カリブ海下で見つかった沈み込んだ海洋プレートの断裂 〜上部マントル内のスラブ沈降速度の制約〜

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2019/09/07 東京大学

河合 研志(地球惑星科学専攻 准教授)
ロバート・ゲラー(東京大学 名誉教授)
アンセルム・ボルジョ(台湾中央研究院 研究員)

発表のポイント

  • 稠密アレイ地震観測網USArray (注1)の観測地震波形を波形インバージョン法(注2)で解析し、マントル(注3)遷移層中に沈み込む海洋プレート(スラブ)の高解像度イメージングに成功した。
  • スラブの密度の違いおよび下部マントルからの上昇流により、スラブは沈み込む場所によって沈降様式を変化させつつ、下部マントルへと沈み込むことがわかった。
  • 1000万年前に沈み込んだ海嶺に沿って断裂している像から、地球史の理解に必要な時間に関するパラメータである、上部マントル中のスラブの年代と平均沈降速度を推定した。

発表概要

地球は宇宙空間に晒されており、熱を放出していずれ「死んだ」惑星になる。固体地球の体積の8割以上を占めるマントルは、対流することによって、つまり、冷たい下降流および温かい上昇流によって熱を地表に逃がして冷えていく。地球の熱史を理解するためには、マントル対流の様式および時間スケールの情報が必要であるが、これまで定量的には明らかでなかった。そこで研究グループは、古い海洋プレート(スラブ)の沈み込みが過去2億年以上続いている北米・南米大陸の西端のプレート収束帯に注目した(図1)。

図1:本研究対象領域の地図。少なくとも過去2億年間、この地域では太平洋の下にあった海洋プレートが北米および南米プレートの下に沈み込み続けていることが地球物理的な観測からわかっている。(左図)中米下で発生したやや深発地震(赤星)によって励起され、北米の観測点(青逆三角;主に2004年から2015年までの間にアメリカ合衆国本土で展開された稠密地震観測網USArray)で観測された地震波を用いた。(右図)震源と観測点を結んだ地震波線(赤線)およびマントル遷移層中の推定対象領域(黄色四角;水平方向2°×2°のボクセル)、青線は図2で示す断面図に対応する6つの大円を示す。

本学で独自に開発を行ってきた地震波形インバージョン法を用いて、2015年にアメリカ本土で観測を終えたばかりの稠密アレイ地震観測網USArrayで観測された中米のやや深発地震のS波のトリプリケーション波形(注4)を解析し、中米下のマントル遷移層中のスラブの詳細なイメージングに成功した(図2)。

図2:本研究で得られた3次元S波速度構造(その深さの平均速度に対する高速度異常(青)と低速度異常(赤)を示す)。(左列)図1で示された6つの大円ごとの深さ370-820kmの速度構造。沈み込んだ海洋プレート(スラブ)と解釈できる高速度異常(C1, C2, F1)の沈み込む角度が南北で異なっており(C-C′およびF-F′断面に示した赤の点線を参照)、スラブの沈み込みの様式が変化していることがわかった 。また、ユカタン半島西端の下には下部マントルからつながる温かい上昇流と解釈できる顕著な低速度異常(L1)が存在することがわかった。(右列)2つの深度の3次元S波速度構造の俯瞰図(上図:深さ370-410km; 下図:深さ472.5-535km; 赤線は1000万年前の海洋プレートの沈み込みの位置)。深さ約500km(下図)では1000万年のプレート境界とほぼ平行なシート状の高速度異常、および、その南西に顕著な低速度異常が見られる。一方で、深さ約400km(上図)では高速度異常(C1)は低速度異常(tear)によって北西と南東の2つに分かれている。高速度異常をスラブとした場合、1000万年前に沈み込んだテフアンテペク海嶺が弱面になりスラブは断裂し、その間を埋めるように上昇流が生じたと解釈される。表層の地質記録と対応することにより、地球深部の海洋プレートの年代を決めることができた。

その像から、密度の違いおよび下部マントルからの上昇流によって、スラブは沈降様式を場所によって変化させつつ下部マントルに沈み込むことがわかった。また、1000万年前にメキシコの下に沈み込んだ海嶺を弱面とするスラブの断裂イメージに基づいて、上部マントル中のスラブの年代および平均沈降速度を推定し、地球史の理解に必要な時間に関する情報を得た(図3)。

