細胞が生きたままでミトコンドリアの内膜構造が鮮明に見えた

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ミトコンドリアの形態制御異常がもたらす神経変性疾患の診断技術や創薬開発ツールとして期待

2019-07-23 名古屋大学,東京大学 大学院理学系研究科,理化学研究所,科学技術振興機構

ポイント
  • ミトコンドリアの形態が細胞機能と密接な関係があることから、ミトコンドリアのクリステを生きたまま可視化できるイメージング技術が求められていた。
  • 強いレーザー光の照射下でも褪色しない細胞膜透過性ミトコンドリア蛍光標識剤MitoPB Yellowを開発し、超解像STEDイメージング注1)により、細胞が生きたままの状態でクリステ構造を鮮明に捉えることに成功した。
  • クリステの経時的な構造変化をリアルタイムで観察することが可能になった。
  • ミトコンドリア障害が関与する神経変性疾患の診断技術や治療薬開発ツールとしての応用が期待される。

名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の山口 茂弘 教授、多喜 正泰 特任准教授、物質科学国際研究センターの王 晨光(Chenguang Wang)研究員らの研究チームは、理化学研究所 生命機能科学研究センター(BDR)の岡田 康志 チームリーダー(東京大学 大学院理学系研究科、東京大学 国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN))らと共同で、褪色に極めて強いミトコンドリア蛍光標識剤「MitoPB Yellow(マイトピービー・イエロー)」を開発し、ミトコンドリアの内膜構造を超解像STED顕微鏡によって、生きたまま鮮明に可視化することに成功しました。繰り返しの撮影でも褪色しないことから、経時的な内膜の形態変化を追跡することも可能です。

ミトコンドリアは、内膜と外膜に囲まれた二重膜構造になっています。内膜は「クリステ注2)」と呼ばれ、内側に折り畳まれたひだ状の構造をとることによって細胞に必要なエネルギー産生の効率を高めています。このクリステ構造の観察には、透過型電子顕微鏡注3)を用いる手法が最も一般的ですが、生きた細胞には適用できません。これに対し、光の回折限界注4)を超える分解能で微細構造を可視化する「超解像顕微鏡」を用いると、細胞が生きたままの状態で細胞小器官を観察することができます。しかし、超解像顕微鏡でミトコンドリアのクリステ構造を可視化するには、従来のミトコンドリア標識剤注5)では内膜のみを染色できないことが問題でした。加えて、光照射によって蛍光色素が著しく褪色してしまうため、クリステの構造変化をつぶさに観察し続けることができませんでした。

今回、共同研究チームは、極めて高い光安定性をもつ超耐光性ミトコンドリア蛍光標識剤「MitoPB Yellow」の開発に成功しました。MitoPB Yellowは、ミトコンドリア内膜に存在するタンパク質と結合し、強く発光するという性質をもっています。STED顕微鏡技術とあわせることにより、細胞が生きたままの状態でクリステ動態を鮮明に捉えることに成功しました。ミトコンドリアの形態は、細胞のエネルギー代謝のみならず、パーキンソン病やミトコンドリア病などの神経変性疾患とも深く関連することから、診断薬としての応用や治療薬開発ツールとしての利用が期待されます。

本研究成果は、2019年7月22日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Proceeding of the National Academy of Sciences」オンライン版に掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」(研究総括:浜地 格 京都大学 教授)における「脂質ダイナミクスの精密解析技術の創出」(研究者:多喜 正泰)および文部科学省 世界トップレベル研究拠点プログラム 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の支援のもとで行われたものです。

また、本成果の一部は以下の事業による支援を受けて行われました。

  • 文部科学省 科学研究費 新学術領域研究「学術研究支援基盤形成」先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)
  • 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」(研究総括:菅野 純夫 東京医科歯科大学 非常勤講師)における「超解像3次元ライブイメージングによるゲノムDNAの構造、エピゲノム状態、転写因子動態の経時的計測と操作」(研究代表者:岡田 康志)
<研究の背景と経緯>

