流れの「かたち」解析による装置開発 ~流線位相データ解析による効率的粉体分級装置の開発~

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2019-09-30   京都大学,京都教育大学,日本ニューマチック工業株式会社,科学技術振興機構

京都大学 大学院理学研究科の坂上 貴之 教授と京都教育大学 教育学部の横山 知郎 准教授は、日本ニューマチック工業株式会社(NPK)と共同で、さまざまな粒径を持つ粉体から細かい粒径の粒子を空気の流れによって分離する装置(分級装置)の開発に、応用数学の手法の1つである流線トポロジーデータ解析を応用しました。

その結果、従来よりも高い分離性能を持つ分級装置の製品開発に成功しました。分級装置はトナー、衣料品、化粧品、電子材料などの粉体を加工する機械設備で、高い分離性能を達成する本装置の開発は社会的にも意義のあるものです。本製品は2019年10月16日〜18日にインテックス大阪にて開催される「粉体工業展大阪2019」において出展されます。

本技術は専門分野の壁を超えて分かり合える「『ながれ』の共通言語を作ろう」を合言葉に坂上教授と横山准教授が数学を用いて開発した流れパターンの分類理論に基づいて、NPK社の3次元数値シミュレーションデータを解析評価し、開発を繰り返すサイクルを実施することにより達成されています。

また、本技術は数学理論の普遍的性質を最大限に生かすことにより、分級装置の開発にとどまらず、広範な流体機械設計に利用できる基盤技術です。現在、科学技術振興機構(JST) 未来社会創造事業の支援を受け、この理論のさらなる進化と医療や材料科学、産業といったさまざまな分野に応用可能な共通基盤技術となることが期待されています。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 未来社会創造事業(探索加速型)「共通基盤」領域(重点公募テーマ「革新的な知や製品を創出する共通基盤システム・装置の実現」、運営統括:長我部 信行)」における研究開発課題「包括的トポロジカルデータ解析数理共通基盤の実現」(研究開発代表者:坂上 貴之)およびJST 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「社会的課題の解決に向けた数学と諸分野の協働」研究領域(研究総括:國府 寛司)における研究課題「流れの位相的な文字化理論とその計算機上への実装」(研究者:横山 知郎)による支援を受けて行われました。

<背景>

医学・工学・環境・生命に関する多くの研究や開発では、計算機シミュレーションや実験によって必要な物理量を取り出すことや、流体の流れを「可視化」して、その流れを把握することがよく行われます。しかし、流れパターンの状況やその微妙な違いを完全に区別して誰もが理解できる形で表現することは従来技術では難しいものでした。

本成果の実現にあたり、2010年10月〜2016年3月までの期間、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)による坂上教授への支援により、流体現象に現れる流れのパターンを数学における位相幾何学(トポロジー)注1)や力学系理論注2)を用いて分類する数学理論を開発し、それを計算機上で実現するプログラムや装置を特許技術として出願・権利化しました。

この技術により、以下のようなことが可能となりました。

○ 流線トポロジーデータ解析(Topological Flow Data Analysis=TFDA)
流れに関わる分野の大量の流れパターンデータのトポロジー構造注3)に固有の文字列を割り当てます。こうした文字列情報を機械学習やAIと組み合わせることで、これまでには見えなかった流れの特徴情報の分別が可能となります。

○ 流れの経験知の顕在化
従来技術で捉えることが難しい流れに関する「経験知」を誰もが理解できる「言葉」として抽出することができます。

○ 新しい開発基盤
この文字列を用いて、流れの構造の設計指針を立てることができます。また文字列情報から未来の流れの変化も予想できるようになり、各分野での今までにないデータ解析の基盤となります。

さらに現在、この数学発の新しい技術を、未来の社会を支える共通基盤(流線トポロジー解析)とし、それをさまざまな科学技術や産業分野へと応用するため、本研究グループはJST 未来社会創造事業ならびに戦略的創造研究推進事業(さきがけ)の支援を受けて研究活動を推進しています。

また、未来社会創造事業に関連して、京都大学 大学院理学研究科内において、「諸分野のための数学よろず相談室(Math Clinic)」を開室しています。原則京都大学 大学院理学研究科内のみの受付に限定していますが、流線トポロジー解析の応用可能性に関しては外部からの照会を広く受け付けて、本技術を支える数学理論の深化とその応用範囲を拡大するための活動を実施しています。

<研究手法・成果>
【研究手法:流線トポロジー解析】

流線トポロジー解析の概要を1枚の翼の回りの流れのシミュレーション例を用いて説明します。図1(a)のような、傾いた平板の左側から一様流が流れている状況を考え、その回りの流れの数値シミュレーションにより図1(b)の左列のように時刻t=5.5から12.6までの流れの変化として得られます。図1(c)は、この計算結果から平板に加わる揚抗比注4)(赤線)を計算したものです。一般に揚抗比が高いと効果的な揚力を翼は獲得し、好ましい流れと見なせます。