図3:本研究で得られた3次元S波速度構造に基づく、マントル中に沈み込むスラブに関するポンチ絵。1000万年前にテフアンテプテク海嶺を挟んで1000万年(当時、北ココスプレート13Ma(1300万年才) 、南ココスプレート23Ma(2300万年才))の年代の違うプレートが沈み込み、南北で浮力が異なるために海嶺が弱面になり地球内部で断裂した。そのことから、地球内部のスラブ年代(北ココスプレート23Ma(2300万年才) 、南ココスプレート33Ma(3300万年才))を推定することができ、上部マントル中の平均沈降速度(年間約4cm)を得た。また、スラブの密度の違いおよび下部マントルからの上昇流により、スラブは沈み込む場所によって沈降様式を変化させつつ、下部マントルへと沈み込むことがわかった。

発表内容

海洋地殻は、中央海嶺におけるマントル物質の部分溶融によって誕生し、地表面から冷却されて密度の高いマントル物質とともに海洋プレートとして沈み込み帯でマントル中へと沈み込む。マントルの主要構成鉱物は、上部マントル・下部マントルの境界、つまり深さ660kmで負のクラペイロン勾配(注5)を持つ相転移を起こし、マントルの対流を阻害する傾向がある。上部マントルと下部マントルが一緒に対流しているか、分かれて対流しているかは、地球の冷却速度に大きく影響する。沈み込む海洋プレート(スラブ)は温度が低く化学組成の異なる物質を含むため、地球表面と地球内部との熱物質循環を理解する上で、遷移層におけるスラブの沈み込み様式とその時間スケールを理解することは重要である。

古地磁気の観測によって、古い太平洋プレートが少なくとも過去2億年以上もの間北米および南米大陸プレートの西端に沈み込んでいることがわかっている。中米・カリブ海下のマントル遷移層は、震源観測点分布(中南米の深発地震で発生した地震波を北米で観測する)がよいために、これまでも遷移層におけるスラブの沈み込み様式の理解を目的とした地震波探査が行われてきた。一方で、2004年にアメリカ合衆国の西海岸から始まった稠密アレイ地震観測網USArrayは、2015年に東海岸に到達、アラスカおよび離島を除くアメリカ全土での観測が完了し、蓄積された膨大な波形記録による地球深部の詳細な構造推定への期待が高まっていた。しかし、深さ410, 660 kmにおける正の地震波速度不連続によって生じる後続波形(トリプリケーション)は、遷移層の構造に感度を持つが、到達時刻が近く波がお互いに重なりあい、走時の読み取りができないなどの困難のため積極的には使われてこなかった。そのため、詳細な遷移層の構造推定を行うためには、USArrayなどの膨大な波形記録(ビックデータ)を扱え、かつ重なった波を扱える手法が必要であった。

研究グループは、これまで独自に波形の持つ全ての情報を用いる「波形インバージョン」と呼ばれるビッグデータ解析手法の開発を行ってきた。また、その手法は、他の波と重なり合うためこれまで用いられなかった観測波形も活用できる。最近、その手法をUSArrayで観測された重なり合ったフェーズを含むデータに適用し、中米およびカリブ海下の最下部マントル内の3D S波速度構造を定量的に推定することに成功した(Borgeaud+ 2017)。しかし、マントル遷移層は最下部マントルに比べて不均質構造の波長が短いため、推定対象領域を細かくパラメータ化(約60倍)する必要があった。そこで、解析手法の改良(数値的に求めていた計算の一部を解析的に求める工夫)を行い、従来のパラメータに対する偏微分係数波形の計算に比べ100倍の効率化を達成した。そして、USArrayで観測されたS波のトリプリケーション波形を解析し、マントル遷移層の地震波速度構造を世界最高解像度(水平〜200km、鉛直〜40km)で推定し、マントル遷移層内で海溝から沈み込んだスラブのイメージングに成功した。