ミトコンドリアは生命活動に必要なエネルギーを作り出す細胞小器官で、内膜と外膜と呼ばれる二種類の脂質膜に囲まれた構造になっています。内膜にはエネルギー産生に必要な酵素が多数あり、「クリステ」と呼ばれるひだ状の折り畳み構造をとることによって表面積を多くし、エネルギー産生効率を上げています(図1)。クリステの形態変化は非常に動的で、細胞機能と深く関連しており、その膜構造と生理機能を解明することは生命の本質を理解する上で重要です。また、クリステの形態制御異常はミトコンドリア病注6)に代表される神経変性疾患にも関与することから、その構造を簡便かつありのままに見るための技術が必要とされています。

ミトコンドリアの構造は従来の光学顕微鏡でも簡単に観察することができますが、クリステが形成している層構造は、光の回折限界のため検出することができません。そのため、クリステの微細構造を見るためには古くから透過型電子顕微鏡(TEM)が使われてきました。これに対して、近年目覚ましい発展を遂げている超解像顕微鏡は、光の回折限界を超えた分解能で微細構造を可視化する技術であり、細胞が生きたままの状態で観察できるという利点があります。超解像顕微鏡の1つである誘導放出抑制(stimulated emission depletion;STED)顕微鏡は、蛍光分子を励起するためのレーザーと、脱励起注7)して蛍光放出を抑制するSTEDレーザーの2種類を使用します。STED顕微鏡は高い時空間分解能で観察できることが特長ですが、強いレーザー光照射のため、蛍光色素の褪色が促進されてしまうことが欠点でした。

<研究の内容>

共同研究チームはこれまでに、リンと炭素原子によって構造強化された蛍光色素骨格をもつC-Naphox(S. Yamaguchi et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 15213)およびPB430(S. Yamaguchi et al., J. Am. Chem. Soc. 2017, 139,10374)を開発し、これが極めて高い耐光性をもつことを見いだしています。これらを踏まえ、今回、共同研究チームは、ミトコンドリア内膜の超耐光性蛍光標識剤MitoPB Yellowを開発しました(図2)。MitoPB Yellowは、色素近傍に存在するタンパク質のシステイン残基と共有結合可能な官能基をもっています。また、色素の周辺環境に依存した蛍光応答を示し、極性環境下では、ほとんど蛍光を示しませんが、脂質膜などの低極性環境下にある場合には強く発光するという性質ももっています。これらの特性によって、ミトコンドリア内膜だけを可視化できることがわかりました。さらに、MitoPB Yellowは細胞膜透過性をもっていることから、培地に色素を添加するだけで蛍光標識することができます。

MitoPB Yellowは超耐光性に加えミトコンドリア内膜に対する高選択性を兼ね備えているので、STED顕微鏡によってクリステを観察することができます。共焦点画像ではクリステは全く見えませんが、STED顕微鏡画像ではクリステの層構造を明瞭に可視化できることがわかりました(図3a)。実際に、得られた画像から概算された分解能は45±5ナノメートルであり、一つ一つのクリステ構造を容易に区別することができます。この技術を用いることにより、細胞を飢餓状態で培養した際に、ミトコンドリアのクリステ密度が高くなる様子(図3b)や、ミトコンドリアDNAの複製阻害によってクリステが同心円状に重なっている様子(図3c)も観測されました。

超耐光性色素の最大の利点は、強いレーザー光照射下でも同一エリアを繰り返して撮像できることです。STED顕微鏡によるタイムラプス観察注8)を行ったところ、ミトコンドリアの融合や膨潤時におけるクリステの動的な形態変化をリアルタイムで捉えることができました。このような形態観察は、既存のミトコンドリア蛍光標識剤では達成できなかったものであり、MitoPB Yellowの有用性を強く示すものです。

<今後の展開>

今回開発したMitoPB Yellowと超解像STED顕微鏡の組み合わせにより、固定した細胞ではなく、生きた細胞のミトコンドリア内膜構造を精微に捉えることができました。ミトコンドリアの機能は多岐にわたり、クリステ構造との関連性を解明する上で、本成果は強力な技術になります。さらに、基礎医学分野や創薬分野においても、ミトコンドリアが関連する疾患研究への応用が期待されます。