これによって、t=5.5とt=12.6の流れで揚抗比が大きく、t=7.7とt=8.8で揚抗比は小さいことが分かりますが、通常の流体シミュレーションで得られる図1(b)左列にある流れを見るだけでは、なぜ揚抗比の変動が起こるのか、いつ揚抗比が最大・最小になるかといったことを推定することは明確ではありません。

これに対して、本研究グループはこの数値データから図1(b)真中列にあるように流線構造を抜き出して、本技術の流線トポロジー解析を用いて右列のような文字列を与えます。この文字の一つ一つが流れの構造情報を全て持っており、これによるとt=5.5とt=12.6にはCCBという文字列が含まれていますが、t=7.7とt=8.8には存在しません。このことから、文字列CCBの存在が最大揚抗比を達成するキーワード(本研究グループでは「流れのDNA」と呼んでいます)であり、さらに、この構造は揚力を増加させる渦閉じ込め注5)を表現していることが分かります。

従って、全てのデータの文字列に対してCCBを含むパターンを抜き出すことで効率的な状況が起こる流れパターンを揚抗比の計算なしに推定することや、CCBの文字列を持つ流れが長時間にわたって維持されるような制御や翼構造の形の変化といった問題を考えることが可能となります。

【研究成果:効率的な粉体分級装置の開発】

粉体分級とは、さまざまな粒径を持つ粉体から細かい粒径の粒子を分離する操作です。分級操作を行う1つの方法として空気などの流れの中に粉体を入れて、その流れによって分離を行う流体分級があります。分級装置はトナー、衣料品、化粧品、電子材料などの粉体を加工する機械設備で、高い分離性能の達成する本装置の開発は社会的にも意義のあるものですが、NPK社は、日本で初めて「超高速ジェット粉砕機」を開発し、その後も数々の粉体機器を開発するなど日本を代表する分級装置の開発企業です。本研究グループはこの流線トポロジー解析技術をNPK社にライセンスして、その中でコンサルティングを行いながら、効率的な粉体分級装置の開発のための流線トポロジー解析を実施してきました。

具体的な方法としては、まず、設計を行う機械で達成すべき目標を設定します。今回の開発では、従来のものより分級する粉体の粒径を細かくすること(分級精度の向上)が目標となりました。

これに対して、以下の開発活動を行います。

(1)3次元数値シミュレーションの実施

(2)2次元断面流れに対する流線トポロジー解析(図2)

(3)流れパターンの評価

(4)数値計算計画の策定

この(1)~(4)を繰り返し行います。重要なポイントはこの(2)、(3)のプロセスを通じて、分級装置における「理想的な流れ」の状況が流れの「かたち」(=流線トポロジーの構造)として明確になります。分級装置は、細かい粒子と粗い粒子が流体の運動によって攪拌・分離されて、細かい粒子のみを装置中央で回収し、粗い粒子は遠心力による慣性を利用して外側で回収する仕組みです。これに対して、数値計算を行い、図2にあるような流線の状況を得て、本研究グループの技術で文字化して分類を行います。その評価を通じて、所望の流れが達成されるような理想的状況を把握し、文字列を通した理想的な流れの構造を確定します。現在の状況との比較・検討に基づいて、理想状況を実現するように分級装置の設計パラメータの変更の方針を確定し、次回の数値計算の策定を行います。この繰り返しでその流れ構造を実現する形で機材形状を検討して開発サイクルが最終目的に収束させていきます。すなわち、これまでになかった流線トポロジー解析の手法により、流れの構造が文字として表現されることで、このプロセスが明確になったのです。

本研究グループは、このプロセスを通じて数値計算を繰り返し、より理想に近い機械形状を探索し、それを用いて実機を試作、それを用いて実粉試験を行い、図3のような実粉試験結果を得ました。これによると、分級により得られる最頻粒径は従来機よりも23パーセント小さくなり、回収率も上昇、分級精度の25パーセントの減少(性能向上)が確認されました。これに基づき開発された分級装置は、2019年10月16日〜18日にインテックス大阪にて開催される「粉体工業展2019大阪」に出展されることになりました(図4)。

一般に流体現象は複雑で、その予測は簡単ではありません。工学的には数値シミュレーション技法が発達して手軽に数値的な流れの様子が得られるようになったのですが、実際にはその複雑な流体パターンから、どのようなところに注目し、何を改善すれば効果的な流れが得られるかを見つけ出すのは容易なことでないからです。多くの場合は開発現場のこれまでの経験や勘、あるいは最適化計算の繰り返しによってそうした改善が行われることが多いのですが、本流線トポロジー解析を用いることで、流線トポロジーというこれまではほとんど認識されなかった流れの新情報が抽出されるのに加えて、「いわく言いがたい」流れの形に関する経験や潜在知が言葉として明記され、これまでよりも効果的な開発が可能になります。

<波及効果、今後の予定>

流線トポロジーデータ解析は、まだ生まれて間もない技術です。本研究グループは、JST 未来社会創造事業の支援を受けて、本解析技術の数学的基礎の発展、理論の拡張研究を通じた課題解決を実現するため、以下のような研究活動を行っています。

