modification
Ou Fu, Yuu Iwai, Masataka Narukawa, Ayako W Ishikawa, Kentaro K Ishii, Ken Murata, Yumiko Yoshimura, Kazushige Touhara,Takumi Misaka, Yasuhiko Minokoshi and Ken-ichiro Nakajima
Nature Communications   2019年 10月8日 午後6時(米国東部標準時)

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門
准教授 中島 健一朗 (ナカジマ ケンイチロウ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

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