<参考図>

図1 ミトコンドリアの構造図1 ミトコンドリアの構造

ミトコンドリアは内膜と外膜で囲まれた構造をもち、内膜は折り畳まれた「クリステ」と呼ばれる膜構造を形成している。

図2 超耐光性ミトコンドリア内膜蛍光標識剤の化学構造図2 超耐光性ミトコンドリア内膜蛍光標識剤の化学構造

リンと炭素原子によって構造強化された蛍光色素骨格は極めて高い耐光性をもつ。環境応答性により、膜構造に局在した色素のみが強い蛍光を示す。図中の置換基Rに導入したトリフェニルホスホニウム注9)の効果によってミトコンドリアに集積し、R’のエポキシド注10)が膜タンパク質と反応して共有結合が形成される。

図3 生きた細胞におけるクリステの観測図3 生きた細胞におけるクリステの観測

(a)MitoPB Yellowで標識したミトコンドリアの共焦点画像とSTED顕微鏡画像の比較。

(b)細胞をHBSS飢餓状態注11)で培養するとミトコンドリアが細長くなり、クリステの密度が経時的に増えていく。

(c)ミトコンドリアDNAの複製阻害剤で細胞を処理すると、同心円状に重なったクリステの構造が観察される。共焦点画像では検出することができない。

スケールバー:(a)1マイクロメートル、(b,c)2マイクロメートル。

<用語解説>
注1)超解像STEDイメージング
光学顕微鏡がもつ空間分解能の理論上の限界を超えて観察できる顕微鏡を総称して超解像顕微鏡という。超解像顕微鏡の中でも、誘導放出抑制(STED:stimulated emission depletion)を利用した顕微鏡技術が超解像STEDイメージングである。誘導放出とは、励起状態にある分子に対して、外部から光子を加えると、入射光と同じ波長と位相をもった光を放出しながら基底状態に移る現象であり、レーザーの発信などに応用されている。
注2)クリステ
ミトコンドリアの内膜のうち、内側に折り畳まれてできたひだ状の構造体。
注3)透過型電子顕微鏡
電子顕微鏡の一種であり、観察対象に電子線を当てて、透過した電子線の強度から画像化する。
注4)光の回折限界
光は波としての性質をもつため、レンズで光を集光しても、焦点では点にならずに広がりをもつ。点の大きさの限界は光の波長とレンズの開口数によって決定される。
注5)ミトコンドリア標識剤
ミトコンドリアを蛍光顕微鏡によって観察するための蛍光標識試薬。
注6)ミトコンドリア病
ミトコンドリアの遺伝子異常が原因となって起こる病気の総称。神経、心臓、筋肉などの機能が低下する難治性疾患である。
注7)脱励起
誘導放出によって、励起状態を強制的に基底状態に戻す現象。
注8)タイムラプス観察
一定間隔で静止画を連続撮影し、変化を経時的に観察する手法。
注9)トリフェニルホスホニウム
–PPhで表される脂溶性の陽イオン。
注10)エポキシド
大きな環ひずみをもつ3員環のエーテルであり、システインのチオール残基など求核性の高い官能基と反応して共有結合を形成することができる。
注11)HBSS飢餓状態
HBSS(Hanks' Balanced Salt Solution:ハンクス平衡塩溶液)中で培養すると細胞が栄養飢餓状態になる。
<論文タイトル>
“A photostable fluorescent marker for the super-resolution live imaging of the dynamic structure of the mitochondrial cristae”
著者:Chenguang Wang, Masayasu Taki, Yoshikatsu Sato, Yasushi Tamura, Hideyuki Yaginuma, Yasushi Okada, Shigehiro Yamaguchi
DOI:10.1073/pnas.1905924116
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

山口 茂弘(ヤマグチ シゲヒロ)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 副拠点長/教授

多喜 正泰(タキ マサヤス)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 特任准教授

岡田 康志(オカダ ヤスシ)
理化学研究所 生命機能科学研究センター(BDR) チームリーダー
東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻 教授
東京大学 国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) 主任研究者

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

<報道担当>

三宅 恵子(ミヤケ ケイコ)、佐藤 綾人(サトウ アヤト)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) リサーチプロモーションディビジョン

名古屋大学 総務部 総務課 広報室

東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室

理化学研究所 広報室 報道担当

科学技術振興機構 広報課

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