近似として、高速度領域は温度が(平均より)低い領域であり、一方で低速度領域は温度が(平均より)高い領域と考えられる。そのため、高速度領域は温度の低いスラブ、一方で低速度異常は温かい上昇流と解釈できる。推定したイメージによって、メキシコ湾の下ではスラブの沈み込み角度がやや水平になっていることがわかった。それは、スラブの下に温かい上昇流と解釈できる低速度異常が存在すること、またスラブの年代が北東ほど若く鉛直上向きの浮力が働く傾向があることから、スラブは下部マントルからの上昇流およびスラブの年代の違いに起因して、沈み込む場所ごとに沈み込む様式を変化させつつ、下部マントルに沈み込むことがわかった。

また、ユカタン半島の西側の約400km深度においてスラブが断裂し、スラブの間の上昇流によって北西・南東で分断されていることがわかった。地質学の研究によって、1000万年前に両側で形成年代が1000万年異なるテフアンテペク海嶺がメキシコの下に沈み込んだことがわかっている。この地表の地質学的証拠と対比すると、推定された像は密度の異なる両側で浮力が異なるために海嶺が弱面になり地球内部で断裂したと考えられる。そのため、深さ400kmに存在するスラブは沈み込んでから1000万年経ったものであり、さらに、そのスラブ年代から、上部マントル中の平均沈降速度が年間約4cmということがわかった。

本研究で得られたマントル遷移層におけるスラブの詳細なイメージングは地表の地球物理観測および地質学的証拠との対比を可能にした。その結果、遷移層におけるスラブの沈み込み様式を理解すること、および、地球内部のスラブ年代および沈降速度を推定することができ、地球の冷却速度に制約を与えることができた。今後も波形インバージョン法を用いて地球深部の複数の場所の詳細なイメージングを行うことによって、地球の熱化学進化の理解が進むと期待される。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Geophysical Research: Solid Earth論文タイトル
3-D S-velocity structure of the mantle transition zone beneath Central America and the Gulf of Mexico inferred using waveform inversion著者
Anselme F.E. Borgeaud*, Kenji Kawai*, Robert J. Geller*

DOI番号
10.1029/2018JB016924

論文URL

用語解説
注1 USArray

2004-2015年の間にアメリカ合衆国の西海岸から東海岸まで約70km間隔で広帯域地震計を稠密に設置するプロジェクト(2016年からアラスカ)。このようなアレイ観測網の展開による詳細な地球内部構造推定への期待が高まっている。

注2 波形インバージョン

これまでの研究の多くは、まず観測データから波の到達時刻などを測定し、次にその二次データを分析して内部構造を推定するものであった。一方、「波形インバージョン」は、理論波形を計算して、それと観測波形とを直接比較し、その残差を最小化することによって(但し、解像度に応じて拘束条件を付ける)、内部構造モデルを系統的に改善する手法である。我々の研究グループはこれを実行するための理論を導き、その上で関連するソフトウェアを開発してきた。

注3 マントル

地殻の下から深さ約2900kmまでの岩石からなる固体の層。(深さ2900km以深は、液体の鉄合金で構成される外核であり、また、深さ5150km以深は、固体の鉄で構成される内核である。) マントルは、その主要構成鉱物が相転移する深さ660kmにおいて、上部マントルと下部マントルに区分される。上部マントル中で密度および地震波速度が大きく変化する領域(深さ400kmから700km程度)を特にマントル遷移層と呼ぶ。

注4 トリプリケーション

深さ方向に急に地震波速度が増加する(正の地震波不連続)とき、ある震央距離では複数の波(直達波、反射波、透過波)が観測され、それらをトリプリケーションと呼ぶ。マントルの主要構成鉱物は、深さ410および660kmの温度圧力条件において堅い高圧相に相転移するため、その深さにおいて正の地震波速度不連続を作る。それらの正の地震波速度不連続に伴うトリプリケーション波形はマントル遷移層の地震波構造に敏感である。

注5 クラペイロン勾配

相境界面の温度に対する圧力の勾配 (dP/dT)。深さ660kmの相転移は負のクラペイロン勾配を持つので、対流を妨げる性質がある。たとえば、沈み込むスラブを考えた場合、軽い(低圧相の)物質がより深い部分(高圧)まで存在するので余分な浮力が働き、物質の沈み込みを妨害する。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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1702地球物理及び地球化学
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