① 幅広い応用に向けた数学的な基本課題解決のための研究(「3次元の流れの分類」など)
本研究グループの取り扱う課題に現れる流れの多くは3次元空間のものですが、本技術は2次元空間内非圧縮性流れに対するものに数学的には厳密に限定されています。また、乱流といった非常に複雑な流れも、今の技術で、どこまで解析できるかといった学術的な挑戦的課題も残されています。今回のNPK社の流れの解析では3次元流れを扱っていますが、流れ全体が回転しているため、回転軸断面の流れはほぼ軸対称で2次元的な構造を有したことが成功へとつながりました。しかし、より広い流れへの展開を考える時は、CTスキャンのように「スライス」を3次元の流れに対して考えて文字列で分類することが必要になります。未来社会創造事業では、このような手法の数学理論の研究とそのソフトウェア実装と多くの分野への応用などを目的として、現在も基礎研究活動が活発に進められています。

② 環境や医学などの個別の課題解決に向けた理論の拡張研究
現在、二次元の非圧縮流体注6)の流れから文字列を自動抽出するプログラムを開発し、それを用いたデータ解析を気象学や医学などのさまざまな分野へ実装することを念頭に、積極的な応用を図っています。問題に応じて流れの状況は変わりますので、本基礎理論の拡張が必要となります。本事業では、そうした実用に耐える理論の拡張も行っています。また現在では、この技術の流れにこだわらない、より幅広い波及効果を狙い、新しいイメージプロセッシング技術としての適用可能性を検証するため、材料分野の産業課題に対する本技術の適用にも挑戦しています。

また、本研究グループでは、上記以外にも、より広範な分野の応用課題(ニーズ)の発掘と今後のさらなる応用展開を見据え、流線トポロジー解析に関する書籍の発行、チュートリアルの実施、「諸分野のための数学よろず相談室(Math Clinic)」などの活動を行い、外部からの照会を幅広く受け付けています。

<参考図>

図1
図1

図2

図2

図3

図3

図3

図4

図3

図5

<用語解説>
注1)位相幾何学(トポロジー)
数学の幾何学の一分野。例えば、輪ゴムを変形させて三角形と円の形を作った場合、通常の幾何学では、これら2つの形は「違う形」と考えるが、一方で、これらの形は同じゴムを変形しているため、互いに写り合うことができる。位相幾何学では、このような変形(専門用語では連続変形という)を通しても、写り合えない図形を異なるものと見て、図形を区別しても成り立つ「形」の数学の性質を研究する。例えば球とドーナツの形は互いに連続変形しても写り合うことができないため、異なる形として定義される。
注2)力学系理論
一定の規則に従って変化する量の性質を調べる数学の分野。力学という言葉が含まれているので物理の分野と間違われやすいが、力学系理論の扱う対象は、力学における天体や物の運動に縛られず、おおよそ変化する量全般にわたる。
注3)流れパターンのトポロジー構造
流れパターンとは,流れがある時に、そこに微粒子をまいてその運動を可視化すると流れによって動く粒子の軌道が線として得られる。この軌道(流線)を流れパターンという。トポロジー構造というのは、その線の中で位相幾何学的に異なるものによって作られる構造を指す。非圧縮流体の流れのパターンでは以下の5つのパターンからなることが数学的に証明されている。図1
注4)揚抗比
航空機に働いている揚力と空気抵抗の比のこと。この値が大きいと航空機の前進に必要な推力は少なくて済むので、航空機設計の場面ではこの比が大きくなるようなものを考える。
注5)渦閉じ込め
流体力学的に渦の定義はさまざまであるが、例えば流体運動の速度場の回転成分を渦度、また流れが旋回している領域を渦領域と呼ぶことがある。こうした渦の構造を物体の近くから離れないよう適切な場所に閉じ込めることで、渦領域が生成する流れによって物体に働く力を期待した方向に上昇させることができる。トンボや蝶などの昆虫はこうした渦閉じ込めによる揚力増加を実現しているとされている。また、ゴルフのディンプルなどは、こうした渦領域の閉じ込めによって揚力を得るようになっている。
注6)非圧縮流体
流体の性質を表す用語で、流体の体積が運動を通じてほとんど変化しないという性質を指す。ピストン内に閉じ込めた水や空気は押してもほとんどその体積を変化させないことから、通常の水や空気といった流体は非圧縮性を有すると見なすことができる。
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

坂上 貴之(サカジョウ タカシ)
京都大学 大学院理学研究科 数学・数理解析専攻 教授
URL:諸分野のための数学よろず相談室(Math Clinic)のホームページは以下です。
http://www.sci.kyoto-u.ac.jp/ja/academics/programs/macs/clinic/
なお、本相談室は原則京都大学 大学院理学研究科内のみの受付に限定していますが、流線トポロジー解析の応用に関係する質問のみ外部からの問い合わせを受け付けております。

<機器に関すること>

数本 優(スモト ユウ)
日本ニューマチック工業株式会社 化工機部技術課

<JST事業に関すること>

黒沢 努(クロサワ ツトム)
科学技術振興機構 未来創造研究開発推進部

舘澤 博子(タテサワ ヒロコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ

<報道担当>

京都大学 総務部広報課 国際広報室

科学技術振興機構 広報課

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